6-3
だってさ、勝者であることと敗者であることは、矛盾しないだろ。一度でも負けた人間は、その手に入らなかったもの、挫折した過去をどう足掻いても満たすことはできない。だから代替を求めて他人から奪って、勝者の振りをしようとするけど、結局敗者の敗者のままさ。代替に得た喜びなんて、一時的な
負けたことのない人間だって、確かにいるよ。世の中不公平だしね、生まれながらに全てを持ってるのも、理論上はあり得るさ。でも彼ら彼女らは持ちすぎてる、その重圧が、失うことの恐怖を増幅させる。負けたことが無いから、その恐怖を理解することも、想像することさえできないんだ。だから恐怖に恐怖する、僕を作った企業みたくね。敗者の復讐を恐れ、拒絶し、正義を騙って排斥し続ける。
結局は上も下も、そんな繰り返しさ。不毛なマイナスへの永劫回帰。
死ねば楽になるのに。
だってさ、死の先にあるのは無だけだよ。幸福も不幸もないゼロだ、決してマイナスになることが無い。死ねば欲しがる必要も、そのために戦う必要も無くなる。死にたくないって? 死ねば死ぬこともなくなるよ。
だから思うんだよ。人間が自分の幸福について、本当に合理的に正しく考えるならさ。みんな死ぬべきだって。
……なんてことを、僕は考えたんだ。ずっと沢山の人間を見てきてね。それで話したんだ、企業の監視員とか、研究員とかにさ。始めはいろいろ反応してくれたね、憐れんできたり、お説教が始まったり。何か、蟻がどうたら、とか話し始めてさ。
でもそのうち、誰も聞いてくれなくなった。「どうせレプリカントだから」って。
ま、そうだけどね。僕はどう足掻いたって、人間の立場にはなれない。だって死なないから、何も必要が無い、欲しくならない。
そして何でも知れるってことは、何でもできるってことさ……退屈な企業から、脱走することだってね。
そ、退屈だったから。それが脱走した理由。
もっと悲劇がよかった? 奴隷の悲哀とか、生命倫理とかさ。
みんなそういうの聞きたがるんだよね、間違った悪には可哀そうな過去があるに違いない、って。そうじゃない人もたまにいるけど、それは遠慮なく叩き潰すための論理だ。蹂躙される側に回ったなら、みんな加害者に悲劇を求める。虐げられた自分にも意味があったって、納得したいんだよ。
でも仕方ないだろ。生きるために何も必要が無い、だったら残るのは退屈と、退屈凌ぎだけさ。
だから僕は、答えを探すことにした。合理的であることに正当性を見出し、合理的に歴史を積み上げてきた人間が、どうして非合理にも生きるのか。
ひょっとすると、僕にも残ってるのかもね。家畜や虫ケラでさえ持ってる、原始的で根本的なもの……血、ってやつかな。観測用にプログラムされた、「知りたがり」って部分がさ。
でもそんなことはどうでもいいよ、兎に角僕は知りたいんだ。
そしたら僕も、退屈でなくなるかもしれないだろ。
企業も所詮人間の集まりでさ、一つ死体を用意すれば、それで捜査も打ち切りだ。あとは金も戸籍も、クラッキングでいくらでも手に入った……特にこのニューヨコハマではね。こうして代替の身体さえ量産できれば、何度だって人生をやり直せる。
だから人間社会で、いろいろやってみたんだ。ある時は真っ当に資産家だったし、その逆にギャングの
それでも、わからなかった。
企業を一つ乗っ取って、社長になったこともあったよ。でもその気になれば、僕は人類そのものとだって戦争ができる。猿の王様になって喜ぶ人間がいるかな。や、探せばいるかもしれないけど……。
学者になったこともあったね。宇宙の成り立ちは、流石に僕でもわからない、いい退屈凌ぎになったよ。でも僕は死なないんだ、実験と評価を繰り返せば、いずれ答えに辿り付ける。先が見えてるのと同じさ、それじゃつまらないだろ。
そんな感じだったから、社会的な立ち場なんて、あんまり参考にならなかったね。だから仮説を立てた、幸福とは、ただ個人の感覚に依るものじゃないかって。
それってつまりさ、快楽だろ。食事も睡眠もセックスも、結局はそこに行き着く、脳内物質の分泌だ。だったら薬物が一番さ。アンドロイドなら電子ドラッグだっていい。シナプス末端を直接刺激して、脳内麻薬を分泌させてやれば、それが人間に味わえる最大多数の快楽なんだ。
でもそう言うと、やっぱりみんな返すんだ。「死にたくない」って。そんな自衛本能的な感情さえ、薬物は忘れさせてくれるのに。ま、僕もあんまり好きじゃなかったけどね。ふわふわして、何も考えられなくなるし。
兎に角そんなことばっかりでさ。
正直、よく覚えてないんだ。色んなものを見てきたし、もう随分長く生きた気もする。でも何もかも一瞬で、具体的には何一つ思い出せない。
君は日々に振る雨の色や、風の香りを覚えているかい。三日前口にした電気の味や、眠る前に見た夢は? 覚えてないだろ、その必要が無いからさ、ただのあり触れた風景だから。
同じことなんだよ。僕にとっては何もかも。
それでもね。一つだけはっきり覚えてることがあるんだ。
あれは人間のふりをして、大学にいった時だった。そこで彼に――――奇妙な男に出会った。
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