母の痕跡
「待った! せっかく勝ったんだからお祝いしようよ!」
帰ろうと思ったら二人して引き留められてしまった。
お祝いと言ってもどこで? 食堂でやるのはちょっと気まずいし……と、思ったら「寮でやればいいじゃん」という話に。
貴族も利用する場所なので防音なんかはかなりしっかりしている。多少騒いでも問題はないし、広いのでけっこうな人数が入れる。
「床に座ることになるだろうけど、別にそんなの気にしないでしょ? ……そっちのお嬢様の分くらいは椅子もあるし」
僕の『
うっかり手が触れた程度ならそもそも魔力を吸い切れないので寮の防御を無効化──とかそういうことになる心配はない。
「でも、いいのかな?」
「いいってなにが? 同じ平民の仲間じゃない」
祝勝会に参加を表明したのは一年生の平民たち。互いの勝手もわかるだろうから楽しく話せそうではあるけれど、
「ほら、僕。これでも男だから」
「ああ、そういうこと? 別にそんなの気にしないってば」
僕に「フランシーヌに勝ってくれ」と言ってきたあの子はからっとした表情でそう言った。「街じゃ男なんてその辺にごろごろいるでしょ?」とのこと。
「私の家は酒場なの。酔っぱらったおじさんの相手も慣れてるから、それと比べたらあなたなんて女の子みたいなものだって」
「そういうことなら参加しようかな」
他の子も「食べてお酒を飲むくらいなら」と特に気にした様子もなかったので笑って頷く。やっぱりこういう時平民相手だと楽だ。
「あの、クリス様? こういった催しはその、普通なのでしょうか?」
「うん、そんなに珍しくはないんじゃないかな?」
「酒場じゃ知らない人同士が意気投合して飲み比べが始まるとかもよくあるよ。宴会くらい普通普通」
食べ物やお酒を食堂から調達すれば家に帰るより美味しいものが食べられる。リアも遠慮がちながら「そういうことなら」と言ってくれたので、みんなで寮へと移動した。
シビル先輩たちは「私たちは部室に行く」と言って別行動。先輩がいると盛り上がれないからと気を遣わせてしまったかもしれない。
道中は僕とフランシーヌの決闘の話でもちきりだった。
ちょっと騒がしかったのか寮監の先生から眉をひそめられたものの、彼女はリアの顔を見ると「ああ、そうでした」と思い出しように、
「貴女、まだ寮室を選んでいないでしょう? 名札が残ったままになっているので持って行きなさい」
「いえ、わたくしはクリス様と同室にいたしましたので……」
「友人の部屋に間借りするのは構いませんが、せっかくの権利です。自分の部屋も確保しておきなさい」
要するに僕は半強制的に「森の外れの家」に住むことになったけど、学園側の認識としてはリアはそこへ泊まっているだけ。メインの部屋を別に持っていていいよ、ということだ。
荷物置き場にしてもいい、とも先生は言ってくれた。
「一級の生徒向けの部屋もまだ余っているはずです」
「ね、もしかしてこれってちょうどいいんじゃない?」
「え? ……ああ、荷物も何も置いていない部屋なら広く使えますね」
思わぬ幸運だった。
僕たちはリアに部屋を選んでもらうとそこを祝勝会の会場に決めた。料理と飲み物は食堂で持ち帰り用を注文し、手分けして運ぶ。もちろんお酒もボトルで何本も確保した。
「高いお酒までタダなんだから本当にお得だよね。ここにいられるうちにたっぷり飲み食いしておかないと損だよ」
「あはは。確かにそうかも」
グラスの類は部屋に十分な数が用意されていたので酒や果実の汁を注いで乾杯する。
「じゃ、クリスの勝利を祝って」
「かんぱーい!」
「か、乾杯」
床に直接座った──と言っても絨毯が敷かれているので別に冷たくもない──女の子たちとこつん、とグラスを合わせる。
ちなみに僕とリアだけは椅子だった。リアはこういうの慣れているだろうからという配慮で、僕のほうは「あなたも床だと下着見えちゃうかもでしょ?」とのこと。その点、椅子に座っていれば角度的にそうそう見えない。
それにしても、
「女の子ばっかりだなあ……」
「そりゃそうでしょ。ここ女の子の学校なんだから」
「クリス君だっけ? 君がいることが変なんだからね? 男の子に見えないからいいんだけど」
「っていうか本当に男の子?」
乾杯の後でしみじみと呟いたら逆に興味深そうな視線をいくつも送られてしまった。
「ね、ちょっとスカートめくってみない?」
「めくるわけないだろ! 見えちゃうじゃないか!」
「えー。どんな下着穿いてるのか見せてよ」
「ちゃんと女の子用のを穿いてるよ!」
「……ちゃんと?」
「お父さんが相手だったら絶対嫌だけど、ちょっと興味あるかも……?」
みんなしてワインを口にした後なので若干本気で危機感を覚えた。グラスを左に持ち替えて「触られたら攻撃するから」と宣言するとみんなは「残念」と息を吐いた。
一連の会話を聞いていたリアはぽかんとして、
「……みなさまは昔からのお知り合い、ではないのですよね?」
「違うよ。全員ここに来るまで初対面、ってわけでもないけど」
「ほとんどは知らない子だよね」
平民か貴族か、この辺りに住んでいるのか旅人なのか、どんな職業なのか等々は雰囲気や服装、言葉遣いからだいたいわかる。商売をやっている家も多いし、そうでなくともご近所づきあいは大事なので人と話す能力は自然と身に付きやすい。
そう説明すると「そうなのですね」と感嘆の吐息。
「みなさまのお家ではどのようなお仕事をされているのか、伺ってもよろしいですか?」
「もちろん」
聞いてみると酒場、大工、服飾職人、兵士、木こり、農民などなどいろいろだった。
多かったのは商人の子供というパターン。大きな商会の長とかだと下手な貴族よりお金持ちだったりするし、そこまで行かなくても成功している商人は結構裕福だ。
お金に余裕のある平民の家は貴族の愛人の娘など比較的魔力の高い女性を娶れるので、平民の中では比較的、魔力の高い女の子が生まれやすい。
「そういう家って貴族みたいな生活してるんじゃないの?」
「もちろん普通の家よりは贅沢できるし礼儀作法も勉強してるけど、普通の暮らしも知ってるよ。だって商人の娘だもん」
「それもそっか。商売するのに必要だもんね」
「ちなみにお嬢様は……って、聞いたらまずいか」
「申し訳ありません。他の方に事情を話すのを禁じられておりまして……」
目を伏せて謝るリア。みんなもしおらしい反応に面食らったのか「ううん、こっちこそ」と答える。ほっとしたのか微笑んだリアはちらりと僕を見て目配せをしてきた。前にもあった口止めなんだろうけど、なんだかどきっとしてしまう。
「ね、二人って付き合ってるの?」
「!? い、いえ、そんなことは決して……!」
「そうだよ。僕とリアじゃ釣り合うわけないって」
「えー? なんか怪しいんだけどー?」
僕たちはみんなが飽きるまで「同じ家に住んでるんでしょ?」などといじられ続けた。
平民の子たちはきさくでいい子たちだったけれど、こういう時にノリが軽いのが玉に瑕だ。
◇ ◇ ◇
「なんだか少し疲れてしまいました……」
「少し騒ぎすぎちゃったかな。でも、参加してよかったんじゃない?」
「ええ。楽しい時を過ごさせていただきました」
帰り道。
リアの白い肌はワインのせいでほんのり火照っていた。微笑み、月を見上げた彼女は小さく「フランシーヌ様にもこうした夜はあるのでしょうか」と呟いた。
「学園長の後継者がどうこう、っていう話」
「……はい。もしかしたら、お母様の名が重荷になっていらっしゃるのではないかと」
「……うん。その上、優秀な妹がいるんじゃね」
僕の家は都じゃなくて、歩いて二日くらいの距離にある小さな村にあった。
母さんと二人暮らしで弟も妹もいなかったからフランシーヌの気持ちはよくわからない。村の子供と一緒に遊ぶことはあったけど、彼らとなにかの後継者争いをするとかはなかったし。
「兄弟姉妹で差がつくことは貴族ではよくあることです。ですが、後を継げるのが一人だけ、というのは辛い環境ですね」
「平民でもあの子たちみたいな家だと跡継ぎ問題はあるよ。……そういう場合はたいてい男が優先だけど」
「魔女の後継者は女子でなければなれません。有利な立場にあるにもかかわらず脅かされるフランシーヌ様の気持ちはわたくしにも量りかねます」
リアは体質のせいで家族からも見放されていたらしい。そういう意味では争うことさえ許されていなかった側の人間だ。求められて憧れて、それでもなお上手くいかない人間の気持ちは想像してもしきれない。
もちろん、僕にも無理だ。
僕は息を吐いて、
「可哀そうだとは思うけど、だからって周りにあたっていい話じゃないよ。リアのことまで馬鹿にしたのは許せない」
「クリス様は他の方が侮辱されても同じように怒ってくださるのではないですか?」
青い瞳に見つめられた僕は少し言葉に詰まって、
「そうかもしれない。それでも、リアは特別だよ」
「特別、ですか?」
「うん。だって今、僕たちはこうやって一緒なんだから」
「クリス様」
綺麗な瞳が丸みを帯びて、それから笑みの形に変わった。
「ありがとうございます。……これからも、わたくしと共にいてくださいますか?」
「もちろん」
そっと差しのべられた手を、僕は手袋を外してから握り返した。少し体温が高すぎるくらいのリアの手からじわりと熱が伝わってきて僕の身体を満たしていく。
「リアになにかあったら僕が守るよ」
「では、わたくしの魔力、どうか存分に使ってくださいませ」
魔力があれば母さんの敵を討つのが楽になる。そういう意味ではリアと一緒にいるのは目的のためだ。
だけど、こうやって魔力を吸い取ることでリアの身体が楽になるなら、彼女がもっと長生きできるのなら、それはその方が嬉しいと思う。
◇ ◇ ◇
本格的に授業が始まると僕たちの生活は一気に慌ただしくなった。
規則正しい時間に起きて授業を受け、放課後は研究部の部室に顔を出す。
授業によっては宿題が出ることもあり、特に座学を多く取っているリアは僕が魔力抜きの
武術系・運動系の授業で増える生傷はフェリシー先輩から格安でポーションを売ってもらって治す。回復魔法の授業も受けているけれど、そう簡単に実用的なレベルには到達できない。自分にかける回復魔法は比較的楽な部類で僕の場合はそれさえ習得できればいいのでなんとか頑張りたいところだ。
フランシーヌ・フォンタニエはあれから大人しい。
決闘の翌日にちらりと姿を見かけたけれど、その時にはもう自慢の髪は元通りだった。
ただ、髪が治っても失ったプライドは戻らない。取り巻きは相変わらず一緒だったけれど周りの貴族も心なしか遠巻きにしているように見えた。
むやみな決闘も止まっているのでひとまずは静観するしかない。
そんなある日、僕は午後の空いた時間を利用して学園にある図書館に行った。
学園の蔵書数はトップクラス。これ以上に本が多いのは国内では王宮図書館くらいだろうと言われている。特に魔女に関する本の数は当然ながら群を抜いているらしい。
目的はもちろん調べもの。
学園長──クローデット・フォンタニエについてもっと詳しく知るためだ。司書に尋ねると、
「現学園長のクローデット様は十五年前の次席卒業生ですね」
「次席? 首席じゃないんですか?」
「ええ、私の記憶が確かならば。歴代生徒について記録した本がありますので、詳しくはそちらをご覧ください」
教えられた本をめくっていくと程なく目的のページにたどり着いた。
卒業生の名簿。中退者には印が付けられており、同じように主席から三席までの生徒にもそれぞれ異なる印がされている。それによるとクローデットは確かに次席だ。
十分にすごいけれど、彼女の上に立つ魔女がいたのは驚きだ。それにしてはあまり名が知られていないのが気になるけれど、
「いったい誰なんだろう」
成績順に並んでいなかったため、首席の生徒の名前は一覧から探す必要があった。
少ししてその名前を見つけた僕は思わず硬直する。
「……どういうこと?」
シルヴェール・レルネ。
聞いたことはない。ただしフルネームでは、あるいは魔女としてはだ。
確証はない。
ただ、
「どういうことなんだよ、母さん」
十五年前の主席卒業生は僕の母と同じ名前だった。
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