1-13【ミオとクラウの一歩】



◇ミオとクラウの一歩◇


 俺の気持ちはつたえた。

 噓偽うそいつわりのない、子供ならではの気持ちだ。


 でもさ、親は子の気持ちなんて分からないし、子供もそうさ、親の気持ちなんか分からない。


「――お前たちの気持ちは分かった」


「父さん!」

「……パパ」


 俺とクラウ姉さんが顔を見合わせる。

 それにしても、クラウ姉さんはどうして行動する気になったんだろうな。

 ルドルフ父さんの答えに、俺は気を緩めてしまっていた。

 クラウ姉さんの行動の謎に疑問を持ってしまったその瞬間――


「――ぅわっ!」


「パ、パパ……!!」


 父さんは、俺とクラウ姉さんを両脇に抱えて、凄い形相で怒っていた。

 ああ、激怒していたんだ。


「……レギン」


「は、はい……」


騒動そうどうが落ち着くまで、子供たちを部屋から出すな。いいな?」


「……でも、あなた――」


「いいなっ!!」


「……はい、あなた……」


 俺とクラウ姉さん、ついでにレイン姉さんも部屋に投げ入れられた。

 簡単に行かせてもらえると考えた俺がバカだったよ。

 でも、そうだよな……誰が好き好んで、盗賊の所に息子と娘を行かせるかよ。

 考えなくても分かるんだよな……親ならさ。


「――と、父さんっ!!」


だまりなさい!!」


 キィ――と、無情にも扉は閉められて、普段は掛けないかぎまでされてしまった。

 くそっ……どうする……!時間は無いのにっ!


「ふ、二人とも落ち着いて?ね……?」


 レイン姉さんは俺たちをなだめてくれる。

 俺、たち・・?……そう思って、クラウ姉さんを見ると。


「……」


 めちゃくちゃ扉をにらんでいた。

 扉というか、扉の先のルドルフ父さんだろうけど。


「パパがあんな男だと思わなかったわ……これだから男って、どこでも同じなのね……まったく、信じられないわ。軽蔑けいべつするわっ!」


 おいおいおい……もしかして、それが素か?

 クラウ姉さんの、前世の素なのか?


「ク、クラウ姉さん?」

「クラウ……?」


 扉の向こうのルドルフへ向けた言葉だろうけど、その言葉は当然レイン姉さんにも丸聞こえだ。


「――あ」


 やってしまった。そんな顔だ。

 目を大きく見開いて、俺とレイン姉さんを交互に見る。

 しかし、逃げ切ろうと何かを考えているのか、指でほほをポリポリと掻き、一言。


「……パ、パパ……怖いね」


 いやー。これは無理だと思う。

 俺なら聞かなかった振りをしてあげられるけど……レイン姉さんはな。


「――ク、クラウ……あなたって……――い、意外とおしゃべりだったのね」


 ズルッ――と、こけそうになる。心の中でな。

 行けた……のか?これは。


「……そ、そうよ。だって、ミオの友達だから……」


「そうよね!ミオのお友達だものねっ!助けたいわよねっ!」


 レイン姉さんはクラウ姉さんの手を取って激しく同意する。

 うん……そうだけどさ。それでいいのかい?レイン姉さん。


「さて、どうしようかしら……」


 両親に閉じ込められてしまった。

 子供を大切に思う親の心に、幼い心では太刀打たちうちできるわけもなく、俺とクラウ姉さん、そしてついでにレイン姉さんまで、子供部屋に入れられてしまった。


 ちなみに末っ子のコハクは、常にレギンが抱いていたよ。甘えん坊さんなんだ……もう六歳だけどさ。


 さて……問題はここからだな。

 ハッキリ言って、この子供部屋を脱するのは簡単だ。

 なにせボロ家だ、隙間すきまも沢山あるし、唯一ゆいいつの窓も建付たてつけが悪い。

 無理矢理出ようとすれば、多分難無なんなく出ることは出来るだろう。


「――父さんっ!開けてよ!!父さんっ!」


 俺は扉を叩いて、わざとらしくアピールする。

 そして直ぐに扉に耳を当てて澄ませる。


 よし……ぼそぼそとだけど聞こえる。

 多分、ガルスの母親に謝罪してるんだ……協力できなくて申し訳ないと。

 私たちも子供を守らねばならない、と。


 ごもっともだ、ごもっともだよ父さん。

 だけどさ、それじゃ駄目だめなんだよ。

 盗賊が近くにいる以上、村で大人しくしてても無意味だ。

 黙ってたって、その内盗賊は村に来る。

 だから隠れてたって、盗賊が見過ごすことはないんだ。


「――ミオ」


 おっと、クラウ姉さんに呼ばれている。


「なに?クラウ姉さん……」


「今の状況、ミオが一番分かってるみたいだね。だから……」


「うん。分かってるよ……行こうっ」


 こうなりゃ強行だ。

 閉じ込められたって、こんなボロ家……抜け出すことは簡単だ。

 事実、実は何度も自室から抜け出している。

 今まではこんな緊迫きんぱくした状況じゃなかったけどさ。

 しかし、俺とクラウ姉さんの考えに、一人理解を示さない人物もいる。


「――ま、まって!!二人共何を言ってるの……?助けたいのはお姉ちゃんも同じだけど……あ、危ない真似をするって言うのなら、お姉ちゃんはここを通しません!」


 レ、レイン姉さん……そこ・・に立ってるって事は、俺の抜け道バレてるんだな。

 俺は屋根裏から抜け出していたんだ。レイン姉さんは、その真下で両腕を広げて立っていた。バレっバレかよ……恥ずかしい。


「レイン姉さん……そこをどいてくれない?」


「――嫌よっ。クラウもミオも、父さんの言う通りに大人しくしてて!きっと、大人たちが解決してくれるからっ!」


 分かるよ。気持ちは分かるさ。

 でも、俺とクラウ姉さんは知ってるんだ。

 このくらいの時代設定のファンタジーな世界の事情を、きっとレイン姉さんや父さん……いや、この村の誰よりも知ってる。


「お姉ちゃん。ミオの言う通りよ……どいて。お姉ちゃんは黙って家に居ればいい……それに、さっきは同意してくれたでしょ?」


「そ、それは……でも、駄目だめっ!嫌だって言ってるでしょっ!?」


 クラウ姉さんの言い方だと、レイン姉さんの気持ちを逆撫さかなでしちゃわないか?

 こういう人には、真摯しんしに向き合った方がいいって。

 クラウ姉さんも言ったけど、さっきは同意してくれたんだ……聞く耳持たない人じゃない、レイン姉さんなら分かってくれるよ。


 だから俺は、レイン姉さんに話を聞いて貰う為、彼女の正面に立つのだ。

 涙目で俺の前に立ちふさがる、最愛の姉……レイン姉さん。

 分かるさ……心配してくれてる事くらい、それでも……俺が行かなくちゃいけないんだ。


「レイン姉さん……聞いて?」


「や、やだよ……聞きたくないわっ!」


「お姉ちゃん、ミオは――」


「クラウ姉さん。ここは僕が」


 俺は、前に出ようとしたクラウ姉さんを制して、レイン姉さんに優しく話しかける。

 そうだ。この人には強引な手を使っちゃいけない。

 優しくて、清楚せいそで、綺麗で。頭が良くて、将来が楽しみなナイスバディ――っと、それは今関係ないな。


「レイン姉さん……僕は、ガルスを助けたい。クラウ姉さんが言った通り、きっとまだ無事なはずなんだ。盗賊が行動をするのは深夜だって思うし、今がその最後のチャンス……好機こうきなんだよ」


「……」


 俺は続ける。


「でも、それだけじゃないよ。僕は……みんな・・・を守りたいんだ!」


「みんな……?」


 そう、みんなだ。

 勿論もちろん、幼馴染のガルスを助けたいってのはある。当たり前だよ。

 でも、それ以外の懸念けねん……その後の話だ。


「盗賊たちの狙いは、村の物資だけじゃないって事よ」


 クラウ姉さんが言う。

 そう。その通りだ。


「うん。クラウ姉さんの言う通りだよ。この村には、そこまで高価なものがある訳じゃない、お金なんてもっての他でしょ?」


「……うん」


「じゃあ……何もない村で、腹の立てた盗賊は何を狙う?」


 あ……やべ、これはレイン姉さんに言わせちゃ駄目だめだったかもしれん。


「何って……えっと……」


 あ、これは分からないパターンか?自分の価値を分かってないパターンだわ。

 そんなレイン姉さんにしびれを切らせて、クラウ姉さんが代わりに応えた……ド直球で。


「女に決まってるでしょ……」


 あ~あ、言っちゃったよ、しかも堂々と。


「――え!?」


 本気で分かってねぇな。

 なら分からせるしかねぇか。


「そ、そうだよ……クラウ姉さんの言う通り。家族贔屓かぞくびいきって思われるかもしれないけど、レイン姉さんもクラウ姉さんも、レギン母さんも……その……み、みんな……き、き、き……れれれれ……」


「……?」


 あれ、なに?言葉が出ないんですけど!呂律ろれつがおかしいんですけど!

 あぁやめてレイン姉さん……そんな変なものを見る目で見ないで!


「ミオ、顔真っ赤。慣れないことするからよ?」


 う、うるさいな!そうだよ言った事ねぇよ!女性に可愛いとか綺麗だとかさぁ!!

 素が出ちまったよこんちくしょうぉぉぉぉ!!


「でも、レインお姉ちゃん……わかったでしょ、ミオの言いたい事。十五なんだから、それなりに知っているでしょ?」


 途端とたんに真っ赤になるレイン姉さん。

 よかった、気付いてくれたみたいだ……ん?よかったのか?


「――!!お、女……って、それじゃあ」


 顔を赤や青に変えて、考えを巡らせているようだ。


 まぁひかえめに言っても、レイン姉さんは美人だ。この貧相ひんそうな時代の十五歳の割に胸も大きい。流石ママンの娘。


「ミオ、あまり時間がないよ……急がないと」


「あ、うん……」


 どうでもいいが、クラウ姉さんは隠す気あんのか?転生者だって事。

 もう今日のクラウ姉さんは別人だよ?あぁいや……それを言ったら俺も同じか。

 盗賊の行動理由や村がおそわれる理由を、ただの十歳の村人が知ってたら、不審ふしんだよな。しかも、学もない村でだぞ?

 これは最悪、クラウ姉さんには話さないといけないな……


「――レイン姉さん。僕を……僕たちを通して?」


「で、でも!……子供が何かできるような事じゃないよっ、少し待てば、大人が……」


 ごもっともなんだよなぁ。正論だよ。ド正論。

 十歳と十三歳に何が出来んねんって話だもんな。


「――大丈夫。私に考えがある。パパには黙らせられたけど……」


 あ、クラウ姉さん根に持ってるなコレ。

 この事件が片付いたら、親子関係が不安だよ、まったく。

 まぁ――それも無事に終われば……の話だけどさ。




 冷静れいせいになったレイン姉さんに、俺とクラウ姉さんは再度説明をした。


 俺たちは盗賊の所に向かうと。

 だけど、別に危ない真似まねはしないと。

 ――うん。これはうそだろうな。


「それで、クラウの考えって……?」


「……残念だけど、ここでは言えないの」


 いや、なんでだよ。

 俺と同じ疑問ぎもんを、レイン姉さんが言う。


「ど、どうして?」


「……ごめん。そういうもの・・だから……」


 ――!!……まさか、能力か!?

 考えって言うのは、クラウ姉さんの転生特典ギフトなんだ、きっと。


 って事は、クラウ姉さんはもう自分の能力を把握はあくしてんのか……うらやましい。

 そう言えば、この人は俺に比べて自由だな……一人の時も多いか。


「で、でも……それじゃあ納得なっとくできないわ」


 そりゃそうだ。言ってくれないと信用できないよな。

 クラウ姉さんは言葉足らずだ……これではレイン姉さんでも聞き入れられないはずだ。


 “信頼はしても、信用するな”。“言葉は尽くしても、心は尽くすな”。


 それが人との上手い付き合い方だと……俺は思っている。

 だからレイン姉さんの場合……そうだ。

 思ったことを、そのまま告げればいい。


「――レイン姉さん、クラウ姉さんの言うことが納得できないなら……僕の言葉を聞いて。僕は、レイン姉さんに協力してほしいんだよ」


「「え?」」


 クラウ姉さんもそこまでは考えなかったのか。

 俺はクラウ姉さんからの視線にうなずいて、レイン姉さんに言う。


「きっと、父さんは見に来るよ。僕たちが大人しくしているかどうか……そこの窓からさ」


 部屋唯一ゆいいつの窓だ。

 床上式のこの家の窓は、立った大人が背伸びをすればのぞける。

 抜け出さないか、見に来てもおかしくはない。


「だからさ、レイン姉さんにはあの窓をふさいでほしいと思ってるんだ」


 レイン姉さんだけは、父さんに協力していると見せて欲しいんだよ。

 ふさいでしまえば中は見えない。扉にも施錠せじょうをした以上、開ける事も無い筈だ。


「――それで、屋根裏から出ていくって言うのね……」


 そう……だから、レイン姉さんには俺たちを監視かんししている風をよそおってもらいたいんだ。

 しっかりと妹と弟を見張る……長女の役目を、まっとうする振りをしてくれないか?





 そして一方で……村から外に出て一キロメートルほどの短い地点に、小さな納屋なやがあった。

 中では男たちの阿呆アホらしいほどの叫び声と、焚火たきびの音がパチパチと鳴っていた。


 ここは、村のきこりが数年前に建てた納屋なやだ。

 現在は使われていない、ボロもボロ。

 しかし、雨風はしのぐ事が出来る……盗賊にとっては、それで充分だった。


「――がっはっはぁ!!てめぇ馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ!」


「うははっ!!さーせん親分、オレ馬鹿なもんで!」


「自分で言ってんなよ!ボケぇ!」


「うふぁふぁふぁふぁふぁっ!!」


 焚火たきびを囲んで、酒を飲みバカ騒ぎをする四人の男たち。

 一番大柄な男、分かりやすい程の親分気質だ。

 残りの三人は五十歩百歩ごじっぽひゃっぽと言った所で、その親分にしたがっているようだった。


 そしてその親分の横に、不釣り合いなほどガチガチに強張った少年がいる。

 縄で手首を固定され、布をまされている少年……ガルス・レダンだ。


「……」


 もうどれくらい泣いたのだろうか。

 目は真っ赤に充血し、ほほには涙のあとが残っていた。

 しかし……今は泣いてはいない。盗賊たちに、泣くなとおどされたからだ。


「――おいガキィ、もう直ぐ行くからなぁ……しっかりと村を案内してくれよぉ?」


「……」


 コクコクコクと、首が取れるのではないかと思うほどにうなずく。

 十歳の少年だ。こうなれば当然の結果とも言える。

 ただ、理解はしていないのだろう。

 ガルスの中で、盗賊は“ただ盗みをするだけ”だと思っているのだ。


「うふぁふぁ、いい女いますかねぇ」


「どうだろなぁ……楽しみだぜ、もう何カ月ぶりの女を見れるんだからなぁ」


「商人が来ねぇって知った時は怒鳴どなり散らかしたが、村に行けるんなら別にいい。いっそ俺らの村にしちまおーぜ?」


「がっはっは……そいつはいいなぁ。食いもんも女も、たらふくいただくとしようぜっ!!」


 ガルスは後悔こうかいしていた。

 幼馴染、ミオの言う通りにしておけばと……大人に任せればよかったのだと。


(ごめんなさい、ごめんなさい……ごめん母ちゃん……ごめんミオ……ごめんアイシア……ごめんなさい……ごめんっ)


 ガルスは死を覚悟していた……ミオは自分を助けには来ない。

 話も聞かず自分勝手に行動した自分を、都合よく助けに来てくれるなんて……思えなかったのだ。

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