第13話 小田切の敗北宣言とぼく

「すいません。私、人に触られるの苦手で」


「気にしなくていいよ。それよりも大丈夫?」


心もイケメンだ。あの先輩は。あんな激しいダンスをした後なのに

笑顔を崩さず小田切の受け答えをしている。

僕なら惚れてしまう。


「はい。大丈夫です」

クールな雰囲気に戻り小田切は立ち上がろうとする。


よろっ


小田切がすこしよろめく。


イケメン先輩が支えようとするが

その前に小田切の手が先輩を制止するかのように前に出てくる。


「大丈夫です」


「奈央ちゃん、外で休んでおいで」

声を掛けたのはまりさんだった。


2人のダンスバトルは

まりさんの勝利に終わったように見えただろう。


「はい...」


僕はその返事が小田切の敗北宣言に聞こえた。

小田切が講義室を出て行く。


小田切を目で追ってしまっていたが

まりさんがものすごい剣幕で僕を見ていた。


(み・ず!)


口パクで僕を見ながら『水』と言っている。


(はっ!そういうことか)


僕は立ち上がりペットボトルの水を持って

小田切の後を追っかける。


2回目のまりさんのキラーパスが放たれた。


小田切はよたよた歩いている。

熱中症にならないか心配なぐらいだ。


僕は駆け寄るが小田切は気付かない。


ガクッ


小田切の身体が崩れる。


グッ!


僕はとっさに小田切の身体を支える。


(しまった。叩かれる)

目をつぶってしまう僕。


「ありがとう」


(ん!?ありがとう?)


僕はそのまま小田切を廊下の端に座らせた。


「みず」

おもむろに僕は水を突き出した。


「ごめん、でもそれって鈴木くんのじゃ」


「あ、そうか。僕の飲みさしは嫌だよね。

ちょっと待ってて。買ってくる」


「いい。鈴木くんのでいいから」


(え?いいの?)


「小田切がいいなら、ほら」

イケメンに触られたのは嫌がったのに

僕にさわってもOK、僕がさわってもOK。

さらに僕との間接キスも気にしない。

まりさんの言葉を信じたくなった。


(女の子はね、好きな男の子に触られるの好きだよ)

(女の子はね、好きな男の子に触られるの好きだよ)

(女の子はね、好きな男の子に触られるの好きだよ)



ゴクゴクゴク、

小田切は一気に飲み干す。


「お水ありがとう。

 まりさんに負けちゃった...... 

 ごめん」


え!? 


「何で...謝るの? 小田切.......」


「確かにそうだね。私が謝る必要ないよね」

さっきの感情をあらわにした小田切とは違っていつもの小田切だ。


「身体、大丈夫か?」


「うん。落ち着いた。......まりさんと仲良いね」


「そうなんだよ。急に同棲することになって

大変なんだよ」


「え!?同棲?………

 まりさん、アイドルだよね?

 いや、それよりもなんでイチローくんと!」

普段はクールな小田切が驚くほど取り乱している。


「僕も驚いてるよ。朝起きたらほぼ裸だし、ノーブラでもウロウロするし」


「えっ! 鈴木くん………まりさんとはあの、その、そういう関係に………?」

小田切のあたふたが止まらない。


「そういう関係って?」

僕は意外に純粋だ。いや、この場合は天然なのかもしれない。


「えっと、その………あれだよ、あれ!」

小田切のあたふたが止まらない。


「あ!そういうことか。付き合ってはないよ。

僕なんかがまりさんと付き合えるわけないしね。

それに僕の好きなのはおだっ………、

ごめん。忘れて」


僕は勢い余って小田切の名前を口にするところだった。

まあ、完全にバレバレだが......


小田切が顔を真っ赤にして下を向いてしまっている。


「小田切、大丈夫か!顔が赤いぞ。

 熱中症じゃないのか」

小田切の前では天然な僕が顔を覗き込む。


小田切はさらに下を向いて隠れようとする。


「大丈夫、大丈夫だから。それよりも戻っていいから」

小田切は下を向きながら両手で僕を押し出して離そうとする。


「わかった。小田切がその方がいいなら戻るね」


僕は小田切を1人残して講義室に戻った。


「イチローくん、どうだった?」

そのまりさんの笑みは小田切のことを心配している顔ではない。

僕と小田切がどうなったかを知りたいだけの顔だった。


「まだしんどいみたいで外で休憩してます」


「寄り添ってあげなよ?」


「そうしようとしたら小田切から追い返されました」


「まさかのわたしのパスミスか、はたまたイチローくんの決定力不足か......」

顎に手を当て探偵になりきっている。

まりさんは完全に楽しんでいるとしか思えない。


「今のところパスミスに泥舟ですね」


「くぅ~、くやしい。

 まり選手は終了間際に最高のキラーパスを送るから

イチローくんは準備しといてね」

まりさんは親指を立ててウィンクをしている。


「こっちが困るパスは送らないでください!」


「あ!そうだ。イチローくん、におって」


「え?ここで??さすがにここは………」


「だって最高に汗かいたんだよ。ここで検証しなきゃいつするの?」


「いや、周りの目が………」


「気にするな!それ、えい!」

まりさんが僕に突っ込んでくる。


抱きつかれた僕はそのまままりさんと床に転がってしまった。

まさに目と鼻の先にまりさんの首筋が。

鼻先にはまりさんの汗がしっとりと伝わってくる。


相変わらずいい香りだ。

いい汗をかいたんだろうな。

さらっとしている。


………あ、あれ?………………


だんだん意識が遠のいていく。


………イチローくん…………



………………………イチローく…………



まりさんの声が遠ざかっていく。


また気を失うのか、僕は………………


ガクッ………


………………………………


(ここは?医務室だろうな)


僕はもう慣れたものだ。

目をつぶったまま周りを見ることもなく

医務室にいると予測する。


目を開ける。


ほらっ!やっぱり医務室だっ…………


「ええっ!?小田切??」


僕のベットの横には小田切奈央が座っていた。





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