第6話
「どうして、私がここに?」
もう1人のあたしがこちらを見ながら疑問を口にする。
「決まってるだろ。あたしは元の世界に帰りたい。だから、話をしに来た」
そういうと、あたしは表情を歪ませる。
「嫌」
「……は」
明確な拒絶に、あたしは息を漏らす。
「なんで」
「嫌よ」
「だからなんで!」
「だって、元の世界に戻ったら、お母さんにもお父さんにもにも会えなくなるでしょ!?」
あたしの声に被さってあたしはそう叫んで立ち上がり、振り返る。
彼女は泣いていた。
「あなたに分かる!?ある日突然親が殺されるの!目の前で、大切な人の命が、目の前であっけなく失われた私の気持ちが!」
彼女は泣き叫ぶ。分かっている。あたしだって知っている。
この世界の彼女の親は家に忍び込んだ強盗に刺されそうになった彼女を庇って死んだ。母は彼女に覆いかぶさって刺され、父は家族を守るために強盗につかみかかるも数回刺された。
彼女はそれを目の前で目撃したのだ。間接的に話を知ったあたしより遥かにつらいはずだ。苦しいはずだ。
……でも、それでも。あたしにだって譲れないものがある。
「じゃあ、お前はあたしの気持ちが分かるのか?」
あたしは静かにそう告げた。彼女は「それは……」と口篭る。
「そう意味なら、あたしだって辛い。だって、ある日突然親がいない世界に飛ばされたんだ。親を失ったのも同じだよ」
「同じじゃない。私はあなたよりずっと……」
「いや同じだ!」
彼女の声に被せるように、あたしは声を上げる。
「まるで、あんたが私より不幸みたいな言い方するけどさ。じゃあ、言ってやろうか。あたしは、あんたよりずっとでかいもの──あたしの人生の一部を失ってるんだよ!」
あたしはギリ、と歯噛みする。
「あたしは、ある日突然自分が過ごすべき人生をお前に奪われて、そして他人の人生を生きることを強要されてるんだよ!分かるか、自分が自分じゃなくなってくこの恐怖が!?
ある日突然この世界に飛ばされて!訳わかんない状態であんたとして生きていかなきゃいけなくなって!最初は、頑張れたよ!あそこの神社がここに繋がってるって分かってから、『いつか絶対に帰れるんだ』って希望が持てた!でも、それから半年、1年ってどんどん月日が経ってくうちに、あたしがあたしじゃなくなってくみたいになった!ボロもで始めた!それに比例するみたいに帰りたいっていう気持ちはどんどん強くなった!」
あたしは自分の思いをぶちまける。彼には言いきれなかったこの気持ちを、全部吐き出す。けれど、彼女も負けじと声を張り上げる。
「私だって、日に日に帰りたくないって言う気持ちが強くなってる!毎日『行ってらっしゃい』『おかえり』って出迎えてくれる大好きなお母さんと、お父さんと離れたくない!」
「っ……そんな我儘が──」
「なに?私に帰れって言うの?元の世界に帰れって言うの!?じゃあどうしたらいいの!?親がいない1人の世界で、私はどうしたらいいのよ!」
彼女は大粒の涙を零して、あたしの胸ぐらを掴み、前後にゆさぶった。
「ずるい、ずるいよ!どうしてあなたの親が死んでて私の親は死んだの!?ねぇ、ねぇ!!」
そして、そのまま彼女はずるずるとその場に崩れ落ちた。
あぁ、彼女の気持ちが凄く分かる。
もし自分がその立場だったら、同じようなことを言っている。なら、その立場に立ったとき1番掛けて欲しい言葉は何か。
こうして彼女と相対する前、あたしはそれを考えた。そしてあたしは声を上げて泣く彼女を見て、やはりこれを言うしかないと、そう思った。
「人生って、他人にはない、自分だけしか持ってない、かけがえのないものだって思うんだ」
あたしは声音を柔らかくして、彼女に語りかけた。
「楽しいことも、苦しいことも、全部ひっくるめて、自分だけの
「……でも、私は大切な人がいない世界なんて耐えられない。だから、帰りたくない!」
「確かに、親が死ぬのは辛い。でもそれって、誰もが経験することなんだよ」
「そうかもしれないけど、でも……!」
綺麗事だとは思う。
けど、それでいい。ありきたりの言葉でいい。
当たり前を彼女は知らない。
だからあたしが、当たり前を教えてあげるんだ。
「でも、この経験の内容はみんな違う。だから周りに心の底から理解してもらうなんてできない。自分で越えていくしか方法はないんだ。1歩がミリに満たない1歩でもいい。進まなきゃいけないんだ」
「できない、できないよ。私1人で歩き続けるなんてできない」
「でも、だからって現実から目を逸らすのは間違ってる」
「……!」
彼女は震えながらうつむいた。
「もう1度言う。お前はお前の人生を歩まなきゃいけない。お前はお前で、あたしはあたし。別の世界に原子レベルで自分と同じ存在がいたとしても、どちらかがどちらかの代わりにお前の人生を歩むことはできないんだ。だから」
あたしは、彼女の顔を両手で包み、こちらに向かせる。
「あたしはあんたとしてこの世界で過ごすのはお断りだ」
彼女は「私、は」と呟き涙を流しながらあたしを見る。
「……私、やっぱり、1人で生きるって怖い、でもあなたの言う通り……」
彼女は震えながら息を吐いた。
「現実から逃げながら生き続けるのも、怖い」
その瞬間、部屋がバラバラと崩れ始めた。
ああ、やっとそれを言葉にしてくれた。
前を向いて進まないといけないって、彼女だって本当は分かっていたはずなんだ。
1人で進むのが怖くて、親と離れたくないのだと自分に嘘をついていたのだ。
やがて、お互い光に包まれ、色々な感覚が薄れていく。
私は微笑んで、彼女の頭に手を置いた。
あなたなら大丈夫、なんて無責任なことは言えないけど。
でもこれだけは最後に言ってあげたいと思った。
「行ってらっしゃい──綾音」
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