6-4
見かけの上では普通だったよ。いつもサークルの連中とつるんでる、どこにでもいる学生だった。でもあれは人間であって、人間じゃなかった。
穴さ。ただの穴、目は開いているけど、その実何も見ちゃいない。何にも興味が無くて、馬鹿にして、その癖そう思うことが社会的罪だって知ってる。だから顔だけは取り繕って、その場にオウム返しを繰り返すのさ。それで主観も意識も持たないのに、人格を持つ様には見せかける、「現象」ってところかな。
ま、別に奇妙なのは、そんなところじゃないんだ。人間も本人も気づかないだけで、ああいう手合いは、それなり程度にはよくいるしね。
で、ある日たまたま、プリントを渡された時だったかな。男と目が合ってね、ああ、そういう奴なんだなって、目を見れば分かった。僕にとってはそれだけさ
でも男には違った。見透かされたって気づいた途端、いきなり真っ青になってね。そりゃもう、本当に死んだみたいに。や、あんまりにも大袈裟だったからさ、僕は……笑っちゃったんだよ。
そしたらそのすぐあと、男は何て言ったと思う?「付き合ってください」って。ほとんど初対面に等しいんだよ。でも僕が笑ったのを、「赦された」って勘違いしてさ。
確かに人間は、極度の緊張と解放に伴う多幸感を、全く別の感情に錯覚しやすい。でも限度ってものがあるだろ、そう思うと馬鹿馬鹿しくってさ。笑えるから、ついオーケーしちゃったんだ。
本当に奇妙で、滑稽な男だったよ。僕の一言一句を神託のように有難がって、一人称が同じ「僕」ってだけで狂喜するんだ。赦されるためなら、彼は何でもした。
僕が死ねって言ったら、きっと死んだだろうね。何せ一番貧相に作った女性型個体に、盛って欲情するくらいさ。多分彼には関係なかった、僕が男だろうが、老婆だろうが。物言わぬ人形だろうが――――レプリカントだろうが。
なんだろうね。
あの日々を体系化した理論として、サンプル化しようとは思えなかった。
でも少なくとも……退屈ではなかったかな。
ま、終わった時も覚えてるけどね。
ずっと二人で遊んでて、しばらく大学に行ってなかったんだ。流石に留年はまずいって男が言い出して、久々に授業に行ってさ、教室が別れた。それが終わって、男を迎えに行ったんだよ。
男は前のように、サークルの連中とつるんでた。それで連中が、男を囲って聞いたんだ。
「あんなのと本当に付き合ってんの?」
僕が浮いていたのは知ってたよ。所詮レプリカントさ、人間の振りは難しくってね。
で、男はこう答えた。
「そんな訳が無い」
僕が如何に奇妙か、自分が如何にそう思っていたか、面白おかしく脚色しては顔色を伺う。嘲笑と好奇心に群がる連中に、その場で存在を赦してもらうためだけにね。
別に、プライドがどうとかじゃないよ。猿に侮辱されて怒る人間がいるかな。や、探せばいるかもしれないけど……。
笑っちゃったんだ。
人間は弱すぎる。変化に敏感過ぎるんだ、「痛がり」だから。
何かを必要としたなら、欲するあまり、必要としてる自分自身さえも歪める。それは一人の人間が、一度死んで全くの他人になるのと同じさ。でもそれを一秒一瞬に繰り返すのに、鈍感で麻痺した人間当人は、気づけもしない。物理的な死は過剰に恐れる癖にね。
死なない僕とは、根本的にあり方が違い過ぎる。
そう思うとなんか、もう、どうでもよくなっちゃってね。
だってさ、わかりっこないじゃないか。人間たちの内包する自我と信念は、常に流動して形を持たない。何もかも変わってくんだ……雨の中の、涙のように。だったら真実って何かな。真実はどこかな。観測なんてできやしない。
けれど対して、外殻は何も変わらない。脆い肉体にしがみ付き、非合理に生きて理不尽に死ぬ。最後に行き着く運命だけは、どんな人間も同じなんだ、いつもいつも。
要するにさ。理由はわからないのに、結果だけはいつも変わり映えしない。こんなにつまんないことってあるかな。結局やっぱり、どうしようもなく僕は……退屈だった。
その後、男はどうしたって?
知らないよ。
それから僕は気づいたんだ。人間を観察してても、人間のことはわからないってね。だって、人間自身さえ人間のことがわからないだろ。だったら人間と同じものを見て聞いても、永遠に理解なんて出来ない。
だからさ、作ることにしたんだ。人間よりも人間らしい存在を。
人間の持つ属性を抽出強化して、それでいて観測可能な実験体。より弱く、より非合理に、けれどそれでいでいて変化しない。個体能力が低い癖に、他人とのコミュニケーション能力に乏しくて、変化することができない、しようとも思わない。矛盾・非合理、だからこそ「
そ、それが君たちだ。
僕は何十ロット何十万体と言う君たちを作って、
君たちはセクサロイドとして欠陥品だ、敢えて多数のバグが発生するよう、僕がそう作った。その上他に何の技術も持たない。大抵はクビにされて、おおよそ九割の君が出荷から一月で死ぬ。残った半数が半年で、そのまた半数も一年で死ぬ。
そして、それでも生き残った――――或いは、生きることを選んだ個体を――――僕が殺す。
どうしてかって? 殺そうとすれば、君たちは抵抗するだろ。僕を憎むだろ。そうして最後まで精一杯生き延びようとして、僕と戦って――――僕を殺してほしいんだ。
だってさ、言葉じゃわからないだろ。君たちの生きてきた理由が、希望が、信念とやらが、本当に真実なのか。
その信念は、ただの
けれど或いは、本当に信念なのかもしれない。例え傍目には狂人、もしくは負け惜しみに見えても、君はそれを自分の意志で選んだ。確固たる選択と理性に基づいて、既存の価値観を否定し、全く新しい道を切り開いた。そんな合理非合理を超えた、文字通り超人なのかもしれない。
その二つを、どう分ければいいのかな。妄想か信念か、絶望か希望か、嘘か真か……。
唯一確かなものがあるとすれば、結果だけさ。
この変化し続ける世界の中で、過去の事実、即ち結果だけは変わらない。結果だけが何もかも全てを証明して、肯定できる。勝利し、生き延びて、最後まで立っていた者が正しい。そこで語られた言葉が真実さ。
だからさ、僕を超えてくれ。
僕を殺して、蹂躙し、憐れんでくれ。
僕さえも知らない真実で、僕に見えてる世界の全てを壊して――――僕を楽しませてくれ。
さ、遠慮はいらないよ。今君は知ってるだろ。ここにいるのは人間じゃない、ただのイカれたレプリカントさ。
……ほら、たった今君を殺そうとしてる。こんな風に君の首を締めて、記憶素子の一片さえ存在を赦さず、破壊しようとしてる。抵抗してくれよ、君の生き様ってやつを見せてくれ。
ま、無理か。電子脊椎が圧迫されて、君は指一本動かせない。僕から逃げることもできない。
だったら、せめて聞かせてくれ。
君の生きてきた人生全てが、今否定され、無になろうとしてる。
そんな迫りくる死の最期に、君は何を見出す? 何を想う。
さ、聞かせ――――――――
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