第1話
高校1年の春休みが終わり、高校2年生の生活が新しく始まった4月。
「美桜綾音……よろしく」
新学年の4月恒例の自己紹介の時間。クラス中が新たなクラスメイトの挨拶に耳を傾けている中で、美桜さんは気だるそうな表情でそれだけ言ってから自席へと座ってしまった。みんなが部活動や趣味を言う中で、彼女だけが異質だった。俺の前の席に座る彼女の後姿は、どこか不思議なオーラを纏っていた。
皆が戸惑う中、バーコードも「え、えー、というわけで皆さん。1年間よろしくお願いしますね」と戸惑いを声に滲ませながらも、一旦そこで自己紹介の時間を締めくくった。
HRが終わると彼女は椅子から立ち上がり、誰かに話しかけられる前にスタスタと教室を出ていってしまう。
そんな日が何日も続くと、5月にもならないうちにクラスには「彼女は1人でいるのが好きな人だ」と言う暗黙の了解が広まった。そして彼女の周りには誰も人が寄り付くことは無くなった。
そんな日々が過ぎていき、7月中旬、期末テストが終わった日の夜のことだった。俺はコンビニに買い物に行った帰り、いつものように近道をするため神社を通り抜けていこうと歩みを進めていた。
「ん?」
と、神社の鳥居へと繋がる石段を誰かが上がっていくのが見えた。
「こんな時間に誰だろう」
神社の境内へと続く階段は木々が生い茂る林の中に入っていくため、誰が上がって行ったのかはわからなかった。だが、階段のところまで来てしまっていたので俺も後に続くように階段に足を置く。階段の上の先のほうを見上げてみるが、周囲は暗く、目を凝らしても先に何があるのかよく見えなかった。
自分の感覚を頼りに、階段を1段ずつ慎重に上がっていく。
しばらくすると、木々の隙間から月明かりが
それと同時に、階段の終わりが見えた。
そして、視界が神社の境内を捉えたとき。
見覚えのある後ろ姿が、鳥居をくぐろうとしていた。
「美桜さん?」
思わず声を発してしまった。
それに呼応するように、彼女は背中をぴくっと震わせ、こちらをばっと振り返る。
「こんなところで何して──」
「来るな!!」
絶叫に近しい彼女の声が、俺の言葉を遮る。
次の瞬間。
ふっ、と周りの空気が変わった。いや、空気だけじゃない。先程いたはずの神社の景色は綺麗さっぱり消えてなくなり、代わりにホテルの廊下に似たような場所に立っていた。今俺を照らしているのは木々の隙間から漏れる月明かりではなく、小麦色のLEDライト。床には濃い緑色の絨毯が敷かれている。
「ここは」
「ちょっと、なんであんたがここにいるわけ」
俺が周りを見ようとした瞬間、先程と同じ声が後ろから聞こえてきた。
振り返ると、そこには唖然とした表情をした美桜さんが立っていた。
俺は何と答えていいかわからず「いや……」としか声が出なかった。
「ちっ」
舌打ちされた。
「走るよ、詳しい事情はあとで」
「え?」
彼女が俺の右手首を掴んで、強めにグイっと引っ張る。
それと同じタイミングで、獣のような怒号が地を震わした。鼓膜がいかれそうになり、俺と彼女は耳を反射的に塞ぐ。
「ああもう、今回は早いな!!」
気づいた時には彼女は駆け出していた。
「食われたくなきゃ全力で走れ!」
その声を合図に、置いて行かれまいと俺も走り出す。
と、後ろの廊下から轟音がした。振り返ると、先程まで俺たちがいたところの横の壁が大破していて、そこからのっそりと漆黒の獣脚が出てくるのが見えた。
「振り返るな!」
彼女の声にハッとした俺は、再び前を向き走り出す。
再び響き渡る怒号。
本能で、死を感じた。
「っ!」
ひたすら前を走る背中を追いかける。
むしろ追い越してしまうほどの勢いで、俺は無我夢中に足を動かした。
横についた俺を見た彼女は、俺に声をかける。
「ここをずっと進んでいけば廊下の分かれ道だ。お前は右に行け。そうすればここから出られる」
「え?」
「あたしはあいつを引き付けるから。何が何だかわからないだろうけど、今はあたしの言うことを聞いて!」
そういうや否や、彼女は分かれ道の左のほうに走っていった。彼女の言う通り、俺は分かれ道を右に走っていく。
息が上がりそうになりながらも必死に前に目を向けると、廊下の奥のほうに、光り輝く扉があった。あった、あそこが出口だ!
だが、ここで予想外の出来事が起きる。
先程の彼女はまるで自分のほうを追いかけてくるといったような口ぶりだったが、化け物は一切彼女を追いかけていなかった。俺へと狙いが定まっている。
「くっ……!」
重圧のある足音がズオンズオンと鈍い音を立てながら俺の背後に迫る。
心臓がギュウ、と締め付けられる感覚。恐怖。
けど。
「食われて、たまるかあああ!!!」
俺は光るドアに向かって全力で駆け込む。躓いてバランスを崩したが、ギリギリのところで俺の体は光に包まれた。
★
「はっ……はっ……」
俺は地面に倒れこみ、汗まみれの額を手の甲で拭う。目に映るのは夜空と満月。肩で息をしながら、暴れ狂う心臓を落ち着かせる。
「ごめん。まさかあんたのほうに向かっていくなんて思ってもなかった」
俺が何とか脱出した数分後に美桜さんは鳥居の真ん中の、何もない空間から戻ってきた。
木の幹に寄り掛かった彼女は、バツが悪そうな様子で俺に謝る。視線を彼女へ向けた。
「いやまあ、食われなかったからいいんだけど」
「……」
「……」
気まずい。非常に気まずい。そう思っていると、彼女の方から俺に声をかけてくる。
「あんた、名前は?」
「え?……えっと、
「荒谷。あんた、このこと誰にも言わないって誓える?」
「言っても、誰にも信じられないと思うけど」
「誓えるかって聞いてんの」
「もちろん誓います」
突き刺さるような眼で俺を睨めつけていた彼女だが、やがてため息をつくとそばに置いてあったトートバッグを拾って肩にかける。そして「明日の放課後、学校の正門で待ってて」と言い残し、石段を下りて行ってしまった。
「なんか、すごく面倒なことに巻き込まれたような気がする」
俺の嘆きは夜の闇に静かに吸い込まれていった。
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