第二十九話 街

 当時、衛生観念が発達していなかった事も、中世ヨーロッパにおいて疫病が蔓延した一因といわれている。それにも関わらず”あの時代に生まれたかった”などと言い出す者がいるのなら、それは歴史に疎いだけであろう。


 ~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~



         §      §      §



「うっひゃあ~! こんなに混んでいるのかよ」


 ゴータルートの門前に並ぶ馬車を見て、イザネが悲鳴をあげる。


「祭りの前日ですからね、明日はもっと混みますよ」


 御者台からこちらを振り向いたマークさんは、イザネに向かって笑いかけた。馬の手綱はべべ王にまかせ、マークさんは御者台でのんびり背を伸ばしている。


ウモォーッ


 周囲を見渡すと街を覆うように耕された畑とそこで働く農夫達、それに彼等が農作業に使う牛達の姿が見える。


「まぁ、イライラしても仕方がねぇさ」


 そう言いながらガフトが小さな木の絵札を袋から取り出し、馬車の荷台の床に並べ始める。


「それは何かのゲームですか?」


 俺が尋ねるとガフトはニヤッと笑った。


「これは花札っていうゲームで、異世界から来た勇者様が作った遊びさ。役さえ覚えれば簡単にできるぜ。

 どうだ、これでさっきのオーク退治の懸賞金の取り分を決めるっていうのは?」


「面白そうだな、俺様はのったぜ」


 さっそく段が、ガフトに同調する。


「お前も一緒にやろうぜ、東風」


「いえ、残念ですが私にはそのサイズの物は小さすぎて、上手く扱えないんですよジョーダンさん」


 東風さんは、その大きな手を広げてみせた。


「でもルールだけでも聞かせていただけませんかガフトさん、そのゲームには興味がありますので」


「俺はゲームのルールを聞いて、面白そうだったら参加するぜ。

 金を賭ける前に、何回か練習はさせてくれよなガーフ」


「いいぜイザ姐、少しくらいならハンデをくれてやったっていい」


 イザネもこういう遊びが好きなようだ。

 俺もルールが理解できそうなら参加するつもりで身を乗り出したが、キースさんとフィルデナンドはなぜか乗り気ではない様子だ。二人ともこの種のゲームは苦手なのか、それとも以前にガフトに巻きあげられた経験でもあるのだろうか? もし後者なら要注意だ。


「それよりいいんですかべべ王さん、オークの懸賞金を山分けにして。

 僕等三人は一匹も倒してないんですよ」


 なるほどキースさんは賭けそのものよりも、それを気にしていたのか……。


「それなら、わしだって何もしとらんわい。東ちゃんがあっという間にオーク共の首を刎ねてもうたからの。

 じゃが、手柄の大小でパーティ内の分け前を決めればどうなる?」


 御者台からべべ王が、こちらを振り返ってキースさんに問い返す。


「確かにそれをやったら手柄の取り合いになりますし、パーティ内の諍い(いさかい)の元になりますね」


「今のわしらは、一つのパーティなんじゃろ。なら、平等に山分けにするのが一番じゃよ」


「話が分かるじゃねーか、じいさん」


 ガフトが嬉しそうに笑い、べべ王に向かってウインクまでしてみせた。


「って訳だからよ、遠慮する事ねーんだぜ。お前も一緒にやれよフィル」


 ガフトがニヤニヤしながらしつこく誘うが、フィルデナンドはよほど気が乗らないのか重そうに腰を上げ、慎重な面持ちで並べられた木札の前に座りなおした。

 この人はホロの中でも、青い魔法使いの三角帽子を頑なに脱ごうとしない。冒険者には変り者も多いが、まともそうに見えてフィルデナンドもその類なのだろう。


「構いませんよ。ですが、今度イカサマをしたら只ではおきませんからねガーフ」


 ガフトはそれを聞いて表情を引きつらせるも、もう手遅れだった。


「おっと、そいつは聞き捨てならねぇな。どういう了見か説明してもらおうか、ガーフ」


 既に段が満面の笑みで、ガフトに迫っていた。


「次! この馬車の荷物を改める! いいな!」


 その時、馬車の外から聞き覚えのない大きな声が響いてきた。どうやらゴータルートの衛兵が、馬車の見回りに来たようだ。

 段の注意がその声で逸れている隙に、ガフトはそそくさと荷台に広げた木札をしまっている。


「ええ、構いませんよ兵士さん」


「そっちの派手なじいさんではなく、おまえがこの馬車の持ち主なのか?」


 マークさんが兵士達に応対するも、それを見て彼等は訝しがっている。確かに身なりで判断するのなら、べべ王の方が雇い主に見えてしまうだろう。


「王である!!」


 いつものべべ王の大声が聞こえ、俺とキースさん達は青ざめた。


(あのバカじじい、こんなところで王を名乗ったりしたら、ヤバい事になるのもわからんのか!)


「王?!……」


「ああいえ、お気になさらず。

 この人は私の雇った冒険者ですが、道化師の見習いもしている変わり者でして……」


 マークさんが慌てて取り繕う。


「む、なるほどな、その派手な身なりは道化師の衣装か。

 しかし、今のネタは笑えんぞ。王族を詐称した事が、役人や貴族の耳に入れば罪に問われかねんからな。

 作家とて、劇中の王族の扱いには気を遣うものだというのに、まったく命知らずのじいさんだ」


 馬車の見回りに来た三人の衛兵の内、隊長とみられる人物は話の分かる人らしく、べべ王の不敬を一笑に伏してくれた。

 続いて衛兵達は、マークさんの案内で荷台の後ろにまわろうとするが……。


「お、おいなんだこの巨人は!」


 ……荷台のホロからのぞく、3メートルの東風さんの巨体を見てたじろく。二人の部下にいたっては、一斉に持っていた槍を東風さんの方に向けて身構えている。


「なんだと聞かれましても、私はただの冒険者ですよ。こちらの街での冒険者登録はまだこれからなのですが」


 困ったように肩をすぼめる東風さんの脇から、ガフトが媚びた笑みを衛兵達にのぞかせている。


「この者も、私の雇った用心棒です。先ほども街道でオークに襲われ、助けてもらったばかりです」


 マークさんは慌てて隊長の前に進み出て弁解をする。


「オークだと……、確かにこの巨体ならオークとも互角以上に戦えそうだが」


「退治した証拠に、オークの鼻も取ってありますよ」


 荷台の上からフィルデナンドが、オークの鼻を入れた袋を隊長に向かって振ってみせる。


「ふむ、しかしオークか……」


 隊長は顎に手を当てて考え込み、部下の一人がその耳元でささやく。


「確か数年前、街道近くに出現したオークの群れを退治した事がありましたね隊長」


「それは覚えている……が、あれ以来オークは我々を恐れて森の奥から出てこなくなった筈だ。

 そのオークは何匹いたのだ?」


「9匹いたぜ、確か」


 ホロから顔を出したイザネが、元気よく答える。


「9匹!」


 兵士の一人が声を裏返らせた。


「どうやって9匹ものオークから逃げ……いや退治したのか? まさか……」


「疑うなら確認してみたらいかがです? 一匹は上半身をミンチにしてしまったけど、8匹分の鼻がありますよ」


 尚も納得いかない様子の隊長に痺れを切らせ、フィルデナンドがオークの鼻の入った袋を差し出した。

 隊長はその袋の中身を改めた後、東風さんの方に改めて顔を向けた。


「いや、おみそれした。

 手練れの冒険者ですら二人で一匹のオークを退治するくらいだというのに、力だけでなく余程腕がたつのだな。

 恐らくは、街道を荒らしていたという盗賊達がオークの巣穴にでも迷い込んで、刺激してしまったのだろう。報告によれば街道を荒らしていた盗賊は十人足らずだったようだし、もし九匹ものオークと鉢合わせしたのならあっという間に食われてしまったに違いない。

 ま、そうでなかったとしても、オークのうろつく街道を稼ぎ場にしようなどという盗賊もおるまい。盗賊達の件も同時に片付いたと考えてよさそうだな」


 隊長の機嫌は途端によくなり、同時に東風さんへの警戒も解けたようだった。


「ではこれより荷を改めよう。おかしな物は積んでおらんだろうな!」


 隊長がわざとらしく大きな声を出すと、それを待っていたかのようにマークさんが小さな袋を差し出す。隊長は、それをさも当然の事であるかのように懐にしまい、荷を改め始めた。


(冒険者になってまで、この嫌な光景を見る羽目になるとは思わなかったな)


 あからさまな賄賂の受け渡しをみて、俺はこの街にいる親父の姿を思い出していた。



         *      *      *



「くっせえな、なんだこれ」


 長い馬車の行列から解放されてやっと街に入ったかと思えば、その途端にイザネが悲鳴をあげる。しかしそれも無理もない、村に比べれば街は格段に臭う。

 高い防壁で囲われているため臭いが篭るというのもあるが、街が臭うのは主にトイレ事情のせいだ。村では汲み取り式の便所もあったし、便所がなくてもそこいらの森でする事だってできたが、街では道に糞尿を捨てるのが普通だ。

 道の中央には糞尿が流せるように溝があるが、それだけで容器に入れた糞尿を窓から道に捨てる人々に対応するには無理がある。

 貴族達に流行のハイヒールやマントは確かにカッコイイが、これも元を正せば街を歩く際に遭遇する糞尿を避けるために考えられたものだ。

 まして今は祭りの前日で、街は人でごった返している。その臭いはいつもに増して強烈だった。


「ダニーの言った通り、確かに祭りの飾りつけは見事なものじゃが、これはたまらんのう。わしらはリラルルの村に住めて幸運じゃったわい」


 御者台から降り、石畳を歩きながらべべ王も街への不満を口にする。


「皆さんはお強いからそんな呑気な事が言えるんですよ。

 巨大な壁に守られた街での安全な生活は、我々にとっては憧れなんです。現にあなた達がいなければ、私は先ほど遭遇したオーク達によって命を奪われていましたよ」


 苦笑いをしながら御者台のマークさんがべべ王を諭す。


「という事は、マークさんはここに住めないんですか?」


 不思議そうな顔をして東風さんが尋ねた。東風さんの巨体は自然と人々の注目を集め、周囲からはどよめき声が上がっている。


「よそ者が街に住むには市民権を買う必要がありますが、それが高いんですよバカみたいに。

 我々冒険者ならば一定期間の滞在が許されますが、そもそも冒険者の仕事自体が命がけですし、ギルドの仕事をサボったまま滞在期間が過ぎてしまえば、冒険者の資格はく奪のうえ街から追い出されます」


 こちらに集まる人目を気にしながら歩いていたフィルデナンドが、東風さんの問いに答えてくれている。


「だがよ、カイルが街から出て冒険者になった気持ちはわかるぜ。ここにずっと住んでいたら息が詰まりそうだ」


「まぁね」


 俺は本心を隠すよう、段に気のない返事をした。”息が詰まる”というのは当たらずとも遠からずだが、やはり俺の場合は少し違う。


 確かにマークさんの言う事の方が最もなのだ。生存の欲求は人間の欲求の中で最大のものだ。街の臭いや環境を気にする者がいるとするならば、それは生存の危機を抱く必要もない恵まれた者達だけだろう。

 しかし俺はこの街の中で、その安全にすがる人々を権力者が従える姿を……権力者に媚びる父の姿を嫌というほど眺めてきた。だからこそ俺は、その生存欲求に対して自分から背を向け、冒険者という生き方を選んだ。

 例えそれが夢想であろうとも、物語の中の英雄のように生きたかったし、もしそれが無理だったとしても少しでも近づく道を俺は選んだのだ。


「やっぱそうだよな! 男ならスリルを求めて飛び出すもんさ!

 カイルも俺達と同じって訳だ!」


 なにを勘違いしたがガフトが気安く俺の肩を抱く。本当にこの人は、いつも能天気に過ぎる。


「でもさぁ、それならリラルルの村を俺達の手で安全な場所にしちまえば、住みたがる奴も多いんじゃないか? 絶対この街より住みやすくなるぜ」


(そうかっ!)


 イザネの思い付きの一言に、俺はハッと気づいた。

 権力者に媚びへつらわずに安全に暮らせる村。今の俺にとって、それはこれ以上ないほどに理想的なものだった。


「なるほど面白そうじゃのぅ。

 クラン拠点を皆で力を合わせてレベルアップさせたように、あの村をワシ等の手で発展させるのも面白そうじゃ」


「そうですね、オーク達を退治してわかった事ですが、この世界の魔物は我々が相手をするには弱すぎます。

 それならば、別の事を目標にした方が楽しめるのではないかと私も思いますよ」


「……そうだな、確かにそいつも悪くねぇかもな」


 べべ王も東風さんも乗り気のようだし、段も少し考えてからそれに賛同した。


「ははは、これから冒険者ギルドに登録に行こうって人の会話には聞こえないな」


 キースさんは笑ってそれを聞き流している。


「目的の商会はそこの角を右に曲がってすぐですよ。着いたらすぐに荷下ろしを手伝って頂きますから、話の続きはその後でお願いしますね」


 マークさんは、東風さんを見物しに集まった群衆をかき分けるようにして、馬車の進路を右へと変えた。



         *      *      *



「あー、こっちのも可愛い。なぁ、カイルどっちがいいと思う?」


 ゴータルートの街で一泊した翌日、イザネが露店の櫛屋の前で俺に尋ねた。ここは俺とイザネの二人きりだが、街での買い物はキースさん達まで手伝ってくれている。

 昨夜の話し合いの結果、ファルワナ祭用の食材の買い付けは段とキースさんとガフトが、クランSSSR用の馬車の買い付けはべべ王と東風さんとフィルデナンドが、そして村への土産物の担当が俺とイザネという訳だ。


「俺にはよくわかんねーよ、そういうのは」


「なんだよ、つれないなぁ」


「そんな事言われたってなぁ」


 イザネに意見を求められても、俺にはどの櫛だって似たよう物にみえてしまう。

 ましてクリスのような女の子がどんな櫛を喜ぶかなんて、俺には想像もつかない……いや、つくわけがない。女性と付き合った事なんて全くないし、兄弟もみんな男ばっかだったんだから。


「お嬢ちゃん、プレゼントに喜ばれる櫛が欲しいなら、これなんかいいんじゃないかね?」


 店のおばちゃんが、ニコニコしながら鮮やかな赤色の金細工の付いた櫛をイザネに勧める。


「えー、でもちょっと派手じゃないかこれ?」


「いえいえ、こういう櫛が最近では喜ばれるんですよ。少々値は張りますが、この見事な色と装飾は……」


 ああ、これは無駄に高い櫛を売りつけるつもりだな……。


「いや、俺もこの櫛はちょっと派手すぎると思うぜ。クリスには似合わないんじゃないかな」


 俺はわざと大きな声を出し、おばちゃんの声を遮る。


「やっぱ、そうだよな。俺もこっちの櫛の方が、あいつには良いかなって」


 幸いイザネもおばちゃんの櫛には興味を示していないようだ。

 おばちゃんは一瞬表情が真顔に戻るが、すぐにいつもの笑顔に戻して、そそくさと高そうな櫛をしまっている。


「イザネの直感でいいと思うぜ、こういうのは。長く悩むより、そうした方が気に入る物を選べるもんさ」


「そうだな、じゃーこれにするぜ」


 イザネは小さな花の飾りが付いた櫛を選び、代金をおばちゃんに手渡す。


「あいよ、お買い上げありがとうね」


 これでマーサさんに頼まれた薬草類とダニーに頼まれたロルフの新しい首輪、そしてクリスに頼まれた櫛が片付いた。


「あと俺達の担当はメルルの猫ぬいぐるみと……ゲイルからもなにか頼まれていなかったか?」


「ゲイルのはいいんだよ。

 あいつは新しい弓を欲しがってたけどさ、ここで買うより俺達がクラフトで作る方がよっぽど良い物ができそうだし」


「じゃあ、ぬいぐるみだけだな」


 俺は薬草の袋を担ぎ、イザネを連れて織物を売っている区画へと向かおうとしたのだが、すぐにイザネに呼び止められる。


「あ、ちょっと待ってくれ。この店にも寄ってくから」


 イザネは俺を置いて、近くの小物を並べている店に入っていく。


「おい、なにやってんだ? 後はぬいぐるみだけじゃなかったのかよ?」


 俺が慌ててイザネを追って店に入ると、イザネは窓際の棚に置かれた小物入れを見ていた。


「マーガレットばーちゃんへの土産を買ってくんだよ」


「マーガレットさんには、別に何も頼まれてなかったろ?」


「でも婆ちゃんは、もうすぐ村を出て息子夫婦のとこに行っちゃうじゃないか。その時までになんかさ、俺達の事を忘れないようにプレゼントをしたいんだよ」


 言われてみればそうだった。

 イザネは特にマーガレットさんと親しくしていたし、ちょっとしたものでも別れる前にプレゼントされれば、マーガレットさんも喜ぶに違いないのだ。


「わかったよ」


「実は店の窓からこれが見えてさ」


 イザネは先ほどまで眺めていた小箱を手に取って、それを俺に見せる。それは小さなニワトリを模した飾りの取っ手がついた木の小物入れだった。



         *      *      *



「まーだ決まんないのかよ~」


 俺とイザネはぬいぐるみの店を巡っている最中だったが、イザネはどの猫のぬいぐるみも気に入らないらしく、もう四件目の店に入ったところだった。


「だってさー、全然かわいくないんだぜ、どれもこれも」


 イザネはそう言うが、俺にはどれも充分よくできたぬいぐるみに見える。

 余りにもイザネがダメ出しするので、高級な品も扱っている店にまで思い切って足を延ばしたのだが、ぬいぐるみを見るイザネの反応はまるで変わらなかった。

 昼には冒険者ギルド内の酒場で食事を取る予定だったが、この調子で悩み続けられたら間に合わないかもしれない。


「あ、これ可愛い」


 イザネがようやく気に入ったぬいぐるみを見つけたようなので、俺はホッとしながらそのぬいぐるみを覗き込んだのだが……。


(なんだこれ?)


 それは頭が異様に大きい、出来損ないの猫のぬいぐるみだった。

 店に並ぶ周囲のぬいぐるみは形が整った、リアルな猫とも見まがうほどの完成度だった事もあり、俺にはそのぬいぐるみは非常にぶかっこうに見えた。


「本当にそれでいいのか?」


「だって可愛いじゃん」


「む~?」


 確かに見ようによっては、可愛く見えなくもない……か?


「すいません、これください」


 悩む俺をよそに、イザネはさっさとそれを買ってしまう。


「それは俺の弟子が初めて作った失敗作だったが、気に入ってくれたのかい? まぁ、失敗作だし安くしとくよ」


 店の親父はそう言うと、半額近い値段でそのぬいぐるみを譲ってくれた。


(あまり高いものを買ってもララさんが恐縮しちゃうし、失敗作の安物のぬいぐるみの方が都合がいいか。

 見ようによってはかわいく見えない事もないし、このまま悩まれ続けても約束の時間に遅れるとこだったしな)


 俺は微妙なぬいぐるみに対するモヤモヤを、さっさと心の隅に追いやった。どのみち俺にぬいぐるみの良し悪しなんてわからないのだから、悩んでいても仕方がない。


「さ、急ごうぜイザネ。もうすぐ昼になっちまう」


 俺はイザネを急かすように手を振って、ギルドに向かって駆け足で歩きだした。



         *      *      *



ギィィィ


 入り口のスイングドアを開け、一か月ぶりの冒険者ギルドに俺はイザネを連れて足を踏み入れた。

 だが、そこには先に到着していると思っていたべべ王達の姿も段達の姿もない。どうやら俺達以外、約束の時間に間に合った仲間はいなかったらしい。


(げっ、チコがいる)


 幸いチコは、荒くれ風の冒険者仲間と話をしていて、こっちには気づいていないようだ。

 いやしかし、例え気づかれたとしても、もうあんな奴が何人絡んでこようが今は怖くもなんともない。それなりに強くはなったし、チコに絡まれる以上の修羅場だって俺はくぐってきているのだから。


「ようカイル、久しぶりだな」


(げ、ギャレット!)


 ギャレットは俺がギルドの訓練所に通っていた時、俺を馬鹿にしていたグループの……いや俺の同期のファイター志望生達のリーダー格だった男だ。


「ああ、久しぶり」


 が、それも過去の話だ。俺は自分でも驚くほど落ち着き払った声で挨拶を返していた。

 今となってはギャレットの身の丈以上に自分を大きく見せようと逆立てた金髪も、その額に巻かれた派手なバンダナも、精一杯粋がってみせようと見栄を張ってるだけにしか見えない。


「カイルの知り合いか?」


 村人への土産物を入れた袋を大事そうに抱えて、俺の後ろからイザネが声をかけた。


「ああ、ギャレットっていって、ギルドの訓練所で一緒に剣を習ってたんだ」


 が、俺のその言葉を聞いたギャレットの顔が不愉快そうに歪む。


「”一緒に”だって?

 確かに同じ訓練所にいたが、”一緒”じゃなかったろ、やってた事も、訓練の内容も、その濃さも。

 才能がなくて、途中で剣の訓練を投げ出したお前なんかと、一緒にされちゃたまらないぜ」


 相変わらずだなギャレットは、訓練所にいた時と何も変わっていない。


「カイルに才能がないだって?

 その訓練所ってとこでは、よほど教え方が下手だったんだな。才能豊かとまでは言えないまでも、筋は悪くないんだぜカイルは」


 そう言いながらイザネは、まだ誰も座っていない大きめのテーブル席を指さした。


「今の内にあそこの席を取っておこうぜカイル」


 無礼な邪魔者など気にも留めず歩き出したイザネの肩に、後ろからギャレットの腕が伸びる。


「おいこのチビッ! 無視してんじゃ……」


 しかし、それを言い終わる前に、イザネの手はギャレットの手首を捉え、捻っていた。


ドンッ!


※ 挿絵

https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16818093078943112627


 ギルドに大きな音が響き、冒険者達の視線が一斉にこちらに集まる。


ゲホッ


 まるで自分から倒れ込むかのように、ギルドの床に背中から落ちたギャレットが咳き込んでいる。


「FF(フレンドリファイア)ありの世界なんだろ。そんな不用意な行動をすれば、反撃されたって文句は言えないんじゃないのか?」


 そう言い放ち、イザネは床に倒れたギャレットを見下ろしていた。

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