大掃除と戦利品
具材のたっぷり挟まれたサンドイッチと、瓶入りの新鮮なミルク。
焼いた肉にしゃきしゃきの葉野菜、揚げられた具材は何かと思ったらなんと魚だった。油をたっぷり使うだけでも贅沢なのに海の生き物まで使っているなんて、持ち帰り用のメニューとは思えない。
「……学園の凄さを今までで一番実感しました」
心の底から呟くと、昼食を買ってきてくれた露出魔──もとい、ミシェル先輩が朗らかに笑った。
「これがタダで食べられるんだからびっくりだよね。まあ、もちろん本当にタダってわけじゃないんだけど」
「?」
「学園の運営費の大部分は貴族からの寄付金なんです。ですので、多くの生徒にとっては無料に見えて実家のお金が使われていることになります」
「そっか。そういうところは貧乏人のほうが得だね」
こんな良いものを毎日食べられたら元気が付きそうだ。これから昼はなるべく食堂に行こうとリアに提案すると、「はい」と笑顔で頷いてくれた。
「広くて綺麗で過ごしやすいからどんどん使うといいよ。部室から遠いのが玉に瑕だけど」
「でも、寮や校舎からは近いですよね?」
「あー。私たち、授業以外はだいたいここで過ごしてるから」
「いちいち寮まで戻るのが面倒くさい」
シビル先輩も淡々とした口調で同意。ちなみに他の部員も似たようなものらしい。
「もしかして、先輩たちも平民出身ですか?」
「ううん、貴族だよ。私は子爵家でシビルは伯爵家」
「単に変わり者が集まってるだけ」
「あ、だからって別に差別したりとかないから安心してね」
確かに、二人とも僕が平民だからって態度が何も変わっていない。
本人たちいわく「変わり者だから」ということだけど、生徒みんながフランシーヌみたいなタイプじゃないとわかっただけでも少し嬉しい。
「これから長い付き合いになるだろうけど、よろしく」
「はい。……って、もしかして片付けるアイテム、けっこうありますか?」
「ある。あるし、どんどん増える」
当たり前のように言われた。
「今までは片付けが大変だったけど、少年が魔力を抜いてくれれば研究がもっと捗る」
「他のメンバーも喜んでゴミを持ってくると思うからお仕事いっぱいだよ」
「ちなみにミシェル先輩は?」
「私? 私は物作りじゃなくて魔法そのものの研究だから、たまに身体貸してくれれば十分かな」
「身体を、貸す……」
なにを想像したのか、リアがなんだか真っ赤になっているけれど、絶対そういう意味じゃないと思う。
「僕を案山子みたいに魔法の的にするんですよね?」
「正解~」
こんなに嬉しくない正解も珍しい。まあ、先輩と結んだ契約は出来高制。働ければ働くほど報酬が増えるのでこちらとしては文句ない。
サンドイッチを食べ終わった僕は嵌めていた手袋をもう一度外して魔力抜きの途中だったがらくたを抱え直す。
それを見たミシェル先輩が「良かった良かった」と笑って、
「こんなに早く新入部員が二人も入るなんてね」
「別に無理に新人を入れる必要もないけど」
「いないよりはいいでしょ。それなりに伝統ある部だし」
「あれ、もしかして僕たちも部も入るんですか? 臨時の雇われとかじゃなくて?」
「どうせ君たちもはぐれ者だから損はない。違う?」
「その通りですね」
リアがおっとりと正直に答えたことで話はまとまった。
別に入部に手続きがいるわけではないらしく「好きな時に来て好きな時に帰ればいい」とあっさり言われた。
僕も入部自体は吝かではない。近くに知り合いがいるだけでもいろいろ便利だろうし。
ただ、一つ気になることとしては、
「じゃあ、部員として言います。……掃除しましょう!」
「え」
「えー?」
「えー、じゃないです。これじゃゴミ置き場と変わらないじゃないですか。僕はともかく、リアは身体が弱いんですから、埃っぽいところには置いておけません」
「面倒だなあ。……もしかして男の子って潔癖症が多いの?」
「男子も平民も関係ないです」
どれを片付けてよくてどれに触っちゃいけないのかもはっきりさせておきたい。「適当に積んでおく」ではお互いに困るのだ。
「なんかクリスってお母様みたい」
「それはどういう?」
「口うるさいってこと」
「いや、貴族のお嬢様がこの有様じゃ小言も言いますよ」
幸い今日はまだまだ時間がある。僕は仕事を続けるよりも先に職場環境を整えることにした。
「前にお世話になっていたところでも似たようなことをしていたので、この手のことには少し自信があります。この際、この部屋だけでも綺麗に整えましょう」
「でもそのへんのアイテム、適当に触ると爆発するかも」
「そんなもの適当に置かないでください……!」
これは本当に片づけをしないとまずい。
長い髪を邪魔にならないように頭の後ろで纏めていると、リアがくいくいと袖を引っ張ってきた。
「わたくしにもお手伝いをさせてください」
「大丈夫だよ、リアは休んでいて」
「一人だけ楽をするわけには参りません」
「じゃあ、君には本棚の整理をお願いする」
シビル先輩がすかさずフォローしてくれる。それなら比較的体力も筋力もいらないだろう。リアも嬉しそうに「かしこまりました」と答えた。
さて。
僕は本棚以外の部分を片付けることにする。
掃除の基本は要るものと要らないものを分け、要らないものを容赦なく捨てていくことだ。判定役はシビル先輩にお願いし、要らないと判断されたものはいったん建物の外に出すことにする。
「じゃあ、シビル先輩。これは必要ですか?」
「少年。私は『ガラクタ』を『不用品』に変えるために君を雇った。この意味がわかる?」
「……本当に魔法使いっていうのは」
ゴミにしか見えないようなものを「まだ使うかもしれない」とか「役に立たないけど思い出があるから」とか言って捨てようとしなかった『あの人』を思い出してちょっとイラっとした。
まあでも、そのまま捨てるとまずいものが大半だというのには同意せざるを得ない。下手すると爆発するらしいし。
「魔力の籠もってないガラクタはここにはないんですか?」
「それならこの眼鏡でわかる」
棚からシビル先輩が取り出したのはレンズに色がついていて、フレームが星型をした妙な眼鏡だった。格好悪すぎて正直かけてみたいとは思わないのだけれど、
「これをかけると対象物の魔力の有無がわかる」
「じゃあそれを貸して──もらうわけにはいきませんね」
「うん。君が装着すると壊れる」
手なら手袋を嵌めればいいけれど、顔となると全部覆い隠すのは難しい。しょうがないのでミシェル先輩にかけてもらって指示を出してもらうことにした。
シビル先輩にはリアのサポートをしてもらう。
「指示出しくらいなら楽だからまあいかな。じゃ、クリス。まずはそこの下に埋もれてるやつ」
「わかりました。……って、これ、捨てられるものを運び出すだけでも一苦労ですね」
などと言いながらも作業は着々と進んだ。一つ物を捨てるたびにその分だけスペースが空くので捨てられないものを整理するのも少しずつ楽になる。最初は苦労したものの、軌道に乗ってしまえば効率はどんどん上がっていった。
結果、部屋にあった物の三割程度を片付けることに成功。
本棚のほうも床に落ちていた本を収めたうえで似た内容のものを並べる形で入れ替えたのでぐっと使いやすくなった。作業の間じゅう換気を行っていたので埃っぽさもある程度改善。
「ふう。なんだかんだ部屋が広くなると気持ちいいねー」
「身体を動かしてたのは僕とリアだけでしたけど」
「文句を言わない。掃除の分の報酬もちゃんと出すから」
「先輩方は神様ですか?」
「継続雇用のためにも十分な勤労評価は必須事項」
マジックアイテムの製作は失敗も多いものの、良いアイテムができれば売ってお金に替えることができるため先輩は意外とお金持ちらしい。貴族はほぼ全員が魔力持ちなので、魔力を注ぎさえすれば起動できる魔法の道具は重宝されるのだ。
水を生み出す魔道具に水をお湯に変える魔道具を組み合わせればお手軽にお風呂に入れる。埃を吸い取る魔道具を使えば掃除も簡単だ。
「外に出した要らないものはどうしますか?」
「私が明日にでもゴミ捨て場に持って行くよ。いい運動になりそう」
「ミシェルは体力馬鹿だから頼んで大丈夫」
風の魔法で走っていったように、ミシェル先輩は魔法による運動能力の向上がメインテーマらしい。そういうことならと片付けをお願いすることにした。いくつかもらって街で売ったら小遣い稼ぎに……と思ったけれど、メインの仕事をして報酬をもらうほうが割がよさそうなのでやめた。
幸い、もしもの時のためのお金は十分にあるわけだし。
空が暗くなり始めた頃、僕たちはシビル先輩、ミシェル先輩と別れて研究部を後にした。
「僕向きの仕事が見つかってよかったよ」
「そうですね。これで食べるものと着るものにも困りません」
「あはは。どっちもしばらくは大丈夫だけどね」
ブラウスとか下着は洗濯すれば繰り返し使えるし、当面は二着でなんとかなる。そう告げるとリアは「洗濯……」と難しい顔をした。
「どのようにすればいいのでしょう……? わたくし、洗濯の場を見たことがないもので」
「ああ、そうだよね。僕がやってみせるから……いや、リアの分も僕がやった方がいいのかな? でも、男に服を洗われるのって嫌だよね」
「いえ、そのようなことは。クリス様がご希望であれば服もこの身もクリス様のものですので」
「だから人聞きが悪いってば。……っと、そうか。今日もちゃんと魔力を吸っておかないと」
話しているうちに家に到着。
中へと入ったところでリアは「その件なのですが」と服のポケットから何やら片方だけの手袋を取り出した。
「それは?」
「シビル先輩によると失敗作だということなのでいただいてきたのです。なんでも使用者の魔力を強制的に引き出す効果があるとか」
「放出ができなくてもマジックアイテムが使えるってこと? 見事にリア向きのアイテムだね」
「はい。もともとは子供用を考えていた品なのだそうですが……その、これを着けてマジックアイテムに触れると、魔力量によっては過剰供給でアイテム自体を壊してしまうそうでして」
強制的に引き出すのはいいけれど量の調節が効かないうえに引き出す量が多すぎるという欠陥品らしい。これではマジックアイテムの使用には役立たない。
逆の吸収に使えるなら僕が使いたいところだけど、手袋自体の魔力を僕が吸ってしまうのでこれも無理。
「ただ、これを使えば効率よくクリス様に魔力を吸っていただけるのではないかと」
「あ、なるほど」
やっぱりリア向きのアイテムだった。というかリア以外の人間には使い道がない。
「じゃあ、さっそく使ってみようか」
「よろしいのですか? その、量によってはクリス様の身に危険が及ぶ可能性もあると思うのですが」
外部から魔力を注がれる、というのは通常の人間(魔女も含む)にとっては特別な行為だ。そもそもそんな状況が基本的に発生しないのだけれど、もし発生した場合、許容量以上の魔力を身に宿す可能性がある。
リアのような特異体質でない限り、容量以上の魔力を注がれた器は──当然壊れる。
「大丈夫。前にお世話になってた人によると僕もたぶん許容量が魔力量で変わるタイプみたいだから」
「そうなのですか?」
「うん。こう見えて前はけっこう魔力が多かったんだよ。放出の訓練のためにほとんど使っちゃって試験はギリギリだったけど」
リアは「そういうことでしたら」と納得してくれた。
黒い手袋はちょっと大きめサイズだったけれどリアでも身に着けられるサイズだった。僕は逆に右手の手袋を外して、
「では」
「うん」
あらためて握手するのもなんだか照れくさいな、と思いながらお互いの手を握り合った。
瞬間。
「───っ!?」
「クリス様!?」
僕の身体を強烈な衝撃が駆け抜ける。
接触部である右手を通してリアの魔力──ある意味ではリアそのものと言ってもいいものに全身を貫かれた。一瞬にしてあらゆる感覚が消えて、リア以外の全てが感じられなくなる。口が勝手に半開きになって身体ががくがくと震える。
慌てたリアが僕の手を離すと衝撃は消失。がくっとその場に膝をつけば、リアもまた脱力したように床へ尻もちをついた。
「リア、大丈夫……!?」
「わたくしは大丈夫です。思った以上に魔力が流れたので少し疲れただけで……。クリス様こそお身体に問題はございませんか?」
「僕も大丈夫。びっくりしただけというか、意外と気持ち良かったというか……」
魔力を吸収するのは基本的に不快ではなく快よりの感覚だ。通常の吸収でも満たされる喜びがあるのだけれど、さっきのはそれが極端に大きかった。初めての経験だったのもあって前後不覚に陥ってしまい、あのまま注がれ続けたら変な癖がついてしまっていたかもしれない。
するとリアも「わたくしも嫌な気分ではありませんでした」と呟いて、
「ですが、こちらは使いどころを考えたほうが良さそうですね」
「だね。下手に朝とかに使うとその日一日動きたくなくなるかも」
黒い手袋は二階のリア用のクローゼットにしまっておくことにした。なお、僕がというか僕に触れても手袋の機能は消えていなかった。リアが装着した状態で触れる分には先にリアの魔力が流れてくるのでマジックアイテムの破壊に至らないんだろう。
今後はよっぽのことがない限り寝る前に使うようにしたい。
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