3-6

「……その『頭蓋割り』が、お前を狙っていると」

「そ。そいつから僕を守るのが、君の仕事」


 男はそう言い、ベッド上に煙管を吹かした。煙にシリコンがくすむが、俺に避ける権利は無い。


 その甘く煤けた香りは、この部屋そのものだった。壺、皿、蛇や鳥の剥製、歪なまでに不揃いな質感と色とが、棚という棚、壁という壁に並ぶ。どれをとっても高価な、だが一つとして調和などしない、欲望と退廃とを炙り溶かし、燻ぶらせた空間。


 その中央、天蓋付きのベッドに男は横たわっていた。身体には何も纏わず、剥き出しの細く華奢な足を、組んでは離し、また組み直す。その肌は一度も光を浴びたことのないように、病的に透き通っていた。

 視線が曲線を描き、こちらに目を細める。


「信じてない、って顔だね。ま、そうだよね。君みたいなセクサロイドが――――」

「『元』だ」

「殺し屋ロボットと戦え、なんて。土台無理だ、話が違う、だろ?」


 この男を護衛する、それが仕事だった。形だけの簡単な護衛と説明された、実際に襲われるのは話が違う。そもそも初めからそうと知っていたのなら、何故元セクサロイドを雇ったのか。


 男は言葉を止め、煙管を咥え直した。薄く華奢な胸板を、ゆっくりと何度も上下させた後、一度に煙を吐く。

 音も無く煙管を返し、灰を捨てる。そのほとんどは皿から零れ、絨毯を汚した。だが男は、灰でも床でもなく、俺を見て口を開いた。


「今、ある男が危篤なんだ。さるギャングの親玉、企業にも顔の利くやり手さ。けれど歳には勝てない、今頃病院で寝たきりさ」

「俺には関係がない」

「あるよ。僕はその男の情夫イロってわけ。で、幹部連中に命を狙われてる。遺産相続で出しゃばられたら、溜まったものじゃないってさ。でも親玉も利口だ、幹部に僕を守るよう命じた。だから幹部も、僕へ手を出すに出せない」


 男は一方的に続ける。


「そこで『頭蓋割り』だよ。箔付きの殺し屋なら、僕を守れなくても言い訳がつくだろ。だから護衛は、数だけ揃えた案山子揃いなのさ」

「マッチポンプか」

「君も見せしめの一人、ってわけ」


 男は吸い終えた煙管を放り投げた。それは皿の上に弾かれ、絨毯へ転がり、零れた灰の中へ埋もれる。

 煙だけが部屋に漂い続ける。その残り香を深く吸いながら、男は唇を舐めた。


「で、君はどうする」


 男はベットへ仰向けに身を埋め、足を投げ出した。寝ながらにして、立っているこちらを見下ろしている。


「今から逃げる? 裏口ならあるよ。火事場泥棒もどうかな、この皿とか」


 視線が、灰皿代わりの皿を指す。だがすぐにこちらへと戻って来る。


「それとも、ここに残る? 『頭蓋割り』はすごいよ、脳天を一発、楽に綺麗に殺してくれる。こんな街で、そうそうできる死に方じゃない」


 女のように高かった声が、男性性を帯び、掠れて響く。粘度を持った低さ、しかし口調だけは変わらない。


「なんでもいいよ、僕は。さ、君はどうする。聞かせてくれ、ア――――」


 俺は男に背を向け、壁際の椅子に座った。


「え? どこにもいかないの」

「俺はここにいる」

「死ぬつもり?」

「死ぬつもりはない」

「どうやって?」

「わからない」


 セクサロイドのボディは脆い。誰かを殴ればシリコンが歪み、銃を撃てばフレームが曲がる。何より、そのための経験もプログラムも持ち合わせてはいない。

 だが逃げたところで、電力の蓄えはほとんどない。ここで盗み出したものが、まともに売れる保証もない。死はほとんど確定している。


 ならば、不確定な方を選ぶだけだ。


 男の表情は見えず、その呟きだけが聞こえた。


「つまらない」

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