第三十六話 修羅へ誘ふ迷ひ路

 創作物の中で戦いを美化する事は容易い。だからこそ筆の立つ者達によって数々のプロパガンダが生み出され、正義に燃えた人々は自分達が踊らされているとも知らずに戦争へと導かれていった。

 しかし、目の前で実際に起こった戦いを美化する手段はない。どんな大義で着飾ってみたところで、それは醜いままなのだ。


 ~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~



         §      §      §



「では、そろそろ私も行って参ります」


 カイルが裏門に向かって暫く後、東風は散歩でもするかのような足取りで砦の方に向かって歩き出す。そしてべべ王達が見送る中、その姿はみるみるうちに影に吸い込まれ消えてしまった。


「今の内に確認しておくぞ……」


 べべ王は東風の姿が消えてすぐに口を開いた。


「ワシ等が今からやろうとしている事は、村の皆の仇討ちじゃ。じゃが、同時にこれは虐殺でもある。

 もし気が進まぬなら、カイルのいる裏門へ手助けに行ってくれ。あっちでもやる事は変わらぬが、数は少なくて済む」


「確かに俺達と奴等じゃ、力の差があり過ぎて戦いにもならないだろうな。

 けどよ、それも自業自得って奴だ。例え一方的な虐殺になろうが俺様の知った事か」


 段は即答する。しかし、その質問は段に向けられたものではなかった。

 微動だにせず砦を睨むイザネの方をべべ王はじっと見つめている。


「イザネはよいのか? お前はこういう事が嫌いじゃったろう?」


 その問いにイザネは動じなかった。


「余計な気はつかわなくていいぜベベ王。奴等は……ゴブリン以下だっ!」


 べべ王は、視線をイザネから砦の方に移した。


ズドッ! スドドォォン!


 三人が見守る中、爆音とともに砦が揺れる。東風が爆破したのだ。

 イザネはその爆発と共に無言で歩き始め、べべ王と段も続く。砦は混乱していて、森から出て来た三人組に見張り台の男達もまだ気づいてはいない。

 ボゥッとイザネが振り上げたメイスに青白い光が灯り、それがだんだんと大きく膨れていく。


「おい! なんだあいつ等はっ!」


「真・狼牙空塵砕!(シン・ロウガクウジンサイ)」


 見張り台の盗賊達が砦に近づく三人に気づくのと、イザネがその技を放つのはほぼ同時だった。


ブゥンッ……ズガガガガッ!!


※ 挿絵

https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16818093086531590541


 イザネが振り下ろすメイスから放たれた巨大な青白い玉は、砦の門を砕き、建物正面の壁を抉り、周囲にいた盗賊達を赤い塵に変えていく。


「ひっ……なっなんだぁ……なんだこれはぁ……」


「あっ……あぁ……」


「おいっ……どうした! 敵はどこだぁっっっ!」


「門が……門がぁ……」


 盗賊達が慌てふためく……いやむしろ狂乱する声が辺りに響く。


ヒュンヒュン……ヒュルル……ヒュン……


 遅ればせながら見張り台の上から矢が放たれるが、べべ王は杖をかざして作り出した光のドームでそれを遮る。


キキンッ……、ボト……ボトボトボト……


 光に弾かれ、べべ王達を襲った全ての矢が地に落ちていく。


『おん ばざら だらま きりく そわか』


 段が静かに呪文を唱え杖を振り下ろすと、見張り台の一つに雷が落ちる。


ガラゴロゴロゴロ……ドーーンッ!


 見張り台は粉々に砕け、その上に乗せていた黒焦げの遺体と共にボトボトと砦の上に火の付いた破片を降らせる。


「おい、やばいぞ! 早くっ! 早く降りろ! 降りろぉーーっ!」


 もう一つの見張り台の盗賊達が、慌ててそこから降りようとしたが手遅れだ。


『おん ばざら だらま きりく そわか』


ゴロゴロゴロゴロ……ズドーーンッ!


 段が空に展開した雷雲はさらに巨大なものへと成長し、もう一つの見張り台にも容赦なく雷を見舞う。砦の空を舞う焦げた木片と肉片は数を倍に増し、逃げ惑う盗賊達を更なる狂乱の渦へと導く。


「し……ししし死ねぇーーっ!」


 錯乱した盗賊の一人が、剣を振り回しながら壊れた柵の中へ踏み込んだイザネに突進を試みる。


ガンッ!


 が、それを一瞥したイザネの持つメイスは、兜の上からその男の頭蓋を粉々に粉砕する。


「うわぁぁぁっ」


「誰か……誰か来てくれぇーーっ!」


 仲間が一撃で殺される様を目の当たりにした者達は抵抗を諦め、武器を放り出して逃走を試みるが……


『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』


ドゴゴゴゴゴゴッ……ドシャアッ!


 逃げ出した盗賊達は、段の呪文で一直線上にめくれ上がった地面と共に宙に浮き、そして地表に叩きつけられる。地面に横たわる彼等の関節はありえない方向に折れ曲がり、もう微動だにしない。


「助けてくれぇーっ! 俺は何も知らねぇ! 金で雇われただけなんだ! 貴族から頼まれた簡単な人探しの筈だったんだ! 騙されただけなんだよ!

 俺は、何も知らねぇんだ! 助けてくれ! 家族の元に帰らせてくれーーっ!」


 一人逃げ遅れた男はそう叫びながら地面に這いつくばって三人に許しを乞う。

 イザネは這いつくばるこの男には目もくれず、べべ王達と共に静かに前へと歩み続けていた。無論この男を許してやるつもりはないが、べべ王の真正面にいるのだから任せておけばいいだけだ。


ドゥッ……


 男に頭を下げさせたまま、べべ王は真横に向かい杖から光弾を射出した。


「ガフッ」


 物陰で息を潜めてやり過ごそうとしていた盗賊の胸を、放たれた光弾はその身を隠していた見張り台の残骸ごと貫いていた。


「ひっ!」


 上目遣いにその光景を見た男は、再びその頭を地に擦り付ける。


「俺は知らない! なにもしてない! なにも……なにも俺はっ!」


 だが、目を閉じてそう叫んでみたものの三人は男へ向かう足を止めようとしない。三人が許しを請う男の前に着いた時、べべ王の杖の先には光が刃が伸びていた。


「まさか……剣?」


 それが、その男の最期に見た光景だった。男がそれを言い終わるより早く、べべ王は光の剣を振り下ろし、死の瞬間を認識させることすらなく男は二つに裂かれていた。


(なぜだろう?)


 イザネは心の中で己に問いかける。ルルタニアでも盗賊狩りは何度もやった筈なのに、なぜこんなに気分が悪いのだろうか? と。



         ◇      ◇      ◇



 砦の中の一室では、一人の男が十人余の部下を集めていた。男は部屋に運び入れたクロスボウを、次々に部下に持たせていたのだが……。


「クロスボウの巻き方すら知らねぇのか! このウスラバカが!」


 部下の一人が弦の巻き上げ機に手こずっているのを見て、男は足を揺すりながら怒鳴りつけていた。


「まだか! 早くしろ!」


 時折、扉の方を横目で睨みながら男は部下達を大声で急かす。


(どんな化け物だって、至近距離からこれだけのクロスボウを一度に浴びせられて、無事でいられる訳がねぇんだ!)


「準備できました!」


 部下の報告を聞き、眉間にしわを寄せていた男の顔が少し緩む。


「配置につけ! 扉が開いたら一斉に撃つんだ! タイミングを間違えるんじゃねぇぞ!

 部屋の明かりも消しとけ! 物音を立てたらぶっ殺すぞ!」


 ”物音を立てるな”とは今更だったかもしれない。さきほどからずっと男は、大声で指示を出し続けていたのだから。

 だが、常日頃から大声で脅す事で部下を統制していたこの男は、こんな時までその習慣が抜けなかった。


 男達はみな無法者である。法も秩序も力でねじ伏せ、無視して生きてきた者達だ。だから当然、目上の者にだって従おうという気は微塵もない。隙があれば目上の人間だって叩きのめして自分が一番になっちまおうと、むしろそう考えてしまう者達の集まりだ。

 そんな者達を従えるには”恐怖”しかない。常に威圧し、脅し、怒鳴り散らし、時には暴力を振るってでも自分への恐怖が衰えぬよう、舐められないようにしなければ彼等の上に立つ事は不可能だ。

 だから男はこんな時にさえ、部下を怒鳴り威圧する事をつい優先してしまったのだ。そしてそんな有様なのにこの男は、扉に向けられる部下たちのクロスボウを見て勝利を確信してさえいた。

 決して油断していたのではない。自分の部下に舐められる事がこの男にとっては最も恐ろしく、敵の方にまで十分な気を配れないのだ。


コッコッコッコッ


 足音が扉に近づいて来た。が、扉はまだ開かない。


(どうした?)


 不思議に思う男の耳にかすかに声が聞こえる。


『おん かかか びさんまえい そわか』


(呪文!! まさか、この部屋ごと俺達を吹き飛ばすつもりか?!)


 男は暗闇で目を見開く。が、声は止み、とっくに呪文が完成した筈なのに部屋に異変はない。


(脅かしやがって。)


 男は額の汗を拭おうとするが……


ドタッ


 部屋に響いた物音に驚きその動きが止まる。部屋の薄暗い闇の中、目を凝らして見ると部下の一人が倒れていた。


「バカ! なにしてんだ! 早く起きろ!」


 部屋のすぐ前まで敵が来ている今の状況では、流石に大声は出せない。男は声量を絞り、しかし威圧するための激しい口調は崩さぬまま指示を飛ばしたのだが……


ドタッ……ドタッドタッ、ドタッ……


 次々と部下達が倒れていく。


「おい! てめぇ等……」


 男が声を発する事ができたのは、ここまでだった。


ドタッ……


 男は息をする事すら叶わず床に倒れ伏し、手に持っていたクロスボウは明後日の方向に矢をシュンと放つ。


(ど……く……?)


 ようやく男は気づいた、毒を撒く魔法を使うにはおあつらえ向きの状況だった事に。部屋の中に大勢の敵が集まっていて、扉があるため毒が術者に逆流する恐れすらないのだから。

 ようやく空いた扉の向こうに見慣れぬ三人組が立っているのを見上げながら、男の瞳は光を失っていった。



         ◇      ◇      ◇



「おい! どうなってる!」


 扉を勢いよく開け放ったベンが、自室前に控えるイカツイ男に怒鳴る。


「わかりやせん。が、あの爆発は砦になにか魔法を撃ち込まれたのでしょう」


「魔法だと……バカな! ゴータルートの兵は動かない手筈に……。

 バーク! 状況を確認次第報告しろ!」


「ハッ!」


 指示を受けてバークは砦の廊下を駆け、ベンは再び部屋に戻る。

 だがベンは気づかなかった、部屋のドアを閉めた瞬間、巨大な影が部屋の中に滑り込んだのを、既にバークの大きな身体が廊下の角で横たわり動かなくなっていたのを。


「まずいな……魔導兵の射程距離まで砦に接近しているなら、包囲は既に完成している。もう裏門まで押さえられていると考えるしかない」


ガチャン!


 ベンは怒りにまかせて机の上のグラスを腕で払い、床に落とした。


「くそっ! 見張りは何をしていた! なんのための見張り台だ!

 敵が接近する前に報告しなければ、意味ないだろうがっ!」


 ベンはみっともなく荒々しい声を吐き出し、そして吐き出した分だけ冷静さを取り戻す。


「部下達の不満を抑えるため、ファルワナ祭を許したのが裏目に出たか。逃げる事ができないとすれば、いっそわざと捕まるか……。

 ゴータルートの街の中にも俺達フレイガーデンの構成員はいる。そいつらに頼んで処刑前に牢から出して貰えばいいだけだ。

 牢番にフレイガーデンの仲間が混ざっていたなら好都合だが、もしそうでなかったとしても……」


 ベンは机の上の水晶玉に手をかざす。


「何をしている! 早く応答しろサワダ!」


 鈍く発光する水晶に向かってベンは声を荒げるが、水晶玉がブゥンという音と共に光り出すまで数十秒を要した。


「どういう事だサワダ! ゴータルートも含め、この辺り一帯の領主には話を通しておいた筈じゃなかったのか?!」


「ちょっと怒鳴らないでよ。浩二と代わるから……。

 浩二~~、ベンさんから電話よ~~。なんか急ぎの用みたい」


 ベンの声に応えたのは若い女性だった。


「ありがとう桜井。

 あ、すいません代わりました沢田です。定時報告が終わったばかりなのに、どうしたんです?」


 奇妙な台座の上に乗った水晶から聞こえる声が、若い男のものに代わった。


「”どうしたんです”じゃねーよ! ゴータルートの領主は俺達に手を出さない筈じゃなかったのかよ?! え”っ?」


「え? いやだって、言われた通り領主には話が付いてる筈ですよ。

 確か……ギ……ギ……」


「ギャレットだろ沢田」


「そうそう、そうだった、よく覚えていたな新山。

 ギャレット侯爵で合ってるよねベン?」


 切羽詰まった砦の状況とは対照的に、呑気な会話が水晶の向こう側から聞こえてくる。

 ベンは自分の髪の毛を握りしめて歯を食いしばり、しばし息を整えてから水晶との会話を継続する。


「ああ、ギャレット侯だ。

 だが、それならなぜゴータルートの兵が俺の砦を包囲してるんだ?」


「ええ? 本当ですか?! それすぐに逃げなくて大丈夫なんですか?」


「大丈夫な訳ねーだろーが」


 ベンは水晶玉から顔を離し、聞こえないよう小さな声で呟くと、もう一度大きく息を吸った。


「もう逃げるのは無理だろうが、やりようはあるから大丈夫だ。

 俺は一旦わざと捕まってゴータルートの牢に入る。だから、ゴータルートの街のフレイガーデン構成員達に連絡して、俺を早く牢から出すように要請してくれ。

 急いでくれよ! 処刑される前に必ず救出してくれ!」


「わかりました、すぐ連絡します。ベンも気を付けて」


 水晶の光が消え、部屋に静けさが戻る。

 ベンは椅子の背もたれによりかかって腕組みをし、今一度状況を整理していた。


「サワダを通して依頼しておいた、ギャレット侯への政治工作は本当に成功していたのか? 成功していたとすれば、なぜ俺の砦に兵が押し寄せてくる?

 はねっ返りの正義感に燃える空気の読めない部隊長の独断で……そんな事がありえるか?

 いや、まて……まてよ……俺はまだ敵の正体を確認していない……。だがゴータルートの兵でないとすれば、いったい誰が俺の砦を攻める?」


 ベンは頭を掻きむしる。


「バーク……」


 そう呟いてベンは立ち上がった。

 バークに状況確認を命じてから暫く経つ。もうとっくに報告に戻ってもいい頃合いなのに、なぜ帰ってこないのか? その事にようやく思い至ったのだろう。


(そろそろ姿を見せてもよさそうですね)


 一通りの情報を聞き出せたと判断した東風は、ベンの背後の影から姿を現した。


「フレイガーデンとは何でしょうか」


 ベンは頭上から発せられた問いに驚き、こちらを振り返る。


「ど……どこから入ってきやがった!」


 覆面姿の東風の顔を見上げるベンの声が裏返っている。


「質問しているのはこちらです。

 教えてください、フレイガーデンとは何者なのか……」


 東風に問われたベンは、後ずさろうとして机にぶつかった。ガタンと音を立てる机の上の水晶が、奇妙な台座の上で不安定に揺れている。

 ベンはすがるような目でドアの方を見やるが、外に人の気配はない。


「誰かが戻ってくるのを待っているようですが、もしかしてこの方でしょうか?」


 東風はゴロンと何かを床に転がした。


「うわあああぁぁぁぁっ!!」


 ベンの悲鳴が部屋にこだまする。ベンの足元に転がるそれは、バークの首だった。


「放っておくと邪魔になりそうでしたので、先ほど御印(みしるし)を頂戴しておきました。

 それにしても大袈裟ですね。あなた方も我等が友人に、同じ事をしていたではありませんか」


「な、なんの話だそれはっ!」


 ベンは机にしがみつき、抜けそうな腰を必死に支えながら叫ぶ。


ドッドドッドッドッドドドドッ


 二人の会話を遮るように、廊下の方から複数の人間が駆けて来る音が聞こえてきて、東風とベンは同時に扉の方へ視線を向けた。

 自分の部下が駆けつけたと勘違いしたのか、そのままベンはドアに駆け寄ろうとする。だが、勢いよく開かれたドアの向こうにいた三人は、東風の思った通りクランSSSRの仲間達だった。


「お待ちしておりました皆さん」


「そやつがボスか? ご苦労じゃったな東ちゃん」


 べべ王が、自分達の姿を見て尻餅をついたベンを見下ろしている。


「ふふふ……」


 腰を抜かした筈のベンの口元から、なぜか笑みがこぼれ始めた。


「あはははははっ! そうか、そういう事だったのか!

 お前達は勘違いをしているぞ! 俺は敵じゃない! 俺は味方だ! お前等の味方なんだっ!」


「なにを言っとるんじゃ、こいつは?」


「この男が部下に命令している姿も、私は見ています。間違いなく、敵のボスです」


 当然ベンの話に、誰一人納得などしていない。だが、ベンはそれを気にする様子もなく畳みかけるように話を続ける。


「待ってくれ、待ってくれ。俺は確かにこの盗賊団の頭だが、お前達の敵じゃないんだ。

 俺はお前達を探しに来たんだよ。お前達をこの世界に召喚したのは、俺の所属してる秘密結社でな……詳しい事は俺の口から話せないんだが、フレイガーデンって言うんだ。本当なら秘密保持のため、この名前だって俺の身分では話せないんだぜ。無論、部下達にも教えてない。

 で、そこでの召喚中に手違いがあって、あんた等の行方がわからなくなってしまってな、俺が人手を集めて探してたって訳だ。

 詳しい話は、お前達を迎えに来るサワダって奴から聞いてくれ。本当ならそいつが、お前達に会いに行く予定だったんだ」


「なら、なぜリラルルの村を襲った! 俺達を探すだけなら、そんな事する必要ないだろうが!

 なんでっ……! なんであんな酷い事をっ!」


 悲壮な声でイザネが叫ぶが、ベンはまだ動じない。


「どうせあんた達も平和な世界からここに召喚されたんだろう? 知らないのも無理はないが、ここではあれくらい当たり前なんだ。騎士団だって食料調達のため平気で略奪くらいするし、俺も部下を食わせなければならない。

 本当は俺だってあんな事はしたくないし嫌で嫌でたまらないが、でも仕方ないんだよここでは。だからこそ俺達はこんな世の中を変えたくて、あんた達みたいに勇者を召喚して世界を良くしようとしているのさ」


 口角泡を飛ばし弁明するベンだが、東風もその仲間達もそれを真に受ける訳がなかった。ベン達が殺しを楽しんでいた事を、村人達の無残な遺体が雄弁に物語っていたのだから。


「ふざけてんのか? ふざけてんのかテメーは!

 やりたくないなら、やらなければいいだけだろうがぁっ!」


 段が吠える。

 ベンは四人の表情が険しくなるのを見て、両手を前に突き出しそれを勢いよく左右に振った。


「だから待ってくれ、待ってくれよ。

 そもそもあんな滅びかけの村を守ったって、なんにもならないじゃないか。俺達がやらなくったって、遅かれ早かれあの村の住人は野垂れ死んでいたさ。ちょっとモンスターに襲われれただけでイチコロだったろ、あんな状態じゃ。

 俺達はそれを少し早めただけだし、結果的にその方が村にあった食糧だって無駄にならない。

 だいたいあんた達だって、俺の部下を山ほど殺してるんだからお互い様だ。これで恨みっこなしにしようや」


「語るに落ちたのぅ」


 そう言うや否やべべ王の杖から光の刃が伸びるのを見て、東風は即座に二人の間に割って入った。


「待ってくださいべべ王さん、この男にはまだ聞きたい事があります。

 仇を討つのはその後にいたしましょう」


 だが、よせばいいのに額に大粒の汗を浮かべたベンは、ますます饒舌にまくし立て始める。


「おい! だからお前達のいた世界と一緒にするんじゃねぇよ! まだまだモンスターの支配する地域も多く、人類が自由に使える土地も、資源も、富も限られているんだぞこの世界は!

 だから今は、能無し共の自由に無駄遣いさせとく訳にはいかないんだ!

 人間が家畜を管理するように、能力のある者が無能な者を管理し、資源や富を無駄にしないように、効率的に巡るようにしなければならないんだ!

 そのためにお前達はこの世界に呼ばれた! 力ある者として、不安定なこの世界に安定した秩序をもたらすために! 俺も、お前達も、奴等とは違う! 選ばれた人間なんだ!

 なのになんだ? もう滅びる寸前の村にしがみつく無能に肩入れしやがって! あんな先のない村からは逃げ出して当然じゃねぇか! それも分からんバカは、むしろ積極的に間引かなければ収拾が付かないだろうが! 自然淘汰だよ! 自然淘汰!

 動物達の世界だってそうだろ? 弱肉強食ってもんだ」


 今ベンの話した事こそが彼の本音だろう……、直後に見せたベンの苦虫を噛み殺したような表情からは、それをしゃべってしまった事への後悔がありありと読み取れる。


 ……いや、もしかするとそれは彼が所属するフレイガーデンという組織、その思想に沿った主張だったのかもしれない。ベンの持論が肯定され、褒めたたえられるようなコミュニティに毒されていたからこそ、恐怖に押されてついそれが漏れ出たのだと考えた方がより自然である。


「人様に畜生の真似事をしろとでもいうのか、貴様ぁっ!」


 段が再び吠えた。もはやベンには、自身の本音を誤魔化す術(すべ)もない。

 そもそもベンは交渉役ではなく探索係、サワダという男が四人と接触する予定だったのだ。その理由も、この失態を見れば明白だろう。


「そうじゃない! お前達だってこの世界の事をもっとよく知れば、じきに分かる現実だ! 俺達能力ある者が全世界を照らす光となり、正しく導く必要があるんだよ。

 増え過ぎた劣等種を減らす事も、今の世界には喫緊(きっきん)の課題だ! 余計な愚民共を間引くのも、躊躇はしてられないんだよ!

 それが俺達の義務であり、それが許されるだけの権利だってある!

 あんな連中、俺の生まれ育ったスラムなら、真っ先に死んでるぞ! ぬるい環境に甘えて育ち、ただ怠けていただけの典型的な劣等種じゃないか!」


(この男は何を言っているのだ?)


 この時、東風の頭は理解し難いベンの言葉に混乱し、その身体は動きを完全に止めていた。

 この男は、しきりにリラルルの村の住人など自分達より遥かに劣る、取るに足らない存在なのだと主張している。だが東風の目には、その主張を続ける限りベンが狂っているようにしか映らない。

 この世界でもステータス画面が表示できたとして、それでベンの能力がずば抜けているとが証明できたとしても、やはり東風には彼がリラルルの村の住人達より優れた人間とは到底思えないのだから。


「なぁ、お前等も白々しい芝居はそこまでにしとけよ!」


 痺れを切らせたのか、ベンのガラがまた一段と悪くなった。


「お前等だって、あの村を見捨てて出て行っただろうが! 俺の様に直接手は下さなかったが、あのままにしておいて村が無事で済まない事くらい分かっていた筈だ!

 俺は別にお前達を責めている訳じゃない。むしろお前達は、俺と同じように合理的で正しい結論に辿り着いていたんだ。あのリラルルって村は救えない、とな! どんなに取り繕おうが、お前等も俺と変らねーんだよ!

 だいたい、あんな貧しい村に何があるってんだ……」


 東風には、ベンが最後に放った一言が信じられなかった。

 リラルルの村には、東風がこの世界で手に入れた全てがあった。それはどれもルルタニアでは得られなかった貴重なもの。

 その事すら、このベンにはまるで分からないというのだから。


「……そうか、わかったぞ……あの門番の娘か……あれは確かにいい女だった……」


 ベンは段を指さした。


「もしかして、あんたが惚れていたのか?」


 なぜかその一言で、険しかった段の表情から一切の感情が消えた。


「それとも……」


 今度は東風にベンは指を向ける。


「あんたが惚れてた?」


 東風の全身にぞわりと毛が逆立つような感覚が走り、それを歯を食いしばって噛み殺す。

 まだこの男からは聞き出すことがある。今はなんとしても堪えなければならない。


「まさか爺さんがお相手って訳はないよな?

 けどよ、あの程度の女なら街に行けばいくらだって……」


「だまれっ!」


 全身を震わせながら声を吐き出したのは、イザネだった。


「だまれだまれだまれだまれぇぇぇぇーーーっ!! 薄っぺらい屁理屈ばかりこねやがって!

 いい加減に……」


 が、イザネの叫びが終わるよりも早く、彼女の前へ踊り出た段は、その拳を得意げなベンの顔めがけて放っていた。


ドズシャアァァァーーッ!


 拳の勢いで壁に叩きつけられたベンは、血を吹き出しながらまるで潰れるように床に沈み込む。この世で彼が築いてきたものは、一瞬にしてその指の隙間から全てこぼれ落ちていた。


「黙ってくたばりやがれ! このクソ野郎がーーっ!!!」


 段が咆哮を上げても、ベンはもうピクリとも動かない。



         *      *      *



「よう、カイル。そっちの首尾はどうだい?」


 裏門に到着したイザネが、そばの木に寄りかかるカイルに話しかける。


「全員殺せたよ。一人も逃しちゃいない。といっても、俺が殺ったのは五人だけだけどね。

 そっちは?」


「今しがた決着を付けて来たところじゃ。

 ところでカイルよ、フレイガーデンという名に心当たりはないか?」


 べべ王に尋ねられてカイルは、少し考えてから首を振る。


「ないよ。

 なんだい、それは?」


「ふむ、ではベン、あるいはサワダという名に心当たりは?」


「ベン? サワダ? 聞いた事ないよ」


「では、こういう物を見た事は?」


 べべ王はベンの使っていた水晶玉とその奇妙な台座をカイルに見せる。


「水晶玉なら占いの店とか魔術師ギルドでよく見るけど、こんな奇妙な形の台座は見た事がないよ。

 ひょっとして魔道具の一種じゃないのかい?」


「実はなカイル。

 どうやらこの盗賊達はフレイガーデンという組織の息のかかった者達で、どうやらわし等を探していたらしい。

 リラルルの村はその巻き添えで目を付けられたようじゃ。

 盗賊達のボスのベンという男は、この水晶玉を使ってフレイガーデンの仲間と連絡を取っていたようなのだが、わし等が水晶玉を使おうとしてもまるで反応しないのじゃよ」


「そんな……」


 リラルル村が襲われた原因を知り、カイルは思わず額を押さえた。村に行こうとべべ王達を誘ったのは自分なのだから。


「どうやら私達をこの世界に呼んだのもフレイガーデンらしいのです。

 カイルさん、この世界では騎士達も略奪を働くとも聞きましたが、これは本当でしょうか?」


 東風の問われ、すぐにカイルは頷く。


「戦争になったらそのくらい平気でしますよ」


「私達の知ってる騎士とは、随分と違うのですね」


 東風は呆れたように天を仰いだ。


「ところでジョーダン、この盗賊達の墓まで作る気じゃないだろうな?」


「いや、流石にこの数はなぁ……」


 イザネに問われ、段は困ったように首の後ろを掻いている。


「気にする事はないよジョーダン。

 こいつ等には一応賞金もかけられているんだ。衛兵達に知らせれば、討伐の確認ついでに死体の始末くらいしてくれるよ」


 もっとも、死体を始末はしても兵士達はまともに弔ったりしない。この国では罪人の墓を立てる習慣も、その葬儀を行う習慣もないのだから。

 だから、せいぜいゾンビ化しないよう処置をする程度のものなのだが、カイルはあえてそれを言わなかった。


「そうか、ならこのままでいいか」


 務めて明るい声を出してはいるがイザネの目は笑っておらず、どこか無理をしているようにカイルには感じられた。


「さっきから、どうしたんじゃジョーダン?

 なにか気になる事でもあるのか?」


 べべ王は怪訝そうな顔で、先ほどから口数の少ない段の顔を覗く。


「なぁ、俺達は敵のボスをやっつけたんだよな?」


「そうじゃ」


「クエストは成功だったんだよな? 間違いなく俺達の圧勝だった?!」


「そうじゃ」


「だったらなんでこんなにスッキリしないんだ?! なんでこんな虚しい気分を味わわなきゃならないんだ!

 こんなの、おかしいだろうがっ!」


 ベンを殴った右の拳をみつめながら、段はそう問いかけていけた。

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