1-11【拗らせシスコン疑惑】



こじらせシスコン疑惑◇


 レイン姉さんはまだ十五歳だ。嫁に出すのは無理……というのは、異世界には通用しないのだろう。

 昔の日本だって幼い子供が嫁に出されていたんだ。そう言う事だって理解はしている。


 だがしかし、レイン姉さんは駄目だ!

 俺の良心、心のやすらぎ。クラウ姉さんにいじめられる俺の、最大のオアシスなんだよ!!


「――なんか、無性に腹が立つわね……」


 ――いででででっ!首!クラウ姉さん首!まってる!!

 別にクラウ姉さんの事だって口に出してないのに!女の勘怖いんだがっ!!


「むがぁ~」


「ク、クラウさん……」


 ほら、真下のアイシアもあきれてるから。

 レイン姉さんを見ようって!だぁぁぁ!く、口に指を入れないで!!自分がされたら嫌でしょ!?

 そんな馬鹿ばかな事をしていると、リビングから声が。


「ではさっそく、今日からお願いしようかな。いっぱい作ってくれよ?」


 おい――オヤジ殿……今なんつった?

 作る?何を?……今日からお願い?それを親が頼むのか……?ああ!?

 誰だってそれを聞いたらそう思うだろう?子作りだよなぁぁぁぁぁ!!


「……ひゃっ!ミ、ミオ!?」


 俺は、クラウ姉さんの手を舐めた。

 普段はされるがままの俺が、やり返したんだ。

 もうすごいいきおいで舐めたる。


「あ、ちょ……すごっ……」


 嫌がれよ!!赤らめてんじゃないよっ!!こっちが恥ずいんだが!!

 でも、拘束こうそくが緩んだ。チャンスだ!!行け、ミオ!!


「――あんっ!あ、ミオ!!」


「いだっ……!ミオ!?」


 俺はアイシアの背を跳び箱のように跳ねて、部屋の扉を開けた。





 バン――!!


「ちょっと待ってください!!」


 リビングに飛び出た俺は、心の声を出さないように心がけて、冷静に優等生を被った。


「ミオ……部屋に居なさいっていったでしょ?」


「そんなこと聞いてられないよ母さん、オヤ……父さんが変なことを言うから、僕が代わりに言うんだ」


「言うって、何を?」


 決まってる。


「そんなこと……決まってるよ!母さんと父さんが認めても、僕は認めない!」


「ミ、ミオ?」


 レイン姉さん、そんなキョトンとした顔……やめてくれよ。

 俺があなたを思って言おうとしている事を、分かってくれよ。


「……え?」


 おめぇもだよ!そこの男!いくら学校の先輩だからって容赦ようしゃしねぇぞ!!


「――僕は認めない……決して認めませんよ!僕はっ!!」


 ビシィィィ――!!と、俺は男、アドルを指差して叫ぶ。


「――レイン姉さんの結婚は、絶対に認めない……!!」


 ふっ……言ってやったぜ。

 オヤジ殿がだらしないからだぞ。親なんだから、相手を一発殴るくらいの気概きがいを見せないとな。

 まぁ、その上で認めないんだが――っと……あれ?何で皆、俺を見てるの?そんなおどろいた顔でさ?

 空気がおかしくない?これじゃあ……俺がなにかへまをしたみたいじゃ……あれ?


 リビングにいる全員が同じ顔をしておる。はて、何が起きたのか……?


 そう、この状況に……俺もまったく同じ顔だよ。

 父さんも母さんも、不思議ふしぎな顔で俺を見てる。いやなんで?

 レイン姉さんは、「え?私、結婚するの?」みたいな顔で俺を見てるけど、そうでしょ?


「――ミオ」


「……な、なに?」


 あっれぇぇぇぇぇぇ?なにこの空気。俺はただ、大切な家族をうばわれたくなかったから……レイン姉さんもさ、何か言ってくれよ。


「ねぇミオ、いったい誰が結婚するの?」


「はぇ?だ、だれって……レイン姉さんが、このひとと……」


「え……私とアドルくんが!?」

「え――俺っ!?」


 え!?なんだよその反応!

 俺だけ場違い感ひどくない!?


 硬直する俺の背後から、クラウ姉さんとアイシアが部屋から出てきた。

 よし、何か言って?頼むから。俺を援護えんごしてくれない?


「――やっちゃったね、ミオ。話聞かないから……」


 指を舐めながら、クラウ姉さんが言う。

 ねぇ、その指俺が舐めた指じゃない?ひかえめに言ってもやばいぞその行動。


「や、やっちゃった……って、なにが?」


 全然理解できない。俺のキャパオーバーなんですけど。

 状況にあたふたし始めた俺を見て、母さんが笑いながら言う。


「――あはは、ミオまさか……レインが結婚するって思ってるの?」


 そうでしょ?え、違うの?

 だってあんなに盛り上がってさ、それらしい事をぬかしてたじゃん!!


「ミオ……お前は誰に似て、そんなに勘違かんちがいをするようになったんだ?」


 オヤジ殿だろうよ!あと、元からなんだわ!悪かったね激情型げきじょうがたで!!


「本当にあなたに似たのね、こんなに取り乱しちゃって……」


 俺、取り乱してたか?冷静だったつもりなんだけど……母には分かるのだろうか。


「か、勘違かんちがい、?僕が?……何を?」


 俺は視線を彷徨さまよわせている。

 キョドってんのかもしんないな。


「あのねミオ……」


 おお、レイン姉さんがみずか否定ひていしてくれるのか?


「私、結婚なんてしないよ?」


「――え?」


 じゃあ、あの変な会話はなに?オヤジ殿がさ、家族になるって言ったじゃん。

 後このひと、めちゃくちゃレイン姉さんを好きなオーラ出してたじゃん、昔からさぁ!


「あ……っと、レイン……俺が説明するよ、弟くんには」


 てめぇの義弟おとうとになった覚えはねぇよ!?

 怒りが顔に出てたのか、後ろのクラウ姉さんが俺を抑えてくれたけどさ……その手、さっき舐めてたよね?


「あのな、弟くん」


「――僕はミオです!」


「あ……ああ、すまない、ミオくん。俺は……ここでお世話になるんだよ」


 ほらぁぁぁ、そう言う事でしょぉぉ!?


「だからレイン……いや、お姉さんには感謝をしてるんだよ、これで、寝たきりの親父に薬を買ってあげられるからね」


 ん?寝たきりの親父?薬?


「――レインには、仕事を紹介して貰ったんだ。ここのさ」


 ここ。つまりうちだ。

 仕事ってのは、そうなると……農作業?うちの?

 あ~~~~~、やってんねぇ……やっちまったぁぁ!!

 こ、このひと、レイン姉さんと結婚するんじゃないの?


 俺の中で、急激に熱が冷めていく。

 いや、本当はもう気付いてる……やってしまったんだ、俺が。

 アドル……さんの話を聞くうちに、どんどん繋がっていくんだ。


「この前お邪魔じゃました時……親父の事を相談させてもらったんだ」


 この前来たのは知ってるよ。だから、今回も警戒したんだろ?


「それで相談したら、ここで働かないかって言って貰えたんだ。それで、是非ぜひよろしくお願いしますって……挨拶あいさつに来たんだよ」


 で?俺には婿むこに入ってよろしくお願いしますって聞こえたんだが?

 悪いね……往生際が悪くて、既に俺の大敗が決まっていてもさ……分かるだろ?


「あーそうか、もしかして、全部聞いてたのかな……」


「そ、そうかも、ごめんね……」


 レイン姉さんが謝らなくてもいいだろ。


「なんにせよ、俺は君のお姉さんを取ったりしないよ……さっきルドルフさんが言った家族になるっていうのは」


 そう、それだ。

 でも、もう俺も分かってる……恥ずかしいから言わないでくださいお願いします。


「――従業員って意味だしね」


 いやいや……あのさ、普通そんなこと言う?

 俺はクラウ姉さんに怒りを抑えられたまま、顔だけを両親に向ける。

 すると二人は。


「そうね。そう言う事よ……?」

「ああ、大切な従業員かぞくさ」


 ええぇ~、なにそれ……俺の意気込みは?

 ちょっとさ、え?なにやめない?その生温かい視線。


「レイン、君の弟は家族思いの……とってもいい子だな」


「ええ。ありがとう」


 え、え……ごめん、ちょっと今すぐここからいなくなりたいんだけど。

 クラウ姉さん離してくれないですか?

 アイシアもさ、なんかお前まで家族の一員みたいになってるけど……もしかしてお前知ってたのか?クラウ姉さんも?

 なんかこの人の事調べた、みたいなさぁ、言ってたよな?


「――じゃ、じゃあ……その、僕の」


 早とちりですよねぇぇぇぇ!!


「そうね。ミオの勘違かんちがいよ……?」


「――は」


 恥ずかしぃぃぃぃぃぃぃ!!声にはかろうじて出なかったけど、多分顔は真っ赤だ。

 逃亡したい。顔を見られたくないっす!

 あ、クラウ姉さんやめて……顔を固定しないで。


「ミオ。私に抵抗したでしょ……後でひどいよ?」


「――ひっ」


 耳元で恐ろしい事を言わないでっ!

 クラウ姉さんも分かってたなら説明してくれよ……無駄に恥ずかしいだろ!

 やけに冷静だと思ったよ、今思えばさ!


 俺が羞恥しゅうちに耐え忍んでいると、誤解を招くような発言をしたオヤジ殿が。


「さて、話も終わりにして……畑を案内しよう。今日から作ってもらうって言っただろう?」


「あ、はい!!」


 もう分かってたよ!!作るって野菜な!なんなんだよそのオチ!!

 読めなかったの俺だけ!?なぁ、俺だけか!?

 俺が全部悪いのかぁぁぁぁ!?


 こうやって、俺が家族の事で熱くなってしまうのも理由があった。

 前世の俺には……弟がいたんだ。十も年の離れた、生意気な奴だった。

 だから内心、姉や妹が欲しい……そう何度も思った時期もあったよ。

 まさか転生して、両方を手にする事が出来るとは思わなかったが、それは少し甘かったんだ。


 女系の家に生まれた男は肩身がせまい。父親もそうだが。

 しかし、長男である俺は姉と三人部屋であり、思春期に入る手前の子供たちが同じ部屋なのはどうなのだろうか、と首をひねる事もしばしばだ。

 最近は野菜の売り上げも上々だと聞く。そろそろ家を建てないか?オヤジ殿。


 そうして、俺を一人部屋にしてくれ。

 そうしてくれれば、一人の時間が持てて色々考えられる。

 特に転生の事だ。能力の事……十年で何一つ分かってないってのも、いかがなものだろうと思うだろ?


 心の中では何度も考えたし、試そうとも思ったよ。

 何とかっていう女神に貰った【無限むげん】と言う能力。

 これはどうやって使うのか、それとも常時発動型なのか……とかさ。


 【無限むげん】って言うくらいだから、初めは“魔力が無限むげんにある”、そういう風にとらえてたんだが、そもそも魔力って何?状態なんだよ。


 この村では魔法なんて見たこと無いし、魔物すらいないんだぞ。

 現れるのはたまに出る害獣がいじゅうくらいで、大きな被害を受けた事もない。

 異世界だって実感したのは、同じ転生者であるクラウ姉さんの件と、【女神イエシアス】の事くらいだ。


「――ミオ……?まだ起きてる?」


 時間は夜……声をかけられるという事は、同じ部屋にいるという事だ。

 俺は寝ながら考え事をしていたが、隣で眠るレイン姉さんが声をかけて来たんだ。


「うん……起きてるよ」


 俺はごろんと寝返りを打って、レイン姉さんと向き合う。

 クラウ姉さんに背を向ける形だ。

 まぁ……昼間の恥ずかしさで寝られる気もしなかっただけだけどな。


「レイン姉さん……今日はごめんなさい。変な勘違かんちがいをして、アドルさんにも迷惑をかけて……反省してます」


 だが後悔こうかいはしていない。もしまた同じことが起きても、俺は抗議こうぎするだろう。恥の上塗うわぬりは嫌だけどさ。


「ううん。いいの……私の事、心配してくれたんだよね……?お姉ちゃん嬉しかったよ」


 レイン姉さん……あぁ、ここまで言ってくれるなら、恥かいてよかった……いや、よくはないけどさ。


「でも、ミオって本当にお姉ちゃんたちが大好きね」


「――え?」


 え?なにどういう事?


「こういうミオのような子って、シスコンって言うんだって。クラウが言ってたわ……だから、私が結婚するかも知れないって聞いて、飛び出してくれたんでしょ?」


 おいクラウ姉さん。余計よけいな事をレイン姉さんに教えるなよ。

 俺はクラウ姉さんが転生者だって知っているんだ、だから変な事言ったら、俺にはつたわっちまうんだからな。だが、それでも。


「う、うん。僕、心配で……不安で、つい……カッとなって」


 レイン姉さんは、ふと俺を抱き寄せてくれた。

 甘い匂いと、ふんわり柔らかい感触が、たまんねぇ。

 ――っと……相手は姉だ。危ない危ない。


「ありがとう。ミオ……大好きよ」


「うん……僕もだよ、レイン姉さん」


 家族愛。俺は、これを大事にしたいと思っているんだ。

 前世で――躊躇ちゅうちょなくそれを捨てた、俺だから……

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