1-12【異世界らしい急展開】



◇異世界らしい急展開◇


 次の日……俺は学校でアドルさんに謝罪した。

 勘違かんちがいとは言え、不快ふかいな思いをさせたかもしれないだろ?これから先もレイン姉さんを狙うってんなら話は別だが、俺も前世では立派な社会人だったんだ、謝罪の仕方だって心得ているさ。

 え?在宅ワークだろって?……言うなよ。


「――すいませんでしたぁぁぁぁぁっ!!」


 開口一番で、俺は土下座だ。

 昼休みで生徒は少なく、アドルさんが一人の所を発見した次第だ。

 今がチャンスだと、一瞬で行動を起こす。


「ミ、ミオくん……?どうし、いや……それより立ちなよ、床汚いぞ?」


 ふっふっふ……知ってるよ。

 だから、そこを目掛けてスライディング土下座したんだからな。

 綺麗な顔を汚して、誠心誠意せいしんせいいを込めた謝罪……受け取ってくれるよなぁ?

 先輩さまよぉぉぉ!?


「お、おいおい……そんな、やめてくれよ」


 ふふふ、我ながら汚い……精神的にも、物理的にもな。

 ――うぇ、口に何か入った。


 だが、効いているようだな。困ってる困ってる。

 昔にレイン姉さんをからかってた男とは思えない狼狽ろうばいっぷりじゃないか。


「ほら、いいから立ってくれ、流石さすがに良心が痛むよ」


「いいん……ですか?」


「はははっ、そもそも俺は怒ってなんかいないよ」


 そうだろうな。


「働き口を貰ったんだ、君たちスクルーズ家の皆には感謝しかないんだよ」


 そうだろう。そうだろう。


「でも僕は……先輩に失礼を」


「だからいいんだって。何も変わってないんだからさ……ほら、昼休みがおわるぞ?」


 意外と広い心だな。

 俺とは大違いじゃないか。

 あれ?……俺、もしかして心せまい?


「ありがとうございます。これからよろしくお願いしますね」


 おっと、自分の心のせまさにおどろいている場合じゃないな。

 さぁ――握手あくしゅをしようか、アドルさん。


「ああ、勿論もちろんさっ!」


「――でも」


「……え?」


 俺はアドルさんの手をグイッ――と引っ張り、身長差も関係なく彼の耳元でつぶやく。


「――レイン姉さんに手を出すのは、許しませんからね」


 にっこり――と、とびっきりの笑顔で宣言した。

 十歳に圧をかけられる気分はどうかな……?


 詰まるところ、今後も姉には手を出すな……と。

 俺はそう言ったのだから。

 その言葉に、アドルは「ははは……」とかわいた笑みを浮かべる事しか出来なかった。





 まぁ充分に圧は掛けただろ。これで、姉さんを守る事が出来る。

 俺があいつに嫌われるって言うリスクは、言ってしまえば俺には関係ないんだからな。

 ただ、レイン姉さんもその気は無かったっぽかったし……もしかしたらここまでする事は無かったかも知れないな、今更遅いけどさ。


「……ん?」


 教室に戻ると、俺とアイシアのもう一人の同級生……幼馴染の少年、ガルス・レダンが、まるで俺を待っていたかのように、机に座りながら足をパタパタさせていた。


「――ガルス?」


「お、お~!ミオ!!やっと戻ったんだな!」


「なに?どうしたんだい?」


 ガルスが、なんともわくわくした様子で俺に耳打ちをしてきた。

 な、なんだよ……嫌な予感しかしないんだけど。


「……知ってるか?最近、近くに盗賊が出たんだってさっ!」


「……は?」


 と、盗賊……?この何も盗る物もないド田舎の近くに……?

 何その展開……想定外なんですけど。

 お上りさんのようなガルスの言葉に、俺はマジトーンで言う。


「おい――寝ぼけんなよ?」


「こわっ!いやいや……せっかくの幼馴染からの情報に、そんな事言わないでよ!あと寝ぼけてないからっ!」


 不思議ふしぎだよな。

 これだけの年数(十年)いい子の皮を被って来ていたくせに、こうやって素を出すことができる相手が出来るだなんて、思ってもみなかったよ。


「そんなこと言ったってなぁ……だって、盗賊?ここがどんな僻地へきちか、見てから言って欲しいよ」


「へ、へき……なに?」


 ああそうか、むずかしい言葉だもんな。

 十歳のガキにはきびしいのか。


「――なんにもない場所の事だよ。誰も近寄らないようなさ」


「あ~そうかも。って、自分の村をそんな風に言うなよ~」


 だって事実じゃん。

 それにしても、盗賊か……いるんだな。

 この世界に産まれて十年、初めて聞いたファンタジー要素かも知れん。


「それで、その盗賊がなに?」


 俺は半信半疑のままガルスに聞いた。

 正直、ほとんど信じていないよ。


「だから~、うわさがあるんだよ!村の近くに出たんだってさ」


「へぇー」


「聞けって~!」


 聞いてるよ。信用してないだけで。


「んで?その盗賊が何?」


「だから、倒そうよ!!」


 何言ってんの?十歳だぞ?

 盗賊だって普通に考えたら大人だろう。

 倒せるわけないだろ?なぁ?


「無理だよ。そのうわさが本当だったとしても、大人に任せた方が賢明だし、子供の力で倒せるわけないよ。分不相応ぶんふそうおうだ」


 それに怖いだろ?……折角おとずれたファンタジー要素だけど、こっちはまだ子供な上に、能力の事を一切把握はあくしていないんだ。

 試せる機会も無かった状態でいきなりそんなイベント発動すんなよ。

 せめてそれらを完全に理解してから、イベントを起こして欲しかった。


「えぇ……じゃあ見に行こうぜ!?」


 ガルスは「むずかしい事ばっか言って……」みたいな感じで俺を見て、倒すことから今度は見に行くなどと言い出した。


「だから……」


 こいつ……危険なんだって分かってねぇな。


「――あ!居たーー!!」


 俺がおバカな幼馴染を説得する前に、もう一人の幼馴染、アイシア登場。会話はここで終わりだな。聞かせられないよ、アイシアには。


「やぁアイシア、何処どこに行ってたんだい?」


「ちぇっ……つまんねぇの」


「どこじゃないよ!ずっと探してたんだからぁ!!」


 はいはい知ってるよ。俺はそれから逃げてたんだから。

 あれ?ガルス……?


「……ガルス?」


 いつの間にか、教室から出て行ってしまっていた。

 怒らせてしまっただろうか。

 でも、俺の方が正しいよな、今回は。

 だって……盗賊だろ?殺されたら、異世界転生も終了じゃないか。


 だから、俺は思う事が出来なかった……ガルスの好奇心こうきしんに。

 子供の好奇心こうきしんが、どれほどの危うさを孕んでいるのか、それを知らないままに。


 そしてその日の夜……俺はスクルーズの姉弟してい三人部屋の自室で、長姉レインに勉強を教えてもらっていた。

 レベル的には小二くらいだな。正直言って全部分かる。

 この村の学業レベルは本っ当に低いのだ、きっと日本では考えられないだろう。


「――わかった!」


 最初から分かってたんだけどね。

 俺は知らない振りをして、レイン姉さんに教えてもらっている。


「そうだよっ!偉いねぇミオ~」


 頭なでなで……優しいもんだな、レイン姉さん。


「えへへ、姉さんの教え方がいいからだよ!」


 それに、可愛いしな。


「ねぇ、レインお姉ちゃん……私もミオに教えたいんだけど……」


「えぇ~、クラウは独特どくとくだからだ~め」


 俺も御免被ごめんこうむりたいな。


「……むぅ、じゃあいい」


 クラウ姉さんは素直にあきらめて、読書に戻った。

 その本って、たしか大分前に隣町から来た商人から買った本だよな……あれ?そう言えば、今月は商人が村に来てなくないか?


 あ!もしかして……学校でガルスが言ってた、盗賊が関係してるのか?


「あれ?……誰か来たみたい、お客様かしら……?」


「え?あ、本当だ。話が聞こえるね」


 誰だ?こんな夜に。

 俺たち姉弟していは部屋のボロドアを開けて、様子うかがうようにリビングに移る。

 そこには、文字通りお客様がいた。


「――ああ、ミオくん!」


「あ、ガルスの……お母さん」


 その客人は、幼馴染ガルスの母親……カレテュ・レダンさんだった。

 普通なら、近所の知人がおとずれた……そう取れるのだが。


 カレテュさんは非常に青い顔をして、父さんと母さんと話をしていた。


「えっと……」


 あぁもう、嫌な予感しかしない。

 ドクンドクンと鳴る心臓が、それをもう予期していたのかもしれないな……





 静かになった室内で、テーブルについたのはガルスの母カレテュ・レダン。

 そして父さんと母さん……最後に、俺だ。

 二人の姉は、俺の後ろで待機していた。


 空気は重い。

 事の重大さが、嫌でもつたわる。


「――そうですか、ガルスくんが……」


 聞いた話はこうだ。

 今日の夕方、家に帰って来たガルスは、一人コソコソと何か準備をしていたと言う。まるで誰にも見られないよう、こっそりと隠れる様に。


 そしてしばらくして、そのガルスがいなくなったのだと。

 初めは、外に遊びに出たのだと思い、気にはしなかったのと言う。


 しかし、夕食の時間になってもガルスは帰ってこなかった。

 カレテュが部屋に行って見ると、一枚の紙が置いてあった。

 そこには「村の外に出る」と……「盗賊を見てくる」と書いてあったと、カレテュは言う。

 そこで、まずは同級生である俺に話を聞こうと、スクルーズ家におとずれたのだ。


「そういう事なの……ミオくん、何か……息子の事、分からない?」


 正直、心当たりはある……でも、それを言っていいものか?

 俺がもしガルスに賛同していたら、きっと俺も帰って来ていないだろう。


 ――いや……そうじゃない。

 俺の知っていることは何でも話そう。

 それがきっと、一番答えに近道なはずだ。


「今日のお昼休み、ガルスとその話をしました。でも……」


 俺は本当の事を話す。

 うそなんかつかないさ、仮にも同級生……幼馴染が危ないんだ。


「――盗賊の話をしたのは確かにそうです、でも……大人に任せようって言ったんですけど」


「――そうね、それが普通よ。ミオは間違ってない」


 クラウ姉さんが同意してくれる。


「でもまさか……ガルスが一人で行ってしまうなんて思ってもみませんでした」


 俺は、本当に後悔こうかいをしていた。

 引きめるべきだった……でも、どうやって?


 あの時すでに、ガルスは盗賊を見に行くつもりだったんだ。

 俺が同意していてもしていなくても、一人でもだ。

 だが……それを今言っても、もう遅いのだから。


 俺の幼馴染で同級生、ガルスがいなくなった。

 その時間から、既に結構の時がっている。

 もしも盗賊が関わっているとなれば、時間は多くはないだろう。


「ミオくんの言う通り、あの子は見に行ったのでしょうね……ガルス、あの馬鹿息子……」


「――ごめんなさい」


 素直な思いだ。俺の知恵と大人の説得力があれば、ガルスを止められたかもしれない。

 命がかかってるんだ、本気で悪いと思っている。だからあやまる。

 でも意味はない。きっと、これはただの自己満だ。だけど、だからこそ……


「――最近、隣町から商人が来ませんよね……?」


「ミオくん?」

「ミオ?それがどうしたんだ?」


 カレテュさんと父さんだ。


「盗賊がいる事を……商人の人たちは知っていたんだと思います。だから、落ち着くまでこの村には近付かないようにしたんです、きっと」


「お、おお……」


 いつになく饒舌じょうぜつな息子の真剣な顔に、父ルドルフは困惑している。

 しかし母親、レギンは。


「聞かせてくれる?ミオ……」


 流石さすがレギンママンだぜ……俺の気持ちを分かってくれてる。


「うん……このままだと、村に盗賊が来てしまうと思うんだ」


「なっ!!」

「え!?」

「……」


 ルドルフ、レイン、クラウの順だ。

 ガルスの母カレテュは、頭を抱えてテーブルにひじをついていた。


「……多分ですけど、うわさの盗賊……もともとは商人を狙った盗賊だったと思うんです。でも……話を聞きつけた商人が来なくなった。そうなれば、何もない場所では近くにある村や町にいくしかない……つまり、一番近いこの村に襲いに行くしかなくなる」


「……そ、そんな」


「……多分その通りだよ」


 おどろくレイン姉さん、そしてクラウ姉さんが俺に同意する。

 そして付け加えて、説明をしてくれた。

 頼りになるなぁ……転生者。


「――ガルスくんはまだ無事……それは確実だと思う」


「ほ、本当に!?」


 カレテュが立ち上がって、クラウ姉さんに言う。

 いつものクラウ姉さんならウザそうに対応するだろうが。


「はい。盗賊はこの村の情報を持っていません。持っていたらもう来ているでしょうし……だからきっと、ガルスくんに村まで案内させると思うんです。だから、簡単に命を取ったりはしないはずです」


 俺もクラウ姉さんも、人の変わったように口が軽くなっちゃってさ。

 どうしようかね、今後。


 それでもやっぱり、友達は助けたいよな。


「でも……自警団じけいだんもないのよ?この村には」


「そ、それは……」


 レギン母さんが言う言葉に、カレテュが動揺する。


 そうだ、この過疎化かそかした村には、自衛の手段がない。

 きっと今までも、このような経験は無かったのだろう。

 作物さえ守れれば、この村では平和に暮らせていたんだ。


 だから、俺は一度もこの村で……剣や槍を見た事が無かった。

 そのせいで、ファンタジーの世界に転生したって実感がなかったんだと思う。


「――なら、私が行く」


「「「「!!」」」」

「ク、クラウ姉さん!?」


 ――は!?な、なんでだよ!どうしてクラウ姉さんが行く必要があるんだ。

 おどろきの宣言に、この場にいる全員が固まった。

 クラウ姉さんの突然の一言に、当然のように両親は怒鳴どなり始める。


「――馬鹿を言うんじゃない!」

「そうよクラウ、何を言い出すの!」


「……二人共落ち着いて。私にかんが――」


「――だ、だまりなさい!!」


「……!」


 ル、ルドルフが大声をあげた……?

 レギンに常に尻にかれ続けて来た、この男が?

 最近年を気にしてか、口髭くちひげなんて言う似合わないものを生やし始めた、四十歳のおっさんが?


「パパ、聞いて……私は――」


駄目だめだと言ってるだろう!!」


「――うっ……」


 す、すげぇ剣幕けんまくだ。

 ここまで怒ってるルドルフ……父さんは見たことがない。

 だが、普通に考えれば理由は分かる。


 十三歳の娘が、みずから盗賊の所に向かうと言えば、怒るのが当たり前だ。

 クラウは農家の娘であり、騎士でもなければ戦士でもない。

 魔法も使えなければ、特殊能力も……――そうか!


 クラウ姉さんには何かあるんだ。だから確信を持って言える。

 自分なら、ガルスを助けられると。

 しかし、そんな事を両親が知る訳など無く、流石さすが剣幕けんまく後退あとずさりしてしまったのだろう。


 もしかしたら、クラウ姉さんは何かを言おうとしたのか?

 だけど、ルドルフ父さんが一方的に怒鳴って来て……封じられた。


「――村長に相談してみよう。村が危険だと知らせれば、きっと……いいですね、カレテュさん」


 それはいけない。駄目だめだ。


駄目だめだよ父さん。それじゃ……ガルスもカレテュさんも、その家族も……もう村に居られない、居られなくなる」


 そうだ。村に危険を招いた戦犯せんぱん

 だれがそんな家族を置いておけるだろうか。

 もし、何事もなく村で過ごせたとしても、居心地は最悪だ。


 俺は覚えている。

 十年前、母さんの……レギンの悪いうわさが流された時の、あの村人たちからの視線を。


「し、しかしだな……」


 だから、クラウ姉さんがいけないのなら。

 可能性は低いのかもしれない、それでも……出来る事があるのなら。


「……なら、僕が行きます」


「――ば、馬鹿野郎!!」


 分かってる。父さんが怒鳴どなる事も、母さんが心配そうに顔をゆがめるのも分かってる。

 俺はまだ子供ガキだ……十歳のクソガキだ。

 身体も全然成長していない。地頭だって、恥ずかしいがそこまで良い方じゃない。


「でも……」


「?」

「ミオ……?」


「でも、僕が行く。友達だから……僕が行くんだっ!!」


 キレるだろうな……優しいルドルフ父さん。

 下手をすれば殴られるかもしれない。


 些細ささいなキッカケを見逃した、俺が悪いんだ。

 俺がもう少し注意を払っていれば、ガルスは単独で行かなかったかもしれないだろ?だから、俺が行くんだ。

 俺が行って何ができるか……そんな事は分からない。

 もしかしたら、何も出来ずに殺されてしまうかもしれない。

 でも行くんだ。せっかく出来た……新しい人生の友達なんだからさ。

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