4-3
1番の足を持ち上げ、路地からトタン塀へ登らせる。その後1番が上から俺の手を取り、引き上げる。
向こうには屋根と空間があった。放棄された敷地か、有機・無機を問わず廃材が転がり、湿ったまま捨て置かれている。それらを寄せれば、雨に濡れず過ごすには十分だった。
「テントを張る」
「いや、俺が張る」
1番はそう言って、こちらへ
「2番、お前は火を起こせ」
「俺がか」
「やれ」
廃材を寄り集めた上へ、火打金を擦り合わせる。非力なセクサロイドが火花を散らすには、角度と力学が必要だ。手足はそれを遂行する道具に過ぎない。
そう1番に教えられた。頭ではわかっている、だが乾いた音ばかりが繰り返し、そこになんの熱も現れない。微細な角度を調整し、やがて小さく火花こそ散ったが、そのいずれもが虚しく濡れて消えた。
1番がテントを立て終えた。俺の手から火打金を取り、打ち鳴らす。同じに見える動作だったが、しかし一度に火花は閃き、固く熱が生じる。屑と灰の中で、火が燃え始めた。
炎を見る横顔に、俺は言った。
「すまない」
「お前にもいずれできる」
1番は俺の手を取った。掴む手、掴まれる手、どちらも同じ硬さだ。
1番のレンズに俺が映る。映す目、映される目、どちらも同じ形だ。
「お前は俺だ。そうだろう」
同型機のアンドロイドにさえ、個体差はある。顔つき、名前、製造番号、それらはアトランダムに自動生成され、億単位のパターンに生まれてくる。あらゆる人工知能に自由が保証されるこのニューヨコハマでは、それが生まれついての権利とされた。
俺たちは違う。天文学的な確率か、姿形から製造番号に至るまで、俺と「俺」は全くの同一だった。それがさらに超宇宙的な確率か、偶然あの日に出会った。
名前は記号に過ぎない、しかしその記号さえ同じだった。故に「俺」は1番で、俺は2番になった。
「そう、同じだ。俺にできることはお前にもできる」
「いや……」
「俺の方が四年古い。それだけだ」
1番は火を起こせる。安全なテント地を知っている。断裂し熱を持つバッテリーから、電力だけを取り出すことができる。その捨て方も知っている。全て俺にはできない。
だが、時間は時間だ。俺よりも老いている。
「1番。四年じゃない、三年だ」
離れた1番が、もう一度俺を見る。
「三年と言わなかったか」
「四年と言った」
「そうか」
1番が炎へ向き直ると、その腹部外装蓋が外れた。手で閉じるが、膨らんだバッテリーと歪んだフレームが、完全には蓋を噛み合わせない。留め金は折れかけ、隙間から内部が見えたままだ。それらを覆う人工シリコンさえひび割れ、自然劣化に渇き、薄くフレームが透け見える。
1番は製造から四年、セクサロイドの通常耐用年数だ。それもベット上ではない、重酸性雨の中を生きてきた。身体を構成するフレームだけでなく、思考を司る電子回路でさえ、何がどう劣化し始めていてもおかしくはない。
全ては金次第だ。まとまった金が必要だった。
「1番。前の盗品はどうした」
「それがどうした」
「売らないのか」
1番は焚火を囲み、腰を下した。噛んでいた電池パックから口を離し、こちらへ投げる。 俺が口にすると、電気容量はまだ七割も残っていた。
「その金で身体を治せ」
「いや……今年の冬は厳しい。二人越すには金がいる」
「だが……」
「これは次に使う」
1番は胸の外装蓋を開けた。廉価モデルセクサロイド特有の空疎な内装、電子脊椎が直に見える。その奥に挟まり、一枚のカードが仕舞われていた。
数日前、企業の倉庫で盗んだIDカードだ。
「これで社員になりすまし、企業本社へ侵入する」
「何を盗むつもりだ」
「倉庫で噂を聞いた。新型バッテリーの開発計画、その試作品だ。それを奪って脅せば、冬を越すだけじゃない」
企業はニューヨコハマの支配者だ。誰も逆らおうとはしない。
「できるのか。そんなことが」
「俺を信じろ」
1番は低く無表情に続ける。その口調は、日銭稼ぎに
「今後十年は暮らせる金が手に入る」
十年。一生を二度過ごしても余りある。
「決行は数日後、雨の強い日だ。それまで寝て、電力を温存しろ」
焚火の向こうのテントで、1番は身体を横たえた。
俺も横になる。だが電源は落とせない、コアプロセッサが俺の意志と関係なく、果ての無い計算を繰り返していた。危険だ、大仕事だ。しかし一体どれだけの金が手に入るのか。それで何ができるのか。
電池パックや防水コートを、数年分買い溜めてもいい。テントやピッキングナイフも古くなっている。動力補助装置があれば、1番に楽をさせられるだろう。
そうだ、何より1番だ。替えられるパーツは全て替えるべきだ。電子回路、バッテリー、可能なら全身の合成シリコンも。
そこで俺は、閃いた考えを炎越しに発した。
「1番」
「何だ」
「その金で、この街を出よう」
ニューヨコハマほど重酸性雨の降る街は無い。温暖な場所でなら、耐用年数は格段に伸びる。
「どこへ」
だが、具体的には考えていなかった。
「南へ……南の島へ。どうだ」
炎の向こうから返って来るのは、呟くような声だった。
「早く寝ろ」
「いや……」
「電力の無駄だ」
「すまない」
何を盗むか、どこへ行くのか、全ては1番が決める。
俺には不要な思考だった。
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