第16話 まりさんの仕事場とぼく

朝起きたら、もうすでにまりさんは出かける支度をしていた。


「おはようございます。

 たしか、今日ってお仕事の日でしたね」


「うん、イチローくんもそろそろ準備してね」


「え?僕もですか?」


「だって今日、講義いかないでしょ?」


「いや、いきますよ。ゆるいのが2つあるので」


「知ってるよ。だから代返頼んどいたから」


「ええ!?だれに?」


「秘密。これでもわたしにはファンが多いからね」

まりさんがニヤニヤしている。

これは僕に選択権はないやつだ。

僕は抵抗することを諦めた。


「おっ、諦めた顔だね。けっこうけっこう」


「とりあえず準備しますね」


「あっ、そこに服届いてるからそれ着てきて」


はっ?服を用意?

机を見ると段ボール箱が置かれていた。


「ネットで買っといたからそれプレゼント。

伊達メガネもかけてね。それと後で髪の毛セットするから準備できたら声かけて」


何が何だかわからない。

でもまりさんは手際が良すぎる。

従うしか選択肢はない。


「ほらっ!かっこよくなった。

化けると思ったんだよね〜、イチローくんは」


じ〜ん……、

鏡を見ている僕は感動していた。

僕が僕じゃないみたいだ。

かっこいい。生まれ変わったみたいだ。


「なんか、ありがとうございます」 


「いいのいいの、これからもわたしに付き合ってもらうし、これで外野も少しは静まるでしょ。星野まりの彼氏はイケメンだって」


「ちょっと、まりさん、彼氏じゃないですから」


「そんな小さいことは気にしないの」


「気にします!恐れ多いです」


「じゃあ、初デート行こっか」


「だから!………いや、もういいです」


まりさんに何を言っても意味がないと僕は悟る。

諦めるのが肝心だ。

とりあえずは付き従うのみだ。


「どこ行くんですか??」


「事務所だよ〜、今日は撮影やら新しくユニットに入る子の挨拶だったり大忙し。

新しく入る子ってどんな子だろうね」


「僕に聞いたってわかるわけないじゃないですか」


「こら!ちゃんと把握しとくのが仕事でしょ?」

本気では怒っていないのはわかるがなぜ怒られなきゃいかないのか………


「把握できるわけないじゃないですか」

初めてまりさんにイラッとしてしまった。


「1回目は許す。2回目も許す。3回目はダメだよ」


「そう言われても………」

何が何だかわからない。


「今日って、何時入りだったっけ?」


「わかるわけないじゃないですか。僕はマネージャーじゃないんですよ」

まりさんはアイドルとマネージャーでごっこ遊びでもしたいのか?

僕は不思議な気持ちになった。


「2回目だね〜、次はないから気をつけてね。

次はしっかり役割をこなしましょー」


もうわけがわからなすぎてどうしようもない。

とりあえずまりさんに合わせておこうとしか思えない。


………………………


「うわぁ、大きいビルだ」

まりさんに連れてこられた事務所は青山にあるおしゃれなビルだった。


「セキュリティめっちゃ厳しいから出入り注意してね。IDカードは必須だから。はい」

まりさんの手にはIDカードが。


「え!?僕にですか?」


「そうだよ。警備員さんに捕まりたいの?」


「い、いえ。でもなんで」


「今日から肌身離さず待っててね。ま、わたしは顔パスだけどね」


僕は初めての都会のオフィスに緊張する。

エレベーターも静かだが長い時間乗ってる気がする。


「イチローくん、これからは基本、オドオドしないこと、いいかな?」


「は、はい!」……「はい!」

少し口ごもったので言い直してしまった。


まりさんは僕を調教して楽しんでいるのだろうか。


ピーン。

エレベーターの扉が開くとそこは大きく解放されたおしゃれなオフィスだった。



「わぁ〜!」


「感動しないの」

なぜかまりさんが小声だ。


「おっ!まり、来たね。待ってたよー!」

おしゃれなジャケパンのイケおじが駆け寄ってくる。


「社長、お久しぶりです」


「新学年始まったけど大学はどう?」


「文武両道で頑張ってます」


いつものまりさんと違う。ハキハキしてるし、

しっかりしている。これが仕事モードというやつか。


「そっちの彼が新しいマネ?」


「はい、紹介します。新人マネの鈴木イチローくんです」


「えっ? え………僕、」

オドオドしてしまう僕に対してまりさんは上から言葉を被せる。



「アイドルのマネは初めてなので少し緊張しているようです。姉の紹介なので元々は声優のマネをしていました」


「お姉ちゃんの紹介ならいいね。

初めまして。ここの社長の立木 崇です」

名刺がスッと出てくる。


僕がオドオドする前にまりさんがすかさず割り込んでくる。


「まだ名刺は作ってないので改めてお渡ししますね。これからはスケジュール等はイチローくんにお願いします」


「わかったよ。じゃあ、このあと撮影の時に新人の子をサプライズで入れるからね。新人の初顔見せでみんなの驚きの表情をおさめるって局と約束してるから」


「はい!わかりました」


まりさんの返事は別人みたいだ。

しっかり者にしか見えない。


「まりさん入りまーす」

スタッフの人がミーティングルームの入口で声を上げた。


「おはよーございます!」

アイドルグループの女の子たちが元気よく返事する。


「みんなぁ、今日もよろしくね!」


まりさんはアイドルグループ『ミルフィーユ』のリーダーだった。


「はーい!みんな、今日はテレビ収録で新人の登場するからよろしくねー」

社長もウキウキな声を出す。


「半年ぶりの入れ替えだね」

「うんうん、楽しみ。ありさちゃんはかわいそうだったけど明日は我が身だしね」

「ほんと半年に一回のファン投票が怖すぎ」


『ミルフィーユ』は7人組のアイドルだ。

半年に一度ファン投票で7位が脱落する。


まりさんは不動の1位らしい。


「イチローくんも楽しみ?新人の子って」


「いや、そんなに興味ないです。それよりもマネージャーの仕事の方が気になって気になって」


「今日もイチローくんは楽しいことだらけだね」


「いやいや、まさかの連続ですよ」


「そのまさかの連続、どこまで続くかお楽しみにね」


「キラーパスの次はまさかの連続ですか。

まりさんにはついていけないです」


「そう言わないの!わたしと一緒にいるのはメリットしかないんだから、ね」

また上目遣いで下から僕の顔を覗き込んでくる。かわいいしかない。


「そんなかわいい顔してもダメです!」


「やっぱりわたしのこと可愛いって思ってたんだぁ」


「それはそうです。トップアイドルですよ」


「じゃあ、わたしと奈央ちゃんはどっちの方がかわいい?」


「まりさんですよ」


「なんで?」


「………それはかわいいから」


「理由になってないぞ」


「小田切っていうと不機嫌になるじゃないですか?」


「よく分かってるね!その通り!やっぱり奈央ちゃんの方がよかった?」


「ん〜………」


「わたしのマネより奈央ちゃんのマネの方がよかった?」


「もう、両方です。両方とも大切です」


「ならよかった………」


何がよかったの?まりさん。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


あとがき

☆レビューまだの方よろしくお願いします。

週間ランキングが交代しました。

☆レビューしかかたん...


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