1-8【子供特有の泣いた理由】



◇子供特有の泣いた理由◇


 ここは――私の秘密基地ひみつきち

 小さな林の中にある、私と……彼女だけ・・・・が入れる空間。

 三年の間に身体も大きくなって、入るにも一苦労だわ。


「……せまい」


「あっはっはっ……キミが大きくなったのよぉ。星那せいな……もう六歳だものね……」


 背後から声をかけてくる……不思議ふしぎ雰囲気ふんいきかもし出す女。


 私をその名で呼ぶこの女は、この世界の人間ではない。いや……むしろ人間ではない。


「……前世の名・・・・で呼ばないでくれる?」


「おっとっと、これは失敬しっけいしたわねぇ……」


 女はわざとらしく指でバツを作って口元に持っていく。

 目元はニヤついているのが見て取れて、ムカつくほどにウザイ。


「そうそう、この世界では――クラウ・・・だったわねぇ」


 わざとらしく私の今世の名を呼び、気持ちの悪いまでの神秘的な美貌びぼうを持つこの女。


(あぁもう……本当に五月蠅うるさ女神さま・・・・ね)


 私は心底そう思う……この世界に転生した、私――クラウ・スクルーズは。





 俺は目を真っ赤に充血じゅうけつさせて、レインお姉ちゃんに連れられて帰宅した。しかし、おどろいたのは言うまでもない。

 何故なぜならば……既にいたのだ。家に――クラウお姉ちゃんが。


「……おかえり」


「ただいま~、はぁ疲れた~」


「う、うん……」


 レインお姉ちゃんは心底疲れたように俺を降ろし、台所に向かった。

 レギンママンに今日の事を知らせに行ったのだろう。

 残されたのは、俺とクラウお姉ちゃんだ。


 どうする?何て言う?何て言えばいい?

 まずは朝の事か、逃げるようにしてたし……あやまるか?


「……」


 言葉出ない……そもそも、さっき見たのは確かにクラウだったはずだ。

 俺が間違うか?こんな可愛いお姉ちゃんをさ。

 それに、俺は確実に――見えていた・・・・・んだ。


 クラウ、お前はいったい……誰と一緒にいた?あの影はなんだったんだ?

 ――って、直接聞ければどれだけいいか。


「……」


 ほら見てるよ。クラウお姉ちゃんが見てるって。


「ミオ」


「な、なぁに?」


 怒ってるのかな?――お?

 で……られた?


「学校、楽しかった?」


 笑顔じゃん。めっちゃ清々すがすがしい笑顔!可愛いなぁ~。

 ひいばあちゃんに聞いたのか?俺がレインお姉ちゃんと一緒に学校に行ってた事を。


「たのし……かった!」


「そっか。ならいい……よかったね」


 いいのか?今日の朝の態度もゆるしてくれるのか?

 俺はミラージュを見かけて、それを口実にクラウお姉ちゃんから逃げたんだぞ?

 やばい、自分のおろかさに泣きそうです。


 クラウお姉ちゃんは、それだけ言って玄関の方に向かった。

 多分ルドルフが帰ってくるんだ。お迎えに行ったんだよ……偉い。

 俺は誰もいない事を確認して一人、服のそででゴシゴシと目をこすった。




 程なくして、ルドルフが畑から帰宅した。

 なんとおどろく事に、今日はリュナさんも一緒だった。

 いくら清い経営者同士だからって、昨日の今日で元カノ連れてくるか?


「……」


 ちらり――ほらぁぁぁ。ママンの顔ー!

 想像つくでしょそんなのさぁ。昨日の夜、あんなにママンとイチャイチャしといて、リュナさん連れてくるのは馬鹿ばかだろ。


「お!ミオ……どうしたんだ?そんな顔してー、目が真っ赤だぞ!?」


 ルドルフは俺をかつぎ上げて、たかいたかいをする。

 俺は笑わないよ?意地でも笑わない。

 辟易へきえきした顔で見下ろして、残念なものを見る目でオヤジ殿を可哀かわいそうに思った。


「はっはっはっ……お父さんが帰って来たのが嬉しいかぁ?」


 うん。嬉しいよ。嬉しいから降ろせって。

 俺よりも自分の妻を気にしろって……いや、まさか……お前。

 俺を利用して修羅場しゅらばを乗り切ろうとしてんのか?


 ああ……そうだわ。手がふるえてるもん。

 こうなるって分かってたんだな?

 まったく……じゃあなんで元カノなんて連れて来たんだよ!!自重じちょうしろよ!!


 ああもう疲れたな。

 昨日から寝不足だし、今日も泣きまくったせいで体力がしんどい。

 更にはクラウお姉ちゃんの事で、精神的にもまいっていた。


 そうだよ……クラウお姉ちゃんは、あそこにいたよな……?

 帰り道、暗くなりつつある道……あれは、林だったか?


 街灯がいとうなど一本もない、暗がりの道。そこから伸びた二本の影。

 二人いたと思ったんだ。クラウお姉ちゃんと……もう一人。


 俺には女に見えた。不思議ふしぎなオーラを放った、怖いくらいに綺麗な存在。


「……」


 多分、俺は今ウトウトしてるんだと思う。

 子供の体力のなさ、半パネェ。

 だが、疲れた身体とは裏腹に……心はおだやかで冷静だ。

 そして思い知らされる。異世界に転生したんだと言う、事実に。


 あの女……クラウお姉ちゃんと一緒にいた女。存在感そんざいかんがやばかった。

 まるで周りを気にしていない感じ。あれではまるで、周りの誰もが自分に気付いていないような振る舞いだった、それがクラウお姉ちゃんと一緒にいた事で、不安と恐怖がのしかかってくる。


「……」


「あら?ミオ、寝ちゃってるわね」


 ママン。まだ起きてるよ、考え事をしてるんだ。

 俺は今後、よく考えないといけない。

 異世界に転生して、浮かれ気分でやって来たはいいさ、ご愛敬あいきょうだろう?

 でも、俺の家族になってくれたママンもオヤジ殿も、レインお姉ちゃんもクラウお姉ちゃんもさ……三年も過ごせば、どれだけ大切かって分かるよ。


 あの女は駄目だ……クラウお姉ちゃんのそばにいさせちゃいけない。

 そんな気がしてならないんだよ。だから、俺も覚悟を決めないと。

 守るんだ……家族を。


 ガタン――!!


「あ~……だから言ったのに~」


「仕方ないでしょう?まだ三歳よ?」


「そうだな。レインが学校に連れて行ったんだろ?疲れたんだよ、きっと。よく寝るさ……なぁミオ」


「いいわよ、私が連れて行くわ……あなたはリュナさんと仲良くしてれば?」


「――お、おいおい……そんなこと言うなよぉ」


「そうよレギン。もうこの人とは何でもないって何度も言ってるじゃない、それに、うちの娘をその子のお嫁さんにするんだ……って言ったのはルドルフよ?」


「……それはそれ。リュナはリュナでしょ?」


「硬いこと言わないの。幼馴染でしょ?」


「――幼馴染だから言ってんでしょ!」


「……みんな。うるさい……ミオが起きちゃう」


「そうだよ~、寝かせてあげようよ~」


 俺が完全に寝ちまった後の会話は、まったく覚えていないけど……なんかさ……俺の人生に関わりある事……言われてなかったか?




「あれ……?」


 目覚めると、そこは自分の布団だった。

 よ、よかった……もしまた夫婦の寝室で目を覚ましてたら、立ち直れない。

 更には、昨日いたリュナさんだ。


 もし隣で三人が寝てたらどうしようかと、一瞬だけ感じちまったよ。


「ふぁ~……」


 ボロっちい窓から差す光がまぶしい、光を見ると欠伸あくびでない?俺だけ?


 にしても、子供の欠伸あくびは可愛いよな。いやされる。

 まぁ……悲しい事に自分のなんだけどさ。


 俺は起き上がって、周りを見渡す。

 誰もいないな、レインお姉ちゃんもクラウお姉ちゃんも、隣にはいなかった。


 あれ……?なんで?

 俺は急いで扉を開けて、リビングに向かう。

 いない……誰もいない。


 ドクン――


 ドクン――ドクン――


 ドクンドクンドクン――


 あれ……?なんだこの感じ……心臓が痛てぇ。

 心がけそうだ、気持ちがぐらつく。

 なんで誰もいないんだよ、なんでこんなに……家が広く感じるんだ。


「……ど、どこ?」


 なんで俺、こんなに声がふるえてんの?

 もしかして、さびしいのか?

 今までは、起きたら誰かが居てくれた。さびしくなんて無かった。

 でも……今は……独りだ。


「……ぅ……う」


 うそだろ?泣きそうなんだけど。

 これって俺の気持ち?それとも三歳児の心象しんしょうが、俺の心にも影響しちゃってんの!?

 あ~駄目だめだ……決壊する……!


「――うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!わぁぁぁ、わぁぁぁん!!」


 いつの間にかさ、俺はレインお姉ちゃんのぬいぐるみを持ってたよ。

 商人から買った、お姉ちゃんのお気に入りだ。

 それを、ぎゅ――っと抱えて、さびしさをまぎらわすようにさ。


「――ミオ!?」


「――!!……お、お母さぁぁぁぁんっ!!」


 涙でゆがむその姿に、俺は三歳児の全速力で駆けた。

 外からやって来たママン、レギンに突撃して、全力で抱きついた。


「あ~ごめん、ごめんねぇ。よしよし……ほら泣かないの、男の子でしょ?」


 泣きたくて泣いてんじゃないんだけどさ……もう制御できないのよ。

 前世の俺だったら、一人でいた所で何とも思わないし、むしろ安心できただろうな。


 子供の気持ち……もう少し考えてあげて欲しいな。

 そんな風に、身に染みて思ったよ。子供はさ、起きた時自分一人しかいないと、もう誰もいないって思っちまうんだ。

 いつもより静かで、いつもより部屋が広く感じて……みんな消えてしまったってさ。


「うぅぅぅ、え~ん……お母さぁん!」


「はいはい、いますからね……」


 俺を抱っこして、背中をでてくれるレギン。

 一昨日おとといのあのママンは幻想だったんだ……俺のママンは優しくて、あんな乱れた声出さないんだよ。

 うん。分かってる……子供の勝手な理想だよ。

 でも、もう子供の前では見せないでね。頼む……一生のお願いだから。普通にトラウマだから。


 ママンに抱かれて外に出ると、なんと皆いた。

 オヤジ殿も、レインお姉ちゃんもクラウお姉ちゃんもさ、皆いたよ。

 俺は恥ずかしさで、ママンに顔をうずめた。


「あら、恥ずかしいのかしら?」


「……すっごい声だった」


「そうだね~。外まで聞こえたからねぇ」


「男の子だって泣きたい時はあるさ。なぁミオ」


 うるさいな!オヤジ殿の考えとは違ぇよ!

 おら、でんなっ!


 バシッ――!


「……いってっ。ひどいじゃないかミオ~」


 だまれ。だまれぇぇぇぇぇ!!

 俺は腹立って、両手でオヤジ殿の口を開いた。グイッ――とさ。


「いふぁふぁふぁふぁふぁ……ふぉいふぉい、いふぁいふぁお?」


 分かんねぇよ!!つーかよだれ!!


「お父さん、汚い~」

「……」


 ほら見ろ、娘に嫌われろっ!――ってクラウお姉ちゃんの顔!!

 なにその「だから父親っていやなのよね」みたいな感じの顔!六歳児さぁ、さとり過ぎじゃない!?

 

 もうちょっとレインお姉ちゃんみたいにさ、「もう、お父さんったらぁ」みたいな感じにしたげて!?

 自分でオヤジ殿にやっちまったけどもさ、居たたまれねぇよ!!

 え、なに?やっぱりどこの世界でも、オヤジは嫌われる運命なのか!?


「……」


 なんだ?クラウお姉ちゃん、どこを見てる?

 あっちって……昨日の、林の方向じゃないか?


「……ん?」


「あ……」


 目が合って、俺は首をフルフルと横に振って「なんでもないよ」とアピールする。

 クラウお姉ちゃんも「うん」と言った感じに、その場は何事もなかったんだ。





 結果を言うとさ、皆でリュナさんを見送ってたんだとよ。

 俺は別に泣かなくてもよかったんだよ、な~んで泣いたんだろうな?

 いや、マジで恥ずいわ。落ち着いて一歩外に出れば、皆いたって事なんだよ。


 リュナさんは、俺が寝ちまった後に酒を飲んだらしい。

 勿論もちろん、ルドルフとレギンもな。

 その結果、リビングで爆睡ばくすいだとさ。


 つまり、リビングで夫婦と元カノ三人で寝たって事……だろ?

 ベッドで無くても、その場に居なくてよかった。

 子供の体力にありがとう。だ。


 ママンから降りて、俺はレインお姉ちゃんと一緒にいる。

 外では、何か野菜をしていた。皆でな。

 ドライベジタブルってやつだ。今日は天気もいいし、大きめに切った野菜もされればちぢむし、水に戻して食うんだよな、これ。

 保存も利くし、便利だもんな。


 思えば去年もやってた気がするわ。おぶられて見た記憶がある。

 なんで考えおよばなかったんだろうか?不思議ふしぎだね、まったく。


 しばらくして、ドライベジタブルの準備も終わり、ザルには大量の野菜たちがねんねしている。あ、やべ……赤ちゃん語が出ちまった。

 と、とにかくだ、保存食品を作っておくことはいい事であって、農家ならではの工夫もされているんだよ。

 俺なんかはさ、コンビニとかでたま~に買う程度だったが、こんな大変な思いで作ってるんだよな……きっと日本でもさ。もっと味わって食えばよかった。


「……ママ」


 お?クラウお姉ちゃん……どうしたんだ?


「んー?どうしたのクラウ」


「あそびに行ってくる」


 ――!……ど、何処どこに行くんだ?まさか、あっちか……?

 俺はふと、嫌な予感をその身に感じた。


「気を付けるのよ?暗くなる前に、帰って――」


「うん。わかってる」


 だから言わねばならない。

 ちょっと待ってくれ、俺も――行くと。


「ママ……ぼくも」


「――え?」


 俺はレインお姉ちゃんから手を離して、ママンのスカートを引っ張ってアピールする。これからまだまだいそがしくなる。

 だから子供の我儘わがまま聞いてる時間ないだろ?


 なら、答えは一つだ。ママンの言うべきことはただ一つ。


「クラウ。ミオも行きたいって、連れて行ってあげて?」


「……」


 お、嫌そうな顔~。ごめんクラウお姉ちゃん、でも心配なんだよ。


「ぼくも……いく」


「……おとなしくする?」


「……」


 俺は無言でうなずき、いい子でいると約束する。

 クラウお姉ちゃんは、短いため息をくと。


「わかった……いくよ?」


「――うん!」


 差し出された手を取って、俺はクラウお姉ちゃんと歩き出した。





 昨日の林……確かあそこだ。

 ほらな、やっぱり昨日のはクラウお姉ちゃんだったんだ。

 だとしたら、あの不気味なほど綺麗な女も……見間違いじゃないはずだ。


「怖くない?」


「うん。なぁに?」


 此処ここは何なのか、そういう意味の「なぁに」だ。

 クラウお姉ちゃんは、林の中にぽっかりと開いている、子供が入れるほどの小さな穴を見ながら言う。


「……秘密基地ひみつきちだよ」


 ひ、秘密基地ひみつきち?確かに子供らしいけど……なんか変な感じだ。

 クラウお姉ちゃんが言ってるからか?

 それともあれか、この世界では聞き慣れないような言葉だったからか?


「いくよ?」


 え?もう……?なんか怖いんだけど。


「ついてきて」


「う、うん」


 クラウお姉ちゃんはしゃがんで、俺はそのまま穴に入って行く。

 あ~あれだ、イメージ的にはト○ロのいる穴だわ。


 え……?本当にいたりすんの?つかなんだっけ……子供にしか見えないんだっけ?

 俺、見れるよな?精神年齢三十超えてるけど――じゃない!!


 俺たちは進み、程なくして広い空間に出た。


「うわぁ……」


 感動したわ……こりゃ秘密基地ひみつきちだ。

 クラウお姉ちゃんはなんとも思っていないんだろうけど、これってもう芸術のいきだと思う。


 所々からしてくる光で、充分に視野しやはとれる。

 通って来た穴はともかく、この空間は大人でも入れるには入れるだろう。

 身体の大きな男はきびしいかもしれないが、子供なら楽々だ。


 俺が一人、吞気のんきにこの芸術的な空間に感動していると、背後から――聞きなれない声が聞こえて来たんだ、たった今までこの場にいるはずも無かった、その女の声が。

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