第十三話 ルルタニア英雄譚

         §      §      §



 ゲームの自慢話を、そのゲームに全く興味のない相手にしてしまった経験はあるだろうか?

 はい、と答えた人……ご愁傷様。


 ~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~



         §      §      §



「これが大猿の指です。確認してください」


 俺はブライ村長の前に、塩漬けにした大猿の指の入った袋を置いた。


「指……か」


 ブライ村長は、俺が差し出した袋の中身を確認して呟く。

 一昨日、大猿対策を相談していた村長宅の一室に、今は異世界人達と村長と俺の六人がテーブルを囲んでいる。

 昼だというのに相変わらずここは薄暗い。広いだけが取り柄のこの部屋は、会合を開く以外に使い道もなさそうだ。


「顔は潰してしまいましたので」


 村長はちらりと東風さんの方を見る。たぶん東風さんが馬鹿力で大猿の頭を潰したと思っているのだろう。東風さんは、二つの椅子に大き過ぎる腰を乗せて見下ろすように村長と俺のやり取りを眺めている。


「ま、いいだろう。

 デニムから全ての報酬を君達に渡すように言われているが、ゴブリン退治の報酬でさえ今の村にはギリギリなのだ。すぐに全額払うのは難しいので、残りは後払いにしたいのだが、よろしいか?」


 村長は金が入った袋を俺達に差し出した。ジャラリという硬貨が擦れる音が、少しむせる部屋に響く。


「そういう事であれば、こちらからも頼みたい事があるのじゃが聞いて貰えるかの?」


 さっきから不機嫌そうにしていたべべ王が、にわかに交渉に参加する。

 村長に向かって『王である!』しようとしたのを羽交い絞めにして止めた事を、まだ根に持っているようだ。


「実は暫くの間、この村に住まわせて欲しいのじゃ。もし了承して頂けるのなら、逆にこちらから金を払おう」


 べべ王はそう言うとルルタニアのコインを一枚、村長が差し出した袋の横に置く。ブライ村長はそれを手に取り暫く眺めた後に、机の上に戻した。

 小ぶりではあるが金の含有率が高い事が瞬時にわかる重量、歪みも鋳型の跡も全く見られない造形、模様は単純であるものの隙がなく正確な図案である事。村長の表情からは、その全てを読み取ってコインの価値を理解し、驚愕している様子が見て取れる。が、彼はそれを受け取ろうとはしなかった。


「これを頂くつもりは、ありません。

 というより、むしろこちらからもあなた方にお願いしたい事があるのです。それを聞いて頂けるのなら、金などいりません」


 ブライ村長はコインへの未練を断ち切るように深く息を吐き、姿勢を正してから言葉を続ける。


「……暫くではなく、ずっとこの村に住んで頂くわけにはいかないだろうか?」


 村の住民が殆どいなくなった今、それを少しでも補うことが村長として当然の望みだろう。それに大猿一匹のために大半の村民が逃げ出すハメになったのだから、再びモンスターの脅威に村が晒される事も恐れている筈だ。

 大猿をも倒した召喚者が村を守ってくれるとなれば、今後どんなモンスターが出てこようと安心できる。村を守るのが素人同然のダニーとクリスだけでは、村の安全などあってないようなものだ。

 しかし、この条件をべべ王は呑むつもりなのだろうか? 彼等の目的は、俺も未だに良く分かっていない。だが、どんな目的があるにせよ”リラルルの村にずっと住み続ける”というのは、後々の足枷になりはしないだろうか?


「ええよ」


 俺の心配をよそに、あっさりとべべ王は要求を呑んだ。


「わしらの大切なクラン拠点が森にある以上、どのみちこの周辺から離れる訳にはいかん。この村にずっと住めるなら、それはわしらにとっても願ってもない事じゃ」


 べべ王の言葉を聞きブライ村長の表情が緩む。心強い用心棒を村に迎える事ができのだ、無理もない。


「ところで、この村には旅商人は来るのかの?

 わしらはこの世界でも冒険者を続けるつもりなのじゃが、街の冒険者ギルドにこのままでは行く事すらできんのじゃろう」


(今それを口にするのかよ……)


 俺が危惧したとおり、ブライ村長はべべ王を訝しむように表情を曇らせる。


「なるほど、街へ行く旅商人の一行に混ぜてもらい、そのついでに街への一時的な滞在許可を得たい訳ですな。

 念のために聞いておきますが、冒険者ギルドに登録したらそのまま街に住むという事は……」


「ありえんのぉ、それは。長年努力して発展させてきたクラン拠点を棄てる事など、わしらにはできんよ」


 それを聞いてブライ村長は再び安堵の表情をみせたが、何かに気づいたかのように俺の方にも視線を向ける。


「カイルくんはどうするんだ? 君はクラン拠点とやらに無縁だろうし、もともとゴータルートの街に住んでいたのではないのか?」


「俺にあの街に住む理由はありませんよ。僕も村民に加えてもらっていいですか?」


 ブライ村長は”もちろんだ”と笑顔で頷いて、村に住む許可を俺にも与えてくれた。

 親父と喧嘩し、家出同然の状態で俺は冒険者となったのだ。街に自分の居場所がある訳でもなし、もう未練などない。この村で暮らせるのならば、いっそその方がせいせいする。


「そんな事よりおっさん、旅商人はいつ来るんだよ?」


 痺れを切らしたのか、唐突に段が口を開く。村での生活などよりも、早くこの世界で冒険がしたいのだろう。それにしても……。


(こいつは礼儀を知らねーのかよ!)


 俺は段を横目で睨んでやったが、ブライ村長は奴の無礼を気にしていないようだ。上機嫌な笑みを絶やす気配すらない。


「一か月後に、この地方伝統のファルワナの祭りがあります。そして、その前日にはいつも旅商人がこの村に立ち寄るのです。その時にでも、知り合いの商人に皆さまを紹介する事にいたしましょう。それでよろしいですか?……すいませんがお名前を」


「俺様は大上=段だ。

 仲間からはジョーダンと呼ばれているし、そっちで呼んでくれればいい」


「ではジョーダンさん、そういう事でよろしいですか?

 我々にできるのは紹介するまでで、皆さまを雇うかどうかは商人達の判断ということになりますが」


「構わないぜ。俺はイザネっていうんだ、よろしくなブライ村長」


 差し出されたイザネの手をブライ村長が握り返す。


「こちらこそ、よろしくイザネさん」


「そういえば、わしもまだ名乗ってなかったのぅ。

 わしはべべ王、隣のでかいのが東風じゃ」


「……王!?」


 べべ王の名を聞き村長が目を見開く。

 ”王”だなんて名乗られれば、畏れおののくのが当然だろう。支配階級の人物に会う機会など、田舎の村長にある訳がない。むしろ、なんでこのジジイが王を自称しているのか訳がわからない。


「このジジイが勝手に名乗ってるだけだ。気にすんなよ」


『王である』


 段のフォローを台無しにするように、べべ王が胸を張って主張する。


「は……はぁ?」


 反応に困る村長を見て満足げにクスクス笑うべべ王。なんでうまく話がまとまったところで混ぜっ返そうとするんだうな、このジジイは。


「あの、村に住む事が決まったのなら折角ですので、これから我々が住む家を選びにいきませんか」


 東風さんの声で、呆けていた村長さんが我にかえる。


「ちょっと待ってください。もうそろそろお昼ですが、食事はどうします? もしよろしければ、バンカーの宿でご一緒にどうでしょうか。

 家探しはその後でも構わないでしょう」


「気が利くじゃねえか、おっさん」


 流石に俺は、村長に不遜な口を叩き続ける段の袖を引いて睨んだ。


「いい加減にしろよジョーダン。さっきから村長に失礼だぞ」


「そうかい? 気付かなかったが、そういうもんなのか? まぁ、不慣れなんですまねぇな」


 軽く頭を下げたものの、あまり反省した様子のない段に俺はため息を漏らしていた。

 べべ王が最初から本音をぶちまけるような交渉をしたのは、むしろ正解だったのだろう。この調子なのだから、段に隠し事ができたとは思えない。


「飯を食うなら早く行こうぜ」


 イザネがさっさと席を立つ。


(そういや、こいつも礼儀とは無縁の性格だった……)


 東風さんは礼儀正しいし、べべ王も性格はともかく礼儀を心得ていて必要に応じて態度を切り替えている。

 この村で生活するうえで問題なのはイザネと段で、べべ王は存外上手くやっていけるのかもしれない。



         *      *      *



 村の宿、”寝転ぶウサリン亭”の前に着くと、主のバンカーさんと妻のララさん、そして母の後ろに隠れるようにしてメルルが扉の前で待っていた。

 あらかじめブライ村長がダニーを使いによこして、昼食を作って待つよう伝言しておいたのだろう。


(つまりブライ村長は、俺達と話し合いを始める前から村に住まわせるつもりだったって事か)


 話がまとまってからここへは寄り道せずに来たし、ダニーと別れたのが村長の家に着いてすぐなのだから、そうでなくては計算が合わない。


「ねーママ、誰が召喚勇者さまなの?」


 俺達が挨拶をする前に、メルルがララさんを見上げて尋ねた。べべ王達を知った今となっては嘘と分かっているが、異世界からやって来る者は”勇者のみ”と伝えられている。そう思うのも無理はない。

 ララさんは急いで娘になにかを小声で囁きおとなしくさせたかったようだが、その一言を聞きつけた段の方はおとなしくなかった。


「俺達は勇者じゃない。異世界から来た冒険者さんなんだぜ」


 段が身を少し屈めて、メルルを上から諭すように言い聞かせる。


「どおして勇者様じゃないの?」


 純粋な瞳でメルルに問い返され、段が困惑の表情を浮かべる。

 大の男が10歳に満たない女の子にたじろぐ光景はおかしなものだが、むしろこの世界に対する知識量の差を考えれば当然の結果だろう。段の知識は2日分しかない。おまけに、どうやって自分達がこの世界に来たのかも、まるで知らない様子なのだから。


「どおして、って言われてもな……」


 答えに詰まる段の横から、イザネが顔を出す。


「もしかして、この世界には勇者ってジョブもあるのか?」


「そんなクラスはないよ。異世界から召喚される者達は、みーんな勇者様とされてるんだよ」


 イザネの問いには、俺が代わりに答えた。

 それにしてもメルルは、段に対しても怖気ずく様子がまるでなかった。眉の無い色黒マッチョマンに見下ろされても平気とは、イザという時に腰が引ける父親のバンカーさんとは偉い違いだ。メルルが物を知らないが故の、怖いもの知らずかもしれないが。


「あの、お話は中でしてはいかがですか? 折角の料理が冷めてしまいますわよ」


「さあ、どうぞ中へお入りください」


 バンカー夫妻が、急かすように俺達を宿の中に招く。

 ブライ村長は夫妻に軽く挨拶をしてから皆を先導するように宿の戸をくぐり、俺達もその後に続いた。最後に東風さんが身を屈めるようにしてドアを潜ると、バンカーさんが東風さん用に椅子をもう一脚追加で運んでくる。


「わざわざすいません」


「あんたみたいなデカい客は初めてなんで、こっちに不手際があっただけの事さ」


 軽く頭を下げた東風さんに、バンカーさんも笑顔で応じる。一昨日の朝にはバンカーさんの体格の良さに感心したものだが、東風さんと並ぶと大人と子供ほどの体格差に呆れる他ない。


「バンカーだ」


「東風と申します。

 よろしくお願いします、バンカーさん」


 バンカーさんが差し出した手を握って東風さんが答える。それは数秒の出来事ではあったが、東風さんのバカでかい掌に利き手を預けたバンカーさんは、なんだか落ち着かない様子だった。


「あたしはララよ。よろしくね東風さん」


 俺達のテーブルに料理の皿を並べながらララさんが挨拶をする。皿から漂う料理の臭いが気になり覗いてみると、大きな野菜がゴロゴロとスープの中に転がっていた。一昨日の朝に食べた質素なスープとは比べるべくもない。俺達を歓迎するため、精一杯豪華な料理を作ってくれていたのだろう。


「俺様は大上=段だ。ジョーダンと呼んでくれ」


 真っ先にララさんの挨拶に答えたのは、段だった。


「イザネってんだよろしく」


「べべ王じゃ」


「王……?」


 驚いて皿を並べる手が止まるララさんの様子を見て、べべ王の目が光る。


『王であ……


(させるかよ!)


 俺はべべ王の髭を横から引っ張って阻止をする。


「カイルよ、そこ引っ張らんでくれんか。ちょっと痛いぞ」


「村でバカな真似すんなって言っといたよなジジイ」


 ふと見ると、俺とべべ王のやりとりを見たメルルが向こうでクスクス笑っていて、奇妙な事にべべ王も笑うメルルを見ながら満足そうな笑みを浮かべている。

 人を嘲笑うだけでなく、自分が笑われる事も、このジジイにとっては快感なのだろうか?


「なぁ、あの子はなんていうんだ?」


「娘のメルルです……。

 あ、あの、その方は王族なのですか? 金の鎧を召しておられますし……」


 イザネに答えるララさんの手が震えている。べべ王はシャレのつもりで言っているのかもしれないが、庶民にとって王族とはそれほど畏れ多い存在なのだ。貴族達共々、俺にとってはそれがむしろ気に食わないのだが。


「その人が勝手に王を名乗ってるだけです。気にしないでいいですよララさん」


 俺はうんざりしながら、急いでララさんの誤解と手の震えを解いた。



         *      *      *



「最初のボス敵はオーク(豚の顔を持つ亜人)の軍団長マーガックだったのぅ」


 ブライ村長が四人に異世界での冒険の事について訪ねてみたのだが、その話は荒唐無稽のおとぎ話の枠さえ超えたものだった。

 東風さん以外は既に食事を終え、ララさんが東風さんにのみ新たな料理の皿をテキパキと運んでいる。


「このマーガックというのが強いオークでのう、ルルタニアの歴戦の騎士団が皆でかかっても、なんとか退けるのがやっとという有様じゃった」


「そんな強いオークをどうやって倒したんですか?」


 ブライ村長の問いに、イザネがずいと身を乗り出す。


「いくら強いと言っても攻撃が多彩な割に単純だから、見切って捌くのはそこまで難しい事じゃない。

 気を付けなければいけないのは、あいつが物凄い勢いでラッシュをかけてきた時だ。大抵の奴はそれを防げずにやられちまう。下手に逃げようとしても、ちょっとかすっただけで巻き込まれて致命傷だ。

 だから俺はそれに対抗すべく特訓して、ラッシュを全部見切って防いでやったんだよ」


 少し興奮しているのだろうか、イザネが普段よりも早口になっている。

 そして今、イザネの話に最も熱中しているのはメルルだった。バンカーさんの膝の上で、メルルはこれ以上ないくらい目を輝かせている。


「あいつのラッシュには、いくつかパターンがあってな……」


 とうとうイザネは、愛用の丸盾を取り出して実演を始めた。イザネの持つ盾は、まるで見えない敵の攻撃を防ぐかのように宙を舞っている。


「……この次の突きのタイミングが難しいんだが、それさえ見切れれば全段ジャストガードで防げるぜ。そしてラッシュで疲れて動きの止まったマーガックの野郎に、みんなで総攻撃すれば余裕で勝てるぜ」


※ 挿絵

https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16817330659665874133


「マーガックとの最終決戦はキメラも引き連れておったから、一人で相手するにはそれでもしんどいがの。

 わしが囮になってキメラと雑魚オークを引き付けてこそ、可能になった戦法じゃったな」


「キメラだって!」


 べべ王の口から飛び出したその魔獣の名に、俺は驚きを隠せなかった。

 複数の動物を合成させた魔獣キメラは、獣のどう猛さと、魔力を兼ね備えた危険極まりないモンスターだ。キメラ退治なんて、俺は吟遊詩人の語る英雄譚でしか聞いた事がない。ランクの高い冒険者達を訪ね回っても、やっと聞けるかどうかというレベルの話だ。


「なに驚いてるんだ? マーガックの方がキメラよりよっぽど手強かったぞ。

 黒ヤギの頭が放つ魔法は厄介だったが、それさえ気を付けてれば問題ない。飛び掛かってくるキメラをどう躱せばいいか分かってしまえば楽勝じゃねーか、あの程度のモンスター」


 段はさも当たり前の事のように話すが、ライオンの頭と四肢を持つキメラの突撃をどうかわしていいものか俺には検討もつかなかったし、それ以上の強さを持つオークなど信じる事もできなかった。


「次に相手にしたのは、デア=マーデスという神に封印された魔術師じゃったな。

 なんでも世界を自分の考えた理(ことわり)どおりに造り替えようと企み、王を金竜の姿に変え、ルルタニアの守護神である銀竜様に対抗させたのじゃ。

 その結果、銀竜様の怒りに触れて浮遊大陸に封印されたのじゃが、こいつが復活してルルタニアを襲ってきたのじゃ」


「まてまてまて、その魔術師もお前等が退治したなんて言うんじゃないだろうな?」


「倒したに決まってんだろ。デア=マーデスはシーズン2のボスだったんだから」


 俺は自分の常識の枠に収まる回答を望んでいたのだが、イザネは事も無げにその望みを打ち砕く。竜を作り出す魔術師を倒すなど、おとぎ話の竜退治の英雄さえも凌ぐ話なんじゃないのか?


「手強い魔術師だから、封印を守って復活を防ごうって計画もあったんだがな。まぁ、そういう計画は大抵失敗して直接対決する羽目になるのが、お約束ってやつだよな」


 段が言ってる事の意味が俺には全くわからない。なんで封印が解けるのがお約束なんだよ?


(普通は絶対に解けないように封印をかけるものだろ? それも守護神のかけた封印なんだろ?! だいたいなんで、そんなに話のスケールがでかいんだよ?!)


「そうそう、デア=マーデスが龍に変えた王とも戦う羽目になったんだよな、その直後に。結局は直接倒す方が早いんだよ、ああいうのは」


(ああ、こいつらは龍殺しの英雄なんて、もうとっくの昔に超えてしまってるんだな……)


 イザネのダメ押しで、俺はようやくその事実を受け入れた。いや、諦めたと言った方が正解か。


「すごい、すごーい!」


 熱心に話を聞いていたメルルが、バンカーさんの膝の上で拍手する。


(確かに子供は喜ぶよな、こういう話は。しかもその英雄級の人物が、実際に目の前にいるんだから)


 だが俺は自分との格差を再度認識させられとても喜ぶどころではなかったし、ブライ村長もまるで毒気を抜かれたような顔をしている。

 頼もしい用心棒を村に引き入れたと喜んでいたら、それが想像したより遥かにトンデモナイ連中だったので、村長は驚き戸惑っているのだろう。口髭をヒクヒクさせている村長には気の毒だが、覚悟を決めて貰うしかない。こいつ等はもうすっかりこの村に住みつく気になってしまっている。

 俺にしたって、さっきの話を聞いて目標が益々遠ざかった気分だ。俺がこの四人と肩を並べるには、生涯の全てを鍛錬に捧げてなお不足なのではないだろうか? 考えたくはないが、俺が俺の魔導弓にふさわしい実力を身に付けるというのは、永遠に叶わぬ夢なのかもしれない。


「と、東風さんも食べ終わったようですし、おしゃべりはこのくらいにしてそろそろ皆さんが住む家を選びに行きましょうか」


 気を取り直すように咳払いをしてから、ブライ村長が話を切り上げようと試みる。


「えー! まだシーズン2までしか話してないぜ」


 イザネは不満を漏らすが、もう勘弁してやってくれ。村長さんの頭がオーバーヒートしちまう。


「『与えられし糧を我らの光とする事を許し給え』

 食物を育んだ環境や調理した者が多くの光を宿していると、それを食べた時に宿す事のできる光も大きくなる……、まさにこの祈りの言葉のとおりでした。

 この料理を作ったララさんもまた多くの光を宿していたのですね。とてもおいしく、そして力が溢れてくるような料理でしたよ」


 東風さんはコップの水を飲み干すと、ララさんに向かって大袈裟に礼を言って席を立つ。あまりに大仰な褒めようにララさんはすっかり照れてしまった様子だ。

 東風さんの性格から察するに、世辞ではなく素直に料理に感動したのだろう。この村で採れた新鮮な野菜の味が際立った、本当に丁寧な料理だった。


「おいおい東風さん、俺の女房を口説くのは止めてくれないか?」


 東風さんを見上げるバンカーさんは、苦笑いを浮かべていた。



         *      *      *



「まいったな。人が住まなくなってから随分経ってしまったせいで、想像以上に痛んでいる家が多いようだ」


 数件目の空き家を覗いてブライ村長がぼやく。


「それに、埃も溜まってますね。今日中に掃除するのは難しそうです」


 俺もそう言って、村長に相槌を打つ。


「今日のところはバンカーに頼んで宿に泊めて貰う事にするが、それでよろしいですかな?」


「わしらは構わんよ」


 空き家の窓を覗きながら、べべ王が答えた。


「今まで見た家の中じゃ、二軒目の家が一番よさそうだったかな?」


「俺様もあの家でいいと思うぜ」


 イザネと段は既に住む家の目星を付けていたようだ。あと何件か回っても、良い物件がなければその家に決めてもいいかもしれない。


「あれは、なんですか?」


 村人達が村の広場に大きな焚火の準備をしているのを、東風さんが目ざとく見つけて尋ねた。広場の中心には、既に薪が高く組み上げられている。


「あれは皆さんの歓迎会の準備ですよ。ささやかながら、我が村にあなた方を迎える宴を開こうと思いまして。

 ご迷惑でしたか?」


「迷惑どころか大歓迎じゃ。

 なんというか、この村全体が一つのクランのようなモノなのじゃな。ここに来る前はNPCのいない村や町など半信半疑だったのじゃが、クランと同じ様な仕組みと思えば納得がゆくわい」


 べべ王の話を聞いて村長は、不思議そうな顔をする。

 この世界の常識が彼等に通用しない事には既に気づいているのだろうが、だからと言ってそれで全てを納得できる訳でもない。俺も経験した事だ。


「なぁ、もう一度、二軒目の家を見に戻ろうぜ。あれ以上よさそうなとこは、なさそうだ」


 せっかちな段の提案に従い、俺達はその家の場所まで戻ろうとした。ちょうど、その時だった。


「ここに居たのかよ親父!」


 ダニーとクリスがこっちに向かって走って来る。


「どうしたダニー! 門番の仕事はどうした?!」


「ゲイルがまだ帰って来ないんだよ! 昼飯までに帰れって言っておいたのに、狩りに行ったきりだ!」


 村長の顔が険しくなる。恐らくゲイルとは、ダニーの弟の事だろう。一昨日この村に来た時に、デニムの脛を蹴っていたあの10歳過ぎの少年に違いない。


「森の奥には行くなと注意しておいた筈だが……」


「暗くなったら探すのは大変だ。丁度ここに召喚勇者達がいるんだから、手伝ってもらおうぜ!」


 家探しに思いのほか手間取ったせいで、既に日は傾きかけていた。ダニーに軽く頷いてから、村長がこちらを向く。


「すいませんが、森に入って息子のゲイルを探すのを手伝ってはくれませんか?」


「構わないぜ。で、この森に出るモンスターはどんなのがいるんだ?」


 段は当然のように尋ねるが、この森のモンスターはデニム達とイザネが既に全滅させている。


「いえ、少し離れた南東の沼にスライムがいるくらいですが……」


 案の定、村長は段の質問の意図を測りかねている様子だ。


「近くにモンスターが出現しないのなら、特に危険はないんじゃないのか?」


 イザネが首をかしげている。


「モンスターが居なくても、森深くに入れば獣に襲われる危険がありますし、迷子になって村に帰れなくなっては一大事じゃありませんか!」


 ああ昨日は俺も、村長さんと同じように、この四人に悪戦苦闘してたんだよなぁ。がんばれブライ村長。


「そういえば、ルルタニアでも道に迷った部隊を探しに行ったら、新モンスターに襲われていたってクエストがありましたね。同じようなクエストなのかもしれませんよ」


「ゴーゴンが初登場した時のクエストじゃな。懐かしい」


 東風さんとべべ王のとぼけたやり取りのせいで、ダニーの顔が真っ赤に染められていく。


「いい加減にしろ!

 お前達にやる気がないのなら、俺とクリスで弟を探しに行く! お前等は、俺達の代わりに門番でもしていろ!」


 これ以上は話をしても埒が明かないと判断したのだろう、ダニーとクリスは踵を返し森へ向かって走り出す。


「あの二人だけじゃ心配だ。俺もついて行くぜ」


 イザネはそう言うや否や、二人を追って駆け出していた。


「俺も行ってきますよ村長」


 が、イザネを追おうとした俺を、大きな手で東風さんがとおせんぼする。


「人探しなら、複数パーティに別れた方が早く見つかります。

 あの二人にはイザ姐がついているから心配ありません。私とカイルさんでパーティを組んで別方向を探しましょう」


「わかりました。一緒に行きましょう」


 俺は東風さんと一緒に、村から飛び出した。


「それじゃ、わしらは村の門番をしておるかの」


「門番の代わりをするなんてクエストは、ドラゴン・ザ・ドゥームになかったぜ。どうやるんだ?」


 べべ王と段の間抜けた会話が、背中の向こうに遠ざかって行った。

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