1-9【女神が囁くキッカケの事象】



◇女神がささやくキッカケの事象◇


 ゾクリ――と、背筋が震えた。


「――あら?その子が弟?」


 肌を焼くような恐怖。率直そっちょくな感想は、それだった。

 俺は聞こえないふりをして、秘密基地ひみつきち堪能たんのうする。


 しかし、クラウお姉ちゃんはその声に答えたのだ。


 「……そうよ」と返答。まるで、この声の主が来るのを分かっていたみたいに。

 いや、分かっていて当然なのだ――何故なぜなら。


「それにしても意外ね?」


「……なにが?」


「だってそうじゃない?こっちに来てから、あなたは誰にも心を開かなかったんでしょ?まさかこんな小さな弟くんをここに連れてくるなんて……意外でねぇ」


 その女の声は、クラウお姉ちゃんをからかっているような声音こわねにも聞こえた。


五月蠅うるさいわね。自我じがが目覚めたのも三年前よ……?この子が産まれて来てくれたお陰と言ってもいい。私に貴女あなたが近づいたのだって、それからでしょ?」


 この子――って、俺の事だよな?それに……自我じが?目覚めた?いったい何の事だ?


「確かにそうねぇ、でもいいのかしら?この子をここに連れて来て……」


「――最初に大丈夫って言ったのは、貴女あなたでしょ?……私にしか、貴女あなたの姿は見えない、声も聞こえないって言ったのは、貴方あなた自身だわ」


 バッチリ聞こえてんだよな……姿は、昨日チラッと見ただけだし、今は気付かれない様にするので精一杯せいいっぱいだから分からんけど。


「そうねぇ……確かに言ったわ。でも、その条件は――」


「――分かってるわよ。転生者・・・だけなんでしょ?女神・・の声が聞こえるのは……」


 ――は?今……なんて言った?

 転生者!?女神!?お、おいおいおいっ!心当たりがありすぎなんだが!?

 それに――って事は、クラウお姉ちゃんは……俺と、同じって事だよな!?


「うふふ……そう。この私、【女神イエシアス】の声は、本来この世界の住人ではない人間、つまり転生者にしか聞こえない……あなた、星那せいなにしかね」


 せ、せいな?まさか日本人……か?

 で、でもそうか、前世の記憶もあるのなら……あれだけませてた理由も納得できる。

 俺と同じで、色々と知っていたからだ。その行為こういを、知っててやって来たんだ。


「――前世の名前で呼ばないでって言ってるでしょ?それに、貴女あなたの目的はどうなの?終ったの?」


 目的?女神の?……なんだ、それ。


「うふふ……それが、ぜ~んぜん駄目だめ


 やけに簡単に言うじゃないか。

 まるで……決まっていたセリフの使いまわしだ。


「――ムカつくわね、その言い方」


 あ、なるほどな……クラウお姉ちゃんを怒らせる言い方なのか。

 俺は秘密基地ひみつきちに夢中になる振りをしていたが、二人の話に思考が行ってしまって、身体が完全に固まっていた。


 そしてそれを、女神に気付かれた。


「ねぇ、弟くん……動かないわね?」


「ん?……あ、本当だ」


 やっべぇ!……ど、どうする!?クラウがこっちに来てしまうっ!!


(やべぇやべぇ!!どうすんだよ!!)


 二人の話に身を入れ過ぎて、身体と心がバラバラになってた!

 これじゃあ、まるで聞こえていたみたいじゃないか!!


 土をみしめて、クラウお姉ちゃんの足音が近付いてくる。


 ――だぁぁぁぁ!女神?もだ!

 聞こえた二つの足音に、俺は背筋に汗を流した。


 しかし。


「待ってイエシアス、ミオは疲れてるはずだから……寝かせてあげて」


「うん?寝てるの?あれ……」


 そーだ!寝ればいいんだ!!

 クラウお姉ちゃんのありがたい助言に、俺は一瞬で狸寝入たぬきねいりをする。


 ……。……。……。

 寝れる訳ねぇだろ!の○太じゃないんだから!!


 しかし、クラウお姉ちゃんは言う。


「大丈夫よ、寝てる。昨日もあんな感じで……テーブルに頭ぶつけてたから」


 あの時のガタン――!って、俺がデコぶつけた音だったのかぁ!!

 い、いや、しかしチャンスだ……!これなら寝てられる、噓寝うそねだったとしても!


「ミオ、ミオ……?ほらね、かわいいでしょ」


「……本当だわぁ。食べたくなるわねぇ~」


「……(ぎろり)」


「あらやだ怖い、冗談じゃないのよ……」


 え?何が起きたんだよ、目をつぶってるから分かんねぇよ!?


「もういいでしょう。ミオもいるし、今日は帰るわ……話はまた後で聞く。今日はそれだけを言いに来ただけだから。それに、もう直ぐここにも入れなくなるし……貴女あなたが次に来るときには、私も成長しているはずだし」


「確かにねぇ、大きくなるのは早いものね、人間って。まぁ私には他にも情報を聞き出したい転生者もいるし、別にいいけれどねぇ」


 やっぱり……転生者は結構いるのか。

 この女神……名前なんだっけ、ああそうイエシアスだ。

 イエシアスの言葉を考えるに、クラウお姉ちゃん以外にも転生者がいるって事だ。

 そして、イエシアスが滅多めったに現れない事を考えると……その転生者たちは他の町や国にいるんだろう。


「よっと……お、重い……」


 クラウお姉ちゃんは、俺を抱えてくれる。

 ごめん、重いよな。六歳児に三歳児を背負わせるのは。

 でも、ここはなんとか頼む。


 クラウお姉ちゃんは歩み出した。またあのせまい穴を抜けるのだろう。

 あれ?そう言えば、この女神はどうやってここを通って来たんだ?


「……あ、そうだイエシアス」


「なにかしら?……クラウちゃん」


「ちっ……貴女あなたの探してる、チート全持ち・・・・・・の転生者……見つかると良いわね」


 クラウお姉ちゃんは子供らしくない舌打ちをして、それでも女神に言葉を送る。


「うふふ……ありがとう。なぁんだ、優しい所も――」


 俺も思った……でも。


「――そんでもって、早く私の前から居なくなって。顔……見たくないから、出来れば二度と見たくないっ」


「……あーこわっ」


 こわっ……!こ、これがクラウの本性?

 いつもの寡黙かもく雰囲気ふんいきも、おませな行動も、もしかして、演技なのか……?そうだとしたら、かなりあなどれないぞ。


 ――ん?あ~っと……そうだな。

 うん……あれだわ、俺と同じだわ……やってる事。

 いずれにしても、俺もどこかのタイミングで行動しないといけないな。

 クラウの事も、この女神の事も――


『――聞こえているんでしょう?』


 ――!!……な、なんだ……急に。声?

 この女神の声だ。な、なんで……


『安心なさぁい。お姉ちゃんには聞こえないわよ……』


 お、俺に直接語りかけてるのか?


『そう言う事。女神に分からない訳ないでしょう?転生者・・・くん』


 気付いてたのかよ……趣味しゅみ悪ぃな。


『そう言わないの。お姉ちゃんにバレない様にしてあげたでしょう?』


 それは、まぁありがてぇけど。

 でも、なんで声をかけて来たんだ?――ってか、俺はこんな感じに心の中で返事するだけでいいのか?


『いいわよぉ。でね、私は人を探しているのよぉ。知らない?』


 さっき言ってた、チート全持ちってやつか?

 あいにくだけど知らないな。

 俺は転生して三年、この村から一度も出てない。

 転生者が他にもいるって、今知ったし。


『――あなたでは無いの?』


 俺?いやいや、違うだろ。

 チートって、転生する前に貰った能力の事だろ?


『そうよ』


 だろ?なら、俺には一個しかないよ。それに、子供の身体じゃ何も出来なくてな。

 まだどんな能力か、確かめてすらいないんだから。


『ふぅん……そう、分かったわ』


 【女神イエシアス】は渋々しぶしぶ納得なっとくした雰囲気ふんいきだった。

 だが、それがなんとも不安をあおるよ……だってそうだろ、自分の事だなんて、誰が思うかよ。


 【女神イエシアス】は、俺の言葉に納得なっとくした様子ではあったが、声だけでは何とも言えないだろうと、俺は疑心ぎしんに駆られていた。

 当然だろう。存在が神だったとしても、信用できないものは信用できない。

 俺はすでに、女神に信用が置けない事をその身で感じているんだからさ。


『それにしても、姉弟で転生者って……凄い偶然ぐうぜんねぇ、そう思わない?』


 まぁ、それは俺も思うよ。

 クラウお姉ちゃんが俺と同じ転生者……しかもどうやら、名前的に日本人っぽいんだよな。せいな……だっけ?


『――さぁ、どうでしょうね、ノーコメントよ』


 なぁ、女神さまさぁ……あんたはこの世界の神なのか?

 それとも、俺を転生させたあの女神……え~っと、名前忘れたけど、あいつと同じなのか?


『さぁ~。どうでしょうね~』


 答えるつもりないな……まぁでも、チートがどうのこうのって言ってる時点で「あ、さっし」だけどな。


 うぉわっ――!!な、なんかどこかの女神が『アイズレーンだって言ってんでしょ!!』って、怒ってる気がしたわ。


『――私の探す転生者が見つかれば、別にお姉ちゃんにも迷惑はかけないわよ?』


 う、やっぱり俺が心配してる事も分かってたか……あ、もしや昨日から気付いてやがったな?


『うふふ、正~解♪』


 性格悪ぃ……あのポン女神もそんな感じだし、神って大体そうなんだな。

 それにしても、チート全盛りってすげぇな……どんな能力を持ってんだろう。


『転生者は数多くいるわ。でも、どこぞの誰かがミスをして、その尻拭いをさせられた女神までミスしてしまってねぇ……』


 へぇ……大変だな。

 二重でミスってんじゃん。


『転生の術式は、誰が誰に転生したとかが記録させないのよ。しかも、書類とかが勝手に破棄されちゃうのよね』


 不便かよ。バックアップは基本だろ?

 しかしそれだと、わざわざこっちの世界で探さないといけないのか。

 ああ、だからこの女神さまは探してんのか。

 ――って、その時点であっちの世界の神さまじゃねーか!


『私の目的は、その転生者を見つけて……殺す事よ。そうすれば、持っていかれた全ての能力を回収できるわ』


 もしかして、残ってたチートを全部配布はいふしちまったから、次の転生が出来ない……とか?


『そうよ。今、神界はごちゃごちゃしているわ。女神もこの世界に降りてきているわよ?』


 マジ?他にも女神さまがこの世界にいるのかよ。


『ええ』


 あの〜ところで女神さま……もしかして、家までついて行く気ですか?


 俺は目をつぶってるからよくは分かんないけどさ、クラウお姉ちゃんにおぶられているって事は、家に帰っているって事だろ?

 そんで女神さまは俺に話しかけ続けている……一緒にいるよね?今。


『いるわねぇ。存在は魔法で消しているから、クラウには見えなくなってるけど……隣で君の顔を見てるわよぉ?』


 マ、マジかよ。もしかしてこのまま居座る気?


『――それはないわぁ。私も暇じゃないし、チート転生者を探さないとねぇ』


 そ、そっか。ちょっと安心した。

 存在消して話しかけてくるとか……プライベートが無くなっちまうよ。

 しかし家に着くころには、【女神イエシアス】の声が聞こえなくなっていた。

 気付いたらいなくなるとかさ……自由過ぎない?


 そんな女神に関りがあるらしいクラウお姉ちゃんも、帰る頃には普段の寡黙かもくな幼女に戻った……演技を再開したんだろうな。

 ま、それは俺も同じだが。


 でも、今後は注意も要るな……スクルーズ家、次女クラウが俺と同じ転生者……って事は、身バレしちゃいかんという事だ。

 だって、ミオの中身は三十過ぎの魔法使いのおっさんだぜ?ただ生まれ変わって人生やり直してるだけじゃないんだ。


 俺は俺の……武邑たけむらみおの自我のまま、ミオ・スクルーズになってるんだからな……バレたくないんだよ、情けなくも死んだ……前世の事をさ。




 家に着いたのは夕方だった。

 もうしていた野菜も仕舞しまわれて、ママンもオヤジ殿も、レインお姉ちゃんも家の中にいた。


「あらあら……クラウお姉ちゃんに甘えちゃって、仲いいわね~」


「……うん」


 そんな事あまり言うなってママン。

 恥ずかしいだろ?あと、罪悪感ざいあくかんが産まれちゃうからさ。


「え~クラウずるい。ほら、こっちにおいで?」


 レインお姉ちゃんが何かに対抗して、俺を抱っこしようと手を伸ばす。

 が、しかし、クラウお姉ちゃんは離さなかった。


「……だめ」


「え、なんでぇ?」


 そりゃあレインお姉ちゃんもそんな顔にもなるよな。

 何て言うか、よく見る絵文字のキョトンとした顔だよ。


「……」


 クラウお姉ちゃんは俺をギュッと抱きかかえて、意地でも離さんと結界を張るのだった。


「――あ、クラウ~!!」


 こうして、本日は終了だ。

 後は家族みんなで飯を食って、姉弟仲良く眠るだけだ。





 眠っている。

 でも、意識ははっきりしてる。いろいろ考えてるよ、考えさせられてる。


 昨日、今日はいろいろあったからな。

 クラウお姉ちゃんの事、女神の事。

 そして自分の事……考えはきないよ。


 特に、転生者の事を考えてた。


 転生者は数多くいる。その言葉が、俺の心を強く揺さぶっているんだ。

 こんなド田舎に転生してさ、赤ちゃんからやり直し中の俺だけど、もう三年だ。

 やる事なんか、何一つない三年だった。


 だって赤ちゃんだぜ?誰かがいないと生きてけねぇよ。

 いくら転生者だからって、万能じゃないんだな。


 でもって、転生者……チート全持ちの人物って言われて、更に考えた。

 俺も能力を貰っているではないですか、と。

 能力と武器、どちらがいいって言われたんだから、貰ったのは一つのはずだ。

 そしてその能力は――【無限むげん】。

 赤ちゃんのうちは使えないし、一人の機会がないから試すことも出来なかった。


 だから、俺も行動する事にするよ。

 今日の出来事、これはただのキッカケだ。

 死んで、転生して……赤ちゃんから始まった俺の異世界転生は……少年から始まるんだ……

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