風魔法と体質検証
「よーし、それじゃあ始めよっか」
「よ、よろしくお願いします」
部室前の開けた空間にて、僕はミシェル先輩と向かい合っていた。
僕はフランシーヌとの二度目の決闘で使った戦闘着姿。多少、装飾を増やしているものの基本的に同じものだ。露出を減らすとそのぶん『
対するミシェル先輩もかなりの薄着。首から手首、足首までを黒いぴったりとしたインナーで包んでいる他は上下に最低限しか身に着けていない。一年の歳の差を侮ってはいけない。同い年の女の子より格段に大人っぽい体型がはっきりと見て取れた。
直視しているとどうにも恥ずかしいので視線を逸らしていると、先輩は緑色の瞳をきらきらと輝かせて、
「クリスもやっぱり女の子に興味あるんだ? ちょっと触らせてあげよっか?」
「からかうのはやめてください!」
明るい空の下、水着みたいな格好で女の子と向かい合っているだけでも恥ずかしいのに。
まあ、たぶん女の子同士にしか見えないから誰か通りかかってもあんまり問題ないかもしれないけれど。
僕の反応にくすくす笑ったミシェル先輩は「残念だなー」と言って、
「でも、あんまりよそ見してると危ないかもよ?」
「え? ……っ!」
疑問の声を上げた直後、前方から襲い来た突風に僕は息を詰まらせた。
反射的に突き出した両手で魔法自体は吸収したものの、全身に衝撃が走って体力を奪い取っていく。
「なるほどね。やっぱり風魔法でも吸収されちゃうか。……でも、全部吸収できてるわけでもないみたいだね?」
僕とミシェル先輩がこうして相対することになったのは研究の一環だ。
シビル先輩曰く、
『魔力の流れを調べるのにはミシェルが一番向いてる』
とのことで、まずは彼女に協力することになったのだ。風という流動的なものを操る魔法に長けているため、魔力操作も上手いということらしい。
そんなわけで、
『じゃ、こういうのは実際やってみるのが一番だよね!』
ちまちましたのは性に合わないという先輩に言われてこうして実践形式での検証になったわけだけど、シビル先輩が一目置くだけあってほんの僅かな時間で僕の能力の一端を見抜かれてしまった。
僕が魔力吸収できるのは自分の身体からだけだ。
身体の一部ならどこでも──髪の毛からでも吸収できるけど、薄い布一枚であっても「身体の一部ではないもの」には等しく能力が及ばない。フランシーヌの時にそうだったように服は燃えるし、さっきのように風魔法を受ければ肌を覆っている部分には衝撃を受けてしまう。
「ね。クリスってさ、裸でいるのが一番強いんじゃない?」
「それじゃ変態じゃないですか!」
例えば生きるか死ぬかの魔法戦でもする時なら話は別かもしれないけど、そうでないならさすがに服は着ていないといけない。
「それに、風の魔法自体が僕とは相性が悪いです」
「みたいだね……っ!」
言いながら右手を突き出すミシェル先輩。その手のひらを起点に風が発生。
突っ込んできたそれに対し、僕は半ばあてずっぽうで「中心」を探り当てると両手で妨害した。すると、先輩の魔法による風──指向性の強い突風は吸収できたものの、魔法の風に巻き込まれるようにして生まれた自然の風が僕を軽く吹き飛ばした。
原理としてはフランシーヌの時と同じ。
魔法自体は消せるけれど二次的な影響は消せない。風は「どこからどこまでが魔法か」が炎より遥かにわかりづらいうえに二次影響も発生しやすい。
加えて、ミシェル先輩は詠唱すらしていない。
たぶん、インナーに特殊な方法で魔法文字が編み込まれていて、それに魔力を流すことで魔法を起動しているんだろう。魔力操作に相当慣れていないと欲しい魔法とは別の魔法が発動してしまったりして大変だろうけど、難なく制御しているあたりが評価の由来か。
「ならっ!」
僕にできる対策は、これも同じ。
距離を取れば取るほど『魔力喰らい』が効きづらくなるのだから、逆に近づけばいい。
「そう来るよねっ!」
今度は右手を縦に振る先輩。
巻き起こったのは風の刃だけど、これは走りながら腕でブロックすることで防いだ。二次的に発生した風は我慢できないほどじゃない。
この攻防で距離は半分以下に。
もう一回、魔法を防げば手が届く。掴んでしまえば実質勝ちだ。なにが来るか警戒しながら強く地面を蹴って、
「──残念」
先輩の姿が消えた。
違う。高速で移動されたせいで目で追えなかったんだ。気づいた時には緑色の髪と瞳が間近にあって、固められた拳が腹に突き刺さっていた。
視界が一瞬白くなる。
数歩、後退させられながら体勢を立て直そうとする僕に、先輩はさらなる風を放ってきた。
「《魔力よ》《風を》《走らせろ》」
詠唱付き。
両手を前に出して防御するも腕が弾かれ、身体ごと吹き飛ばされて地面に叩きつけられる。
痛い。
身体がずきずきする。疲労もあってすぐには起き上がれそうにない。これ以上ない完敗に僕は「参りました」と笑った。
ミシェル先輩も戦闘態勢を解いて「ごめんごめん」と言ってくれる。
「つい楽しくなってやりすぎちゃった」
差しのべられた手を取って上半身だけ起こしてもらった。
「先輩。最後のはもしかして、魔法で風に
「よくわかったね。そうだよ。だから吸収できなかったでしょ?」
「はい。反則ですよ、あんなの」
普通の風魔法は風そのものを発生させている。この場合は魔法で作った風で普通の空気を巻き込んで大きな風に変えているから、少なくとも中心だけは魔力吸収できる。
だけど、さっき先輩がやったのは魔法で空気そのものを激しく動かすという方法。
この場合、魔法が行っているのは移動の命令だけ。だから触れても風自体は全く消えない。命令がなくなるので勢いは多少弱まるかもしれないけど、その時点で僕の身体に当たっているのだから目的は果たしている。
「対クリス用の必殺技。上手く行ってよかったよ」
にこにこしながら僕の頭を撫でてくるミシェル先輩。子供扱いされているようで癪だけれど、ボロ負けだったので強がるのも難しい。
「二年生の先輩ってみんなこんなに強いんですか?」
「まさか。さすがにそんなわけない」
答えたのはミシェル先輩ではなく、部室から出てきたシビル先輩だった。後に続いてリアとフェリシー先輩。
さらにその後から出てきたのは学園のスタッフか。僕たちに一礼するとその場を去っていく。説明や相談がぜんぶ終わったということなのだろう。
「クリス様。こちらはフェリシー先輩からです。無料でいいそうなのでどうかお使いください」
駆け寄ってきたリアがミシェル先輩に向けて頬を膨らませながらポーションを差し出してくれる。
「ありがとう、リア」
いつもながらこのポーションは良く効く。レシピの由来を考えるとこれも母さんのおかげなんだろうか。傷が癒えると同時に疲れもある程度取れてすっきりした。
「……うーん。自衛用に風魔法も欲しいなあ」
「身体強化が先でもいいんじゃない? パワーがあれば風をぶつけられてもかなり耐えられるでしょ」
「ミシェル。クリス君を不良の道に引きずり込まないでください」
「不良って。そこまで言わなくてもいいじゃないですか」
唇を尖らせて抗議するミシェル先輩だけど、フェリシー先輩は取り合わない。
「己の拳を一番の武器とするような輩は魔女としては不良もいいところです」
「その通り。ミシェルは魔女として変すぎる。変すぎるから少年にとって天敵」
「普通の魔女はミシェル先輩のような戦い方はしない。……そういうことでしょうか?」
「そう」
魔女の多くはあまり身体を鍛えていない。運動をして疲れるくらいなら研究をするなり魔法の練習をする方が効率的だからだ。
殴りかかってくるような輩がいたとしても距離を取って魔法で片付けるのが基本。魔法が間に合わないのなら勉強不足や修行不足を恥じて「速い魔法」を習得した方がいい。
風の魔法も肉弾戦も決闘のような「少数での対人戦」にはうってつけだけど、大人数の相手、あるいは広範囲を破壊し尽くすようなタイプの魔女とは決定的に相性が悪い。ミシェル先輩は魔女としてはかなりの変わり種ということだ。
言いたい放題言われたミシェル先輩が「ひどい」と唇を尖らせたところで、
「それで? 何かわかった?」
「うん。すごいね、これ」
僕の頭から手を離した先輩が今度は僕の頬を包み込んでくる。
日頃から戦闘訓練を繰り返しているとは思えない柔らかな手。なんとなく母さんを思い出して複雑な気持ちになっていると、
「クリスの『魔力喰らい』は触れた相手から自然に魔力放出を引き出してる感じ。普通にしてたら気づかないくらい自然で、クリスの中に流れ込んでいくのもスムーズ。これじゃ魔力自体でできてる魔法が一瞬で吸い込まれるのも当然だよ」
「あの手袋が目指した理想の機能を体現している、ということですね?」
「はい。理想的すぎて魔力放出の練習にはぜんぜんならなさそうですけど、これなら一日中触れてても身体への負担はほとんどないんじゃないかな?」
「リアさん以外がそんなことをすれば魔力欠乏で倒れるでしょうけれど、驚くべき能力ですね」
「『調律の魔女』の関係者と言われても納得」
僕のこの体質は母さんの才能を部分的、もしくは変則的に受け継いだ結果なんだろうか。
「あの手袋も基本的なアプローチは間違っていなかった。単に完成度が全く足りていなかっただけ」
「あれもわたしたちと先生がかなり苦心して作り上げた『渾身の失敗作』だったのですけれど」
「人の体内魔力にアクセスして最適な道筋をつけたうえでスムーズに流し込む、なんてレベルが違い過ぎるよ」
なんだか雲行きが怪しい。
調べてみたらものすごく難しいということだけがわかってしまった、という感じだ。リアと顔を見合わせて不安を抱いていると、
「難易度の高い研究に費用の心配なく挑めるということですね。腕が鳴ります」
「同意。他に持って行かれなくてよかった」
「研究は基本みんなに任せるけど、たまにはクリスを貸してよね」
あれ? なんか意外とみんなノリノリだった。
「あの、先輩方って変わってるって言われませんか?」
「何を今更」
「正気を保つために好奇心を捨てるくらいなら狂気を選ぶ集団ですよ、わたしたちは」
頼もしすぎてちょっと怖くなってきた。
でも、難しい研究をしてもらうのにこれ以上適任の人たちはいない気もする。この人たちなら本当にリアの体質をなんとかしてしまうかもしれない。
先行きへの不安が方向性を変えたことにほっとした僕はリアと笑い合って、
「じゃあ、次はリアの体質について調べたい」
「そうですね。実際、クリス君がどの程度、リアさんの魔力を減らしているのか。今の効率で魔力を正常値へ戻すのにどれだけ時間がかかるのか。調べておくに越したことはありません」
「部にある魔力計測器で間に合うのかな? あの眼鏡だとリアの魔力は『いっぱい』としかわからなかったよ」
外での作業は終わったのでみんなして部室に入って、僕とミシェル先輩は制服に着替え直して。
「では、クリス君。例の手袋を持ってきてもらえますか?」
「え」
「あれがあった方が魔力の推移がわかりやすい。その間にこちらも用意できる限りの魔力計測器を準備しておく」
「いえ、あの。あれはちょっと人前で使うの恥ずかしいんですけど」
「リアの体質改善とどっちが大事?」
「………」
僕はしぶしぶ手袋を取ってきた。
その間にリアにはなにやら仰々しい装備が行われていた。首、手首、足首、額、それから胸と腰。金属の輪やベルト状の部品が取り付けられ、それらは魔道銀製と思われる金属の糸によって本体と繋げられている。本体には大型の宝石が取り付けられていて、見ただけで高そうなのがわかった。
「ふふっ。まさかこの装置を持ち出す時が来るとは思いませんでした。先生もお喜びになるでしょう」
「後で『どうして呼んでくれなかったのか』って怒られそうだけど」
「呼ぶとうるさいから早く済ませた方がいい」
先輩方はなんだか勝手なことを言いながらリアに手袋を嵌めるように指示を出した。
黒手袋で手を覆ったリアは「あの、よろしいですか、クリス様?」とおずおずと尋ねてくる。装備のせいでなんというか強そうに見える。
「いいよ。大丈夫」
覚悟さえしていればそんなに不覚は取らないはずだ。
譲歩として「服は脱がない」ことを認めてもらい、僕はリアに手を差し出した。お互いの手がぎゅっと、指を絡めるようにして握られて──僕は高い声を上げてしまいそうになるのを必死に堪えた。空いている方の手で口を押さえながら身体を何度も揺らして、
「いいですね、もっと送り込んでみてください」
「がんばれ少年」
この人たち、実は鬼か悪魔なのでは?
身体の熱さと独特の恍惚に耐えること、耐えることどのくらいだろう。体感では永遠に等しい時間の後、僕は体力を使い果たしてぐったりと座りこんだ。
夕飯はミシェル先輩が食堂で買ってきてくれることになったこと、実験の報酬もきちんとくれると約束してもらったことがせめてもの救いだ。
先輩たちとしても良いデータが取れたようで、じゃあ次は翌日にもう一度リアの魔力を測ってみよう、ということで解散になった。
そして翌日の放課後。
同じ装置で魔力を測ってみたところ、驚くべき事実がわかった。
「リアさんの魔力が完全に回復しています」
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