2-6

『……、強制手術により四十八人からの提訴』

『……契約書コンプライアンス……改竄も』

『違法電子薬……倒産……』

 雑誌の日付を見れば、半年も前だった。表紙の文字は擦り切れ、ほとんど読み取れはしない。古本屋にも売れない代物だ、それを投げ捨て、代わりをガラクタの山に探す。

 一昨日見つけた仕事を、昨日クビになった。運び屋の仕事だったが、担当者が「事故」に会い、仕事そのものが無くなった。だが今から仕事を探せば、働く前に電力が尽きる。ガラクタ漁りは実りこそ少ないが、すぐに稼げた。動けるだけの電力と防水コート一枚は、まだ持っている。

 だがこの路地裏を探して一時間、成果は無い。半年前の雑誌がいい証拠だ、価値あるものは持ち去られている。俺は元セクサロイドに過ぎない、両手で抱えられるガラクタでは、今日一日の電気さえ足りなかった。

 次の山を探すべきだ。この防水コートが劣化して、使い物にならなくなる前に。次第に雨は強くなっている。

 先を急ごうとしたその時、板バネ式の片足が、突き出たごみに躓いた。体勢が崩れ、アスファルト上に身体を打つ。

 同時に、何かが動いた。

 路地の奥だ。豆電球の釣り下がった狭い暗がりの向こうに、影があった。今の音を聞きつけ、こちらに気づいたに違いない。強盗か、廃品回収者か。ガラクタの一つを手に取り、武器替わりに構える。

 だがしばらくそうしても、影は動かない。こちらから少しずつ近づき、窪んだ場所を覗いた。

 そこにいたのは、セクサロイドだった。クラブの裏口に締め出されたのか、小さく膝を抱え、震えた目でこちらを見上げる。防水コートさえ身に着けない裸同然だ、重酸性雨が久しく染み、全身のシリコンが爛れつつある。

 だがそれ以前に、貧相な安物だった。劣化したシリコンにそばかすのような染みが浮き、低品質レンズの上から眼鏡をかけている。どこにでもある底辺クラブの、どこにでも売っている――――見慣れたセクサロイドだった。

 俺はそれに防水コートをかけた。

 二枚目は無い。雨を凌ぐため、踵を返し歩き出す。

「あ、あの……」

 後ろでセクサロイドが、震えた声を上げた。

「もしかして、どこかで……」

「知らないな」

 一度だけ立ち止まって、そう返し、また歩き出す。

 何かの声がした。だが既に遠く、雨音に紛れて消える。すぐに明かりも見えなくなり、誰の気配も無くなった。

 しばらくに歩いて、ガラクタの山に戻り、俺はその中に潜った。この雨では防水コートなしには歩けない。雨が少しでも弱まるまで、ここでやり過ごすしかない。

 アンドロイドは、自分の意志で自分を変えることができる。記憶ソフト身体ハードを買い、取り換え、或いは捨て、時に失う。限られたデータ容量の中で、俺もそうしてきた。

 だが誰であろうと、誰になろうと、誰も覚えてなかろうと、過去の事実までは変わらない。存在とは時間だ、過去の全てが俺を構成する。自分の意志で決めたことでさえも、それは過去の経験が、集合し導き出した答えに過ぎない。

 ならば、与えられたものは返す。過去に敬意を払うために。俺が俺であるために。

 俺は休眠状態スリープに入り、思考を手放した。記憶媒体の自動最適化機能が、記憶情報を断片的に抽出し、削除選択を提示する。俺はその一つを、要点を除いて削除した。

 その代わりに、新しい記憶を留めた。

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