第十八話 ダニーの挑戦

※ 今回の話に含まれるネットゲーム用語が分からない人は以下の用語解説を参照してください。

https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16817330665432857863


         §      §      §


 我流拳法に憧れた事はないだろうか? 僕はある。

 それが漫画だったかアニメだったかさえ忘れてしまったが、我流の武術を身に付けた、めっぽう強い主人公が大活躍していたのを覚えている。当時の僕は”自分の力だけで強くなるって凄いな”と憧れていた。

 が、これは現実的ではない。

 伝統武術というものは、その歴史を積み重ねた分だけ戦いの知恵を蓄積している。それも何百年という単位でだ。

 我流では自分が生きている時間内でしか、知識を集積できないのだ。その生涯全てを武術に費やしたとしても、それはせいぜい百年にも満たないだろう。

 だから独りで強くなろうなどと思わず、優れた師が現れたならその知恵を素直に学ぶべきなのだ。自分の知識に、師とその師匠達が積み重ねてきた知恵までプラスできるのだから。


 ~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~



         §      §      §



「ほれジジイ、アーン」


「アーン」


「なに気持ち悪い事やってんだおまえら?」


 寝起きざまに気色の悪い光景を見て、俺は呻くように声を縛り出していた。ジジイの口にスプーンを運んでいたハゲが、動きを止めてこっちを見ている。


「年寄りに食事をさせる時には、こうするものなんだろ? メルルが言ってたぜ」


 イザネと同様に、段とべべ王もメルルのおままごとにすっかり毒されていたようだ。


「寝起きもままならない老人ならともかく、そんな死んでも勝手に蘇ってきそうなジジイに食事の世話する必要ないだろ」


「あー、確かにこのジジイなら、ほっといても他人の飯まで勝手に食っちまうな」


 ようやく無駄に気づいた段のすぐ横で、あっという間にべべ王が一人でスープの皿を平らげている。できることなら、俺に言われる前に気づいて欲しいものだ。


「それじゃあなんでお前さんは、イザネに食わせてもらっとったんじゃ?」


 スープを飲み干したべべ王は皿をペロリと一舐めしてから、満足げな髭面をこちらに向ける。


(くそジジイめ、既にララさんからその話を聞いてやがったのか? それとも、イザネに直接聞いたのか?)


「あ、あの時は風邪がひどかったからさ……」


 苦しいが、咄嗟に出た言い訳がこれだった。


「はい、カイルあーん。」


 話を聞いていなかったのか? それともわざとなのか? 横から俺を困らせるように、イザネがスプーンを差し出す。


「いや、もう風邪もうだいぶ良くなってきたから、自分で食べられるから大丈夫だって!」


「なんだよつまらないなー、メルルだったら喜んでのってくるのに」


 イザネは文句を言いながらもスプーンを引っ込め、料理の皿をベットの脇の机に並べてくれている。


(そら同年代の子がいなくて、おままごと相手に飢えてるメルルちゃんなら大喜びでのって来るだろうけどさ、イザネが俺にそれやってるとこを東風さんに見られたら修羅場になるんじゃないか)


 今は東風さんが出かけていて、本当に助かった。


「サンキュー」


 料理を運んでくれたイザネにとりあえずの礼を言い、俺は皿を手に取る。


(またララさんの手料理か。

 いつまでも頼ってるのは心苦しいし、こいつらにも自炊する癖を付けさせないとな)


 リラルルの村でこの自宅をもらってから、もう一週間近い。そろそろ自立してもいい頃合いだろう。

 俺がそんな物思いにふけりながらまだ温かいスープをすすり始めると、イザネがドアに向かってに駆けて行くのが見えた。


「どっか出かけんの、イザネ?」


「マーガレットさんに鶏の世話を頼まれてんだよ。あいつら結構かわいいんだぜ」


 雌鶏はともかく雄鶏は絞め殺して食肉にする事を、イザネは知ってるのだろうか? ”かわいいんだぜ”とか言ってるけど……。


「じゃ、行ってくるぜ」


『いってらっしゃい』


 俺達の見送りの言葉を背に、イザネはドアを勢いよく開けて行ってしまった。


「それにしても、おまえはなかなか風邪が治らねぇな」


 スープを飲む俺の顔を覗き込みながら、段が心底つまらなそうに言う。


「風邪のひき始めに悪化させちゃったからな。それに、元はと言えばおまえらにうつされたんだぜ」


「そうだったかぁ?」


 段がわざとらしくすっとぼける。


 四人の風邪が一日でほぼ完治したのに対し、俺は既に三日間寝ていた。

 その間、この四人が村のみんなに迷惑をかけていないかと心配していたのだが、今のところ被害報告は届いていない。


「さて、カイルの風邪の具合も良さそうじゃし、わしらもそろそろ出かけるかの」


 先に食事を終えたべべ王が、空になった食器を持って立ち上がる。


「そういや昨日もどっか出かけてたけど、何してんだい二人共?」


 俺はこいつらの事だから、また”冒険だーっ!”、”クエストだーっ!”と騒ぎ出すのではないかと恐れていたのだが、ここ数日はそのそぶりがないので逆に不安になり始めていた。


「わしは村長の野良仕事の手伝いじゃ」


「俺様はゼペックのとこに拳闘を教えてもらいに行くとこだ」


「もしかして東風さんも?」


「東ちゃんはゲイルの狩りに付き合って、森に行っとる」


 確かに段は歓迎会の席でも拳闘に興味を持っていたし、あのゼペックとなら気も合うだろう。

 東風さんもレンジャークラスに興味を持っていたし、ゲイルの狩りに着いて行くのは自然な流れだ。まだ小さいゲイルが一人で森に行くのは皆が心配していたし、村長一家も安心できる。

 ただ……。


「な~、爺さんって農作に興味があったのかよ?」


 べべ王が野良仕事を嬉々としてやっている姿だけが、俺には想像できなかった。


「ルルタニアにいた頃も、わしはガーデニングしてたんじゃよ」


「ガーデニングっつってもマンドレイクしか育てられなかったし、ほぼ死にコンテンツだったけどな、あれは」


 二人の話に俺は耳を疑う。マンドレイクといえば根が人の形をしており、引き抜くと発狂させる叫び声を出す危険な植物。薬の材料にもなるため限られた専用施設では栽培されていると聞くが、普通の人がガーデニングで育てるような代物じゃない。


「なんでマンドレイクなんかを育ててたんだよ?!」


「それしかドラゴン・ザ・ドゥームには実装されなかったんだから、仕方ないだろ」


「だからこそ、こっちの世界だと新鮮なんじゃ。手間暇かかるが、いろいろな野菜が育てられて面白いんじゃよ。

 ドラゴン・ザ・ドゥームの開発者も、この世界の開発者のようにまめな性格なら良かったんじゃがなぁ」


 相変わらず半分ほど言ってる事がわからないが、べべ王が元々植物の育成に興味があったというのなら、ブライ村長の手伝いをするのもおかしな話ではない。


「そうか、なるほどな。

 いつも食べてるララさんの料理もあの畑の野菜が材料なんだし、自分で育ててみようって気になるのは、むしろ自然なのかもな」


「よくわかっておるのうカイル。

 自分の育てた野菜が、いずれあの美味い料理に変ると思えばクエスト報酬としても十分。やりがいもあるというものじゃ」


 食欲旺盛な爺さんだな、こいつは。


「じゃ、わしらはもう出かけるから、カイルは留守をよろしく頼むぞ」


「おとなしく寝てろよ。風邪が治ったらまた鍛えてやるからよ!」


「つまんねー事を言ってんじゃねーよ、ジョーダン」


 段は俺の憎まれ口にニヤリと笑って返し、べべ王と共に出かけて行ってしまった。

 俺は食事の続きをしようと、再び皿を手に取る。


(あいつらも、この村の生活に馴染んできたって事なのかな)


 窓から注ぎ込む日の光が、今日の俺の目には少し眩しく感じられた。



         *      *      *



「もう起きてもいいのか?」


 俺の風邪が治ったのは、寝込んでから4日半経った昼だった。久々にベットから抜け出す俺を見て、イザネが声をかける。


「ああ、咳もすっかり治まったし、身体のダルさもとっくに消えてる。もう大丈夫だよ」


 イザネ以外の三人はもう出かけていた。

 四人とも村での生活に慣れてくれたのは嬉しいのだが、同時に東風さん以外の三人が村に迷惑をかけてはいまいか、ベットの上で俺は気を揉む毎日だった。


(ララさんは大丈夫だと言ってくれたけど、本当かなぁ?)


「なら付き合えよカイル」


 まずはべべ王がおじゃましているブライ村長の畑から見に行くつもりだったが、有無を言わさずイザネが俺の手を引いた。


「マーガレットさんのとこかい?」


「着いてくればわかるよ」


(どこに行く気だろう? 他の人のところにも、なにか手伝いに行っているのかな?)


「もしかして、なんか企んでる?」


「んな訳ないだろ。ちょっとカイルに相談したい事があるんだよ。

 ほら、行くぞ!」


 家を出ると、イザネは村の門へ続く道をまっすぐ歩き出す。門番をしているダニーとクリスに、なにか用事があるのだろうか。


「ちーーっす、イザ姐!」


「あれ? カイルさん風邪治ったの?」


 俺達が来たのを見てダニーとクリスが声をかける。にしても今ダニーの奴、”イザ姐”って言わなかったか?


「今朝治ったとこだよクリス。

 ところでダニー、”イザ姐”って……どうしたんだよ?」


「二人とも俺に弟子入りしたんだよ」


 腕を組んで胸を張るイザネに、俺は絶句していた。


(え? なんなんだこれは? 俺が寝てる間にこの二人に何があったんだ?!)


 ともかく、イザネが俺をここに連れて来た理由だけは想像がついた。


「相談したいってのはこの事か、イザネ?」


「ああ、二人に稽古をつけてやりたいんだが、門番の仕事もあるからやり辛くてな。

 三人でローテーションすれば、門番をサボらずに稽古ができるだろ?」


 なるほど、イザネが言いたいのは”二人に稽古を付けたいから、俺にも門番を手伝え”って事らしい。


「別に門番を手伝うのは構わないけど、いつの間に弟子になったんだよ二人とも」


「まぁ、いろいろあってな……。

 でも折角、剣の達人が村に居るんだから弟子入りしない手はないだろ?」


 俺の問にダニーが、歯切れの悪そうな苦笑いを浮かべて答える。またイザネが変な事やって、二人に迷惑かけてなければいいのだが……。



         *      *      *



「イザネに喧嘩を売った?! 何考えてるんだよ!!」


 ダニーに事情を聞いて、俺はあきれ返った。

 直にイザネの実力を確かめたのなら、その腕前に惚れ込んで弟子入りというのは理解もできる。が、イザネがその気だったらどんな目に合わされるか知れない、命知らずの行為だ。


「いやだってよ、カイルも”召喚者の武器が凄いだけだ”って言ってたじゃないか。だから木剣同士の試合なら、俺でも勝てるんじゃないかと思ったんだよ」


 ダニーが口を少し尖らせた。

 夏も間近の激しい日差しがダニーのツンツン逆立てた前髪に当たって、村の門のそばに奇妙な影を作り、そのすぐ横にクリスの足が並んでいる。クリスは、俺との話に夢中になっているダニーとは違い、門の脇から真剣な眼差しで周囲を見渡している。

 とうのイザネは家に何かを取りに戻ったままで、まだ帰って来ない。


「そこまで言ってないだろ。だいたい、ダニーだってジョーダンと爺さんの魔法は見たじゃないか」


 村の歓迎会でみせた段の雷の魔法とべべ王が作り出した結界を見たのなら、彼等の力を疑う余地はない筈だった。


「ああ、あれか。でもあれって召喚者の特殊能力ってやつじゃないのか?」


「え?」


「知らないのか? 召喚勇者っていうのは、この世界に来た時に特殊な能力を得るんだよ。”特殊スキル”とも呼ばれるらしいんだけど、それがあるから異世界人が勇者になれるんだぜ」


「そうなのか?」


 それは初耳だった。確かに”スキル”という単語はあの四人の口から度々聞いた事がある。しかしそれはこの世界に来た時に得たものではなく、”ドラゴン・ザ・ドゥーム”と呼ばれる世界で彼等が身に付けていたものの筈だ。


「数か月前くらいに、この村の警備を手伝ってくれた元兵士のおじさんが、教えてくれたのよ。

 もっともあの人は、召喚勇者に対して良い印象を持っていなかったみたいなんだけどね」


 チラリとこちらを振り向いたクリスの言葉を聞いて、俺は思わず顎に手を当てた。


「元兵士? 召喚勇者を実際に見た事でもあったのかい、その人?」


「だと思うぜ。南西の国から来た人だし、勇者と同じ軍にいたんだってよ。

 俺達に剣術を手ほどきしてくれたのも、そのおっさんだぜ」


「それはおかしくないかダニー。南西の方の国では召喚勇者が大活躍しているそうじゃないか。なんでそこから来た兵士が、召喚勇者を嫌ってるんだ?」


 南西の砂漠の国々は宗教上の対立が激しく、戦争が絶えない。そして、そんな悲惨な国の人々を戦火から救うため、多くの召喚勇者達がその地へおもむき日々活躍しているという話だった。少なくとも俺はそう聞いている。


「確かに南西の方じゃ召喚勇者達が戦争を収めようとがんばってるって話だけどさ、でも実際に戦争は年々悪化してるんだぜ? ちゃんと召喚勇者達が活躍しているのなら、妙な話だとは思わないか?」


「??? 噂が間違ってるって事か?」


「噂っていっても吟遊詩人が広めたものでしょ。でも吟遊詩人達は、英雄譚を美化したがるものなのよ。その方がお客さんにうけるから」


 確かにクリスの言う通りに違いない。俺もかっこいい英雄が大活躍する物語に夢中だった一人なのだから。


「そうそう、実際に悪い王様を召喚勇者達が次々に倒してるんだけど、そのせいで余計に戦争が激しくなって手が付けられない状態なんだそうだ。

 なんでも新しい王や権力者が、なぜか以前の王様よりも更に酷い連中ばかりで、戦争に勝っても勝っても国が混乱し、ますます争いが酷くなってるんだと。今じゃならず者が武器を持って権力者気取りしてる有様だそうだ。

 この村に来たおっさんも長年兵長として仕えていたのに、勇者の軍に従って戦えば戦うほど故郷が荒れるのを見て、兵長を辞めて国を出たんだってさ」


 世間で言われている事とは真逆であるものの、ダニーの話は根拠のないデマとも思えなかった。召喚勇者達が本当に平和を築いてくれるのなら、とっくの昔に南西の国々の戦争は終わっているだろう。吟遊詩人の流した噂どおりなら、彼等はそれを達成できるだけの活躍をしている筈なのだ。

 しかし、五十年以上も前から続いた戦争は未だに収まらず、このイラリアスの国でも南西に向けて輸出するために、商人達や貴族連中が武器を量産している有様だ。


「だからさ、召喚勇者だからって、この村でデカい顔させたくなかったんだよ俺は。

 ジョーダンとかいうおっさんとあの爺さんは、強力な魔法の特殊スキルを持っている事が分かっているし、あの東風っていうデカい奴も火薬が使える。

 けど、イザ姐だけは特殊スキルが分からなかったし、大した事ない能力だったら身の程をわきまえてもらおうと考えたのさ」


「大した事ない能力だって? 特殊スキルってのは当たりハズレがあるのかい?」


「そうよ。召喚勇者の価値は、特殊スキルの能力次第って聞いてるわ。

 召喚者は元の世界に居た時より肉体も強化される事が多いそうだけど、特殊スキルの力はそれを遥かに上回るんですって。

 特殊スキルの種類次第で殆ど力にならないこともあれば、召喚者一人が一軍に匹敵する戦力になることだってあるそうよ」


「一軍ねぇ……」


 にわかには信じがたいクリスの話に、思わず生返事をしてしまった。吟遊詩人達でさえ、そこまで大袈裟な噂を流しちゃいない。

 それにもしこの話が本当なら、南西の砂漠には一軍に匹敵する超人がダース単位で集結している事になる。


(むしろそんな連中がひしめき合っているからこそ、いつまでたっても平和にならないんじゃないか?)


 それが素直な感想だった。平和のためと謳ってはいるが、明らかに過剰な戦力が一箇所に集中し過ぎている。


「だからイザ姐が、”俺には特殊スキルなんてないし、力だってルルタニアにいた時のままだぜ”って言った時は、なんでそんな奴が偉そうにしてんのかと思ったんだ」


 イザネの口調を真似たダニーの一言で、俺はようやく合点がいった。


「あー、それで喧嘩を売ったのか」


 イザネは初対面の時からクリスに駄目だししていたし、ダニーを剣士として全く認めていなかったのだ。二人の気持ちも分からなくもない。


「言っとくけど、喧嘩を売ったのはダニーだけよ。あたしは反対だったんだから」


 俺の視線に気づいたのかクリスが顔の前で掌を振ってみせるが、ダニーは俺より冷ややかな目で彼女を見ている。


「結局は二対一で戦う事になったろ」


「あれは、イザ姐が二人がかりで来いっていうから渋々……」


 ここから先の展開は、話を聞かなくてもだいたい分かる。


「二人ががかりでも、イザネが満足いくような戦いにはならなかったんだろ、どーせ」


「まぁな。俺達は木剣を持ってるのにイザ姐は素手でいいって言うから、いくらなんでも負けないと思ってたんだけど……」


「凄かったよー、イザ姐! あっという間に腕を捕まえてダニーを投げちゃったの!」


 イザネの踏み込みは見切れない。ダニーが気づいた時には間合いを潰され、木剣を振り下ろす前に肘か手首を捻じられたのだろう。


「おまえだって、何もできなかったじゃないか!」


「だって、ダニーが目の前に転がってて邪魔だったし、イザ姐はお構いなしにズンズン歩いて来るんだもん!」


 ダニーが放り投げられたのは、クリスの足元だったのだろう。”敵の体を障害物として利用する”、これはイザネから教えてもらった多人数を一度に相手する時の心得だ。


※ 挿絵

https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16817330665432813608


「もうだいたい分かったよ。倒れたダニーの上にクリスを組み伏せれば、イザネの勝ちじゃないか」


 気付くと俺は半笑いだった。下敷きになったダニーは、クリスの体重で身動き一つとれなかったろう。イザネは最初から全部計算づくで……いや、恐らくは計算するまでもなく、自然とこれを二人にやってのけたのだろう。


「良く分かったわね」


「イザネとの稽古で、俺もさんざん組み伏せられたからな」


 稽古で手を抜いたりサボろうとすると、イザネはすぐに見抜いてお仕置きしてくる。腕を捻じられたのだって、一度や二度じゃない。


「で、イザネみたく強くなりたくて弟子入りしたって訳か?」


「まーな。召喚者の特殊スキルは俺達が身に付けられるものじゃないが、イザ姐の武術なら俺達だって覚える事ができるだろ。

 イザ姐は教えるのも上手いし、結構親切だしさ」


「ふふふ。

 ”ダニーは姿勢が崩れてる! 腕の力だけで剣を振るな!”って、さんざん叱られてたもんねー」


「クリスこそ、”腰が入ってない”ってケツ叩かれてたろ!」


(なんだよこれ、二人共すっかりイザネのファンになってるじゃないか)


 妙に楽しそうに叱られた話をする二人を見て、俺はそう確信せざるを得なかった。



         *      *      *



「じゃあ、そろそろカイルから順に稽古をつけるとするか」


 槍を模した木の棒を携えて村の門に戻ってきたイザネが、心底嬉しそうに微笑む。

 この棒は、俺の武術訓練用にあつらえたのだろう。俺の魔導弓と同じくらいのサイズだ。ダニーとクリスの訓練用の木剣も、さっきから門の隣の空き地に転がっている。

 ただし、俺がまだ病み上がりなのは、イザネの頭から抜け落ちているらしい。


「ちょっとイザ姐、カイルさんはまだ風邪が治ったばかりなんだから、無理させちゃだめだよ。またぶり返しちゃうよ」


 イザネはそのまま俺に棒を渡そうとしたが、クリスがすぐにそれを引き止めてくれた。俺の前に立ち塞がったクリスは、背の低いイザネに目線を合わせるため少し腰をかがめながら顔を覗き込んでいて、まるで姉が妹を叱りつけているようにすら見える。

 距離感から察するに、二人は俺が寝ている間に随分親しくなっていたようだ。イザネは素直にクリスの言葉を聞き入れて、俺を諦めた。


「そうなのか? やっとカイルの稽古ができると思ったんだが仕方ないな」


 心なしか、イザネの声は少ししょんぼりしていた。


「それなら俺は、べべ王とジョーダンの様子でも見て来るよ」


「ララさんもイザ姐もカイルさんの風邪の治りが悪くて心配してたんですから、無理しないでね」


 クリスに言われて、俺は思わずイザネの顔を見た。


(俺の前で、イザネがそんなそぶりはしていなかった様に思うのだが?)


 俺の視線にまだ気づいていないイザネの頭で、赤いハチマキが風に弄ばれてたなびいている。


「そんなに心配してたの? イザネが?」


「なんかよくわからないけど、お前の風邪を治すために伝説の薬草を取りに行こうとか言ってたな」


 ダニーの言葉が終わらぬうちに、イザネが急に頬を赤らめた。こちらから目も逸らしたし、どうやら俺がまじまじと見つめていた事にも気づいたらしい。


「いやだって、俺達が一日で治ったのに、カイルだけ何日も寝たままなんだから気になるじゃねーかよ!」


(まだそんな事を言ってたのか。確か百年に一度しか咲かない薬草だったっけ?

 それに、そんなに照れて誤魔化すような事でもないだろうに……、どこまでお嬢様なんだイザネは?)


「ま、まぁ、とにかく心配してくれてあんがとな。無理はしないから安心してくれよ」


 俺はダニーとクリスに冷やかされるイザネに背を向け、村の門を後にした。

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