1-6【まるでアマゾネス】



◇まるでアマゾネス◇


 まるで野獣のような目のクラウお姉ちゃんとの時間も過ぎて、夕食だ。


「おおっ!昨日のボア肉か……こうして肉を食えるなら、野菜を育てた甲斐かいもあるなぁ!」


 帰って来たルドルフが、開口一番にそう言う。やっぱ嬉しいんだな、肉を食えるって。

 初登校から帰って来ていたレインお姉ちゃんも、お腹を押さえて目をキラキラさせている。学校って体力使うもんな……お腹減るよ。

 でもってクラウお姉ちゃんは……全っ然興味きょうみなさそうにしてる。


 しかし、その内心が分かる俺にとっては、心穏やかではないのだ。

 知っているんだからな……寡黙かもくに見えて、中身はおませで肉食だと……だが、それはいけないんだ。


 あるだろう?どこの世界でもそれはさ。

 禁忌きんきだ。例えば、もし……ルドルフとレギンの夫婦が兄妹だったら、そういう世界なんだな……と、納得――出来んのよなぁ……

 どこの世界でも、駄目だめなものは駄目だめと知れ渡っている筈だ。

 まさか、そこまで進歩しんぽしていない世界なのか?


 あぁ……早く大きくなりたいよ。

 だってさ、俺……まだ異世界だって実感してないんだぜ?

 笑えるよな。死んで転生して、赤ちゃんからやり直したのに……物語は始まったって言えるのか?

 違うよなぁ。まだなんにも異世界の醍醐味だいごみなんて感じてないのよ。


 だから覚えていて欲しい。今はまだ幼児で、一人でいる事はほとんどないけど……もし、俺が一人の時間を持つ事が出来たら。

 確かめような、あの女神さまからもらった能力・・をさ。

 その時が来るまで、先ずは我慢がまんだ……成長待機だ。


 俺が近い未来の事を夢想むそうしていると、台所からママンがやって来た。

 ドデカい皿に、こんがり焼けたボア肉を乗っけて。


「……おお~」

「すご~い!」

「……うん」


「……」


 オヤジ殿、レインお姉ちゃん、クラウお姉ちゃんのリアクションだ。

 最後のは俺。うん。クラウお姉ちゃんの様子を見てたよ。

 オヤジ殿もレインお姉ちゃんも、肉自体が久しぶりなのか、随分ずいぶんたかぶっているように見えた。

 クラウお姉ちゃんは、さっきも言ったけど……俺に食わせるつもりなのだろう。


 マジで実行する気なの?――ってママン!?

 い、今気付いたけど、クラウお姉ちゃんと同じ目してやがる!獲物えものを狙うメスの目だ!!


「……ぼ、ぼく、ぽんぽんいたい」


 すまん。食が怖い。

 先手を打って、食べない方向に持っていこうとする俺に、隣に座っていたレインお姉ちゃんが。


「そうなの?でもご飯食べないとね……大きくなれないんだよ?」


 ああ……優しく言ってくれるレインお姉ちゃん。

 でもな、今はやめたい。あなたの妹さんが怖いんだよ。

 ――ほら!!スッゲー目でこっち見てる!!


「……ミオ」


 はい!!何でしょうか!!


「……な、なぁに?」


「――食べなきゃダメ……」


 怖いって……ママン、助けて。息子が腹痛いって泣きそうだぞ――って駄目だめだ……あっちはあっちで、ルドルフにスタミナ付けさす気満々だよ。


 そしてママンが全員に取り分けてくれて、夕食の時間が始まった。

 俺は両隣から掛けられる、レインお姉ちゃんからの心配とクラウお姉ちゃんからの圧の板挟いたばさみで、胃がキリキリしてきた。

 うん。マジでぽんぽん痛い。


 でも、目の前に取り分けられたボアの肉は、こうばしい匂いとジビエ特有の獣臭さが相まって、食欲をそそって来やがる。

 日本で食えば、多分臭みのない新鮮しんせんなものが食えるんだろうけど……だ、大丈夫なのか?


「――はいっ!じゃあみんなで一緒に」


 ママンが手をパンパンッ――と叩いて、スクルーズ家のいただきますだ。


「「「「全ての恵みに感謝を。全ての命にいつくしみを……いただきます」」」」


「い、た、だ、きます!」


 両親と姉の四人はいつものように天に感謝を告げる。

 俺はまだ言えない(言えるけど)から、子供らしく真似をして食事を始めるのだった。





「……」


 どうしよう。手に持ってる木のフォークがさ……全然動かないよ?

 皆は美味そうに食ってるよ、そりゃもうガツガツ食ってる。

 普段おっとりしているレインお姉ちゃんですら、夢中だもんな。

 やっぱスゲーな、肉って。


「……ミオ。はい、あ~ん」


 そ、そう来たか。左隣のクラウお姉ちゃんは、俺の食が進んでいない事を利用して、自分の分まで食わせようとしてきた。

 ママン、いやこの際オヤジ殿でもいいや……助け――あ、いや……うん。

 なんでもない。


 俺のひとみうつるオヤジ殿は、最早もはや頼りにならない獣だった。あきらめるしかねぇな……これ。


「……あ、あ~ん」


 パクっと――っ!!……うん。美味いもんは美味い!!

 いや、めちゃくちゃ美味い!!この世界で初めて食べた肉。前世でもこんな感じだったか!?人生で初めて肉を食べた子供の感覚って、こんな感覚なのか!?

 やべぇ泣きそう。確かに獣臭さはある。でも、そんな事度外視どがいしにしても、美味いんだ!


「おいし?」


「――うん!おいち!!」


 満面の笑みだった。

 ちなみにクラウお姉ちゃんも、目的がかなって笑顔だったよ。

 そうさ、双方が得をしたんだよ……結果的にさ。そう思うしかないだろ?


 時間はあっと言う間に過ぎた。

 俺はクラウお姉ちゃんに甘えに甘えて、自分の分まで食べさせてもらった。

 だって上手くフォークが使えないんだもん。


 え?“もん”じゃないって……?それはすまん。つい心まで幼児化してしまうんだ。

 心が身体に引っ張られんの。クラウお姉ちゃんにバブみ感じちゃってんの!!

 いいじゃん!!異世界の特権とっけんだろ!?許してくれよ!!


 そんな俺の意味不明な弁明べんめいと共に、楽しい食事は過ぎて行ったんだ……そして――地獄がおとずれるんだ。


 腹いっぱいになってさ、律儀に俺は眠気におそわれた。

 クラウお姉ちゃんの分の肉まで平らげて、口を油でべっとべとにしながら、椅子に座ったまま寝ちまいそうだった。

 子供の身体はよく出来てるよ、ホントにさ。


「あらあら……食べたら寝ちゃったわ……もう、可愛いんだから」


「そうだな。いいよなぁ、男の子はさ……」


 ん?これって……夫婦の会話、か?

 誰かに抱かれた感覚があるけど、ママンかな?この柔らかさは。

 三人で寝るのか?――って事は、今日はクラウお姉ちゃんと一緒じゃないって事か。

 うむ、それはそれで安心じゃないか。今日の所は、な。


 ああ、頭でられてる……心地いいな。

 子供たちの三人部屋では、姉妹仲良く寝ているのだろうか……クラウお姉ちゃんはねてそうだけど。

 レインお姉ちゃんは明日も学校だろうし、スヤスヤ寝てるかな?


 そんなさ……家族の明日の事とかを考え始めて、ウトウトしてる俺の耳に。


「――やんっ……ちょっと……もう」


 ――!!なん……だ、と……?


「ふふ……な、今日くらいいいだろ?」


「え~。でも、ミオがいるわよ?」


「大丈夫、寝てるよ」


 起きてんよっ!!今バッチリ目が覚めましたけど!!

 とか言いつつ、俺は必死に狸寝入たぬきねいりだ。バレてはいかん!

 いや、逆ではないか?起きて邪魔じゃましてしまえば、最悪な状況に遭遇そうぐうしなくていいのでは?


 でも、くそ!まぶたが重い!意識はハッキリしてやがんのに、目が開けらんねぇ!見たい――いや違う違う!!

 いくら異世界に転生したって言ったって、親の情事が隣でおっぱじめられたらたまったもんじゃないだろ!!


「え~、でも……そんなつもりなかったのにな~」


 だぁぁぁぁ!うそつけ!ママン、俺全部知ってるから!!

 狙ってたんだろ!?今日を狙ってたんだよなぁ!?

 あれだろ?できやすい日なんだろ!?そうだから昨日手に入った肉を、わざわざ今日食べさせたんだろぉぉぉ!?


「――ミオにも、弟か妹が必要じゃないか?」


「う~ん……でも、起きたらどうしよう……」


 ママン、もしかしてわざと俺を連れて来たのか?

 子供が隣で眠ってるって言うスリルが欲しかったの!?

 うわもう、絶対その気じゃん!!


 シュル――


 布擦ぬのすれ音!!脱がしてんじゃねーよオヤジ!!


「はは……もうすごいじゃないか」


 何が!?何がどう凄いの!?魔法使いだから分っかんねぇよ!!


 ああああああああ!!水音聞こえるぅぅぅぅぅぅぅ!!

 もうやだ!!帰る!!お家帰る!!


「――あんっ♪」


 クッソ……クッソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!


 無心、無心になるんだ……だがしかし!!

 ギシ……ギシ……ギシギシ……


「あ……は……んっ……」


 必死に声を押し殺し、官能かんのうに耐える女の吐息といきが聞こえる。

 普段の良妻賢母りょうさいけんぼうそのように、旦那の上で踊りくるうその様を……俺は。


 いや見てねぇよ!!見る訳ねぇだろ!!

 異世界転生したとは言え、実の親の情事だぞ!!本来の三歳児なら分かんねぇんだろうけどな!こちとら中身は三十過ぎの魔法使いなの!!

 見たくても見たくないんだよぉぉぉ!!


 ましてやグラビアアイドルも真っ青の、神スタイルの人妻のダンス!!

 血が繋がってなきゃ……いやなんでもない!

 とにかく、俺はエロ本とか同人誌とか、そう言うの見たこと無いタイプの人間だったんだよ!ハッキリ言って免疫めんえき無いの!

 好きなアニメキャラやマンガのキャラのそう言うの、見れないタイプなの!!


「……ふぅ」


 ふぅ……じゃねぇぇぇぇぇ!!

 隣で子供が寝てますけどぉぉぉぉぉ!?


「――あん♪ねぇあなた、もう一度……ねぇ、しましょう?」


 ――ママンよ、あなた性豪ドスケベだったの?


「……はは、仕方ないな……可愛いレギン、もう一度だけだよ?」


 ねぇぇぇぇぇぇ!!なんだよオヤジ!別人じゃないか!?

 普段の頼りなさはどこに行ったんだよ!めっちゃイケメンムーブ出してくんじゃん!!声だけ聞いてたらメロドラマ!!音楽鳴ってるんだよ頭ん中で!


 こ、こうなったら、寝返りでも打って……よっと。

 わざとらしく声も出してやるっ。


「う~ん……むにゃむにゃ」


「「――!!」」


 どうだ!!終われ!終わってくれ頼むからっ!


「ふぅ……大丈夫、寝てるよ」

「うふふ、いい子だから起きないでね?」


 ――くっそがよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!


「……!!」


 ――えっ!?……は?

 俺は背を向けて目を開いた。ドアの方にだ……

 でも、そこで目が合ったんだよ。誰だと思う……?


「……」


 ジッ――と見てる……親の情事を、静かに隠れて……ガン見してる子供がいる。

 マジで……?やっぱり、そういう子なのか?


 ――クラウお姉ちゃん。六歳児の興味きょうみってそこまでヒロイック?勇気ありすぎんか?


「……」


 あ、YABE……目が合った。クラウお姉ちゃんも気付いた……よな?

 だけど目をつぶっちゃう。だって怖いもん。


 そうして、俺は異世界なのに現実逃避した……くそむなしい。

 明日からどうしたらいいんだよ、教えてくれよ、女神さまぁぁぁぁぁぁ!!




 朝だ。ようやく朝だよ畜生ちくしょう

 俺は一人静かに起きて、そっと夫婦の部屋から逃げ出した。

 うん。二人とも裸だったよ。残当ざんとうだね。


「――おはよ」


「!?……は、はょ」


 背後から……声。


 ま、待ちせぇぇぇぇ!!おませなクラウお姉ちゃんが、俺を待ちせしてやがったぁぁぁぁ!!終わった!終わったよぉぉ!

 地獄のような就寝時間しゅうしんじかんから解放された俺は、今度はクラウお姉ちゃんの待ちせによって、外に連れられていた。


 いや、連れ去られたの間違いかもしれん……


 ここは子供たちの遊び場……砂場と木の遊具が二、三個しかないさびしい場所だ。

 言ってしまえば、公園とも呼べないだろうな。

 普段は朝から近所の子供たちがいるが、レインお姉ちゃんと同じで学校に通う子たちが出来たため、今は極端きょくたんに少ない。

 しかも、まだ本当に早朝だからな。


「……」

「……」


 気っまず……俺は、今ここにいる意味が分からない振りをして、必死に幼児を演じている。

 クラウお姉ちゃんは、丸太の上で俺をぬいぐるみのごとき抱えているよ。

 うん……まず逃げらんないね、これは。


「――ミオ」


「なぁに?」


 パタパタさせて、行き場のない不安を表す小さな足。

 べ、別に怖い訳では……いや、怖いわ。

 もうさ、上からかかる声が怖い。


「夜、ねんねしてて……」


 ああ~、やっぱそうだよな……のぞいてたもんね。


「起きてた?」


「……う~ん」


 考えるフリ考えるフリ考えるフリ。

 足をパタつかせて、どう答えるべきなのかを必死に思考する。

 六歳児に対して、三歳児が答えていい範囲はんいの性事情ってなんだ!


「……プ……ねんねしてた」


 思い浮かばねぇ!!一瞬“プロレスしてた”って言っちまうところだったあぶねぇ!

 クラウお姉ちゃんもさ、少し興味きょうみを六歳児らしくしないか?

 お人形さんで遊んだり、追いかけっこや虫取りとか、ままごと遊びでもいいよ。


「パパとママ。仲いいよね?」


「――うん!」


 そこは元気よく同意しておこう。純粋無垢じゅんすいむくでいいはずだ。


「ねんねしてて、聞こえた?」


「なにがぁ?」


 声だろうな!ママンのつやっぽい声だろうな!!


「……そっか、寝てたんだ……気のせいだったか」


 じ、自分で解決したのか?本当に不思議ふしぎな子だな……よく言えばマイペース、お姉ちゃんを悪くは言いたくないから言わないけどさ。

 簡単に言えば、寡黙かもくで大人しい、引っ込み思案系だと思ってたんだけどな……


「じゃあ、二人がしてたこと……なにか分かる?」


 ――ぶっ!! 直接聞くんかい!!


「わかんなぁい……」


 これは一択だろ。


「寝てたのに、何かをしてたのは知ってるんだ?」


 ……カ、カマかけやがったぁぁぁぁぁぁぁ!!

 やべぇ……やべぇどうしよ!!上見れねぇ、クラウの顔が怖くて見れねぇ!

 肩越しから俺を見る視線に、恐怖心がドックドクあふれ出てくる!!


 子供同士の会話って、こんな怖ぇの!?

 姉弟の会話って、こんなんばっかりなの!?誰か……助けて……――っは!?あ、あそこにいるのはっ!!


 俺は、その救世主きゅうせいしゅの登場に心が解放された気分だった。

 もう声をかけるしかねぇ!!行けっ!ミオ!!


「――あ、ミラージュおねーちゃんだっ」


 ミラージュ・ライソーン。レインお姉ちゃんの同級生だ。

 きっとまた、レインお姉ちゃんを迎えに来てくれたに違いない。

 ありがとう、救いの神よ。

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