間章2

 人、光、雨、人、光、光。


 存在を情報と捉えるなら、繁華街は情報の深海だ。少しでも人を誘うため、ネオン広告が極彩色に明滅しては、上に上へと空間を覆う。人はそれに目を留め、或いは無視して、下を下へと流れ続ける。その二つの物理的隙間でさえ、熱と雨が埋めていた。屋内施設の吐き出す暖気と、十二月の雨の冷気とが、不可視の境界でぶつかり合って気化して、白く霞み、情報に情報を上塗る。

 百億テラバイトでも足りない混沌を、ほんの数メートルにぶちまけた通り。それがこのニューヨコハマにおいて、最もあり触れた景色だ。


 そんな場所で、一体何が見つかるのか。何が真実なのか。

 路上駐車したエアカーに僕は戻った。助手席で待っていた刑事が、鈍色の瞳を向けてくる。


「どうだ」

「駄目ですね。ここ数年は、あの店だそうです」


 窓から通りを指す。立ち食い式のヌードルバーに、広義の肉体労働者たちが群がっていた。セクサロイドの死体の印字では、そこが製造場所の筈だ。


「や、すごいなー、うどんのついでにセクサロイドも作れるなんて。食べていきます?」

幽霊会社ペーパーカンパニーか」


 全てのアンドロイドには、製造企業が印字される。法律が冗談ジョークに等しいこの街でも、それが最低限の分別だ。その印字が全くのでたらめなら、確かめる方法はない。


「製造元不明、記憶素子の破壊。個人情報無し。ただの安物のセクサロイドが、だぞ」

「鑑識からも情報無し。手がかりゼロですね」


 外を眺める刑事に、僕は続けた。

「もう手を引いた方がいんじゃないですか。ここまで正体を隠すって、相当ですよ、どうにもきな臭い。言うじゃないですか、好奇心は猫をも殺すって」


 刑事は目を閉じた。眉間に深く皺を刻んで、鉤鼻が唇に触れそうになるほど、口を強く結ぶ。


 けれどそれも一瞬で、すぐにまた目を開けた。


「死体は」

「うちのオフィスに置いてあります」

「署内連絡に、似た死体が無いか流せ。無関係でもいい、どんな死体の情報も集めろ」

「誰も取り合いませんよ」

「金は出す。俺が出す。やれ」


 この街で、一日にどれだけの死体が出てくるのか。閑職で定年間近の一刑事が、やることでもすべきことでもない。


 それでも刑事は、無表情で続ける。


「嘘は嘘を重ねる。謎は謎を呼ぶ。犯人が生きている限り、死体は増える」

「見つけてどうするんです?」

「この街では、猫が好奇心を殺す。それだけはごめんだ……」


 返事になっていない。論拠もない。だからこそ崩せず、面倒極まりない。


 とはいえ、それはそれで面白い。


「猫って誰でしょうね」


 僕はエアカーのエンジンをかけ、オフィスへの針路を入力した。

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