第十二話 非常識人里へ下る

※ 今回の話に含まれるネットゲーム用語が分からない人は以下の用語解説を参照してください。

https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16817330659090658567



         §      §      §



 基本的に人は趣味で群れる。小説の好きな奴・ゲームの好きな奴・アウトドアが好きな奴・スポーツが好きな奴、というように趣味の合う者同士でコミュニティを作るのが自然なのだ。

 だからこそ学校や職場など、趣味も考え方もまるで違う連中が集まる場のコミュニケーションは憂鬱だ。てんで合わない人々を無理にまとめるため、そこでは常識や規則ばかりが重んじられる。そして重んじれば重んじるほど、窮屈にストレスを増大させていくのだ。

 十中八九、これが都会がギスギスしている原因だろう。なにせ、より多くの人を一つに束ねる必要があるのだから。人が少ない田舎の村の生活に、憧れる人が増えるのも当然だ。

 それに比べ、オンラインRPGの人間関係は気楽なもんだ。そこにはゲーム好きの奴しかいないのだから。


 ~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~



         §      §      §



「値段が高くて手が出せなかったマジックポーションが、こんな素敵なしごきの道具になるなんて知らなかったっすよ、ジョーダン先輩!」


 俺は宙に向かってヒールアローを放ちながら、嫌味を吐いてやった。

 魔法を何百発も連発するなんて経験は初めてだ。そして、それがこんなにもキツイ事だったとは……、集中力が限界に近い。


「もう降参かよ」


 こっちを見てニヤニヤしている段が、クソ憎ったらしい。こっちは汗だくなのに、のんびりくつろぎやがって、このハゲが!


「そんなことないっすよ。まだまだこれからっすよ!」


「そうかそうか、そいつは……」


 減らず口を止めて、フワァ~~っと段が大きなあくびをする。俺がひたすら魔法を撃つところを眺めていただけで、この男は何一つしていないのだから退屈になってきたのだろう。


「……ところでお前が使える魔法って、どんなのがあるんだ?

 全部言ってみな」


「ファイアアロー・アイスアロー・サンダーアロー・ヒールアロー・ガードアロー・アタックアロー・キュアアロー。

 あとは基本魔法の武器引き寄せと、明かりの魔法くらいっすよ」


 俺はつっけんどんに答えた。ただでさえ魔法の撃ちすぎで疲弊しているのだ、会話に割ける神経の余裕はほぼない。


「アタックアローとガードアローってのは、バフだよな?」


「アタックアローは攻撃力と素早さ、ガードアローは防御力とスタミナの上昇っすよ」


 ふぅ~ん、と段が顎に手を当てる。


「なるほど、それは使えそうだな。

 武器引き寄せは昨日習ったが、明かりの魔法ってのはなんだ?」


「光の玉を生み出して辺りを照らす魔法っす。武器の先に付けると便利っすよ」


 明かりの魔法は、基本的かつ一般的によく知られた魔法だ。あまりにありふれていて”魔法の灯りを頼む”の一言でも通用してしまうため、小難しい正式名称で呼ぶ者すら滅多にいないほどに。ルルタニアとやらでは存在しない魔法なのだろうか?


「なんだそら? そんなのランタンがあれば足りる事じゃねーか?」


「ランタンより明かりが強いし、扱いやすいんだよ」


「もしかして、目つぶしに使えるのか?」


「光に弱いモンスター相手なら使えるよ。普通のモンスター相手には、目の前に光の玉を近づけでもしないと効果ないと思うけど」


 この魔法を覚えたての頃、光の玉を顔の前に近づけられた経験がある。ふざけた友人の仕業だった。俺は慌てて目を背けたが、暫くは瞼を開けるのに苦労したのを覚えている。


「そっちは使えねぇか……」


 段は詰まらなそうにそう言うが、彼が夢中になっていた武器の引き寄せ魔法よりよっぽど重宝される魔法だ。ダンジョンや夜間の冒険には必須と思っている冒険者も少なくないのだが……。


「そういやお前、空中に文字を描く時に力をまるで入れてないだろ。力強く宙に文字を刻むつもりでやってみな。ちったぁマシになるぜ」


 そういうと段はゴロンと横になって、帽子を顔の上に被せてしまった。

 こいつ、昨夜は寝るのをグズってべべ王と一緒に騒いでいた癖に、昼寝だけはもう覚えやがった。


「了解」


 俺は段の言う通り、宙に文字を刻むようにイメージして魔文字を描く。

 段は当てずっぽうで言ったのかもしれないが、マジックアーチャーの師匠から”ハッキリと文字を描いた方が威力が出る”と聞いた事もある。流石に文字を刻めとまでは言われなかったし、むしろ丁寧に描く事の方を重視するよう教えられたのだが、試してみる価値はあるだろう。


バチィッ


 生成中のマジックアローが音をたてて消える。

 確かに力強く刻む事を意識した方が強いマジックアローを作れるようだが、だからといって雑に描くと途中ではじけ飛んで消失する。もしこのやり方でマジックアローを生成するのなら、いつもより丁寧にしっかりと描くのも同時に意識する必要があるだろう。魔法の連発で疲れている今は、正直あまりやりたくない。


「下手くそ」


 あくび混じりの声で段がなじる。音だけで俺の失敗を察したらしい。


(うっせえな)


 段を無視して俺はもう一度マジックアローの生成を試みた。幸い俺は、手先の器用さに自信がある。飾り職の親父から仕込まれた指先の繊細な使い方が、魔文字を描くのにも応用できるのだ。


(ちょっと集中してやればこのくらい!)


ブゥ……ン


 いつもより鈍い音を立てて、太いマジックアローが生成される。


(よし!)


 俺はそれを魔導弓にセットし空に放つ。


シュッ……


 普段の倍近くあるマジックアローは、吸い込まれるように雲の向こうに消えていった。


「やるじゃねーか」


 帽子を顔に乗せたまま、微動だにせず段が言う。どうやら音だけで、魔法の出来不出来までが分かるらしい。他はともかく、この男の魔法のセンスだけは計り知れない。


「おう! こんなもんよ」


「けど、放つまでに時間が掛かり過ぎだ。もっとちゃっちゃと放てよ、ちゃっちゃと」


 心の中でガッツポーズを取ろうとした俺に、段が冷水を浴びせかける。


「わーったよ」


 俺はあえてぞんざいに言葉を返すと、再びマジックアローの生成から繰り返す。


(まてよ……、力強く刻むようにイメージして魔文字を描けば強いマジックアローを生成できるなら、わざと弱々しく宙に文字を描けば弱いマジックアローを作り出せるんじゃないか?)


 俺は早速試してみたが、弱く書きすぎると描いた文字が歪みマジックアローが形作られる前に崩壊してしまう。俺はギリギリ崩壊しないだけの魔力を保つよう気を付けながら、もう一度、丁寧に魔文字を描き直す。


(よし! 成功だ!)


 今にも掻き消えそうな弱々しいマジックアローを完成させた俺は、それを魔導弓にセットする。

 流石にこの頼りないマジックアローならば、規格外の凶悪な魔導弓でも強化しきれないのだろう。いつものように極太で剣呑なマジックアローには変化せず、並みのサイズのマジックアローに成長しただけであった。


(これなら、狩りにも使えるかな?)


 俺はそう思いながらマジックアローを空に放った。


フシュッ…………ン


「なんだぁ? その気の抜けたような魔法は」


 相変わらず寝たままの姿勢で、段が顔の上に被せた帽子を片手で持ち上げた。


「”気が抜けた”ってなんだよ? わざと加減して魔法を撃ったんだよ」


「はぁ? なんでそんな事してんだ?」


「狩りの時に、威力があり過ぎて魔法が使い物にならなかったろ。状況に応じて魔法の威力を調節できた方が便利じゃないか」


 俺は段の顔を覗き込むように、上半身を屈めて言い返した。


「それ、やめとけ」


「なんでだよ?」


 段は上体だけを起こして、首の後ろを掻きながらこちらを見る。


「癖になるんだよ、変に加減するのが。いざ最大出力の魔法が必要な時に、全力を出し損なっちまう。

 やるにしても……そうだな、加減して撃つ倍は、全力で撃つ練習をした方がいいだろう。

 けどよ、お前に攻撃魔法なんて求められてねーから、そもそもそんな練習する必要すらないぞ。回復魔法やバフ魔法を加減しても意味ねーしな」


「それってどういう意味だよ?!」


 俺は段の言いざまに少しムッとして尋ねる。この魔導弓で強化された攻撃魔法なら、戦力にならない訳がないだろうに。


(まだ未熟だからってバカにするつもりなら、俺の魔力が成長した後で目にもの見せてやるからなっ!)


「いいか、攻撃魔法なら俺も使えるんだよ。イザネも東風も攻撃に参加できるから、魔法の威力が強過ぎるっていうのなら、あいつら物理攻撃を頼ればいい。

 そしてべべのジジイは、大盾装備の防御特化型の騎士だ。騎士だから神聖魔法で多少は回復ができるとはいえ、タンク用のスキル構成だからたかが知れてる。

 俺達のパーティの中で最もヒーラー(回復役)に適してるのは、お前なんだよカイル」


 それは、俺にとって予想だにしない話だった。みんなが桁外れに強過ぎるから、今の俺が戦いで頼りにされるなどと夢にも思わなかった。


「まだ訓練も初日ですし、少し気が早いのではありませんかジョーダンさん。

 アイテムボックスが呼び出せないこの世界ではポーションを持てる量が限られますし、ヒーラーが重要になるのも分かりますけど」


 傾きかけた日を背にして東風さんが倉庫の方から歩いて来た。段は東風さんの方に首だけを向ける。


「そんなことはねぇさ、東風。こいつは、あの弓に相応しい冒険者になるつもりなんだ。

 あのドラゴンズ・ドゥーム最強のレイドボス暗黒龍の素材を使った弓を使うのならば、適正レベルは180近辺……つまり俺達と同格になるまで鍛えなけりゃ釣り合わない。

 だから、今からそのつもりで扱ってやるべきなのさ」


 本当に考えが足らなかった。

 俺はただただ自分に与えられた力にとまどい、それを持つに相応しい者になりたいと願っただけだった。それが、この四人と同じ強さになるまで叶わぬ事なのだと、気づきもせずに。


(……今更、吐いた唾は飲めないよな)


 うつむきかけた俺の顔を、段が覗き込む。


「ほれ見てみろよ。覚悟が決まってるせいか、ちょっとはカイルも顔つきがまともになってきたぜ」


「おいおい、まだ一日も経ってないのに、そう簡単に顔まで変わるかよ」


 発破をかけるための冗談とはわかっているが、少々照れくさかった俺は努めて陽気に答えた。


「ははははは。

 ところでジョーダンさん、カイルさんをお借りしてよろしいですか? 今から夕食の食材を探しにいくのですが、私では食べられる野草や木の実の区別がつかないんですよ」


 東風さんの提案はもっともだ。

 肉はまだまだ余っているし、仮に足らなくなったとしても数切れなら街で買った干し肉を足す事もできるのだが、野草や木の実の類は殆ど残っていなかった。午前中は不慣れな東風さん一人に採取を任せてしまったが、今回は俺がついて行って食べられる植物をちゃんと教えるべきだろう。


「しょうがねーな。

 カイル、今日は解放してやるから、しっかり東風を手伝ってやれよ」


 段は杖を支えにして立ち上がり、そのままクラン拠点の広間に続くドアをくぐる。


「では、行きましょうか」


「ちょっと待って下さい!」


 さっそくクラン拠点の門を出ようとする東風さんを、俺は慌てて呼び止める。


「先にトイレ行ってきます。マジックポーションの飲み過ぎで、お腹がタプタプなんですよ」


 俺は段を追うように扉をくぐり、急いでトイレを目指した。



         *      *      *



「先ほどから赤い実ばかり摘んでいますが、赤い実ならば全て食べられると考えていいのでしょうか?」


 森の中で見つけた木苺を摘みながら、東風さんが俺に尋ねた。


「そんな事はありませんよ、渋くて食べられない実もありますから。ほら、茂みの向こうの木になってる小さな赤い実がそうです。

 小鳥だったら渋い実でも、平気でよく食べてるんですけどね」


 俺は小さな赤い実を咥えて飛ぶ鳥を見上げ、指をさした。パタパタというかすかな羽音と共に、緑色の鮮やかな羽がゆっくりとこちらに向かって落ちてくる。


「なるほど、勉強になります」


 俺は東風さんの方をちらりと見た。


(そうだ、さっき聞いた事を尋ねておこう)


「東風さんってイザネの弟子なんですか?」


 一通り木苺を積み終わって腰を起こした東風さんに、俺はそう話を切り出した。


「ジョーダンさんから聞いたんですか?」


「いえ、べべ王とイザネから聞いたんですよ」


「そうですか……。ええ、そうですね、弟子と言ってもいいかと思いますよ。

 イザ姐の方は、そう思っていないようですが」


「じゃあ、べべ王の言う通り、東風さんは俺の兄弟子って事になりますね」


「あははは、確かに。

 でも私なんか、不肖の弟子もいいとこですよ」


「そんな事ないですよ。イザネは、東風さんの方が自分より強いとまで言ってましたよ」


 素直に喜んでくれるかと思ったのだが、東風さんはそれを聞いて難しい顔をする。


「……そうですね。

 今の私ならイザ姐に勝てる可能性はあると思いますが、もしイザ姐が私と同じ忍者にジョブチェンジしたのなら勝てるとは思えません。

 忍者の戦い方を私に教えてくれたのもイザ姐ですし、あの人くらい上手に忍術を扱える自信もありませんから」


「なんでもできるんですね、イザネは」


「センスがいいですし、私とは経験も違いますからイザ姐は。

 こだわりがあるから基本ジョブの戦士をずっとやっているだけで、本当はなんでもこなせると思いますよ」


「こだわり?」


「あえて基本ジョブの戦士を極めてみたいのだとか。

 その修行のためにルルタニアでは、結構無茶な事にもチャレンジしてましたよ」


 東風さんはイザネの事になると、やたらと嬉しそうに話す。彼女に恩を感じ、心底慕っているのだろう。俺も実際にイザネに武術を習ってみて、その気持ちが良く分かる。


「そろそろ急ぎましょう。少し暗くなってきましたよ」


 空の色が濃くなったのに気づき、俺は話を切り上げる事にした。東風さんもノリノリだし、もう少し話を続けていたかったのだが仕方ない。


「これはうっかりしていました。そういたしましょう」


 東風さんは採取用の袋の口を結わえて閉じると、それを腰に下げて歩きだす。


(暗くなる前に、もう少しハーブも集めておきたいな……)


 俺と東風さんは、次の食材を求めて森を再び彷徨い始めた。



         *      *      *



 村に持っていく物はヒールポーション・マジックポーションを各自多数。昨日べべ王が作成した生活用品とルルタニアのコイン10枚。余ったイノシシの肉。あとは、各自思い思いの品を少々。

 それは昨夜の話し合いで、最低限の量に絞り持っていく荷物を決めた結果であった。


「よっこいしょっと」


 俺は昨日の特訓で筋肉痛だらけの体に、大きなバッグを背負わせて立ち上がった。中には特訓用のマジックポーションが山ほど入っている。

 朝食後、俺と一緒にクラン拠点の門の外に集合しているのは、べべ王と段とイザネの三人。東風さんはまだ拠点内で、出発前の片づけをしている。


「昨日も言ったが、村に行ったら変な行動はするなよ。

 旅商人に紹介して貰えなかったら、ガチで街に入る手段が消えるからな!」


 俺は村への出発前に、三人に向かって念を押した。


「おいおい、俺達がいつ変な行動をしたよ?」


 それは本気で言っているのか、段?


「物を口に入れたまま大声でしゃべったり、トイレで全裸になったり、人がうんこしてるとこ覗いたりすんのはやめろと言ってるんだよ! 考えなしに魔法を使って、森を火事にするなんてもってのほかだ!」


「つまんねー事を覚えてんのな、おまえ」


「そのつまんねー事を間違えても村でするんじゃねーぞ、つってんだよジョーダン」


 俺は段に凄んでみせるが、段は”おー怖い”とわざとらしいリアクションをして俺をからかう。


「村のNPC相手に間違った選択肢を選ばなきゃいいだけの話だろ、ちょっと大袈裟過ぎないか?」


 イザネがあくび交じりに口を開く。一昨日徹夜したせいで生活のリズムが狂い、寝不足気味なのだろう。

 が、問題はそこではない!


「NPCが、なんだって?!」


 NPCというのは確か、話しかけても一定の行動しかしない、同じ役割しかしない人の事だ。当然リラルルの村に、そんな奴が居る訳がない、

 昨夜のうちに一通り説明したつもりだったが、まだ村の事を勘違いしたままのようだ。


「なにを大袈裟な。NPCくらいこの世界にもおるんじゃろ?」


「だから、いねーよそんな奴!」


 俺はべべ王に条件反射で即答した。


「じゃあPC(プレイヤーキャラクター)とモンスターと環境生物しかいないのかよ? NPCもなしで、どうやって村や町が作れるんだよ?」


 イザネが不思議そうな顔で尋ねる。彼女の中で、村や町とはどういう場所なのだろう?


「だから、なんと言われようとNPCなんていないんだって。

 どうやってって言われても、それで村を作れてるんだから仕方ないじゃないか」


 ああもうっ! 勘違いがここまで激しいと口では説明しきれない。不安ではあるが、実際に村を見てもらうしかないだろう。


「まぁ、いいじゃろう。

 NPCがいないのであれば、その分、悪戯できる奴が多くいるということじゃ。リアクションが楽しみじゃのう」


「だから、そういう事はすんじゃねーって最初に言っただろジジイ」


 俺がべべ王を叱っているとクラン拠点の門が開き、最後の確認をしていた東風さんが姿を現した。


「お待たせしました。火の消し忘れもありませんでしたよ」


 村に行ったら、東風さんだけが本当に頼りだ!

 いや、イザネもまだ大丈夫な方なんだが、問題は段とべべ王なのだ。こいつらが素直に俺の忠告を聞くタマだったら、どんなに気が楽だった事か。

 山ほどの不安を抱えたまま、俺は非常識人達を引き連れ村を目指して出発した。



         *      *      *



「あれがリラルルの村だよ」


 俺が指さした先には村の入り口と、門番をしているダニーとクリスの姿があった。ダニーのツンツンと無暗に前髪を逆立てた頭は、遠くからも悪目立ちしている。二人はすでにこちらの姿に気づいているらしく、警戒……というよりむしろ動揺している様子だ。


(東風さんは、遠くからでも目立つからなぁ……)


「カイルさんの言った通り、NPCではないようですね。こちらを見て、なにやら警戒しているようですよ」


※ 挿絵

https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16817330659090612859


 東風さんは”自分が”警戒されているとは、夢にも思っていない様子だ。

 いや東風さんだけではない。べべ王も段も近づいたら、その恰好の異様さから警戒されるに違いないのだ。

 三メートル近い大男と、金の鎧を着て人面盾を持った王様かぶれと、いかにも怪しげなマッチョソーサラー。これが警戒されない筈がない。

 考えてみればこの四人の中でまともに見えるのは、普通にシャツとズボン姿のイザネだけだ。


「俺がみんなの事を二人に紹介するから、くれぐれも余計な行動は……」


 俺は後ろを振り返り四人に話しかけたつもりだったのだが、そこには既に三人しかいなかった。


(べべ王はどうした?!)


 周囲を見回すと、リラルルの村……というより門番の二人に向かって軽快に走っていくべべ王が目に入った。

 おいバカやめろ!……と思った時にはもう遅い。


『王である!』


 べべ王おなじみのセリフを聞いて、俺は思わず額に手を当てる。


(第一印象は最悪と考えねばなるまい)


 うつむく俺の耳に、クスクスと混乱するダニーとクリスをあざ笑うべべ王の声が聞こえてきた。



         *      *      *



「カイルなにしてたんだよ!

 デニムからだいたいの事情は聴いてたけど、丸一日経っても帰ってこないから心配してたんだぜ。そろそろ探しに行こうかって相談してたところだ」


 俺の後ろに隠れて未だにクスクス笑うべべ王を、ダニーは話しながら横目で見ている。べべ王は余程二人の驚くさまが面白かったのか、笑いが止まらない様子だ。


「この四人に、この世界の事を説明してたんだよ。丸一日かけて」


 俺はべべ王を肘でつついて黙らせながら、ダニーに答えた。


「ああ、うん、そうか。異世界から来たって話は本当みたいだし、大変だったろうな、それは」


 今しがたのべべ王の奇行を見たからだろう、ダニーは俺の苦労をすぐさま察してくれたようだ。


「な、なんかあたしに用ですか?」


 ふと脇をみると、イザネにじろじろ見られてクリスが困っている。


「いや、お前が本当に戦士なのかって思ってさ」


「ただの村の門番ですけど?」


 風で乱れた紫がかったロングヘアーを後ろに払いながら、クリスが不機嫌な声を出す。


「そういう事じゃねーよ」


 イザネはクリスの剣を指さす。


「お前、剣に引きずられて体幹が傾いてるじゃねーか。そんなみっともない奴は、見た事ないからさ」


 確かに体格にも腕力にも優れぬクリスは、重い剣を持て余しているように見える。しかしそれを初対面でドストレートに指摘するのは、流石に遠慮がなさ過ぎだろう。

 俺はすぐさま止めようと思ったが、既にクリスがイザネにくってかかった後であった。


「あなただって小さいのに、そんな重そうな武器を持ってるじゃない。

 ほっといてよ!」


 クリスがイザネのメイスを指さした。

 自分より小柄なイザネが重そうな武器を持っているのだから、そう思うのが当然だろう。が、相手が悪い。


「俺は逆に、普通の剣だと軽すぎるんだよ」


 イザネが、ヒョイと二本の指でつまむようにメイスを持ちあげてみせる。


「この世界に装備のレベル制限もジョブによる武器制限もないのは知ってるけどさ、せめて自分が扱いやすい武器を持った方がいいんじゃないかな。

 試しにその剣でちょっと素振りを……」


 怪力に驚いて目を丸くするクリスに、イザネは尚も話を続けようとしていたが……。


「まぁまぁイザ姐、それは後でもいいじゃないですか」


 ……東風さんがイザネをなだめてくれた。

 続いてクリスとダニーを見下ろすように向き直り、東風さんは話を続ける。


「おおまかな事は既にお聞きしているようですが、我々はクランSSSRの者です。

 ここの村長様に相談したい事があって伺いましたが、ご都合はよろしいでしょうか?」


 本来こういう役目はリーダーであるべべ王がすべきなのだが、段と二人でなにやらおしゃべりをしている最中だった。


「マジかよ!? 門番なんて、一言二言NPCにしゃべらせるだけで十分だろ!」


「この分だと、本当に村中全てがPC(プレイヤーキャラクター)と考えてもよさそうじゃ。何人か、クランにスカウトできるやもしれんぞっ!」


 よほどNPCがいない事が珍しかったらしく二人で興奮しているみたいだが、リーダーとしては落ち着きがないことこの上ない。


「あ、はいわかりました。俺が村長のところへ案内します」


 ダニーは東風さんに若干委縮しながら答え、クリスに門の警備を任せると村長の家の方へと歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る