第三十一話 悪知恵

 遥かに力の上回る者が相手ならば、知恵で対抗するのが常だろう。その自慢の力を発揮する間も与えずに、知略で絡めとるが上策であり、勝利条件だ。

 もとより争いとは、プロレスや格闘技の試合のようなショーではない。観客を喜ばせるためお互いに100%のコンディションで試合に臨む必要もなければ、見物人がスカッとするような分かりやすい決着すら、それには一切必要ないのだ。


 ~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~



         §      §      §



 俺と段がギルドに戻ると、冒険者達がその周囲を取り巻いていた。

 みんな突然の騒ぎに慌てて集まったのだろうが、その原因が何だったのか正確に分かっていた者は殆どいないだろう。


「おい! 今のはなんだ?!」


「俺様は”魔法を本気で撃ってみろ”と言われたから、そうしただけだぜ」


 ファイタークラスと思われる鎧を着た冒険者に対して段はぶっきらぼうに答え、マリーさんの待つ受付に向かった。

 試験官を務めた年配のソーサラーの姿は既にギルドになく、まだ揺れている入口のスイングドアが、彼がそこを数秒前に通過したであろう事を伝えている。


「合格でいいんだろ?」


 受付の前に仁王立ちした段が問う。


「はい。でも登録の前にちょっと確認をさせて下さい。

 別の国で冒険者をしていたと聞きましたが、いったい何処の国でランクはどのくらいだったのですか?」


 騒ぎを見て段が只者でない事を悟ったマリーさんは、早速その身元を確かめようとしている。


「ここから遥か東の海を越えた先にあるルルタニアって国で冒険者をしていた。

 ランクっていうのはよくわからないが、最高レベルには到達してたぜ」


 段の話を聞いて、ギルドがまたざわつき始める。

 ルルタニアのくだりは、あらかじめ質問されるであろう事を予測し打ち合わせておいたとおりの嘘だが、段はそれ以外については正直に答えてしまっている。なるべく目立ないようやり過ごすなら、”最高レベル”というのは伏せておいた方が良かった情報だろう。

 もしべべ王達の尋常ならざる力が知れ渡ってしまったのなら、それを利用してやろうと考える連中がこの街には山ほどいる。彼等に騙され厄介事に巻き込まれるのだけは、なんとしても避けたいのだが。


「最高レベル……ですか……。

 あの、ですがルルタニアというのは聞いた事もない国ですし、ここで冒険者として登録するのなら最低ランクのFからになります。それで構わないでしょうか?

 当ギルドといたしましても、こちらで実績のない冒険者に対して高いランクを与えると、信用に関わってしまいますので……」


 マリーさんは段の言葉に動揺しながら、そして遠慮がちにギルドの都合を説く。


「別に構わないぜ」


「では、冒険者として仮登録をしておきますね。

 正式にソーサラークラスの冒険者になるには、この街のマジックギルドへの登録も必要になります。ですから本登録はマジックギルド員のプレートを取得されたのを確認してから行います。

 段さんは、ここのマジックギルドの場所はご存知でしょうか?」


「ああ、マジックギルドにはこいつに案内して貰う予定だ」


 段は俺に向かってチラリと目くばせをよこした。


「じゃ、あとで案内よろしくなカイル」


 段は受付に向かって走って来たイザネとパンッとハイタッチを済ませ、自分の席に戻って行く。


「よしっ、次は俺の登録を頼む」


 マリーさんがホッと息をつく間もなく、イザネが受付のカウンターに身を乗り出している。


「俺はイザネ。段と同じくルルタニアで戦士やってた冒険者だ。

 登録を頼む」


「ええっと、ファイタークラスですよね?」


「そうっ、それで頼む!」


「では、ファイタークラスの試験官を務めてくれる方は……」


 その時、それを待ち構えていたかのように、近くで声が上がった。


「俺がやってやる!」


 恐らく本当にイザネを待ち構えていたのだろう。マリーさんが募集をかけるのとギャレットが名乗りをあげるのは、ほぼ同時の事だった。


「いいぞー、ギャレットー! やっちまえーっ!」


 どこからともなく下品な野次が飛んでくる。

 この野次の主はまともなギルド試験など期待していまい。試験を口実にしたギャレットのリベンジマッチを、見世物にしたいだけなのだ。


「あの、もっとベテランの方に試験官をお任せした方が……」


 マリーさんがギャレットに気遣って提案する。

 先ほどのイザネとの騒動をみれば、ギャレットがムキになって仕返ししようとしたところで同じ結果になる事は容易に想像ができる。


「俺がやるって言ってるんだ! 黙ってろよマリー!」


 ギャレットはマリーさんを怒鳴りつける。


「乱暴な奴だな。

 俺は誰が相手でも構わないぜマリーさん。試験の場所はさっきと同じでこのギルドの裏でいいのか?」


 頭の後ろで両手を組んだイザネが、呆れたようにギャレットを横目でにらんでいる。


「ええ、そうです」


「じゃ、行こうぜ」


 イザネはギャレットに親指でギルドの裏を指さす仕草を見せてから、スタスタと歩きだす。


「ケッ!」


 ギャレットはそう毒づいて床に唾を吐くとイザネを追うように歩き出し、更にその後を囲むようにやじ馬達が続く。


(チコの奴……)


 見ればやじ馬に紛れ、チコがニヤニヤしながらギャレットの後を追っている。

 あの態度は微塵もギャレットの事を心配などしていない。むしろチコが面白がってギャレットをイザネにけしかけたのだろう。


(仲間を一体なんだと思っているんだ!)


 俺はギャレットに訓練所時代の借りが……いや恨みがある。あの頃にギャレットがしていた事を思えば、今アイツがこんな扱いを受けているのも自業自得なのかもしれない。

 だが、今の奴の姿を見ても俺の溜飲は一向に下がらなかった。

 もしも俺がデニムのパーティではなくチコのパーティに入っていたのなら、今あの姿を晒しているのは俺だったに違いないのだ。


(けど、イザネならギャレットに怪我をさせる心配もないよな)


 やじ馬の中にはギャレットがどんな酷い目に遭うのかと、残酷な興味を掻き立てられている者もいるのだろうが、イザネがそんなショーを披露する訳がない。

 ギャレットは恥をかく羽目になるだろうが、せいぜいそこまでだ。それ以上の騒動にはならないだろう。


(むしろ問題なのは段の方か)


 あのソーサラーの手によって、マジックギルドに段の噂はもう広まっているのかもしれない。なんとかうまく誤魔化して、やり過ごさなければ……。


(あ、そういえば……)


 心配そうに裏の訓練所の方を見ているマリーさんに、俺は急いで駆け寄った。


「あの、マリーさん。デニムの事をなにか聞いてませんか?」


 かつて世話になったデニム達の事は、いつも心の片隅に引っかかっていた。

 キースさん達から話を聞いて、俺とのパーティを解散してすぐにデニムが冒険者を引退した事までは知る事ができたが、その後どうしたのかまではキースさん達でも知らなかったのだ。

 チコの奴はもしかしたら何か知っていたかもしれないが、アイツとはあまり話したくもないし、デニムと仲が悪かった事もあり真面目に答えるとも思えなかった。


「デニムさんは、ルルさんと一緒に故郷に帰りましたよ。確かポラートだったと思います」


「ポラートですか……。ありがとうございますマリーさん」


 ポラートとと言えばこのゴータルートの街から馬車で数週間の距離にある街だ。一度世話になった礼を言いに行きたいのだが、ここからは遠すぎて暫くの間は尋ねて行けそうもない。


『ワーーッ!』


 突然、裏の訓練所の方から歓声が上がる。


(もう勝負がついたのか)


 はなからイザネの勝利を確信していた俺はわざわざ見物しに行く気にもなれず、そのままテーブルへと戻った。


「ねぇ、アタシは東風さんをなるべく目立たないように合格させて欲しいって頼まれてここに来たんだけど、もう手遅れじゃないの?」


 ソフィアさんが段の方をジト目で見しながら、俺に向かって愚痴をこぼす。

 本来であれば、一番目立ちしそうな東風さんをなるべく静かに騒ぎを起こさずにギルド試験をクリアさせるため、シーフクラスの知り合いに試験官をやらせる算段だった筈だ。

 しかし一番手の段の時点で、既にギルドはハチの巣をつついたような騒ぎになってしまっている。


「今更、焼け石に水だと思いますが、お願いしますソフィアさん。たぶん他の人がやったらもっとヤバい事になる筈なんで」


「まー、お金もらってるしアタシはいいけどさ……」


 ソフィアさんは言葉を区切って大きな伸びをする。


「……でも、半端な奴を合格させたって事になったら、アタシは冒険者ギルドからもシーフギルドからも目を付けられるのよ。だから試験の手は抜けないからね」


 ソフィアさんは少し心配そうに、呑気にスープをすする東風さんを見上げる。


「問題ないでしょ、東風さんなら」


「そうそう、動きも信じられないくらい早いんだ。並みの盗賊じゃ追い付けないぜ」


 俺の意見にガフトも賛同してくれたが、ソフィアさんは呆れたように首を振っている。


「あんた達の能天気さの方が、あたしは信じられないわよ」


「まぁ、問題はヤコブの方でしょうね」


 フィルデナンドが、突然話に割り込んできた。


「ヤコブ?」


 尋ねる段に、フィルデナンドが呆れたような顔をしながら掌で額を抑える。


「ジョーダンさんの試験官を務めたソーサラーですよ」


「ああ、アイツかぁ」


 段はその事をさほど気にしてなかったのか、我関せずとばかりにエール酒をグビリとあおる。


「あの人はマジックギルドでそれなりの地位にある……というか、地位にあった人でしてね。最近落ち目だから手柄を立てて地位を回復したがってたんですよ。

 ジョーダンさんの一件を、あの人は間違いなくマジックギルドで大騒ぎにしてますよ、」


 ウンザリした顔をみせるフィルデナンドだが、マジックギルドに段を連れて行くのは俺の担当だ。できればフィルデナンドにも一緒に来て欲しいのだが、午後からマークさんの手伝いに向かうキースさん達にそれは頼めない。


「ところで本当に落雷の魔法って、気象を操っているのかいジョーダン?」


 俺にはあの落雷が、天候操作を要する魔法だとは未だに信じられないでいた。竜が雷を呼ぶとか、魔獣の怒りが雷を起こすとか、そんな話を聞いた事だってある。

 もし天候操作というのがヤコブの勘違いであるのなら、マジックギルドで騒ぎになっていたとしても、それを治める事は容易だろう。


「知らねーよ」


「知らないだって?」


 段の返事に俺は耳を疑った。


「なんで魔法を使ってる本人が知らないんだよ?」


「ルルタニアでは、ありふれた攻撃呪文だったからな。俺様だって便利で使いやすい魔法程度にしか考えてなかったぜ」


「過去に召喚勇者がもたらした知識によれば、落雷は気象によって起こる現象らしいですよジョーダンさん。私も理屈は知りませんし、本当の意味できちんと理解している学者もそう多くないらしいのですが」


 俺と段の埒があかないやりとりを見かねたフィルデナンドが、その豊かな蘊蓄を披露してくれた。

 しかしフィルデナンドの言う通りならば、落雷魔法の一件は誤魔化す事はできるだろうか? ……いや一介の冒険者であるフィルデナンドでも知っているくらいなのだから、マジックギルド内にその知識に明るい者がいても不思議ではない。

 どうやらそれなりのトラブルを覚悟しなければならないようだ。


「まいったなぁ……」


 エール酒を傾ける俺の顔は、笑顔でコップを傾ける段とは真逆だったに違いない。


「それより、イザネさん達遅くないか? もうとっくに試験が終わってていい頃だろう」


 キースさんに言われて、俺はギルド裏の訓練所を慌てて見る。

 やじ馬達に囲まれてるせいで、裏手の窓ごしに見ても何が起こっているのかわからないが、時折下卑た笑い声や口笛が聞こえてくる。


「なにをやってるんだ?」


 俺はすぐに席を立った。イザネの事だから滅多な事はないと思うのだが、この世界の常識に疎いのは彼女だって変わりない。


「ははは、イザ姐らしいなこれは」


 訓練所に続くドアを開けると、一緒について来たガフトが呆れたように笑った。後からギルドの裏口をくぐったキースさんさえも、笑顔を漏らしてしまっているが無理もない。

 訓練所の広場の真ん中で、イザネがギャレット相手に剣の指導をしていたのだから。


「だから、そこがいい加減なんだよ。フォームが崩れてるじゃねーか」


「こっ、こうか?」


「いや、もう半歩くらい右足は前」


 イザネがギャレットの足の位置を手で修正すると、やじ馬達から冷やかしの口笛がピューッと響いた。

 なんてことはない。もうとっくに勝負は付いていたが、イザネがいつものように世話を焼いていたようだ。

 しかし、それでもやはりおかしい。ギャレットの事だからこんな見世物にされたらメンツを潰されたと怒り狂いそうなものなのに、なぜか楽しそうに笑っている。

 先ほど復讐する気まんまんでイザネの試験官を名乗り出たのは、なんだったのだろう?


「あの、試験の方はどうなっているのでしょうか?」


 なかなか戻ってこないイザネ達を見かねたのか、いつの間にかマリーさんが俺のすぐ後ろまで来ていた。


「登録試験なら終わっている。文句なしに合格だ」


 ギャレットは今更ながら緩んだ顔を厳しく引き締めてマリーさんにそう告げると、片手で軽くイザネに挨拶をしてから俺の脇を通ってギルドへと引き上げてしまった。



         *      *      *



 ギルドに戻ると、受付前で東風さんがマリーさんを待ち受けていた。


「次は私の登録試験をお願いします」


「ちょっと待ってて下さいね、先にイザネさんの登録証を発行しちゃいますから。

 あっ、それからギャレットさん……」


 マリーさんは受付に駆けて戻ると、ギャレットに銅貨を差し出す。試験官を務めた報酬だ。


「ふん」


 ギャレットは不機嫌そうに銅貨を鷲掴みにして去り、マリーさんは棚から羊皮紙を出してなにやら書き込みはじめた。これがギルドに正式登録として保管されるのだろう。

 そしてマリアさんは羊皮紙の入っていたのと同じ引き出しから小さな金属のプレートを取り出し、イザネにそれを差し出した。これが冒険者の身分証明となるギルドの登録証だ。

 プレートに刻まれた紋章がそのギルドの冒険者である事を示し、その脇に刻まれた番号とギルドの名簿を照合する事でプレートの持ち主を特定できる。

 プレートの両脇には穴があけられており、冒険者はそこに細い縄を通して首や手首にかけて身に付けるのが一般的だ。矢避けの魔法がかけられたマフラーの下に、俺も登録証をぶら下げている。


「サンキュー! ひゃっほーっ!」


 イザネは登録証を持って、その場でクルッと回転する。


「おめでとうございます、イザネさんは当ギルドのFランクの冒険者として登録されました。

 これからは冒険者として、信頼される行動を心がけて下さい」


 マリーさんが半ば機械的にイザネに登録完了を告げ、俺はバックから細い縄の束を取り出してイザネに向かって放る。


「ほら、これで結わえとけよ」


「おっけー」


 イザネはそれをキャッチするとべべ王達の待つ机に戻り、プレートの穴に縄を結わえはじめた。


「では、えっと……」


 マリーさんはイザネの登録書類をしまってから、東風さんを見上げた。


「東風です。

 仲間と共にルルタニアから来ました。シーフクラスの登録試験を希望致します」


「シ……」


 マリーさんが硬直し、こちらに聞き耳をたてていた冒険者達もざわつき始める。


「あ、試験官はあたしがやるわね」


 ソフィアさんが東風さんの前に進み出る。


「本気なのソフィア?」


 ソフィアさんと話すマリーさんは、すっかり素に戻っていた。


「こんな大きな人がシーフクラスって……、それに知り合いだからってわざと手を抜いた試験なんてしたら……」


「あたしだって、それくらい分かるわよ。試験はちゃんとやるし、さっきみたいに大きな騒動も起こらないようにしたげるから……ね。

 マリーもこれ以上のバカ騒ぎに付き合うのは疲れるでしょ?」


 ソフィアさんの提案に、マリーさんは少し指を顎に当てて考えたのち頷く。


「わかった。それじゃあソフィアに任せるから、くれぐれも問題を起こさないようにね」


「じゃ、試験の用意してくるから東風さんは待ってて頂戴。シーフクラスの試験は用意が面倒なのよ」


「はい、よろしくお願いします」


 ソフィアさんは訓練所に向かい、東風さんは席に戻ったが、それと入れ替わるように今度はべべ王が受付へと向かっている。


「では、先にわしの登録試験を頼む。出身はこやつ等と同じで、ジョブは騎士をやっとる」


「え、あ、はいナイトクラスですね」


 休む間もなくマリーさんが手続きを始める。


「試験官を務めてくださる、プリーストクラスの方はいらっしゃいますか?」


 マリーさんが、声を張り上げる。

 貴族はともかく庶民でナイトクラスを持っている者など殆どいない。よって、ナイトの冒険者登録試験を行う際はナイトの持つ2つの能力、すなわちプリーストとファイターの資質試験を別々に行う事が多い。


「では私がやろう。」


 パイプをくわえた神官風の冒険者が進み出た。


「私はソールストの神官アルバだ、よろしく」


「べべ王じゃ。よろしく」


 アルバの差し出した手をべべ王が握り返す。


「では、さっそく……」


 そう言うや否や、アルバは自分の人差し指の先をナイフで斬りつける。


「さて、あなたの神聖魔法でこの傷を治せますか、べべさん」


「ふむ、『ヒール』っと」


 腰に下げていた小ぶりな杖をべべ王がかざすと、アルバの傷があっという間に塞がっていく。


「お見事……フゥ~~~ッ」


 アルバはべべ王が魔法をかけた人差し指に向かって、息と一緒にタバコの煙を吹きかける。

 なんらかの術がかかっているのだろう、煙はゆっくりと形を変え龍の姿になって宙へと消えた。


「ほう、白龍の加護を授かっておりますな」


「それって異教徒って事ですか?」


 マリーさんが不安げな声をあげた。

 この国ではソールスト教徒以外を敵とみなしている。異教徒と分かるだけで牢に繋がれてしまい、最悪火あぶりとなる。

 もっとも最近ではソールスト教徒同士でも宗派の違いによる争いが激化しており、ソールスト教徒だからといって必ずしも安心できる訳でもないのだが。


「ははは、我等プリーストは神の加護によって奇跡を起こしますが、ナイトの中には聖獣の加護を受けて奇跡を成す者も少なくないのですよ。

 聖獣達と特別な契約を結んだのか、もしくは代々聖獣の加護を受けた一族の出身なのでしょう。

 聖獣の加護を受け継ぐ一族は貴族や王族ばかりと聞きますし、王を名乗るのも道化ではなく、本当に王家の血を継いでいるからではないですかな?」


『王である!』


 まともに答える気の全くないべべ王は、またもやワンパターンな芸を披露した。アルバはそれを見て一瞬口元を歪ませるが、すぐにその表情を真剣なものへと戻す。


「もし異国の王家の血を引いておられるのなら、冗談でもそれは止めておいた方がいいですな。そんな人物が街に紛れ込んだとなれば、どんな厄介ごとに巻き込まれても仕方がありませんから」


「ごめんなさい」


「はははは、掴みどころのない御仁だ」


 頭を下げるべべ王を素直に笑い、アルバはマリーさんの方へと向き直る。


「プリーストとしての資質は合格ですよマリーさん」


「あ、はい、ありがとうございましたアルバさん」


 アルバはマリーさんから受け取った銅貨を革袋に詰めながら、戻って行ってしまった。


「では続いてファイタークラスの試験官を……」


「そいつは俺が引き受けてやるぜ、マリー」


 今度はチコがニヤニヤしながら名乗り出てきた。何を企んでいるのだろうか?

 段の騒動もイザネの試験も見ていたのだから、べべ王とて半端でない事は予想できるだろうに、なんでわざわざ相手をしてやろうだなんて考えたのだろう?

 チコの性格からいって真面目に試験官をやるとも思えないし、向上心から強い相手に挑戦しようという訳でもないだろう。


「じゃあ、チコリーノさん、試験官をよろしくお願いします」


「ついて来な爺さん」


 マリーさんの了承の声が終わらないうちから、チコは訓練所の方へと歩き始めていた。

 べべ王が短い足でチコを追うと、その後にまたやじ馬達が続く。チコが何を企んでいるのか気になった俺も、急いでその後を追う事にした。



         *      *      *



ブンッ!


 訓練所に出たチコは広場の中央に進み、背負っていた戦斧を勢いよく構えた。


「爺さん、これから俺と試合してアンタのファイターとしての資質を見せてもらう事になる訳だが、アンタの武器はなんだい?

 武器も持たずに試合場に立つような間抜けを、俺は合格にする気はないぜ」


「くっだらねぇ!」


 俺は思わず大きな声を出していた。

 要するにべべ王が大盾しか持っていないのを見て、それを不合格の口実にして困らせてやろうという魂胆だったのだ。試験では木剣を使うのが普通なのだから、誰の目から見てもチコの意図はバレバレだろう。

 俺の声を聞いたチコが物凄い顔をしてこっちを睨んできたが、こっちも負けずに睨み返してやった。


「武器ならこれでよかろう?」


 べべ王が大盾を構えるが、チコは待ってましたとばかりにニヤリと笑う。


「おいおい、ボケてんのかよ爺さん! そいつは防具だろうが!

 武器を出せよ! 武器を! 剣でも槍でもいいから持っていないのか? まさかナイフ一本すら持ってないなんて事はないよなぁ!

 それともあんたの国では武器も持たずにナイトを気取れたのかぁ? いくら未開な国でも、そいつはありえねぇぜ!」


『ギャハハハハハッ』


 品のない笑いが訓練所に集まった冒険者達から上がる。

 残念ながら、冒険者にはガラの良くない連中が多く混ざっているのだ。ギャレットのように不良がそのまま冒険者になったような連中から、チンピラまがいの連中などなど、暴力で世の中を渡って来たような者が集まっている。魔術師や神官にしたって、品行が悪すぎて公職に付けなかった者が多い。

 デニムやキースさん達の様な品行方正な冒険者は、どちらかといえば少数派なのだ。

 だからこそチコにとってこのギルドは居心地がいいのだろうし、チコに味方してべべ王の足を引っ張ってやろうという奴等がここでは過半数なのだ。


(こんな揚げ足取りで悦に浸れるなんて、なんて安っぽい連中なんだ……)


 俺は怒るよりも、むしろ呆れ果てていた。そしてそれは、べべ王が武器を隠し持っている事を知っているからこその余裕でもあった。


「剣があればいいのじゃな?」


 べべ王は腰に下げていた小さな杖を構える。


「ハハハハハッ! おいおい爺さん、その杖のどこが剣だって……」


ブゥゥ……ン


 鈍い音がして、べべ王の杖の先から光の刃が伸びる。


「これで問題なかろう?」


 べべ王が光の剣の切っ先を地面に向けると、そこに落ちていた石がその光に吸い込まれるようにシュゥゥゥッと消滅していくのが見えた。


※ 挿絵

https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16818093081182930430

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