第14話 小田切奈央の匂いと僕

「起きた。鈴木くん」

小田切奈央は背筋をピンと伸ばしたまま

淡々と僕の名前を呼んだ。


かぁ~~~!僕の顔は一気に熱くなる。


「なんで小田切がここに?」

僕は恐る恐る小田切に聞いた。


「まりさんが看病しなさいって」


(これが試合終了間際の最後のスルーパスか!

 二人きりの医務室。恋愛小説の王道。

 まりさん、ナイス!と思いたいが難しすぎるそのパスは

 どう処理すれば良いの......?)


「小田切、ありがとう。もう大丈夫だよ。

 帰っても良いよ」


(しまった!なんでこんなことを言うんだ。

 自分の気持ちとは裏腹にまりさんのスルーパスを台無しにしてしまう)


「まりさんが戻るまで看病するようにって言われているの。

 だからまりさんが戻るまでは一緒にいる」


「そっか。わかった......」


どうしよう。話すネタがない。おも~い沈黙になりそうだ。

それを打ち破ってくれたのは小田切だった。


「ねえ、どうしてまりさんと同棲することになったの?」

なぜか小田切の声が震えていた。

僕にはその意味がわからなかった。


「あぁ、それは僕がまりさんの匂いで気を失うからだよ。

この前も気を失ったのってみた?」


「うん。みた。すごく心配した」

小田切は前のめりに僕に同調した。

なんだ!?いつもの小田切と違って感情がこもっている。

なんか今の言い方、めっちゃかわいいぞ。


「あっ、うん。心配してくれたんだ。

僕、まりさんの匂い嗅ぐと気を失うみたい。

それでまりさんが人前に出るのが怖くなったみたいで

僕を匂いチェッカーみたいに扱ってるんだ」


「それってまりさんの体臭チェックを鈴木くんがしてるってこと?」


「まさにその通り。僕が気を失ったらまりさんにとっては赤信号。

たぶんいまごろシャワー浴びに行ってるか、

無香料制汗スプレーを1本丸々使っていると思うよ」


「そんなに匂うのかな?まりさんって」


「匂わないよ。むしろ良い匂いしかしないよ。

 でも僕が今日みたいに定期的に気を失うから

 僕の言葉は信用してくれないんだよね。

 それが同棲の経緯かな」


「おばさんや楓ちゃんは同棲していることしってるの?」


「まさか。言えるわけないよ。その前にまりさんには

匂っていないって証明して出て行ってもらうけどね」


「ねえ、鈴木くん。わたし......協力しようか?」

小田切は少し恥ずかしそうに僕とは目を合わさずに

小さくつぶやいた。


「え?協力?」


「うん。まりさんが匂わないってことを一緒に証明するの」


「それ、すごい助かるよ!小田切だったら説得力有るしね」


「でも、まりさんと同棲続けたいならそんなことしない方が...」


「いや、正直僕も同棲は怖いんだ。あんなかわいい人が

無防備に好き勝手やってるからいつかいけないことになりそうで......」


「それはだめ!えっと...ほら、アイドルでしょ。まりさん。

 手を出しちゃだめ」


「ほんとそうなんだよね。僕が女性に慣れてなくて本当によかったって思っているよ」


「でもどうして気を失うの?」


「いつもまりさんの首筋の匂いを嗅ぐと気を失うんだよね。

でも数回に1回だけど...... 理由は本当にわからないんだけど」


「まりさん以外の女性でも気を失ったりするの?」


「あっ!?たしかに。それ試したことなかった。

 気を失うのかなぁ?」


「私の匂い嗅ぐ?」

小田切が斜め向こうを向いて長い髪の毛を右手で掻き上げている。

窓から差し込んでくる夕焼けが小田切を照らす。

それが妙に色っぽい。


「え......!? でも......」


「さっき協力するって約束したし......」


ごくりっ、

ぼくは小田切の普段見えないうなじを見てつばをのみこむ。


「いいの......?」


「うん。わたし、首、弱いからそっと匂ってね」


「わ、わかった」


大好きな小田切奈央の匂いが嗅げる。

こんなにも興奮することがあるのだろうか。

僕の心臓のドキドキ音が小田切に伝わりそうで怖い。


僕は身を乗り出す。

小田切は目をつぶっている。

なんて清楚なんだ。

なんて可憐なんだ。

あまりにも美しすぎて近づいてはいけない気もする。


僕は小田切の近くまで近寄った。


(え!?小田切がぎゅっと目をつぶっている)


小田切は少し震えていた。


「小田切、嫌なら無理しなくて良いよ」


「ううん。大丈夫。私も匂ってほしいの」

小田切がこんなに協力的な人間だなんて思ったこともなかった。


「じゃあ、いくね」


「うん」


僕の鼻が小田切に近づく。

僕は鼻から息を吸うために口から息を吐いてしまった。


「あぁんっ、はぁはぁ」

小田切が甲高い声をあげた。


びくっ!!

僕の顔が一瞬で小田切から離れる。


「はぁ... ごめん。昔から首筋は感じやすくて」

小田切のあえぎ声とあまりの感度の良さに僕は悶えてしまう。


「い、いや、僕が悪かったから。もう止めようか?」


「ううん。頑張る。もう一回来て」


なんだ、このシチュエーションは。

清純な女の子が初めてを経験するときに一度うまくいかなくて

もう一度チャレンジするときに使う言葉じゃないか。

エロ漫画で見たことあるような光景だ。


「わかった。僕も頑張る」

訳のわからない自分も頑張る宣言をしてしまう。


「次は我慢するからそのまま来て、ね?」


(全国の男子がうらやむ言葉だ。それは)


「いくよ」


「うん」


あと20センチ………………


あと10センチ…………


あと5センチ…









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