第十九話 病み上がりの散歩道

※ 今回の話に含まれるネットゲーム用語が分からない人は以下の用語解説を参照してください。

https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16817330666151419414



         §      §      §


 僕の趣味はゲーム・アニメ・漫画・小説……と、どれも人付き合いが苦手な人間の好むものばかりだ。だからもし人間関係を克服できたなら、僕の趣味は全く違うものに入れ替わるだろう。

 所詮、人が何を好むかなんて、その人自身の都合や周囲の環境に左右されるものなのだ。絶対不変な物では決してない。

戦国時代には戦好きで知られた武将が、天下泰平の江戸時代に豹変してしまった例すらある。あの伊達政宗が、晩年はグルメ大名と化し肥満に悩んでいたのは、知る人ぞ知る話である。

 では、ゲームもアニメも小説本すらない異世界に行ったとしたら、そこでどのような趣味を僕はみつけるのだろうか?


 ~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~



         §      §      §



(べべ王は、畑へ手伝いに行ってるんだよな)


 イザネ達と別れた俺は、ブライ村長の畑に向かう道を歩いていた。

 段の方も気になってはいたのだが、相手があのゼペックならなんとかするのではないかと思い、こちらを優先する事にしたのだ。

 ただでさえ真面目なブライ村長が、あのふざけたべべ王にどれだけ振り回されているかしれないのだから。


(畑仕事に支障が出ていなければ良いのだが……)


 畑に着くと、べべ王の派手な衣装が柵に掛けられてるのがまず目に入った。流石にあの赤いローブと金の鎧で野良仕事は、無理があるのだろう。

 畑の中を見ると、村長に借りたのか、ぶかぶかの野良着を着てほっかむりをしたべべ王とブライ村長の姿をすぐに見つける事ができた。

 べべ王の事だから、いつものように手を抜いてサボってやしまいかと俺は思っていたのだが、予想に反してむしろ黙々と畑を耕している。


(真面目に仕事してるんだったら、邪魔するのも悪いか)


 俺はすぐにその場を離れようとしたが、その前にべべ王がこっちを向いて手を振り出してしまった。


「おーーい! カイルーっ!!」


(みつかっちゃったかぁ……)


 べべ王は俺に声をかけながら、畑を荒らさないようにぴょんぴょん作物を飛び越えてこちらに近づいてくる。


「なんじゃ、風邪はもう治ったのか?」


「ああ、もう大丈夫だよ。

 そっちこそ畑仕事にはもう慣れたみたいじゃないか?」


「まだまだじゃよ。今日も村長に怒られたばかりじゃ」


 その時、ほっかむりを外して汗を拭うベベ王の向こうから、採れたての人参の束を腰から下げたブライ村長がこちらを振り返った。


「俺が怒ったのは爺さんのダジャレがしつこいからだ!! 畑仕事で失敗したからじゃない!

 ”人参ブラブラブライー”とか、本当にくだらん事を何度も言われるとイラッとするからやめてくれっ!」


「天丼はお笑いの基本なんじゃがのう」


 べべ王はしょんぼりしたような声を出すが、芝居ががっていて本気ではない事がすぐにわかる。

 これはまた怒られるのを覚悟で……、というか怒られる事がむしろ美味しいと思い、同じ事を繰り返すパターンだろう。が、ブライ村長も苦笑いしながらべべ王をそれ以上叱りもしないところをみると、この爺さんの扱い方をもう既に覚え初めているらしい。

 どうやら、村長さんを心配する必要はないようだ。


「ところで大猿退治の英雄殿が、俺の畑になんの用だい?」


 ブライ村長が冗談めかして俺をおだてる。

 村長に悪意はなく、むしろ手柄を称えてくれている事はわかる。だが、正直あの大猿との戦いにはあまり触れて欲しくなかった。あれは冒険者として誇れる戦いではない。


「いや、特に用という訳ではないんですが……」


 俺は、村長に向かって力ない笑顔で返した。


「暇ならカイルも手伝っていったらどうじゃ? 面白いぞぉ~~、畑仕事は。

 やる事が単調だった、ドラゴン・ザ・ドゥームのガーデニングコンテンツとは雲泥の差じゃよ」


 べべ王が俺のシャツを引っ張るが、俺はそっと首を振ってみせた。


「病み上がりなんだ、勘弁してくれ」


「確かに長い間風邪で伏せっていたし、今日くらいは大事をとった方がいいだろうな」


「仕方ないのう」


 村長さんに促され、べべ王が残念そうに俺の服を離す。


「じゃ、他に行くとこもあるし俺はこれで」


 俺は二人に手を振りながら、暖かい土の香りがする畑を後にした。


(次はいよいよジョーダンの番だ)


 激しい日差しに目を細めながらゼベックの鍛冶場へ続く道を歩いていると、入れ違いに村長の家に向かう人影が近づいて来るのが見えてきた。そのありえないほどの巨体から、それが東風さんである事はすぐにわかる。


(やっぱ目立つなぁ東風さんは、まだあんなに遠いのに)


ワンワンワンワンッ!


 東風さんに少し近づくと、騒がしい鳴き声が辺りに響き渡たる。


(犬?)


 よく見ると東風さんの脇に、白い犬を連れたゲイルがいた。


「こらロルフ! うるさいっ!」


 ゲイルに限った話ではないが、子供が犬を叱る姿には独特の違和感がある。叱りつける子供の姿が、妙に無理して大人ぶっているように見えるからだろうか? そして大抵の場合、犬は子供の言う事をなかなか聞かないのだ。


……ワンワンワンッ!


 案の定ロルフはゲイルの方を見て少しだけ黙ったが、すぐに俺の顔を見上げてまた吠えだした。


「カイルさん、風邪のお加減は大丈夫なんですか?」


 犬のしつけに夢中なゲイルをよそに、獲物の鹿を抱えた東風さんが俺に声をかける。ゲイルも弓を背負っているところをみると、犬を連れて森へ狩りに行った帰りだろう。


「ええ、もう大丈夫ですよ東風さん。ご心配をおかけしました」


ワンワンワンワンッ!


 ゲイルの手を逃れたロルフが、俺の足元に駆け寄って吠えている。


(こういう時は……)


 俺はしゃがみこんで、ロルフの目線の高さに自分の顔を近づけた。

 ロルフは警戒を解いたのか、ワンワン叫ぶのを止めて俺の臭いを嗅ぎに近づいて来る。


※ 挿絵

https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16817330666151381455


(ちょろいな)


 試しに手を差し出したら、指に鼻を近づけて尻尾を振っている。


「かわいいなぁ。普段見かけないけど、畑の裏で飼ってるのかい?」


 あまり警戒心を刺激しないように、ゆっくりと背を撫で始めるとロルフは甘えるように横腹をなすりつけてくる。


「そうさ、ロルフは畑の番犬にしてんだ。たまに柵を乗り越えた森の動物が、畑を荒らしに来るからさ。リスとか鳥とか、ほんとに厄介だぜ」


 飼い主の声に反応したロルフが、俺から離れてゲイルの元に駆けて行き、その足元をくるくると回り出した。自分がゲイルに褒められたと思ったのだろうか?


「見事な鹿ですね、東風さん」


 ロルフに振られて手持ち無沙汰になった俺は、東風さんの抱えた鹿を見上げながら腰を上げた。サイズも大きいし肉付きもいい、獲物として申し分ない鹿だ。もっとも鹿は、イノシシに比べ味が落ちるのだが、選り好みするのは贅沢に過ぎるというものだ。


「ええ、ロルフの手柄です。この子の鼻で簡単に追跡する事ができましたよ。犬って凄いんですね」


(??? ルルタニアでは、犬がそんなに珍しかったのだろうか?)


「おいおい鹿を仕留めたのは俺だぜっ!」


 突然ゲイルが声を張り上げて、俺達の会話に割り込んできた。

 しかし鹿は首を折られているうえに矢傷もなく、東風さんが影の中から組み付いて仕留めた事はすぐにわかる。

 またゲイルは嘘をついて大人をからかう気でいたのだろう。


「へーーーーーー、すごいなぁゲイルくんはぁ~~。お手柄じゃないかぁ~~!」


 俺がわざとらしく驚いてみせると、誇らしげに弓をかかげていたゲイルは頬をふくらませた。


「ちぇっ、こんな奴ほっといて行こうぜ東風」


「すいませんカイルさん。また後ほど」


 生意気なゲイルが村長の家の方に駆けだし、東風さんとロルフがその後に続く。東風さんのような大男が隣にいるだけで非日常を感じざるを得ないのだが、今日は不思議とその威容が村に溶け込んでみえた。


(残るはジョーダンか)


 二人と一匹を見送った俺は、段がおじゃましているゼペックの鍛冶場へ向かって再び歩き始めた。



         *      *      *



「だから、そうじゃねーつってんだろ!」


 鍛冶小屋の前でゼペックが、上半身裸になった段の後頭部をペチンとはたく。


「ってーな、ちゃんとやってんだろ?」


「パンチを打つ時は、もっと脇をしめろってんだよ!

 楽をしようとして姿勢がだらけてるのがバレバレなんだよ! 真面目にやれ真面目に!」


 頭を押さえる段の汗だくの背中が、日の光を反射して白く輝いている。

 それにしても、あの段の後頭部を遠慮なくはたくとは、ゼペックもいい度胸をしている。元拳闘士というのも伊達じゃない。


「こ、こんちわ」


 ゼペックの気迫に思わず気後れして、俺まで言葉がどもってしまった。


「おう、大猿退治あんがとよカイル! そこの肝心な時に風邪で寝込んでた黒ハゲと違って、偉いぞオメーは!」


 段を親指でさしながら、ゼペックが大声で返事をする。


「なんだよ、カイルに稽古つけて強くしたのは俺達だぜ!」


「自分の稽古も真面目にせん奴が、他人の稽古を真面目にみる訳がねーんだよ!

 おしゃべりしてる暇があったら、もう10セットだ!」


 段は渋々拳闘の練習に戻った。

 コーチとしてもゼペックさんは堂に入ってる。段をここまで上手くあしらうなんて思ってもみなかった。


「凄いですねゼペックさんは、現役時代も拳闘でいい成績を残せたんじゃないですか?」


 俺はてっきりゼペックがご機嫌で拳闘の自慢話をはじめるかと思って言ったのだが、予想に反し彼は苦笑いを浮かべていた。


「いや、それがなぁ……いいとこまでは行ったんだが、俺はクビになったんだよ拳闘士を」


「え?!」


 思わず素っ頓狂な声を上げる俺に、ゼペックが”しょうがない”と覚悟を決めたかのように渋い顔をする。


「俺が現役だった頃、反則が得意なクソ野郎がいてな。ある時そいつが審判に金を配って、試合でやりたい放題してやがったのよ。

 あまりに八百長が酷くてそいつと闘ってた俺だけじゃなく、観客までも呆れる有様でな。真面目に試合するのがバカバカしくなった俺は、そいつの顔面を蹴って試合を終わらせたんだ。

 そしたら拳闘をクビになっちまった」


「け、拳闘でキックしたんですか?!」


「おうよ! キック一発で失神させてやったぜ!」


 驚く俺に、ゼペックさんはガハハハハと笑って答える。


「おい! その蹴りを俺にも教えてくれよ!」


「あ”? 拳闘の基本もまだ覚えてない奴が、反則を先に覚えてどーすんだ?!」


 早速興味を持ったのか段が喰いついてきたが、ゼペックがそれを跳ね除ける。


「おしゃべりしてサボってたから、もう10セットやり直しだ! 返事は?!!」


「へーい」


 やる気のない返事とともに、段が再び拳を振るい始める。


「まったくあいつは、地道な事が苦手で困る」


「ああ、それよくわかりますよ」


 ゼペックさんの見解は俺と全く同じだった。

 べべ王も段も地味な事は好きじゃないし、自分の興味のない事には更に無関心だ。そしてどちらかといえばべべ王よりも段の方が、興味の幅が狭いのだ。


「こんなガキみたいな大男と生活してるなんて、お前も大変だな」


「ええ、まぁ。

 ところでゼペックさんは、なんでこの村に住んでるんですか? 街で拳闘していたのなら市民権も持っているんでしょう?」


 壁に囲まれた安全な街に住むのは多くの人の憧れであり、それには街の市民権が必要となる。

 例えば冒険者ならば、街にとって有益な人物と自動的にみなされ、街をモンスター等から守る仕事をするのを条件に、一時的に市民権を保証される。

 しかし、拳闘士が市民権が与えられるなどという話は聞いた事がない。ゼペックの場合は大金を払って市民権を買ったのか、もしくは親が街の住人だったため生まれつき市民権を持っていたのか、そのどちらかしかありえないのだ。

 ゼペックがわざわざ市民権を手放す理由に、俺は見当もつかなかった。


「惚れた女がこの村にいたからさ。

 そいつの市民権を買うだけの金が用意できない以上、俺がここに住むしかないだろう」


 それは男らしい、そしてゼペックらしい答えだった。


「セリナさんの事ですね」


「ハッキリ言うなよ、照れるじゃねーか!」


 余程女房に惚れこんでいるのだろう、ゼペックは上機嫌で俺の肩を叩く。


 段をゼペックさんに任せて問題ないと確信した俺は、しごかれる段をもう少し眺めていたい欲求に後ろ髪を引かれながらも、手短に別れの挨拶を済ませてその場を後にした。



         *      *      *



「ただいま」


 俺が家に戻った時には先に東風さんが帰っていて、鹿肉料理の準備をしているところだった。窓から差し込む夕日が、台所をオレンジ色に染めている。どうせ暇だと思って村中をブラブラ散歩してる内に、随分と時間が経ってしまっていたようだ。


「おかえりなさい。今夕飯の準備をしますので、ちょっと待っていてください」


「手伝いますよ」


 俺はまな板の前に立とうとしたが、それを東風さんが大きな体で通せんぼする。


「まだ病み上がりなのでしょう、無理はしないでください。ララさんに料理の仕方は教わってますし、私一人でも大丈夫ですから」


「なら、お言葉に甘えます」


 俺は料理を手伝うのを諦め、自分のベッドに腰かけた。

 東風さんはところどころは迷いながら料理を作っているため手際こそ悪いものの、その手順に大きな狂いはなさそうだ。俺も料理が得意な訳じゃないし、もしかしたらララさんに真面目に料理を教わっている東風さんの方が、既に俺より料理に詳しくなっているのかもしれない。

 それにしても他の三人と違って、東風さんだけは面倒臭がらずに家事をこなしてくれて本当にありがたい。


「偉いですね東風さんは、みんな面倒臭がってばかりなのに」


 東風さんはこちらを振り向いて、なぜか少し困った様な複雑な表情を浮かべた。


「この世界だと自由に冒険に行く事すらままなりませんし、私だって面倒だとは思っているんですよ。

 でも、その面倒に馴染む事こそが、この世界を楽しめるようになるコツなんじゃないかと思っているんです。ドラゴン・ザ・ドゥームのセオリーとはかけ離れてはいますが、そういうゲームバランスの世界なのでしょう?」


「ええ、そうですね。そんなふうに考えた事もありませんでしたが、だいたいその通りだと思います。

 ”ゲームバランス”っていうのはよくわからないですけど」


(異世界から来た人間に、この世界はそんな風に見えるものなのかな……)


 それは東風さんがこの世界に馴染むため、これから歩もうとしている道程を考えさせられる言葉だった。


「おや、東ちゃんも先に戻っておったか」


 不意に両手で野菜を抱えたべべ王が、ドアを足で開けて家に入ってくる。


「その野菜、村長さんに貰ったのかい?」


「そうじゃよ。畑仕事を手伝ったお礼だそうじゃ」


 べべ王は机の上に野菜を並べている。


「早速料理に使わせてもらいますね」


 切り分けた肉に塩を揉みこんでいた東風さんが、野菜を見て嬉しそうに目を細めた。


「そうしとくれ。

 わしはバンカーの風呂掃除を手伝いに行ってくるよ。急がないと食事前に泥を落とす事もできんからのぅ」


 べべ王は忙しそうに、再び家から飛び出して行ってしまった。


(あのふざけたジジイまで、こんなに村の生活に馴染めるなんてなぁ)


 べべ王は服装から言動までありえないほどズレていて、四人の中で最も非常識にすら見えるのに、適応力だけは人一倍高かったようだ。


(ドアを開けっ放しで出かけていくのは、どうにかして欲しいけどな)


「うわっ!」


 俺がべべ王が開けっ放しにしたドアを閉めようとノブに手をかけると、外から腫れた黒い顔がこちらを覗き込んでいた。


「”うわっ”てなんだよ!」


 不満そうに声を発したのは段だった。段の後ろから同じく顔を腫らしたイザネが入って来る。


「どうしたんです二人ともその顔は?」


 東風さんが料理の手を止めて、二人の惨状に目を見開いた。


「ジョーダンの奴が軽く拳闘のスパーリングしようって言うから、付き合ってやったんだよ。そしたらコイツ急に本気を出しやがって」


 イザネが段を睨む。


「お前が防御ばっかして、攻撃が全然当たんないからだろ!」


「冒険者を始めた頃からずっと防御中心の立ち回りしてたろ俺はっ! 今更なんだよ!」


「攻撃当たんないとイライラすんだよ! おいカイル、回復魔法してくれ」


 俺はため息を一つついて、ベッド脇に置いたカバンから魔導弓を取り出す。


「二人とも動くなよ」


 俺はヒールアローを生成して、まずはイザネの額に打ち込む。緑の回復の矢はイザネの眉間に命中し、淡い光を発し続けている。


(段は……顎でいいか)


「おい、俺のヒールアローの位置おかしくねーか?」


 顎の先にヒールアローをぶら下げた段が、俺に向かって文句を垂れる。


「顎が一番腫れてたんだから、しょうがないだろ」


 笑いを堪えながら、俺は自分のイタズラを誤魔化した。べべ王がこの場にいたら、珍妙な段の顔を見て、笑い転げていたに違いない。


「チッ、なら仕方ねーか」


 段はふて腐れたようにそう吐き捨てると、腫れた手首を顎のヒールアローに近づけて癒している。


「どうしたんだい、その手首は?」


「イザネにパンチしたら、手首を狙って払いのけて来たんだよ。パチーンって勢いよくな。

 おかげでパンチが全然当たらなくてよ、クロスカウンターを狙って一発で沈めてやろうとしたら、タイミングが合わずに相打ちになっちまったって訳だ」


 段の言う事を腕組みしながら黙って聞いていたイザネが、我慢できなくなったように口を開く。


「だから! 軽くスパーだって言ってたのに”一発で沈める”ってなんだよ!!

 だいたいジョーダンと俺とじゃリーチの差が大きいんだから、狙いを体の中心から伸ばした手足の末端に切り替えて攻撃するのが基本だろ」


「なるほどな」


 ポンと手を打って納得する段に向かって、イザネが呆れたように言葉を続ける。


「”なるほど”じゃねーよ。

 ルルタニアにいた時は、みんなが普通に大型モンスター相手にやってた事だろ? ボケてんのかよジョーダン」


 その言葉を聞いた途端に、不機嫌そうだった段の表情がより一層険しくなった。


「おいイザネ、まさか俺様に部位破壊をしてやがったのか?!」


「当たり前だろPvP(プレイヤー対プレイヤー)なんだから」


「当たり前じゃねーだろタコ!

 軽くスパーだって言ってたのに、オメーの方がえげつない事やってるじゃねーか!

 表に出ろ! 今すぐ続きをしてやる!」


「望むところだ! 二度もあんな出来損ないのカウンターが当たると思うなよ!」


(やばい! 二人とも負けず嫌いが暴走している!!)


 二人を止めてくれないかと、助けを求めるように東風さんの方に視線を送ったが、オドオドするばかりで何もできない様子だった。東風さんは二人の後輩だし、どうやら二人に頭が上がらないらしい。

 べべ王もいないし、ここは俺が止めるしかないようだ。俺は覚悟を決めて大きく息を吸い込んだ。


「続きをすんのは勝手だけどさ、今度は怪我しても回復魔法はもうかけないからな!」


 片手で持った魔導弓をゆっくり左右に振りながら俺が一喝すると、二人は渋々握りこぶしをほどいて矛(ほこ)を収めた。


「チッ!」


「フンッ!」


 こういう時、ヒーラーは立場が強い。

 東風さんはホッとしたように料理を再開し、段は自分のベッドにゴロリと横になり、イザネは東風さんの手伝いを始めた。


(帰ってきたらべべ王に一応このことを報告しておいた方がいいのかな? あれでもリーダーなんだし、パーティメンバー同士のいざこざは軽いものでも把握しといた方が間違いがないだろう)


 横を見ると騒動の張本人である段がもう寝息をたてていた。ゼペックのしごきとイザネとのスパーリングが堪えていたのだろう。


(そのうち俺にもスパーに付き合えとか言い出さないよな?)


 俺はそんな事を考えながら魔導弓をカバンに戻した。




 ……尚、その日の段は風呂からべべ王が帰って来てもまだ寝たままで、べべ王によって寝顔に炭で落書きをされ、食後に本日二度目の騒動を引き起こす事となった。

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