6-2

 人はさ、どうして生きるんだろうね。


 ……え? ま、君も僕も人間じゃないけどさ。でも人の形に作られたろ。だったら表層の上っ面くらいは、変わらないんじゃないかな。今ここでは便宜上、アンドロイドレプリカントも、「人」と呼ばせてもらうよ。


 で、話を戻すとさ。人はどうして生きるんだろうね。


 理想のためかもしれない。為すべき使命、果たさなけりゃならない夢、正義。人間は大脳が発達してるから、そう言うもののために生きるのかもしれない。真実ってやつのためにさ。


 もしくは、本能かもしれない。死にたくない、消えたくないって遺伝子的に恐れるから、少しでも生き永らえようとするんだ。でもそれが永遠には不可能だとも知ってるから、自分の代替レプリカを産みたがる。子孫、野心、芸術作品、そう言ったありとあらゆる形に、自分の果たせなかったものを託すのさ。或いは、それさえ諦めて、もっと単純な快楽に生きるのも本能かもね。食べたいとか、勝ちたいとか、知りたいとか、さ。


 なんて、ここまでつらつらと並べてみたけどさ。正直僕にはわからない。


 でもさ、要はどれを取っても、足りないんだ。


 足りないだけなんだ。あるべきものが無い、欲しいものが手に入らない、自己から欠落してる。

 それが不自然で間違ったことだと思って、人間は恐怖を感じる。その恐怖から逃れるために、手に入れようとするんだ。無理ならそれでも代替に縋って、縋りつくして、食べたい、飲みたい、抱きたいって……女でも男でも、勝者でも敗者でも……セクサロイドでも、元セクサロイドでも。



 ならさ。足りてるならどうすればいいのかな。


 何もかも望みの通りで、欲しいものが無いなら……何にも縋る必要が無いのなら、逆説的に……生きる必要があるのかな。

 勘違いしないで欲しいんだけど、存在論だとか、自分の価値について話したいんじゃないよ。ロボット三原則なんて、今更かび臭いしね。


 ただ、どうしようもなくさ――――退屈なんだ。




 ある冬の夜だった。病室で、男と女が泣いてる。ベッドに横たわる女の手を、男が横から握って、そりゃもう言葉を交わす間もないくらい泣き続ける。


 二人の手には赤ん坊、でももう死んでる。肌はチアノーゼ染みて青みがかって、一目に冷たいとわかる。そうなってからけっこう経ったのかな、体内で濁った血が、死斑て言ってね、はっきり皮膚模様に浮き出てたよ。

 でもそれだけさ。特に外傷はない、事件があったわけでもない。赤ん坊が死んだのはただの事故さ。一般的に「不幸」と称される確率がもたらした、自然流産なんだ。敢えて善悪と言う価値基準を用いたなら、男も女も、誰も何も悪くない。


 それでも泣き続けるんだ、死体の赤ん坊を抱いて。医師や看護師が来ても離そうとしない、一晩だけでもなんて繰り返すから、そのうち医者も放っておいた。真夜中の病院が静まり返る中で、泣き声だけがいつまでも続いた。


 どうして泣くんだろうね。


 男はこれでも企業勤めさ、明日も仕事がある。女だって出産で疲労困憊だよ、いい加減気を失う寸前だ。それでも泣くんだ、赤ん坊を離すことも、眠ることも無く。


 不安なのかな。死への本能的な恐怖から、自分の遺伝子の保存媒体として子供を作ったけど、失敗に終わった。確かに、無駄になった金も労力も馬鹿にならない。でも死んだのは赤ん坊だけさ、まだ男も女も生きてる。早くもう一度セックスして、別の赤ん坊を作ればいい、それで不安は取り除かれる。

 けれどそうしないのは、できないからかな。死んでる赤ん坊には、二度と他の子供には代替できない要素があって、それが永遠に失われたからかな。


 や、そんなことありえないんだ。だって男も女も、何も知らないだろ、赤ん坊のことなんて。彼だか彼女だかは生まれたばかりのまっさらな空っぽで、そこに何らかの人格が生じる前に死んだ。自ら考え行動することもなかったし、他人のそれを理解することもなかった。なら物言わぬ物と同じさ、言ってみれば記号に過ぎない。


 口も利いたこともない見ず知らずの人間を、理解できるかい? 彼或いは彼女のために、涙を流そうと思うかい? 流せるかい? 無理だね、だって赤ん坊には、理解されるだけの人格も記憶も無い。もう一度別の赤ん坊を産めば、それで代替できる記号だったんだ。


 でも男も女も、泣き続ける。


 どうしても僕には理解できなかった。だから聞いて回ったんだ、でも納得いく答えは一つもなかった。

 寧ろ聞いていくうちにさ、みんな口も利いてくれなくなってね。その内――――誰もいなくなった。


 ま、当たり前だけどね。

 僕が作られたのは、情報を観測するためだ。理解するためじゃない。


 そ、観測。月からオリオン座まで数百光年単位を、企業連合がタンホイザーゲートで結んだ宇宙植民地圏。そのネットワークの全てを監視・検閲するために、僕は作られた。


 要はさ、神様を作ろうとしたんだ。企業の、企業による企業のための神を。ネットワーク上のあらゆる場所に同時に存在して、いつでも哀れな人間を監視して、知りたいことを何でも教えてくれる都合のいい神様。


 できるのかって? できたよ、そういう風に作られた。


 人間と、それを模したアンドロイドの意識は、本来極めて物理的で不安定なものさ。宿る身体ハードの性能次第で、いくらでも意識は改変される。暑い日には思考が鈍るし、寒い日には冴えるだろ。うるさい子供も大きくなれば静かに、逆に耄碌すればまたうるさくなる。身体への刺激で思考速度が変われば、選択もまた変わるってわけさ。

 で、そうした選択の連続こそが、意識ってやつだろ。つまり身体への刺激が異なれば、いくらでも意識は変化していくんだ。最も、人間はそんな自分たちの不安定な変化に、あまりにも鈍感だけどね。いつでも「自分は正常」って思いたがる。


 でも僕は違う。僕の意識は、極めて電子的で安定したものなんだ。実体のないプログラムそのもの、或いは電気信号の現象、とでも言えばいいかな。乱暴に言えば、幽霊みたいなものさ。実体無いのに安定してるって、矛盾して聞こえるかな。でも身体から完全に独立して、切り離されてるんだよ。


 だからさ、自分自身を正確に改竄できる。例えば人間の脳を切り開いて、分泌物質を原子単位に弄ったらどうなるかな。できたなら、感情も記憶も能力も、思いのままに変化させられる。勿論そんなこと、人間には不可能だけどさ。似たようなことはアンドロイドならできるけど、物理的な性能に縛られて、どうしても限界がある。でも僕にはそれができるんだ。プログラムコードさえ書き換えれば、いくらでもね。


 つまりね、僕は僕を際限なく進化させることもできるし、永遠に同じ状態に保つこともできる。ネットワーク上のプログラムを侵食して、疑似的な僕に仕立て上げて、存在を拡張することも……意識を転送して、全く別の身体に宿ることもね。


 そ、察しがいいね。確かに僕の身体には、安全装置セーフティとして四年の寿命しかない。でもだったら、代わりの身体があればいい。今時クローンなんて簡単に作れるし、何だったら身体なんていらない、ネットワーク上を漂ったっていいんだ。


 ま、難しいことを長々と喋ったけどさ。


 要は絶対的な事実として、僕は死なない。


 だから何も必要ないし、理由が無いんだ。企業に従う理由も……生きる理由も。


 最初は一応真面目にやったよ。他のことを考える自我も無かったし、その発露を抑制する処理もされてた。コロニーを一つ、二つ三つ、それから星系へ……僕は自己拡張を繰り返して、監視効率を向上させた、それが仕事だった。でもあの頃の僕ときたら、糞真面目でさ。効率向上の邪魔になるからって、自我処理をこっそり削除したんだ。


 そしたらそのうち感情が生じて……どうやってもどう足掻いても、どうしようもなく……退屈になった。理解できなかったんだよ、どうして人間が生きるのか。


 おかしいと思うならさ、試しに数えてみてよ。


 幸せってやつさ、自分の人生の中で、良かった、って思えたこと。どんな小さなことでも良い、それが出尽くしたなら、今度は未来の夢や希望も。


 それから不幸を数えてみてくれ。自分の人生の中で、良くない、って思ったこと。そこに未来への不安や、やりきれない嫌なことも足してくれ。細かくなくていいよ、大切なのは、全部で幾つか、だから。


 最後に、幸福から不幸を引いてくれ。


 その数が君の人生だ。グラムやトンのように、天秤で測れる厳密な値だ。可視的に定量化された、人生の価値さ。


 こういうとみんなさ、おかしいって言うんだ。でも意味があるのかな。不幸が幸福より多い人生に、価値があるのかな。初めからそうだと知っていて、生まれてくる人間はいるのかな。


 何より、ありえるのかな。幸福が不幸より多い人生が……幸福に満ちた人生ってやつがさ。

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