授業開始
学園は生徒の自主性を重視している。
いろんな種類の授業がたくさん用意されていて、生徒はそこから好きなものに出席できる。必要なら上級生が下級生向けの授業に交ざることもできるし、その逆も可能。自分の能力と興味・関心に合わせて受ける授業を決めるようにと入学式でも説明があった。
極端なことを言えば「授業を一つも受けない」という選択もできる。
成績は年に四回ある試験の結果+教師の評価で決まる仕組みだ。点さえよければ授業に出なくても在籍していられるし、授業に出た上で試験結果も良ければ評価がプラスされてより良い成績になる。
入学式の次の日からの一週間は授業の選択期間。
色んな授業を見に行って自分に合ったものを見つけて翌週からの本格的な授業スタートに備えることになっていた。
「昨日見られなかったし、今日は早めに掲示を見に行かないとね」
今日もまた簡単な朝ご飯を摂りつつ、リアと相談。
魔力を減らせるようになったからか比較的体調の良さそうな少女は青い目を瞬かせて「そうですね」と答えた。
「クリス様はどのような授業を履修するか決めていらっしゃるのですか?」
「うーん。一覧を見てみないと詳しくはわからないけど、実技を少なめにして身体を動かす授業を多めにしたいかな」
普通の魔力持ちは使った魔力が日々自然回復していく。魔力量を相談しつつできるだけ実技を多めにしてどんどん魔法を身に着けていくのがスタンダードなんだろうけど、僕の場合はリアからもらった魔力を節約しつつ使っていかないといけない。
あんまり調子に乗って使っているとあっという間に貯金がなくなるので魔法の練習は控えめにしたいところだ。そうでないと試験の時に「あ、魔力が足りない」なんてことになりかねない。
「リアはどうするか決めてるの?」
「……そうですね。わたくしは魔法が使えませんので、座学が中心になるかと思います」
授業の中にはこの国や魔女の歴史、魔法の理論、魔法文字などいろんな学問の授業もある。貴族社会に入っていきたい平民なんかは基礎教養が足りていないからこういう授業も必要だし、貴族でも宮廷に仕えようと思ったら知識は多いほうがいい。
リアの場合は運動系の授業も難しいだろうから座学を極めるのは良い選択だと思う。
「いっそ座学分野で首席狙うのはどうかな。あのフランシーヌとか悔しがりそうじゃない?」
「さすがにそこまでは……。ですが、そうですね。一年後の表彰式に出席できるかもしれませんし」
目を細め、僕を見て微笑むリア。
この子はどういう気持ちで学園の試験を受けに来たんだろう。ここに来ても魔法が使えるようになるわけじゃない。生まれ育った家ではなく、この学園が死に場所になるかもしれない。そんな状況でなにを思っていたんだろうか。
「絶対、出席できるよ。いざとなったら僕がリアの魔力をぜんぶ引き受けるし」
「クリス様にそんな無茶はさせられません! ……けれど、ありがとうございます。クリス様と一緒でしたら、きっとたどり着けますね」
リアは「授業が決まったら家に手紙を書こうと思います」と言った。もう少し長く生きられるかもしれないことも家族には伝えた方がいい。どうせもう『
「じゃあ、お昼はどこかで待ち合わせすることにしようか」
「ええ、是非。……ふふっ、なんだか楽しいですね。同世代の方とこんな風に親しくお話できる日が来るなんて思ってもいませんでした」
「もっとたくさん話せるよ。先輩たちも良くしてくれそうだし」
リアにはもっと長生きして欲しいし、僕もまだ学園から去るわけにはいかない。魔法関係の情報ならこの魔女学園にいるのがいちばんいいはずだ。
母さんの敵を討つためにももっと強くならないといけない。
◇ ◇ ◇
母さんの着ていた服を身に着けた片腕。
爆発の後、残っていた母さんの面影はたったそれだけ。他の部分は爆発を受けたうえに瓦礫の下敷きになったことでぐしゃぐしゃになって原型を留めていなかった。骨さえもまともな形をしていない状態で、女なのか男なのかももうわからない状態だった。
母さんが死んだ。
わけの分からない状態ながらそれだけを理解した僕は、あまりのひどい有様に胃の中のものをぜんぶ吐いた。母さんの身体のすぐ傍でそんなことをするのは嫌だったけれど、人の形をしていないそれを母さんだと思うことも難しかった。
そうして、長いのか短いのかわからない時間が経って。
「生きてるみたいだね」
誰かの声に僕は振り向きもせずに答えた。
「死んだよ。母さんは死んだんだ」
「そうだね。殺されたんだ、魔女に」
「魔女?」
なにか知っているのか。
ようやく顔を上げた僕は声の主と視線を合わせて、
「魔女が母さんを殺した? 魔法で?」
「そうだ。こんな爆発、普通では起こりえない。明らかに魔法だ。爆発の前、あるいは後に誰かと会わなかったかい?」
「会った。……赤い髪の、たぶん女だった」
そうか。
なら、あいつが母さんを殺したのかもしれない。魔法を使って。
『あの人』はただ頷いて、僕に手を差し伸べてきた。
「悔しいか? なら、力を身に着けるんだ」
「力?」
「魔女を殺せるくらい強くなればいい。そうすればもう誰も奪われない。そうだろう?」
「うん」
僕は頷いて手を取った。
あれから、もう三年近くが経った。
◇ ◇ ◇
「あれ、クリスだ。もしかして一緒の授業?」
「ミシェル先輩?」
早めに家を出て掲示板を確認した後、僕はリアと別れて気になる授業の実施場所へと向かった。
厚い絨毯の敷かれた少し広めの部屋(貴族基準だとたぶん、教室としては特に広くもない普通の部屋)。部屋にはまばらに十人ほどの生徒。上級生が多くて、その大部分は日に焼け気味の、つまり平民っぽい女の子だった。
入り口あたりで立ち止まって「なんだか独特の雰囲気だな」と思っているとまさかの知り合い──ミシェル先輩が声をかけてきた。
彼女は僕のほうまで歩いてきて「
「ミシェル先輩もこの授業を取るんですか?」
「うん、たぶんねー。身体を動かす授業は片っ端から取るよ」
僕が選んだのは体術の授業。それもお嬢様の護身術的なものではなく、有事の際に武器も魔法も使えなくても敵を打倒できるようにするための実践的格闘術。
ぶっちゃけ人気ないだろうな、と思ったし実際人気はなさそうだ。こんな技術が必要になる機会は多くないし、練習するだけでも生傷が絶えないだろうと予想がつく。
「先輩、相当物好きですね」
「真っ先にこんなところに来ちゃう君に言われたくないかなー」
こつん、と、額を指で突かれた僕は「確かにそうですね」と苦笑した。
「ほら、その。僕はあんまり魔力を浪費できないので」
「なるほどね。私はね、騎士を目指してるから。対人戦の心得はあればあるほどいいんだよ」
騎士は国に仕え、王族や貴族の護衛をしたり戦争の際には主要な兵力として活躍する仕事だ。ある程度魔力があって家格が高くない男子の就職先として人気だけれど、女性の騎士も少ないけれど存在している。
魔女学園の卒業生が騎士になるっていうのはかなり異例のはずだけど、もし本当に騎士になったらものすごく強いはずだ。
「ミシェル先輩ならできそうですね」
「本当? クリスはいい子だなあ。ハグしてあげようか?」
「先輩、僕、男ですからね?」
「えー? こんなに可愛いのに?」
まったく信じてない……というか、からかわれているのか。
僕は身体を鍛えても見た目に現れにくい体質みたいでなかなか男らしくならない。十三歳なら本当はもっと「きりっ」としていてもいいはずなんだけど。
僕が抵抗したせいでハグに失敗したミシェル先輩は代わりに僕の頭を撫でまわしながら「でもさ」と言って、
「クリスの場合、この授業ってけっこう大変じゃない? それとも回復魔法は効くの?」
「効きません。……僕が効いて欲しいと思った魔法もぜんぶ吸収しちゃうんですよね」
先輩曰く、授業で発生した怪我はよほどのことがない限り担当の先生が癒してくれるらしい。簡単には治せない傷なら医務室に行けば治療してもらえる。
ただ、僕には回復魔法が効かない。
自然回復に任せるしかないとなるとけっこうハードだ。
「お世話になった人によると『自分でかけた魔法なら効くはず』ってことなんですけど」
「じゃあ回復魔法も習ったほうがいいね。間違いなく」
「……そうですね」
なけなしの魔力で練習するのは自分を治すための回復魔法にしよう。
その後の体験授業では教師やミシェル先輩に容赦なく投げ飛ばされ、殴られ、蹴飛ばされ、体験とは思えないほど普通に叩きのめされた。
綺麗な魔女に見下ろされて「男の子って言ってもこんなものか」と呟かれた僕は「絶対にこの授業を取ろう」と心に決めた。
◇ ◇ ◇
「それでそんなに傷だらけなんだ」
「はい。医務室の先生にも『珍しい生徒だ』って言われました」
授業時間終了後。
リアと合流して訪れた部室にて。今日のことを話して聞かせると、シビル先輩は驚いているのかいないのか、真顔のままで頷いてくれた。
容赦なく叩きのめされた僕はわりとぼろぼろの状態。
医務室で手当てはしてもらったものの、試しに使用された回復魔法は当たり前のように吸収され、結果的に薬や包帯で処置を受けるしかなかった。薬って言っても魔法的な力を使わない薬はかなり限られるので「無いよりはマシ」程度の処置である。
かなり丈夫に作られているおかげで制服には目立った傷がないのが幸いだけれど、
「制服の替えも注文した方がいいですね、これ」
「君の場合はそうかも。普通は必要ないけど」
制服には耐久力を強化する魔法の他に自動修復の魔法もかけられていて、ちょっと痛んだくらいなら放っておいても直るらしい。
「ミシェルもそのお陰で買い替えはあんまりせずに済んでる。でも、君の場合は別」
「僕はその魔法も吸収しちゃいますからね……」
「
「そうします」
買い物には先立つものが必要。こうして話している間も僕はガラクタに触れてそこから魔力を抜いていく。リアは購入した教科書類をテーブルの上でまとめながら僕に心配そうな視線を送ってきて、
「クリス様。身体を動かす授業もほどほどになさってくださいね?」
「そうだね。早めに回復魔法を覚えないと傷がどんどん増えそう」
「君はミシェルほど脳筋じゃなさそうだし、自重も重要」
淡々と言ったシビル先輩は「でも、傷が治らないのは本当に大変」と言って、
「少年。魔法じゃなくて
「飲み薬なら効果は落ちますけどある程度効くと思います。でも、ポーションって高いじゃないですか。そう簡単には手が──」
「今、ポーションと仰いましたか?」
「うわぁ!?」
ミシェル先輩が不在(森でも走り回っているんじゃないか、とのこと)の部屋に四人目の声がいきなり響いたので思わず声を上げてしまった。
見ればそこに小柄な姿。
深い緑色をした髪と瞳。今まで会った二人の先輩とは違って髪はきちんと編まれているし、制服の着こなしもまともだ。代わりに制服の上から白衣(絵画や薬品調合の際に服が汚れないよう羽織るためのもの)を纏っていて、丸い眼鏡をかけている。
表情も話し方もおっとりした感じだけれど、だからなのか存在に気づかなかった。
校章の色からすると三年生らしい先輩は「お騒がせをして申し訳ありません」とにっこり笑って、
「三年のフェリシー・オラールと申します。専門はポーションの調合です。以後お見知りおきを」
「あ、その。ご丁寧にありがとうございます」
僕はリアと一緒に彼女に挨拶、自己紹介をして、
「……まともな先輩だ」
「少年。それはどういう意味? というかフェリシー先輩はまともじゃない」
「シビル。その言い方もひどいと思います。わたしはポーションを愛しているだけで、生活も対人関係も常識的になるよう心掛けています」
「心がけるだけなら誰でもできる」
シビル先輩がここまで言うってことは変な人なんだろうか。でもシビル先輩自体が変な人だからあまり信用できない気もする。
僕が悩んでいる間にフェリシー先輩は再び僕に向かって微笑んで、
「クリス君、でしたね? わたしのポーションの処理も引き受けていただけるのであれば、回復用のポーションを格安でお分けいたします。いかがですか?」
魅力的な提案を僕に投げかけてきた。
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