1-15【光り輝く剣クラウソラス】



◇光り輝く剣クラウソラス◇


「ははは……」


 乾いた笑いが響く、俺の。

 もうさ、盗賊全員と目が合ったよ。

 うん、自信を持って言えるぜ……ここまでおっさんと目を合わせたの、前世でも中々ないぜ?もうバッチリと目が合って、にらみなのか何なのかも、麻痺まひって分かんねぇや。


「お、お前……何処どこのガキだぁぁ!?」


「――ミオっ!!」


「え、ミオ?」


 クラウ姉さんが叫び、ガルスが戸惑う。

 しかし、盗賊たちの視線の先が自分ではない事に気付いたガルスも振り向き。


「うわ!ミ、ミオ!」


 そんなガルスに、俺はつい素で。


「――うわっ!じゃねよこの馬鹿ばか!!バレちまっただろーが!!」


 と、本音をらす。

 俺はもう、それはもう必死にガルスのもとに駆け寄って、手首に巻かれた縄をナイフで切りにかかった。だってもうそれしかないだろ?


 一人で逃げ出すにも、もう遅いって分かるよ……流石さすがにさ。

 だから俺は、もう頼るしかないんだ、クラウ姉さんに。


「――クラウ姉さん!頼むっ!」


 頼りになるお姉さまも分かっていたのか、すでに行動を開始していた。

 物凄い速さで俺たちの前に回り込み、盗賊たちの前に立ちはだかったのだ。


「な、はやっ……」


 ほとんど見えなかったんだが……は、速すぎだろ!どうやってやったんだよ!!


「――ミオ!ガルス!!」


 うわっ……も、物凄い剣幕けんまくなんだが。


「はい!」

「は、はい!!」


 当然、俺たちは能動的に返事をしていた。

 そしてクラウ姉さんは言う。


「――今から見る事、絶対に!誰にも!……言うんじゃないわよ?もし、言ったら……」


「い、言ったら?」


 返事をしたのはガルスだ。だって俺は知ってるもん、言ったらどうなるかなんてさ。


「――ただじゃおかないわ……一生、目を閉じなくしてやる」


 怖ぇよ!!普通開けなくしてやるって言わないか!?

 それって目を開いたまま殺すって聞こえるんですけど!!


 だ、だが俺は言う、ここは約束しておこう。


「分かってる!絶対に言わないよ、クラウ姉さん!!ほら、ガルスもっ!」


「は、はい!言いません!!」


 クラウ姉さんは横目で俺たちを見たまま、にこりと微笑ほほえみ。


「――いい子ね。それじゃあ、機会を見て逃げなさい……いいわね?」


 俺とガルスは無言でうなずき、俺はガルスを立たせると……クラウ姉さんの背を見ながら二人で後退した。


「はんっ!いい度胸じゃあねぇか、この小娘……この俺たちをたばかるとはなぁ、大したもんだぜ……だがな、こりゃあただ死ぬだけじゃあ終わらねぇぞ?」


 盗賊親分はご立腹だ。

 おそらく、俺とクラウ姉さんが仲間グルだと気付いたのだろう。

 そして、人質ガルスを助ける為に演技をしておちょくっていたのだと、親分だけは理解できていたようだ。


 だって盗賊A・B・Cは、クラウ姉さんとヤレなくて――あ、やべ、言い方。

 クラウ姉さんと遊べなくてガッカリしてるもん。特に盗賊B。


「……死ぬだけじゃ終わらないのは、あなたたちだわ……」


「――何だと?」


 クラウ姉さんはそう言って、右手を前に構え。


「――顕現けんげんせよ。光の道標みちしるべ……【クラウソラス】!!」


 クラウ姉さんの言葉に反応して、空気がふるえた。

 前に出した手のひらに、小さく光り輝く何かが集まり……煌々こうこうかがやきだして、やがて収束する。

 それは形となり、天に伸びる柱のようにまっすぐと顕現けんげんされた。


 あぁ……それが、クラウ姉さんの転生特典ギフトなんだ。

 その――神々しくも光り輝く、まばゆい剣が……


 俺の初めての……異世界での冒険譚ぼうけんたん

 夜。友達を助け出すために家を抜け出して、子供のお出掛けのような距離を全力で走り、村からすぐの少し大きな納屋なやに到着した。


 皆も知ってるだろ?……大抵のRPGの初戦は、イベントステージなんだぜ?

 言わばチュートリアルだよ、チュートリアル。

 絶対に負けはしないし、懇切丁寧こんせつていねいにガイドしてくれる誰かもいる。


 そんな俺のイベントステージでの主人公は――まぎれもなく、クラウ姉さんだった。


 クラウ姉さんの右手にかがやく光のかたまり

 姉さんは言った――【クラウソラス】と。

 クラウ姉さんの剣が【クラウソラス】?はははっ……出来すぎだろ。


 確か、光の剣・・・って意味の伝説の武器だよな。

 あれはまさに光の剣だ……光しかない。刀身も柄も、全部が光のかたまり

 それが、クラウ姉さんの……転生特典ギフトなんだ。





 神々しい程の光は、一瞬だけ納屋なやを真っ白に染めて、やがてゆっくりと収まり、そして落ち着いた。

 私の右手にぴったりと張り付くように、フィットする剣の重量は皆無かいむ。まるで空気をつかむような軽さと、自身と一体化しているような同一感。


「……な、なんだそりゃ」

「お、親分……やばくないっすか?」

「……」

「うふぁ?」


「――流石さすがに、一般人の馬鹿共ばかどもでもこれのヤバさは分かるみたいね。どう?このまま逃げ帰って、そして二度と村に近付かないのなら、見逃してもいいわよ?」


 まぁ、私のようなちびガキにそんな事を言われて、素直にしたがう様な奴らじゃないでしょうけどね。


「――んだとっ!!そんなコケおどしで、この俺様がビビるとでも思ってんのか!!」


「「「……」」」


「お仲間たちの腰は引けているようだけど?」


 クスリと笑い、私はあおるようにこの場の主導をにぎる。

 盗賊のリーダーだけはやる気のようだけど、部下の三人は【クラウソラス】を見て消沈してる。


 正直言って、相手にはなりそうもない。

 でも――出来る事ならそうして欲しい。

 私だって、人殺しがしたくて転生したんじゃない。

 当たり前だけれど、生きた人間切った事なんてない。


 だから……引くなら引いて。


「――ふ、ふざけんなぁ!!お前らぁぁ!いぐぞぉぉ!!」

「お、おう!」

「へ、へい……」

「うふぁいっ!」


 馬鹿ばかな奴ら……命は無駄にしない方がいいのに。

 私は内心で舌打ちをしつつ、構える。


 私の剣……【クラウソラス】は魔力による攻撃の魔法剣だ。

 その威力は凄すぎるの一言。だけど、まだ制御が難しいのよね。


「うおりゃーー!!」


 来るっ――!盗賊の一人が走って来て、腰に下げていたボロい剣で攻撃をしてきた。

 でも遅い。動きが単調で、一歩下がるだけで簡単にけられる。


「――ふっ」


 私は右足を摺足すりあしで後退させて、身体を反転させる。

 そしてそのいきおいのまま、身体を元に戻し――【クラウソラス】を振り抜く!


「うおっ……な!?」


「――はぁっ!!」


 盗賊は防御をしようと剣を構えた。が……【クラウソラス】は、ボロ剣をすり抜け……盗賊を斬った。

 この光の剣【クラウソラス】は物理防御を貫通し、完全に無効化するのだ。

 鍔迫つばぜり合いなど、全くの無意味と言う訳だ。


「――あ、がっ……」


 そして、斬られた盗賊は倒れる。

 白目をいて、防御姿勢のまま前方に倒れて行った。


 【クラウソラス】最大の特徴は、肉体的ダメージではなく……精神ダメージだ。

 よって、今盗賊が斬られた箇所かしょ血飛沫ちしぶきも出る事はなく、周りの盗賊たちは何が起きたかも分からないまま、仲間の盗賊が倒れる瞬間を目撃したのだ。





「――な、何が起きたんだ?」


 今、クラウ姉さんは確かに盗賊Aを斬ったよな?

 そう、斬ったんだ……でも、俺には剣を空振った様にも見えたし、盗賊Aをすり抜けたようにも見えた。


 だけど、目をいてぶっ倒れた盗賊Aは、完全に死ん……いや、昏倒こんとうしている。

 血は出ていないし、傷などどこにもない。

 転んで出来たと思われるたんこぶはあるけどさ。


「――す、すげぇ……」


 おどろいているのはガルスだ、俺だって声を出しておどろきてぇよ。


 ――とか言っているうちに、今度は盗賊Bがクラウ姉さんに向かってきた。

 向かって来たと言うよりも、リーダー格の男に無理矢理行かされた感じか。

 そういえば、あいつ……クラウ姉さんにそうとう興奮してた奴だよな。


「うおりゃぁぁっ!」


 ほら見ろ。どう見てもつかみかかってる。

 腰に下げた剣はかざりかよ!


「――ウザいっ!!」


 姉さんや、その言葉はこの世界にはない言葉なのでは?

 あるのか?ウザいって。あーでも……うざったいの略語だったか。


 クラウ姉さんは、盗賊のつかみかかりを簡単にける。

 それにしても、クラウ姉さんの運動能力おかしくないか?

 十三歳だぞ?俺とそう変わんねぇのに、なんであんなに動けるんだよ。


「――ふんっ!!」


「し、しつこいわね!!スカートを狙うんじゃないわよっ!」


 駄目だめだアイツ……クラウ姉さん、そんな奴はさっさと斬りましょう。

 ――と、俺と同じ考えだったのか、クラウ姉さんは少し距離が開いた盗賊Bに対して、光の剣を斬り上げたのだ。


 普通に考えれば、素振りの距離だ。

 届く訳が無いと思った俺だったが、その考えは一瞬で吹き飛ばされた。

 姉さんの持つ光の剣が、ギュン――と伸びたからだ。


 まるでむちのようだと思った。伸縮しんしゅくし、盗賊Bの股間から頭頂部までを貫通していった光の剣は、一瞬だけ発光して元のサイズの剣に戻った。


 す、すげぇなマジで。

 圧倒的じゃないか……しかし盗賊Bは、何故なぜ恍惚こうこつの顔を浮かべて大の字に倒れた。いや、マジでなんで?


 あ、ああ……股間を斬られたからか?って、なんでそんな顔出来んだよ、青ざめるだろ普通!


「……あと、二人……」


 そうつぶやいたクラウ姉さんだったが、汗がにじんできている。

 もしかして、【クラウソラス】はそうとう燃費ねんぴが悪いんじゃないか?

 それとも、やはり子供の身体だからか。


「くそがっ!!今度はお前だっ!行けっ!!」


「う、うふぁっ!!」


 この盗賊Cはなんでしゃべんねぇの?

 特徴ある笑い方だなぁとは思ってたけど、返事もそれなのかよ!


「……うふぁああああ!!」


「ふっ、ほっ……」


 れ、連続攻撃だ。意外にも、この変な盗賊Cが一番盗賊っぽい戦い方だと思った。

 突き、斬り、払い……的確にクラウ姉さんを狙った攻撃だった。

 しかし、クラウ姉さんは全部をける。


 なんで防がないんだ?防御をすれば――あ、そうか。もしかして、光の剣では防御が出来ないのか。

 相手には防御をさせないが、それは自分も同じだという事なんだ。


 盗賊Cはナイフによる連続攻撃と、多少の体術も繰り出していた。

 クラウ姉さんは対応しているが、どことなく動きが……にぶい?


「うふぁ!!」


「――しまっ……」


「クラウ姉さん!」


 足払い。クラウ姉さんは少し足を上げるのが遅れただけだったが、盗賊Cの足払いはクラウ姉さんの左足にヒットした。動きが鈍ったのが、如実に身体に出たんだ。


「うっふぁああああ!!」


 転倒したクラウ姉さんに、盗賊Cが馬乗りになる。

 や、やべぇ!この体格差じゃ逃げられねぇ!!


「この……セクハラっ!!」


 しかし、クラウ姉さんは光の剣を胸元で構えていた。

 その剣の刀身は異常に短く、俺に渡したナイフと同じくらいにまでちぢんでいた。

 そして、盗賊Cがナイフを振り上げた瞬間、ちぢんでいた光の剣は、再度大きさを取り戻し……盗賊Cの顔面目掛けて伸びて行った。


 ギャッ――!!ドサ……


「や、やったのか……?」

「げっ……ミ、ミオ……なぁ、ミオ!」


 俺から見たクラウ姉さんの持つ光の剣【クラウソラス】は、盗賊Cの顔面を貫通しているように見えたが、当然のごとく血は出ていなかった。

 バトル漫画のような展開に興奮こうふんする俺は、隣にいるガルスが見えていなかったのだ。

 聞こえて無かったんだ……ガルスが、俺を呼んでいる声が。





「……ふぁっ……」


 どさり――と、後方に倒れて行った盗賊の男。

 私は直ぐに身体を起こして、最後の一人……盗賊のリーダーを見る。


 いや……見ようとしたのだけど。


「い、いない……?」


 まさか逃げた?子分たちに相手をさせておいて、自分は逃げたと言うの?

 ゆっくりと立ち上がり……終わったのかと安堵あんどのため息をこうとした、そんな一瞬。


「――わぁぁぁぁあ!!」

「――なっ!!ガ、ガルスっ!!」


「――!!」


 私は直ぐに、ミオたちが待っている筈の後方に目をやる。

 そこには。


「へへへっ……油断するからだぜぇ?」


 盗賊のリーダー。

 私が転倒している間に、ミオたちの方に行っていたんだ……!


「くっ……ミオっ!ガルスくんっ!」


「お~っと、嬢ちゃん……一歩でも近付いたら、このガキは殺す……嫌だろう?目の前で殺されるのはよぉ?」


「……卑怯ひきょうよ」


 私は、盗賊相手に何を言っているのだろうか。

 自分でも、あせったのが分かった。


 でもそれはきっと――ミオも同じだったんだ。


 ちらりと見た私の弟は、私が渡した【クラウソラス】の残滓ざんしで作ったナイフをにぎりしめて、盗賊のリーダーをにらんでいた。


「……ガ、ガルスを離して下さいっ!」


「ほう?なら、お前はどうするんだ?まさか代わりにでもなるのかぁ?」


 だ、駄目だめよ!それは駄目だめ!ミオ、それだけはっ……!


「――はい……僕が、ガルスの代わりになりますっ!だからガルスを解放してくださいっ!」


「……ミ、ミオっ!!」


「がっはっは!!いい度胸だ、そのナイフを投げ捨てて。ゆっくりこっちへ来い……よかったなぁガキ。馬鹿ばかなお前の代わりになってくれるってよぉ?」


「う、うう……ミオ、ごめん……」


「――いいんだよ。だから泣くなって、ガルス」


 良くない……良くないわよっ!ミオ、どうするつもりなの?

 ミオに何かあったら、私は……!


 歩いて行くミオの後ろ姿を見ながら、私は必死に思考をめぐらせる。

 しかし疲労と、【クラウソラス】を使った魔力の低減のせいで、大切な家族を救う方法すら、まともに考える事が出来なかった。

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