第二章 謀略の街

望まざる再会

第三十七話 見えない敵を求めて

 頭のいい人間は、悪事を自慢しようとなどとは思わない。それは多くの人の恨みを買い、そして熾烈な報復を生むからだ。

 だから秘密にする。悪事は決して漏らさない。

 この場合、もしも悪事に気づいた者が現れたとしても、その犯人に辿り着くのは、ましてその正体を世間に知らせるのは至難の業となるだろう。

 それがどんなに危険な事か、真犯人は誰よりもよく知っているのだから。


 ~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~



         §      §      §



 ベンの盗賊団を壊滅させてすぐに、カイル達の馬車はゴータルートへと向かった。

 リラルルの村が滅んだ今、カイル達の生活拠点は街に移すしかなかったし、自分達を狙うフレイガーデンの手がかりを探すにも街での情報収集は不可欠だった。

 馬車は夜明け前にゴータルートの門に着いたため、カイル達は開門まで待つ他なかったのだが、朝のすんだ空気も今のカイルには心地よいとは感じられなかった。

 到着した時には一行のものしか門前になかった馬車も、夜明けが近づくにつれその数を増し、開門時には何台あるかもわからぬ長い長い列へと変化していった。

 昨日の夜開始されたファルワナ祭のピークは今日の昼。そしてそれは、多くの商人や観光客によってこの街が湧きかえる時でもあるのだ。


「おい、開門の時間だぞ!」


 カイルは御者台の上から荷台のホロへ向かって声をかける。

 門へ到着した時に馬車を操っていたのはべべ王だったが、開門の時間まで交代で仮眠をとる事となり、今はカイルが御者台に座っていた。


「やっとかよ。待ちくたびれたぜ」


 イザネが御者台の脇からすぐに顔を覗かせる。

 荷台で寝ぼけまなこを擦る東風とべべ王、それに未だいびきをかいてる段とは対照的に、イザネはすっかり目が冴えているようだった。


(イザネの奴、寝てないのか?)


 あまりに他の三人と様子の違うイザネにカイルは違和感を覚えたが、門から馬車に駆けて来る衛兵達の声によってすぐにそれを忘れてしまった。



         *      *      *



 街に入ってすぐに一行は、昨日買ったばかりの馬車を売り払った。

 馬車を停める場所も馬屋もこの街に用意しておらず、リラルルの村と頻繁に往復する必要もなくなってしまった今、この馬車は無用の長物と化していた。

 もし馬車が急遽必要になったとしても、今の状況では街で借りた方がよっぽど安上がりで手間もない。


「さよなら、アーサー、ロム。いいご主人様に飼って貰うんだぞ」


 買い取られて行く馬達の鼻面を撫でながら、イザネが寂しそうに別れを告げた。


「これからの事を整理しよう」


 馬車の売却を終えたべべ王は、そう言って皆を集めた。


「わしは昨日の商会を訪ねてマークさんを探そうと思う。

 フレイガーデンとやらが商人達の情報網に引っかかっておるのなら、正体を掴める筈じゃ。他にもマークさんには尋ねたい事がいくつかあるしの。

 それにあの商会からは衛兵の詰所も近い。ついでに盗賊退治の報告も済ませておこう」


「では、私はこれからシーフギルドに行ってきます。

 ソフィアさんの力を借りる事ができれば、大抵の情報は集まるでしょうから」


「じゃあ、俺様はマジックギルドだ。

 ベンとかいう奴が持っていた水晶玉をよこしてくれ、奴等に鑑定させてやる」


 カイルは不安そうな視線を、水晶玉とその台座を受け取る段に送っていた。


(段一人でマジックギルドに向かわせて果たして大丈夫だろうか?

 正直不安しかない……不安だけど、今一番目が離せないのは……)


「じゃあ、俺は宿を探しておくぜ」


「今はファルワナ祭の真っ最中で、宿もありえないくらい混んでいるんだぜ。

 土地勘もないイザネ一人じゃ無理だ、俺も行く」


 カイルはイザネとの同行をとっさに名乗り出る。

 ファルワナ祭の人混みの中を、半裸の姿のままイザネが一人で歩き回って何事も起こらぬ訳がない。


「ジョーダン、マジックギルドの連中はお前の魔法を狙ってるんだ、忘れるなよ。

 特に口にはくれぐれも気を付けろ、余計な事しゃべるんじゃねーぞ」


 続いてカイルは段に釘をさす。


「分かってるさカイル。

 ルルタニア程この世界が甘くはねぇのは、もうよく分かってるよ」


「そのうえあいつ等は嘘つきだ、目的のためならどんな嘘でも平気でつく。騙されんなよ」


 カイルはポンッと段の胸を叩いた。


「昼には冒険者ギルドの食堂で集まろう。

 余った酒と薬草は商会で売れるかもしれんから、わしが持ってくぞ」


 べべ王がマーサのために買った薬草の袋を背負い酒樽を担ぐと、それを合図に五人は街へと散っていった。



         ◇      ◇      ◇



「すいませんソフィアさん、少し面倒な事になりまして手を貸して欲しいのですが」


 4番通り裏の赤猫亭で優雅なひと時を楽しんでいたソフィアは、不意に後ろから話しかけられて酒を吹き出しそうになっている。カウンターの向こうのマスターまでが酒をシェイクする手を止め大口を開けているのを見て、やはり自分の巨体は目立ち過ぎるのだと東風は改めて思い知らされる。


「ちょっと、気配もなしにあんたに近づかれたらみんな驚くじゃない。

 影に潜るのは便利かもしれないけど、見せびらかすもんじゃないでしょ?」


「この店は入り口が狭いので、私の体では普通に入れないんですよ」


「もういいわ、表で話しましょ。

 マスター、ツケにしといて」


 ソフィアが店を出ると共に東風もまた、影の中にその姿を消す。影に潜る寸前、腰を抜かしたマスターと、あっけに取られる僅かな常連客の顔が東風の目に入った。



         *      *      *



「よくあの店がわかったわね」


 人気のないボロ倉庫の中に場所を移して、東風とソフィアは密会していた。


「盗賊ギルドで聞いたら、あの店にソフィアさんがいると教えて頂きました」


「ただで教えて貰った訳じゃないでしょ、それ?」


「ええ、銀貨を2枚程要求されました」


「それ、払ったの? バカ正直に?」


「ええ」


「呆れた……」


 ソフィアが額に手を当てると、その指の隙間から鮮やかな赤い髪が垂れた。


「なにか、まずかったでしょうか?」


「払い過ぎよ。どういう金銭感覚してんのよアンタは?」


「情報屋を利用したのも初めてでしたし、その……慣れていないもので……」


「”慣れてない”とかそういう問題じゃないわよ。その額は。ありえない。非常識にも程があるわよ。

 ねぇ、あんた達が異世界から召喚された勇者だ、なんて噂もあるんだけどまさか本当じゃないわよね」


「ははは。まさか、そんな事は」


 とぼける東風の顔をソフィアはまじまじと覗き込む。


「鎌をかけたつもりだったんだけど、本当なんだ」


「いいえ」


 こちらの目をじっと見ていたソフィアの顔が、意地悪く微笑む。


「あんた、嘘をつくならポーカーフェイスくらい覚えた方がいいわよ。なんでも顔に出るから、わかりやすいったらないわ。

 それで……正解なのよね?」


「……はい」


 腰に手を当てて詰問するソフィアに対し、観念したように東風はうなだれた。


「ジョーダンってソーサラーだけでもギルドは大騒ぎだったし、あんたも影に潜るなんて人間離れした真似するし、おかしいとは思ってたのよ。

 もしかして、ガーフ達もその事知ってた訳?」


「ええ、キースさん達と相談して秘密にしようって事になったんです。バレたら大騒ぎになるから、と」


「確かにそうだけど、アタシにまで秘密にするなんて、腹が立つわねガーフの奴!」


「すいません」


「あんたが謝ってどうすんのよ。

 それで、その召喚勇者様がアタシに何を頼みたいのかしら?」


「ソフィアさんはフレイガーデンという秘密結社をご存知でしょうか?」


「いいえ」


「どうやら、その秘密結社が我々を狙っているらしいのです。リラルルの村が我々を探しに来たフレイガーデンの手先によって、皆殺しにあいました。

 我々と関りを持ち過ぎたのがまずかったようです」


 リラルルの村の光景が脳裏に浮かびあがり、東風の手が震える。


「本当なの……それ……」


 ソフィアは眉間にしわを寄せ、少しの間だけ言葉を失った。


「……わかったわ、相当ヤバい組織みたいだし銀貨2枚で手を打ちましょう。

 いい東風さん? 銀貨2枚っていうのは、それくらいの危険を冒すだけの価値があるのよ」


 差し出されたソフィアの掌の上に、東風は銀貨を2枚落とした。


「今後あたしと会う時は、この倉庫を使いましょう。

 あんたが直接動くと目立つから、あたしと会いたい時は赤猫亭に誰か人を頼んで知らせて頂戴。もしアタシがあの店にいなくても、マスターに私への伝言を頼めるようにしておくから。いい?」


「了解しました。

 では、私はそろそろ仲間のところへ戻ります」


 東風はそのまま立ち去ろうとしたのだが、すぐソフィアに呼び止められた。


「ねぇ、ちょっと待って! リラルルの村の人って、アンタ達に関わったからフレイガーデンに狙われたのよね?」


「ええ、恐らくそうです」


「じゃあ、次に狙われる可能性が高いのって、もしかして……」


 そのソフィアの言葉を聞いて、東風はまるで地面が歪むような感覚に襲われていた。



         ◇      ◇      ◇



 マジックギルドの扉を、段は勢いよくバンッと開け放った。

 開いた扉の外から響いてくるファルワナ祭の賑やかな音楽や浮かれた声を背に受けながら、段はそのまま受付へと一直線に向かう。周囲で驚き戸惑っている職員達など、段は全く意に介さなかった。


「魔道具の鑑定を頼みにきた。どこへ行けばいい?」


「ただ今、案内の者を呼びますので少々お待ちください」


 受付の女性が、怯えた表情を浮かべているのを見て、段は自分の顔が強張っていた事にようやく気付く。


「ちっ」


 つばの広い帽子を目深に被り、段は顔の上半分を咄嗟に隠した。


(くそっ! 村で楽しむ筈だった祭りの賑わいを、この騒々しい街で味わう羽目になるとはな!)


 段は賑やかな通り方を、忌々しそうに睨んでいた。



         *      *      *



「こいつを調べてくれ。

 どうやら、これで遠く離れた者に連絡ができるようなんだが、俺達が使おうとしても、うんともすんとも云わんのだ」


 マジックギルドの地下室で、机の上に置いた水晶玉とその奇妙な台座を段は指さした。


「あんた、ダルフ支部長とやり合った、大上=段とかいう新人ソーサラーじゃろ?」


 眼鏡をかけた老魔術師は、机の上の水晶玉を弄りながら段に問いかける。


「やり合うもなにも、ダルフの奴がバカな事言うから、ちょっと腹を立てちまっただけのことだ」


 段の人差し指は、机を垂直に叩き続けている。


「この水晶玉は、普通の物じゃな。特に仕掛けがある様子はない。

 問題はこの台座のようじゃ」


 老魔術師は水晶玉の台座をひっくり返して調べ始め、手持ち無沙汰になった段は周囲の棚から目に着いたマジックポーションを引っ張り出した。


「あまり品質が良くなさそうだな」


「品質が悪くても高く売れるんじゃよ。マジックポーションはマジックギルドの専売じゃからな」


「専売?」


「ギルドの許可なくマジックポーションを売るのは禁止という事じゃ。マジックポーションの製法を広める事も、許可なく作る事も、もちろん禁止じゃよ」


「そんな勝手な事、誰が決めたんだよ」


 段は、マジックポーションを棚に戻す。


「魔術師ギルドが、役人や有力貴族達に金を配ってそういう事にして貰ったんじゃよ。法律を作らせてな。

 ”素人が作ったマジックポーションは間違いを起こす”などと、もっともらしい理屈も付けていたはずじゃ」


「益々このギルドのことが嫌いになったぜ」


 吐き捨てるように段は言う。


「お前さん、この台座にはもう一つ魔道具がセットになってなかったか?」


 台座を調べるのに夢中になっていた老魔術師が、顔を上げて問いかけた。


「セット? いや、それだけだ」


「ふむ、じゃあこれを使ってるところをどこで見たのじゃ?」


「仲間の話によると、盗賊のボスが砦の中で使っていたそうだ。こう、手を水晶玉にかざしてな」


 段は東風から聞いたとおりに、水晶玉の上に手をかざしてみせる。


「盗賊のボス? では、その盗賊は指輪とか腕輪とか、何かそういう小物やアクセサリーを身に付けていなかったか?」


「なにも付けてなかったぜ」


「おかしいのぅ。このままでは、こいつは使い物にならんのじゃ。

 確かに遠く離れた場所にいる者と交信する機能をこの台座は備えておる。だが”どこの誰と話をするのか”が、この台座だけでは定まらぬのじゃ。

 相手がどこの誰かを指定するため、どうしてももう一つの魔道具が必要になる」


「そんな事言われても、なかった物はなかったんだよ」


「…………」


 暫く腕を組んで考え込んだ後に、老魔術師はゆっくりと口を開く。


「これは噂というか、むしろ陰謀論の類の話なのじゃが……」


 ランプの灯る薄暗い地下室で、老魔術師は少しためらいながらも、そう切り出した。



         ◇      ◇      ◇



「駄目だ、ここも泊まれないよ」


 宿の従業員と話していたカイルが、イザネにそう報告する。これでもう六件の宿に断られた事になる。ただでさえファルワナ祭の混雑により宿が不足しているうえ、あの巨大な東風も泊まれる宿を探さねばならないとなると店も限られるし、難航するのも当然だった。


「じゃあ、馬小屋にでも泊まるのか?」


「最悪の場合はな。でもまだ向こうの通りにだって何軒か宿があった筈さ」


 カイルは一つ向こうの通りを指し、イザネを先導するように歩き出すが……


グゥー


 カイルは自分の腹が鳴っているのを聞いて、祭りの屋台の前で立ち止まった。


(そういえば昨日の昼以来、何も食ってないんだっけ?)


「あれ買ってくるから、ちょっと待っててくれ」


 振り向いてイザネにそう告げると、カイルは近くの屋台へと向かう。


「すいません、その串2本焼いて下さい」


 暇そうにしていた店主の親父は、カイルから硬貨を受け取ると焼けた炭の上に串を乗せる。串に刺した薄い鶏肉はみるみるうちに焼けていき、そこにフルーツの香る濃いソースが慣れた手つきで塗られていく。


「お待ちどう」


 カイルは親父から受け取った串のうち大きい方を選んでイザネに差し出す。


「ほら、おまえも食えよ」


「いらない」


 カイルは思わず首をかしげた。イザネも昨日の昼から何も食べていない筈なのだ。


「どうしたんだよ?」


「ここの臭いは苦手で、食欲がわかないんだよ」


 確かに祭りのおかげで今日の街は人が多く、臭いもその分だけ普段より酷いものになっていた。

 カイルは諦めて差し出した串を引っ込め、自分用に残しておいた方の串の半分まで肉を食い千切る。


(参ったな。これじゃあイザネに服を買う時間までなくなっちまう)


 まず服を買いに行こうとカイルは提案していたのだが、イザネは宿探しを優先すると言って聞かなかった。おかげでイザネはまだ半裸の恰好のままで、すれ違う男達が露骨なまでの視線を彼女に浴びせている。


コツン……


 カイルの靴に勢いよく小石が当たる。


(……?)


 石の飛んで来た方向をカイルが見やると、盗賊ふうの身なりの男が路地裏の影からカイルに手招きしている。服装こそ以前に会った時とはまるで違うが、それは間違いなくダルフ支部長に仕えるガラという男だった。


(マジックギルドの手先が何の用だ?)


 カイルは脇目でガラを見ながら、イザネに耳打ちをする。


「マジックギルドの犬が俺を呼んでんだ。ちょっと行って来るよ」


「無視すりゃいいだろそんなの?」


 イザネが面倒そうな顔をする。


「マジックギルドを敵に回すといろいろ厄介なんだよ、この街だと。うまく誤魔化して来るから、ちょっとここで待っててくれ」


 カイルは肉の串を一本イザネに預け、半分だけ肉の残った方の串を口に入れながらガラの待つ路地裏へと向かった。



         *      *      *



「俺の正体は、バレてないだろうな」


 路地裏の奥までカイルを誘導したあと、ガラが話を切り出す。


「バレたくないなら、こんなとこで接触してこなけりゃいいじゃないっすか。報告は一か月後の筈でしょガラさん」


 だが実際はとっくに仲間にバラしてしまっているので、カイルにはガラの真剣さが滑稽にしか見えない。


「緊急の要件がある場合は、話が別だ」


 ガラの表情はいつになく険しいが、その事が余計に今のカイルにはバカバカしく思える。


「緊急の要件って?」


「とぼけるのか貴様!

 街から出る事をなぜ我々に報告しなかった!? まさか逃げる気だったのではないだろうな!」


「逃げるもなにも、俺達の家はリラルルの村にあったんです。村に帰ろうとするのは当然じゃないっすか」


「だったらなぜリラルルの村に住んでる事を言わなかった!

 だいたいこの街で冒険者登録したならば、この街を拠点に活動するのが普通ではないかっ!」


「そのくらい、とっくに知ってると思ってたんで。俺達の事、いろいろ調べてたみたいだったし」


 カイルの言葉を聞き、フゥッとガラが大きく息を吐いた。


「ならば質問を変えよう、まだ我々に報告し忘れてる事はないか?」


 ガラの口調は先ほどまでと違い、落ち着いた物へと変化している。


「一つあります」


「なんだ!?」


「リラルルの村が消えました」


 カイルは感情を押し殺し、ぼそりと呟くようにそれを告げた。


「なんだとっ!」


 全ては昨日の内に起こった事件であり、情報はまだどこにも伝わっていない。ガラが驚くのも無理はないだろう。


「どうやらあの四人を狙った者の襲撃に巻き込まれたようで、フレイガーデンとかいう組織がバックにいるようなんすけど、正体がわからなくて困ってるんすよ。

 だから、ダルフ様のお力でフレイガーデンの情報を調べて、天候操作魔法の秘密と引き換えに教える、とでも言って取引したら早いんじゃないっすかね?」


「そのフレイガーデンという組織は、我々と同様に天候魔法の術式を狙っているのかもしれんな。わかった、その事については俺から相談してみよう。

 それから支部長の名は滅多な事では口にするな。我々の派閥が独自で動いている事がバレる訳にはいかんのだ。

 いいな」


(これでマジックギルトの組織力を、フレイガーデン探しに利用できるな)


 カイルはガラに頷きながら内心ほくそ笑む。が、ガラもまた疑惑の眼差しをこちらに向けたままだ。


「で?」


「で?ってなんすか?」


「だから、その村を襲った犯人の情報はどうした?」


「ああ、あの盗賊達なら死にましたよ。みんなで村の仇討ちしましたから。

 賞金かかってたんで、今頃は衛兵達に報告してると思いますよ」


「貴様という奴は……」


 ガラはカイルに詰め寄る。


「どうしてそう報告が雑なんだ!? もっと真面目にやるんだ!

 いいか! この計画の成否によって我々の将来が大きく変わるのを忘れるなよ!」


「了解っす。じゃ、俺はこれで」


 ガラに背を向けながらカイルは心の中で毒づく。


(こいつには俺達がどんな思いで仇を討ったかなんて、わかりゃしないんだな。

 別に同情して欲しいなんて思わないが、村の不幸を悼(いた)む言葉一つ出てこないとは恐れ入ったぜ)


 一方ガラは路地裏を去るカイルの背をジッと睨み続けていた。


「やはりあの男は信用できん……そもそもクリスタルの魔力測定からして異常だったのだ。あいつはどうやって短期間にあれほど魔力を高めた? あの段という男となにかしていたに違いないのに、なぜそれを我々に報告しない?

 実戦の場で経験を積まなかった支部長達の目は誤魔化せても、俺の目は誤魔化せんぞ!」


 ガラは不愉快そうにそう呟くと、狭い路地裏を後にした。



         ◇      ◇      ◇



 一方、路地裏に向かうカイルを見送ったイザネは、道の隅に寄って通行の邪魔にならぬようにその帰り待つ事にしたのだが……


「汚ったねぇなぁ、この街は」


 建物の壁に寄りかかろうとして、その汚れの酷さに呆れ果てていた。

 イザネは道の端に大きな酒樽が立てられているのを発見すると、その上を軽く手で払ってから腰かける。


(少しは食っとくべきなのかな?)


 周囲の臭いはともかく、手にした肉の串からは香ばしい臭いが漂って来る。

 イザネは試しに一かじりしてみようと口を開けたが、すぐに胃から逆流する感覚を覚えて閉じてしまった。やはり道中央の溝に貯まった汚物が放つ臭いは強烈で、無視するのは容易でないらしい。


(やっぱいいや)


 イザネは食べるのを諦めて、樽の上に腰かけたまま足をブラつかせて退屈を紛らわせる。


「ねーちゃん。そんなとこで、なにやってんだい?」


 周囲の人混みをかき分けるようにして現れたのは、酔った兵士達だった。肌も露わなイザネの身体を舐めまわすようにジロジロ見ながら、その二人組はこちらに向かって真っすぐ歩いて来る。


(うざってぇな。相手にする気分にもならねぇ……)


 イザネは目を逸らし無視を決め込もうとしたが、兵士の一人がイザネの顔を覗き込む。


「へーっ、結構かわいいじゃねーか。

 なー、俺達と一緒に飲もうぜ。奢ってやるからよーっ」


「飲みたい気分じゃねーんだよ。あっち行ってくんねーか?

 酒臭いぞお前等」


「飲みたくないなら、なにがしたいんだ~~~~そんな格好で~~? もしかしてナニか? ナニがしたいのかなあ~~~~?

 ギャハハハハッ!」


 兵士の一人は、酒の勢いもあってか下卑た笑みを浮かべながらイザネに向かって手を伸ばす。


「おい、それ以上近づいたら動くぞ……」


「動くってなにぐぁ……か……がはぁ……。」


※ 挿絵

https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16818093087642049416


 イザネの豊満な胸に兵士の手が触れる直前、鋭い掌底がその脇腹を抉っていた。勢いの乗ったその一撃の反動でイザネの腰かけていた樽が倒れ、彼女の足は地面を掴む。


「ぐ……がふっ……ゲアア……」


 兵士は呼吸困難に陥って、汚れた道に手を付いて喘ぐ。


「お、おい! お前何をっ!」


 イザネに向かって、もう一人の兵が足を踏み出した瞬間。


ガッ


 串を片手で持ったまま、イザネが踵でその膝を捉える。


「グアアァァァァッ!」


 蹴られた兵士が膝を抱えて不潔な石畳を転げまわり、いつの間にか集まって来たやじ馬達はイザネと兵士を囲んで騒動の行方を見守っている。


「何があったんだ?」


「わからねぇ、あの女が何かやったみたいなんだが、俺には早すぎて見えなかった」


「あの兵士達、いつもここいらで見かける顔じゃない?」


コンッ


 イザネは先ほど倒れた大きな樽を軽く蹴って、元あった位置に立てる。そして驚き騒ぐやじ馬達の見守る中でその上に再び腰かけようとしたのだが、その前に人混みをかき分けてカイルが顔を出した。


「おい! 何やってんだよ!」


「あいつ等が絡んできたから、ちょっと揉んでやっただけだよ。手加減はしておいたから怪我はない筈だぜ。

 それよか、そっちの用は済んだのかカイル?」


「ああ」


 カイルは不安そうな顔で二人の兵士を見やるが、イザネの言葉を証明するかのように、もうヨタヨタと立ち上がろうとしているところだった。

 イザネは見るからに頼りない兵士達の様を見て思う。


(情けないなぁ、それでも正規の兵士なのかよ。

 これじゃ、ダニーとクリスの方がよっぽど強いじゃないか)


 イザネはいつの間にか目の端に貯まった涙を、手の甲で拭い取った。


「お前達さ、兵士なんだったらもっと鍛えとけよ。でないと、いつか死んじまうぞ」


 イザネは最後にそう忠告すると、カイルを連れたままやじ馬達をかき分ける。呆気にとられる兵士達が見送る中、二人は人混みの中へと消えて行った。

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