第三十話 天雷
この世界に魔法があったなら、権力者達はそれを兵器として利用することをまず考えるだろう。人はそうやって、ありとあらゆる物を戦争に利用してきたのだから。
~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~
§ § §
「おい、そこの女! 今コイツに、なにをしたんだ?」
騒ぎに気付いたチコが、椅子から立ち上がってこちらに向かってきた。
「チ、チコリーノさん!
今コイツ魔法のようなものを使って、それで俺、なんか力が抜けて倒れたんですよ!」
倒れていたギャレットはようやく上体を起こし、チコに向かって叫ぶ。
(”チコリーノさん”だと?)
俺は驚いてギャレットの方を見た。ギルド訓練生時代の傍若無人だったギャレットからは、とても考えられない一言だったからだ。
チコのように先輩風を吹かせて新人の上前をはねるような冒険者は、ギャレットだって軽蔑していた筈なのだ。それがなぜこうも変わってしまったのか。
「今ギャレットが言った事は本当か? もし本当なら、只じゃ済まねぇぞ。
特別な状況を除いて、街中で攻撃魔法を放つ事は禁止されてるのを知らない訳じゃねーよな」
チコはイザネの前に仁王立ちしている。
確かに今のギャレットのこけ方は自分から倒れたようにすら見え、催眠の魔法でもかけられたのではないかと疑われても仕方ないのかもしれない。
「そいつにやったのは、れっきとした武術の技だぜ。だいたい俺は戦士だ、魔法なんて使える訳ないだろ」
なにごともなげにイザネは答えるが、チコはまだ訝しがっている様子だ。
「俺も武術には多少は明るいんだが、そんな技は聞いた事もない。試しに俺にもやってみろよ」
チコは親指で自分を指すと、一歩イザネとの距離を詰めた。丁度、伸ばせが手が届く間合いだ。
「カイル、悪いけどこれ持っててくれ」
イザネは土産物の袋を俺に預けると、難癖を付けるチコに向き直る。
「いいぜ、それじゃあ俺に掴みかかってきてみな。わかりやすいように、ゆっくり技をかけてやるから」
2メートル前後の身長を持つチコに対し、身長160センチに満たないイザネが張り合う姿は一見すると大人と子供の喧嘩のようにすら見えてしまう。だが、両者の実力の差を知る俺からすれば、それが見た目とはまるで逆である事がわかる。
無謀にも言われるままにイザネに手を伸ばそうとするチコに、後ろからギャレットが叫ぶ。
「チコリーノさん、気を付けてください!! そいつどこに罠を……」
「黙ってろギャレット!」
チコはそう一喝すると、先ほどギャレットがしたようにイザネの肩に手を伸ばす。が、その動きに合わせてイザネは、自分の手をチコの腕の内側に絡めるようにしてその手首を掴んでいた。
「な、こう掴まれると手首の関節が極まっちまうだろ。で、肘が逆関節になるようにこう力をこう込めると……」
「ぅおっ?!」
イザネがチコの手首に絡みつけた自分の腕をくるりと回すと、それに合わせるようにチコの身体がゴロンと床に転げる。
「すっげぇ!」
「いいぞー姉ちゃん!」
一瞬間をおいて、それを見物していた冒険者達が歓声を上げ拍手が沸き起こる。誰も小柄なイザネがチコを投げ飛ばせるとは思っていなかったのだろう。その興奮は尋常ではない。
「大丈夫ですかチコリーノさん!」
ギャレットが慌ててチコに駆け寄ろうとするが、ドアの方を見て硬直する。
「なにやってんですかイザ姐?」
声のする方を見ると、東風さんがその大きな体をドアにねじ込んでいるところだった。
「コイツに技を教えてやってたんだよ……えーっと、まぁ、いろいろあって」
呑気に答えるイザネとは対照的に、天井に頭が届きそうな東風さんに気づいた冒険者達が途端にどよめき出す。慌てて剣の柄に手を伸ばす慌て者さえいる始末だ。チコも立ち上がると、硬直しているギャレットを盾にするかのように、数歩その背に向かって後ずさっていた。
(情けない奴……)
『王である!!』
その時、べべ王が東風さんの股の下をくぐってひょいとギルドに入って来た。
べべ王の声がギルド内に響き渡り、受付のマリーさんまで目を丸くしているのが見える。そしてその一瞬の静寂の後……
「グワハッハッハッハッハッ!」
「なんだあのバカな爺さんは!」
「ひひひひっ!」
ギルド内にドッと笑いが起こる。
東風さんの登場により張られた緊張の糸が、すっとぼけたべべ王の態度で断ち切られたせいだろう。そこにいる全ての人が大笑いしていた。
小さなべべ王と巨大な東風さんが並ぶ姿は、まるでサーカスのテントから二人が飛び出して来たかのような錯覚すら覚え、そしてその凸凹な二人の対比がこの場にいる者全てにべべ王をピエロとして認識させてしまったのだ。
べべ王は満足そうにその笑いの中を、ゆうゆうとこちらに歩いてくる。
「いや、大うけじゃのう」
「なにやってるんですかべべさん。マークの旦那からも”そのネタはシャレにならないから止めとけ”って言われてたじゃないですか」
ご満悦のべべ王に、東風さんの後から入って来たフィルデナンドが抗議する。
「なーに、大抵の事は謝れば許してくれるもんじゃよフィルフィル」
「それで許してくれる役人がいたら誰も苦労しないですよ。あと、その呼び方はやめてください!」
「ごめんなさい」
機械的に頭を下げるべべ王を見て、フィルデナンドがため息交じりに肩を落とした。
「とりあえず席に座ろうぜ」
イザネが先ほど見つけた空席の机を指さし、俺達もそちらに歩き出す。もはやギャレットもチコも、俺達の行く手を遮ろうとしなかった。
「思ったより遅かったじゃないか、ちゃんと馬車は買えたのかい?」
「もちろんじゃ。東ちゃんが問題なく乗れる馬車となると選ぶのが大変で、少々手こずったがの」
べべ王が手前の椅子を引きながら俺に答える。
「お手数をお掛けしてしまい申し訳ありません。
それにギルドの近くに買った馬車を泊められる場所もなくて、そちらを探すのにも時間をくってしまいまったんです。
でも、フィルデナンドさんのおかげでいい馬車が買えましたよ」
二人分の椅子に大きな尻を乗せながら、東風さんが申し訳なさそうに眉尻を下げた。安物の椅子達は、東風さんの体重で悲鳴を上げるがのようにギシギシと軋んでいる。
「ところでジョーダン達がまだのようじゃが?」
と周囲を見回すべべ王。
「まだジョーダン達は来てないよ。ファルワナの祭りの前だし、市場が混んでて買い物が遅れてるのかもね」
俺がそう答えるのと、ドアの方を気にしていたフィルデナンドがこちらにチラリと一瞬視線を戻すのは同時だった。
「噂をすればって奴ですかね?
おおーい! こっちだこっち!」
ドアに向かってフィルデナンドが手を振ると、段とキースとガフトと……それに見覚えのない赤い長髪の女性がギルドの入り口からこちらに向かって歩いてきた。
「なんでソフィアが一緒なんです……?」
フィルデナンドが露骨に嫌そうな顔をする。
「ご挨拶ねフィル。シーフクラスで冒険者登録試験を受ける人がいるっていうから、協力しに来たのよ。
あなたが、そうなの?」
ソフィアさんが俺の方に視線を向ける。
スリッドの入った短いスカートに胸元の空いたシャツから覗く豊かな膨らみ、そして長く伸ばした赤い髪をさっと後ろに払う仕草にさえも、一昔前の俺ならドキッとしたかもしれない。
あいにく今の俺は、下はパンツ一丁、上は布切れ一枚でいきなり目の前に現れて、一緒に生活するようになってからも無警戒に肌を露わにする誰かさんのおかげで、随分耐性が付いてしまっているのだが。
「シーフクラスは東風さんですよ」
俺が東風さんの方に指を向けると、ソフィアさんは目を丸くする。
「嘘でしょ! あんたがシーフって……ちょっと、誰か止めなかったの?!」
驚くソフィアさんの肩に、ガフトが馴れ馴れしく腕をまわしてかける。
「いいや、問題ないぜ。
この人は見かけによらず凄腕の盗賊らしいんだ。だからよろしく頼むぜソフィ……ア”--ッ!!」
どさくさに紛れて肩を抱いたガフトの手の甲を、ソフィアさんが容赦なくつねる。
「アタシは頼まれた仕事をするだけだからいいけど、失格になっても知らないからね」
「心配をおかけして申し訳ありません。がんばりますので、よろしくお願いします」
差し出された東風さんの手を握りながら、ソフィアさんは複雑な表情を浮かべている。
「あなたがファイター志望なら、顔パスで合格できるわよ」
「ところでジョーダン、どうしたんだよその酒樽は。
ゼベックへの土産のつもりかもしれないけど、そんなに大量に酒を買って、セリナさんに叱られても知らねーぞ」
片手で大きな袋を抱え、もう一方の手で肩に酒樽を担いだ段に、俺は呆れながら忠告してやった。恐らくはこいつが余計な買い物をしていて、遅刻をしたに違いない。
「こいつはゼベックだけのために買ったわけじゃないぜカイル。せっかくだから村のみんなと、街で一番うまい酒で祭りを祝おうと思って買ったんだ」
「とはいえ、酒樽を担いだまま食事という訳にもいくまいて。買った馬車の泊めてある場所まで案内するから、そこに荷物を積んでから食事にしよう」
べべ王がそう提案すると同時に東風さんも立ち上がり、俺が椅子の脇に置いていた薬草の袋を掴んだ。
「ではカイルさんの荷物は私が運びましょう。
よければイザ姐の荷物も一緒に運びますが」
「いいよ東風、これは俺が運ぶから」
イザネは大切そうに、自分が選んだお土産の入った袋を抱きしめている。
「おい! それより俺を手伝えよ! 結構重いんだぞ、この酒樽!」
「しょうがないのぉ」
べべ王は席を立つと、段が脇に抱えた大きな袋を両手で受け取る。
「じゃあ、俺はソフィアちゃんとここで待ってる事にするぜ!」
図々しいガフトは自分の荷物も東風さんに押し付けようとしたが、キースがそれを見逃さない。
「おまえも来いよガーフ!
留守番はフィルとカイル君と、ついでにソフィアに任せるよ」
「”ついでに”とは失礼ね!」
ソフィアはふくれっ面をするが、机に肘を付いたフィルデナンドは、さもそれが当たり前のように涼し気な顔だ。
「ついででも上等なくらいです。
気を付けてくださいカイルさん、この人は油断も隙もありませんからね」
「その女は男をたぶらかす事で有名なんだ。もしカイル君の腕前を知ったら、利用してやろうとちょっかいかけるに違いないぜ」
キースは吐き捨てるようにそう言うと、べべ王達と一緒にギルドから出て行ってしまった。
「本当に失礼ね。いくらアタシでも、坊やには手を出さないわよ」
「どうだかな」
俺のすぐ後ろから声がして振り返るとチコが立っていた。相変わらずコイツは、後ろから忍び寄るのが上手だ。
「カイル、あいつら何者なんだ? どう考えてもただ者じゃねえぞあれは」
「異国から来た冒険者だよ」
チコの問いに俺はそう答えてやった。
まさかここで”異世界から来た冒険者だ”などと言って、騒ぎを大きくするのほど馬鹿じゃない。当然フィルデナンドもそれを承知していて、俺の嘘を助けるために小さく頷いている。
「デニムの言っていた、リラルルの大猿を退治した冒険者はあいつらだな。確かにあの大男なら、大猿とも互角に戦えるのかもしれん」
コイツには、本当の事を教えてやった方が面白そうだ。
「大猿を倒したのは、さっきチコを投げ飛ばした女の子だよ」
「えっ? さっきの子にあんた投げ飛ばされたの?」
ソフィアが笑いを堪えるような、そして哀れむような表情でチコを見ている。
「うっせーな! 大猿をぶっ殺すような女が相手なんだ、投げられたって仕方ないだろうが!」
チコが怒鳴ると、ソフィアさんは俺の後ろに隠れるように身を縮めた。
肩を震わせてクスクス笑っているところをみると、ソフィアさんは俺が冗談を言ってからかったのだと思っているのだろう。だが、実際にイザネの武の片鱗を味わったチコの目はマジだ。
まぁ、例えこいつが俺の言う事を信じてなくても、別に構わないのだが……。
「それよりチコ、ギャレットの奴はどうしたんだ?
いつも一緒だった取り巻きの連中もいないみたいだし、なんでチコのパーティにいるんだよ?」
チコは口の利き方が気に入らなかったのか一瞬目つきが更に鋭くなったが、俺がそれに動じないのを見て取り、すぐに表情を戻した。
「知らねーよ、詳しくはな。
奴のパーティが解散した時に悪い噂がたってな、で、行き場がなくなった奴を俺が面倒をみてやってるだけだ」
チコは興味なさそうに、およそ考えられうる限り雑な説明をする。
ギルドの訓練生時代のギャレットは、常に多くの取り巻きに囲まれていた。訓練所を出たら取り巻きの中から有能な奴を選んでパーティを組むつもりだった筈だし、同期の魔術訓練生の知り合いからもパーティに引き入れる算段を付けていた。
偉ぶった先輩冒険者など面倒なだけだからと、同世代の新人冒険者のみでパーティを組む計画を自慢げに語っていたのだ。
それがパーティを解散してチコの下に付くなどと、当時を知る俺には信じられない話だ。
「ギャレット君の噂なら聞いてますよ」
傍からチコの話を聞いていたフィルデナンドが、不意に静かな声で語り始める。
「彼は新人冒険者のみでパーティを組んで1,2件依頼をこなしていたようなんですが、それで油断をしてしまいましてね。ゴブリン退治で大失敗して、その責任をパーティの仲間同士で押し付けあった挙句に喧嘩別れ……でしたっけ? 確かそんな話だった筈です。
討伐に失敗した理由もいくつかあったようですが、ギャレットに逆らえる者はパーティにいなかったという話ですから、自ずと理由は察する事ができますよね」
「いくら仲がいいからって、新人だけでパーティを組もうなんて考えるから、そんな目に遭うのさ……」
フィルデナンドの話に不意にチコが割り込んできて、頼んでもいないのに自説を披露し始めた。
「俺のようなベテランに指導してもらってこそ、一人前の冒険者になれるってもんだ。ギャレットの奴もそれが身に染みて分かったからこそ、俺の下にいるんだぜ。
俺は仲良しこよしで冒険はやらねぇ。あくまでもビジネスで冒険をするプロだ。
おまえも本物の冒険者になりたければ、俺のとこに来なよカイル。今のおまえになら、ギャレットの倍の分け前を払ってやってもよさそうだ」
言いたい事を全て言い終わったチコは、それで満足したのかギャレットの待つ自分の席へと戻って行った。
俺はそんなチコを見送りながら、奴の話を心の中で笑い飛ばす。
デニムがいて、べべ王達がいて、リラルルの村と村の仲間達、それにキースさん達と出会ったからこそ今の俺がいる。チコと一緒に冒険をしていたのなら、俺も今のギャレットと同じように、どこか煮え切らない人間になっていたに違いないのだ。
「冒険者に成りたての子にはありがちなミスだけど、あのギャレットって坊やのパーティは特に酷かったって聞くわ。まだ冒険者を辞めていないだけ、大したものなのかもしれないわね」
ソフィアさんは周囲を見回すと、ウェイトレスを発見して声をかける。
「すいませーん。エール酒9人前運んできて貰えません?」
「あ、1人酒が苦手なのがいるんで1つは適当なジュースに変えて下さい!
エール酒8に、ジュースが1です!」
俺は慌ててソフィアさんの注文を訂正した。
* * *
「食欲がないんですかイザ姐?」
勢いよく料理を口に運んでいた東風さんが、心配そうに問いかける。
「おまえこそ、この臭いの中でよくそんなに食えるな東風」
街の臭いに慣れていないイザネは、いつもと比べ極端に小食だ。
「それにさ、今夜は村でファルワナ祭のおいしい料理がいっぱい食えるんだぜ。腹を空かせておいた方がいいだろ」
「そういえばそうですね。私も少し遠慮して食べるとしましょうか」
「ちょっとぉ、東風さんが食べると思って沢山注文しといたのに、せっかくの料理が無駄になっちゃうじゃない」
ソフィアさんが慌てて二人の会話に割り込むと、手を伸ばしてフォークに突き刺した肉を東風さんの口へと運ぼうとする。
「はい、口を開けて……」
「え? あ、はい」
言う通りに口を開けて差し出した肉を頬張る東風さんを、ソフィアさんは愉快そうに眺めている。
「ソフィアちゃ~ん、俺にもあ~~~ん」
大口を開けたガフトの口に、ソフィアは付け合わせに入っていた唐辛子をつまんで入れる。
「●×☆*%~!」
声にならない声を上げて、ガフトはそれを酒で強引に喉の奥へと流し込んだ。
「そりゃないぜソフィア~……」
ガフトはソフィアに泣きつくが、彼女はそれを平然と無視している。
「あの二人、どういう関係なんですか?」
すぐ隣に座っていたキースさんに、俺は尋ねてみた。
「ガーフが一方的にソフィアに言い寄っているんだけど、いつも相手にされないのさ。
ソフィアがガーフに甘い事も時々はあるんだが、それは俺達を利用しようと企んでいる合図だと思っていれば間違いないよ」
「それってガーフに忠告した方がいいんじゃないですか?」
「何度もしたさ。でもあいつ、何回ソフィアに騙されても懲りないんだよ」
二人に聞こえても構わないとばかりに声を張り上げたキースは、悩ましそうに指でこめかみを抑えてみせる。きっとソフィアさん絡みのごたごたも、一度や二度ではないのだろう。
「ところで冒険者の認定試験って、どこで受け付けてるんだ?」
食事を終えた段が、フィルデナンドに向かって尋ねている。
「あそこの女性がギルドの受付です。そこで試験を受ける冒険者クラスを伝えれば、準備をしてもらえますよ」
「なるほど、ありがとよフィル」
フィルデナンドがマリーさんのカウンターを指さすのを見て、段は勢いよく席を立った。
「俺様は大上=段、密教僧だ。ギルド入団の試験を頼む」
フリーズするマリーさんを見て、俺は慌てて段の後を追う。
「この人は国外から来た冒険者でクラスはソーサラーです。ギルド登録の試験をお願いします」
「おい、密教僧じゃ駄目なのかよ?」
「密教僧の試験ってどうやるんだよ?」
俺が不服そうな段の相手をしているうちに、マリーさんはチョークで必要事項を書き込みながら試験の準備にかかっていた。
「すいませーん。どなたかソーサラークラスの方はいませんかぁ~~?
試験官をお願いしたいのですが」
マリーさんの大声がギルド内に響く。
ギルドの認定試験は、同じクラスの冒険者の立ち合いの元に行われる。ギルド所属の冒険者に、十分な力量があると認められれば合格という訳だ。
また、試験官役を務めた冒険者にはいくばくかの報酬が支払われるし、積極的にギルトに協力する冒険者には美味しい仕事を優先して貰える事もあり、殆どのみんなが試験官役を積極的に務めてくれる。
が、今回はイザネの騒ぎや東風さんの仲間という事もあって段を警戒しているせいか、試験官役を希望する者がまるでいないようだ。結局、段の試験には年配の如何にもベテランといった風な男一人しか、名乗り出る者はいなかった。
「マリー、ギルドの裏の訓練所は空いてるか?」
「今訓練所は使用中だと思いますが、認定試験に使うと言えばこちらを優先してくれますよ。訓練生にとっても、いい刺激になりますからね」
試験管役の冒険者はそれだけ確認すると、灰色の髭で覆われたその顔を段の方に向けた。
「とにかくソーサラーは魔力が全てだ。あんたの得意な魔法を裏の訓練所で披露してくれんか」
「なるほど、俺様の魔法の威力をみて合否を決めようってわけか。面白い!」
冒険者の後に続いて、段はギルドの裏口に向かう。
「やりすぎるなよジョーダン」
不安はあったが理由もなく着いて行く訳にもいかず、段を見送りながら俺はテーブルに戻る。
「そういえば馬車の見張りはどうしたんだ爺さん? 荷物を積んだままの馬車に見張りもいないんじゃ、街じゃすぐに盗まれるぜ」
椅子に腰かけながら俺はべべ王に尋ねてみた。皆が顔見知りの村と違い、街の治安は良いとはいえない。
「心配ないわい、マークさんが商会の人を馬車番に借してくれたからの」
ゴロゴロゴロ……ドドォーーーンッ
その時、いきなりギルドの裏が光ったと思ったら続いて物凄い音が鳴り響き、建物が上下に揺れた。裏の訓練所からは、訓練生が発したものと思われる悲鳴が次々に聞こえてくる。
※ 挿絵
https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16818093080378954788
俺は口に入れようとした料理を放り出し、パニックになる冒険者達をかき分けて急いで訓練所の方に向かう。やはり、嫌な予感は的中したのだ。
「やり過ぎるなと言っただろうが、ジョーダン!」
そこには黒焦げになった的らしき物の残骸と、腰を抜かした試験官役の冒険者、そしてそれ等を遠巻きに囲みながら明らかに怯えている訓練生達がいた。
「いやだって、このおっさんが思いっきりやれっていうからよ」
段は困ったような顔をして、腰を抜かして倒れている試験官を見下ろしている。
「て、ててててて天候操作魔法だとっ!」
「雷を落としただけなのに、大袈裟だぜおっさん」
どうやら段は村の歓迎会の時に、広場の岩を砕くのに使った雷を落とす魔法を披露したらしい。
「バ……バカを言うな、ライトニングなどの雷撃を放つ魔術ならいざ知らず、天候を操作して雷を降らす魔法など、戦略級魔法にも応用できるレベルの魔術ではないか!」
「戦略級ってなんだ?」
尋ねた段はもちろん、俺も試験官役のソーサラーの言った言葉の意味を理解できていなかった。
「よ、よいか心して聞け。
もし天候が魔法で操作できるという事になれば、天気を操作して敵国の作物を枯らし食料を絶つ事すらできてしまう。だから、天候を操作する魔法が仮に存在していたとしても軍事機密とされ、秘匿されて当然の大魔術なのだ。
それをよりによって、おまえはこんな所で……一体何を考えている! 一体どんな思惑があってこんな事を……」
「なぁ、そんな事より試験は合格なのか?」
段はこの男の話には、まるで興味なさげだ。
「ご、合格だ。無論ソーサラーとしての力量ならば合格に決まっている!
だが、このことは報告させてもらうぞ! 後でマジックギルドから、なんらかのお達しがあるものと覚悟してもらおう!」
試験官はそれだけ吐き捨てると、ヨタヨタと立ち上がり冒険者ギルドの建物に戻って行ってしまった。
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