第十一話 ゴールドクラッシュ
§ § §
我々の生活は金に支配されている。何かやろうとすると、イチイチ金の問題が立ち塞がる。
これからしようとする事に、いくら金がかかるのか? そんな計算に今まで一体どれだけの時間と労力を割いて来たのだろう? 最もそれが当たり前になり過ぎて、麻痺している人が殆どなのだろうが。
オンラインRPGの世界にも金はあが、現実世界に比べればその制約は微々たるものだ。なにせ、税金すらかかっていないのだから。
~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~
§ § §
「東風さん、余った肉は一階の倉庫ではなく地下に保管できませんか? 室温が低い方が肉が痛みませんので」
「わかりました、そう致します」
食後の片づけが終わり、最後に残った肉の保管も、今しがた東風さんに任せた。
いつもならば少し食休みを取りたいところだが、張り切って俺を待ち構えているイザネは、それを許してくれそうにない。
「さー、訓練をはじめようぜ」
早速イザネが呼びつける。頼むからちゃんと手加減はしてくれよ……。
「よ、よろしくお願いします」
「お、殊勝な態度じゃないか。まぁ、気楽にやろうぜ。
とりあえず、俺の作った弓を構えてみなよ」
イザネの作った魔導弓はその形状をみるに、さながら両刃の槍を思わせる。だが、あいにく俺は、そんな特殊な武器を扱った事がない。
(両刃を扱うのが難しいのなら、とりあえず片刃だけ使うつもりでいよう。幸い普通の槍の扱い方なら、訓練所で少しは習っているし)
「こう……かな?」
俺はギルドの訓練所を思い出し、とりあえずオーソドックスな槍の構えをとってみる。
「なんだそら?」
早速イザネからクレームが入ってきた。
「ジョブチェンジしたてのペーペーだって、これくらいできるぞ。
って……あぁ、こっちはそのジョブチェンジがないからダメなのか……、貸してみ」
言われるままに弓を渡すと、イザネは弓を槍のように構え、宙に向かって数回素早く突いてみせる。
「こんなものか」
シュバババババッ
イザネは突きの速度を更に跳ね上げる。目で追えない速度に達した弓でイザネは数秒間宙を突き、それから頭上で弓を回す。
ヒュンヒュン……
「ほれ、真似してやってみな。まずは構えからだ」
イザネは頭上で回していた弓を、ひょいと俺に差し出す。
「お、おぅ……こうか?」
俺はイザネの真似をして構えてみたが、やはりイザネは不服そうだ。
「歩幅が狭すぎ。それじゃ、腰が入らないから上半身の力だけで突く事になるぞ」
イザネは俺の足と足の間に自分の足をねじ込み、強引に歩幅を広げる。
「それと上半身が前に向きすぎだ。
体はなるべく横にして、相手がこっちを狙える幅を狭くするんだよ」
イザネが俺の肩を持って強引に、グイッと上半身を横にする。
「あとは持ち手の幅も、もう少し広くした方が……」
後ろに回り込んだイザネが、背中からおぶさるようにして俺の手を掴み、位置を調整する。
(!! 背中にイザネの胸が当たってる!)
そう思った瞬間、俺の後頭部をイザネが軽く小突く。残念ながら、その柔らかな感触を楽しむ間は、僅か数秒にも満たなかった。
「呼吸を乱してんじゃねぇよ!」
「あ、ごめん」
(半分はイザネのせいなんだよなぁ……。本人は自覚してないみたいだけど)
「目を閉じて、呼吸に意識を集中してみな」
言いたい事をひとまず引っ込め、俺はイザネに言われたとおりに目を閉じた。
「このまま深呼吸でもするの?」
「違うよ。今の自分の呼吸を観察してみるんだ。
息を吸っているのか吐いているのか、呼吸が荒くなっているのか落ち着いているのか、息を深く吸っているのか浅く吐いているのか、自分の呼吸を意識するんだ。それだけでいい」
イザネに言われるがままに、意識を呼吸に集中してみる。すると不思議な事に、それだけで呼吸が落ち着いてきた。
押し付けられた胸にドギマギした結果、自分の呼吸が浅く、荒くなっていた。その事を自覚しただけなのに、なぜだろう?
「よし、目を開けていいぜ」
俺が目を開けると、イザネは今度は俺の肩を揉みだした。
「ほれ、もう少し脱力しろよ。肩に力が入り過ぎだ」
「力を入れないと強く突けないだろ?」
「筋肉っていうのは緊張と弛緩で伸び縮みするもんだ。
だから力んでばかりだと緊張しっぱなしだから動きが固くなるし、威力だって余計な力を入れるより、脱力した方がむしろ出るのさ。だから肩の力をもっと抜きな。
どうせ力を入れるなら、武器を当てた瞬間だ。そのまま突き抜くようにイメージしてみるといい」
それはギルドの訓練所でも習う事のなかった、戦いの知恵だった。きっとイザネはその小さな体のハンデを克服するために、こういう工夫をいくつも積み重ねてきたのだろう。
俺はイザネの言う通り、おとなしく肩から力を抜いた。
「よし、突いてみな」
シュッ……
イザネの声に合わせて突き出した俺の弓は、鋭い音をたてて空を裂いた。
「なんとなく手ごたえはあったけど、これでいい?」
「まあまあ、ってとこかな」
イザネは盾を手にして、俺の前に立つ。
「じゃあ的になってやるから、次は俺を狙って突いてみな。それと、突く瞬間に息を吐くようにしてみるんだ。
よし、こいっ!」
イザネは丸盾を構えて、指で俺に突くように促している。
「じゃあ、いくよ!」
俺はイザネの盾に向かって弓を突き出した。
カンッ
イザネは盾で、軽く弓の刃先を弾く。
「盾を狙ってどーすんだよ。隙を突いて、急所を狙えよ」
「いや、それっておまえが危険じゃないの?」
「おまえの素人丸出しの突きが、俺に当たる訳ないだろ。いいから遠慮なしで突いてこいよ」
「素人で悪かったな」
(これでもギルドの訓練所では、真面目に剣術を習ってたんだぞ!)
弓を構え直した俺は、そのまま盾でカバーしてない脇腹を狙ってイザネを突く。俺はプライドを刺激されて少し腹を立ててはいたが、流石に遠慮なしに全力で刺す事はできなかった。
カンッ
それが当たり前であるかのように、イザネの盾が刃の行く手を阻んで俺の突きをいなす。イザネの腹を狙っていた筈の切っ先は、まるで吸い込まれるかのように何もない空間を虚しく突き刺していた。
イザネの技量の高さは、その場から一歩も動いていない事からも察する事ができたし、切っ先を弾いた盾にも力を込めていた様子がない。音こそ派手だったものの、刃を弾くというより、まるでカーテンを手で払うかのように、やさしく押された。むしろ、そんな手応えだった。
(遠慮する必要は、ないって事か)
シッ
俺は息を吐くと同時に、今度は本気で突いた。が、今度はイザネどころか、丸盾にすらかすりもしない。槍は勢いよく空気を裂いてヒュウと鋭い音を響かせたが、イザネは俺の視界から既に消えていたのだ。
(後ろに回り込まれた?!)
慌てて振り返ろうとするも、その前に後ろ頭を小突かれた。イザネにそこを叩かれたのは、これで二度目だ。
「な、当たらないだろ」
「こ、今度こそ、本気でやるからな!」
俺はムキになってイザネを突こうと、あるいは叩こうと何度も弓を振り回すが、イザネには当たる気配すらない。まるで弓を振るうコースを予知されているかのように、ほんのギリギリ、髪の毛数本分の距離で躱してしまう。もう彼女は、盾すら必要としていない。
しまいには、一方的に攻撃している俺の方が疲れてきた。
「な、なぁ、もしかして俺が、いつ、どこを狙うかわかるのか?」
「目を追えばだいたいわかるよ。おまえ、バレバレだもん」
(そうか……それならっ!)
俺はわざと視線を狙いから外して、もう一度イザネに弓を振るったが、気づいた時には踏み込んだ足をイザネに払われていた。
「足さばきも悪すぎるんだよ、おまえ」
バランスを崩し倒れそうな俺の肩を抱くように掴むと、イザネはそのままの姿勢で顔を覗き込んできた。
「地面を蹴りすぎなんだよ」
「いや、蹴らないと移動できないだろ?」
イザネは顔を離して俺を起こすと、拳を前に突き出して正面に立つ。
「じゃー、実際にやってみせるぜ。この左手を槍だと思って見てな」
イザネは俺から少し距離を離し、拳を突き出したまま、こちらに向かって飛び込むように間合いを詰めた。俺はイザネが前に出たタイミングで、突き出した拳が当たらぬように体を躱す。
「な、地面を強く蹴ると、どうしても反動で体が浮く。そうすると、攻撃する気配が簡単に相手にわかるんだ」
「でも、蹴らないと前に出れないよね?」
口では答えず、イザネは再び俺との距離を開ける。
「蹴らないように踏み込む方法だって、あるんだぜ」
一瞬イザネの身体が少し沈んだように見えた次の瞬間、拳が俺の鳩尾(みぞおち)に突き付けられていた。
※ 挿絵
https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16817330658510175184
「うわっ」
俺は、思わず悲鳴を上げて後ずさる。
「股関節、膝関節を抜きながら体重を前に移動させる。そして踏み込む足は体重移動に合わせて自然と前に出すようにすると、地面を蹴る力なしでも大きく前に踏み込んで攻撃する事ができる。
この時、踏み込む足が着地するより先に、武器が相手に到達するようにすると、武器に体重をそのまま乗せて攻撃できる。
間合いを調整する時も、当然すり足で体が殆ど上下にぶれないように……」
「ちょ、ちょっと待って、一度に言われてもわかんないから」
俺は慌てて、ノリノリで語り始めたイザネに待ったをかける。
「しょーがねーなー……じゃあ、一つずつやってくか。まずは正しい構えの姿勢からな」
俺は言われたとおり再び槍を構えようとしたが、すぐにイザネが俺の前に仁王立ちになって邪魔をする。今度は何が不満なんだ?
「ほら、また息が乱れてっぞ。とっとと息を整えろよ」
(先は長そうだな……)
俺は改めてイザネの力量の高さと、今、自分がいる場所の遠さを認識していた。
* * *
「おーい、はかどっとるか~!?」
クラフトルームに籠っていたべべ王が、ひょいとやって来る。
「ちょっと待ってくれよ、べべ」
俺は、もう何度目になるかもわからない槍術講義を拝聴していたところだった。イザネはべべ王を待たせたまま、俺に向かって講義を再開する。
「だからなカイル、攻撃を避ける時は相手の外側に向かって踏み込んで、尚且つその踏み込みをそのまま次の攻撃に繋げないとダメなんだ。
避けてから攻撃ではなく、避ける動作がそのまま攻撃の動作の一部になるようにしないと、相手に躱す間を与えてしまうんだぜ」
「押忍!」
先ほどイザネに教えられたばかりの返事を、俺は気合を入れて叫んだ。でも”押忍”ってどういう意味なんだ? イザネも詳しく知らないようだが。
「お待たせ、べべ王」
「で、どうじゃカイルは? レベル10くらいまでには上がったか?」
イザネは首を振る。
「なんというか、ジョブチェンジを手動でやってる気分さ。レベルアップするって感覚じゃあないんだよ」
「ルルタニアでは初心者がレベルを10上げるのも可能な時間で、まだジョブチェンジが終わっとらんのか?!」
べべ王は目を丸くする。
「ルルタニアではジョブチェンジしてくれる神殿があったから一瞬だったけど、こっちだと自分で一通り覚えないとそれができないみたいなんだ。カイルも頑張ってるし、少しずつ覚えてくれてはいるんだけど、ルルタニアで低レベル冒険者が経験値稼ぎするような急成長は、とても無理だな。
それでもレベル1の戦士ができる程度の事は一通りはマスターしてるし、ちゃんとできてるかどうかは別にして、中級プレイヤーがマスターしてる程度のテクニックも教えといた。だいぶまともにはなってる筈さ」
言ってる意味はよく分からないが、確かにイザネに教えられた事をきちんと実践できたなら、俺は今までとは比べ物にならないくらい強くなれるだろう。ちゃんと練習して身体に覚えこませなければ。
「なるほど。想像してたより時間は掛かりそうじゃが、カイルが着実に成長しとるなら、とりあえずは問題なかろう。
ところでカイルに確認させたい事があるのじゃが、少し時間を空けてくれぬか?」
「いいぜ。
ちょうど区切りのいいとこまで教えたし、そろそろジョーダンと交代するつもりだったんだ。今日はこれまでとしとこか」
俺はイザネに頭を下げた。
「押忍! ありがとうございました!」
武術の師としてのイザネは、非常に熱心で、説明も上手だ。腕力のない者、体格的に劣る者を落ちこぼれとみなしていた訓練所の教官とは違い、俺を強くしようと、本気で指導してくれている事も伝わってくる。それが嬉しかった。だから素直な気持ちで頭も下げられたし、お礼だって自然と言える。
おや? 俺とイザネのやりとりを見て、べべ王がやけにニヤニヤしているようだが。
「東ちゃんを教えてた頃の事を、思い出すのぉ。
あの時もイザネが、よく東ちゃんのクエストを手伝いに行ってたじゃろ」
「東風の時は、べべ達も手伝ってたろ」
「え、東風さんてイザネの弟子なの?」
もしそうなら、東風さんが”イザ姐”と呼ぶのも納得できる。しかし、どう考えても東風さんの方が、イザネよりだいぶ年上の筈なのだが……。、
「そうじゃよ。あいつはわしらの中で、一番後にこのクランに入ったからの。おまえの兄弟子のようなものじゃ」
「昔の話だろ。
あいつは上級ジョブをがんばって鍛錬してたから、今は俺より強いくらいさ」
そう語るイザネは、なんだか照れくさそうだ。
「ところでべべ、カイルに用事があったんじゃないのか?」
「おお、そうじゃった」
べべ王は手に持った袋からいくつかの指輪と、白い手袋を取り出して俺に渡す。
「ほれ、おまえさんの分の指輪じゃ。
これが防御力アップで、こっちが毒やらなんやらの状態異常耐性アップ、こっちが各属性の攻撃にたいする耐性で……、まぁ全部指輪をはめとけば、大抵の攻撃を防げると思っていい。
指輪が目立つようなら、その手袋もしとけばいいじゃろう」
「ありがとう。
それにしても、よくこんなに早く作れたね」
べべ王に貰った指輪をはめながら、俺は訪ねた。日用品の作成を頼んだ時も、あまりの制作速度に驚いたが、こんなに強力な魔法の指輪までが、こうも短時間で作れるなんて、とても信じられなかった。
「クラフト時間短縮の課金アイテムが余ってたからの。
それから、こいつを見てくれ」
べべ王はポケットから金貨を取り出して、俺の掌の上に落とす。
「金貨!? これ本物ですか?!」
一般的に銀貨は銅貨の10倍以上。金貨はその銀貨の10倍の価値と思っていい。
高価過ぎて一般人が金貨にお目に掛かる機会など殆どない。銅貨ですら庶民とっては高級で、殆ど価値のない鉄貨や、さもなければ物々交換で済ませてしまう場合だってある。
大量に混ぜ物をした粗悪な金貨もあるのだが、余程酷い物でもなければ、決定的に金貨の価値が落ちる事はない。
「ルルタニアで使われていた金貨なのじゃが、村に行くのなら買い物する事もあるじゃろうし、持って行った方がよいと思っての。
どうじゃ? この世界でも使えそうか?」
その小さい金貨のデザインは、俺が見た事もないシンプルな図案だった。中央に奇妙な文字が浮き彫りになっているだけで、王の権威をこれ見よがしに主張する模様すらないのだ。
しかし、その単純な図案とは裏腹に金貨はズシリと重く、歪み一つない事から鋳造技術の高さもうかがえる。この地方を統治するイラリアス王国の同サイズの金貨より、金の含有量もその価値も上だろう。
(この小さなコイン一枚で、どれだけの値段になるんだ?)
俺はゴクリと生唾を飲みこむ。
けれど、これをどこで使えと言うのだろう? 価値が高すぎて、並みの店ではお釣りを払う事さえできない筈だ。
「この辺で流通している硬貨ではないから、貨幣としての価値ではなく金の工芸品としての価値って事になると思うけど、こんな高価な物で何を買う気なんだい?」
俺は半ば呆れながら言った。
「そんなに高価なのか? ルルタニアではこれが一般的な通貨だぜ」
「へ?」
(一般的な通貨というと、ルルタニアではこれが銅貨や鉄貨と同じように使われていたという事なのか? いや、流石に鉄貨並みということはないとは思うが)
俺はイザネの言った事がとても信用できなかった。それが本当だとすれば、ルルタニアというのはとんでもない黄金郷だ。
「カイルは大袈裟じゃのう。こんなもん、地下の金庫には一億枚以上あるぞ」
「おく……」
べべ王の言葉に、思わず俺は息を詰まらせた。
さっき銀鉱石が余っていると言っていたから、随分と羽振りがいいのだなとは思っていた。が、しかし、いくらなんでも金貨が一億枚て……。
「な、な、なんであんたら、そんな大金持ちなのに、冒険者してるんだよっ!」
冒険者は普通、一攫千金を狙った者がなるものだ。命がけでも大金を手に入れたい連中が殆どなのだ。デニムのように人助けを旨とする冒険者だって、大金が手に入ったなら間違いなくその金を持って引退するだろう。現実問題として、いくら正義に殉じる者でも、それのみを理由に命を懸け続けるのは難しいのだ。
もし、生涯裕福に暮らせる金があるのに引退しない冒険者がいるとすれば、それこそ国に特別な地位でも与えられ、辞めようにも辞められない立場に追い込まれた者だけだろう。
「カイルこそなに言ってんだよ?
冒険をするために必要だから金を貯めるんだろ。当たり前の事じゃないか」
「へ、は?……へへぅ」
俺はイザネに何か言い返そうとしたのだと思う。けれど、あまりに価値観が違い過ぎて言葉が出ないどころか、変な声まで漏れてしまった。
俺だって金だけのために冒険者になった訳ではないが、だからといって稼いだ金を全て、冒険のために捧げる覚悟などない。日々の生活や将来だってあるのだから、どんなに金銭感覚が狂っていても、それはありえない。だが、金という物に対する彼等の価値観は、まさにその狂気の領域にこそあるのだ。
(と、とにかく話を戻そう)
先ほどイザネに教えられたとおりに俺は息を整え、俺は気持ちを切り替えようと試みる。
(……とりあえずは、この金貨を村で使えるかって話だったか?)
狼狽する俺がよほど珍しかったのか、イザネとべべ王はキョトンとしていた。俺は更にもう一呼吸おいてから口を開く。
「え、ええっと、この金貨が使えるかって話だったよね?
普通に使うには流通していない硬貨だから無理だけど、美術品として売る事は出来る。
ただ、あまりに高価過ぎて、村で使う機会はまずないよ。もし持っていくとしても、数枚で十分だし、大猿退治の礼金もまだ貰ってないから、お金がいるならそれを貰ってから考えてもいいと思うよ」
「どうやら、ルルタニアとは貨幣価値……、というより金貨の価値が随分と違うようじゃな」
「そ、そうだね」
俺は後ろ髪を引かれる思いで、掌の上の金貨をべべ王に返した。
「よう、そろそろ交代時間じゃないか?」
後ろから段が歩いて来た。イノシシの供養はもう終わったらしい。
「そうじゃな。
ではカイルの世話はジョーダンに任せて、わしらは東ちゃんの手伝いにいくとしようか」
「あいよ。じゃあがんばれよ、カイル」
イザネはそう言うと、段と互いの掌をパンッと合わせてべべ王と共に倉庫に引き上げていった。
「じゃあ、早速はじめるか」
べべ王とイザネを見送りながら、段が俺の肩を叩く。
「よろしくジョーダン」
「最初にハッキリ言っておくぞ。おまえ、魔法が下手だな」
段は少し笑いながら、平然と俺にそう言い放った。
(おいおい、いきなりかよ)
俺は段を睨んでやったが、奴はそれを気にするそぶりも見せない。
「狩りをした時に見たおまえの魔法は、動きに無駄が多くてぎこちなかった。
普通、ああいう下手くそ独特のぎこちなさってのは、何度も何度も魔法を使う内に慣れて次第に抜けていくものなんだが、おまえはそれがまだ抜けてない。
要は、魔法を使った回数が少な過ぎるって事だ」
(ああ、確かにそれは、一理あるかも)
一日に使える魔力に限界がある以上、俺が魔法を行使した回数などたかが知れている。マジックアーチャーになって日の浅い俺が魔法を使用した回数は、ベテランのそれと比べて圧倒的に少ないだろう。
「と、いうわけでだ、これから数時間ばかり魔法を撃ち続けてみろ。
下手に魔法を撃つとクラン拠点を壊しちまうかもしれんから、真上に向かって撃って練習してみな」
魔法を撃てと言われても、午前中の狩りでアイスアローを連発して、俺の魔力はもう殆ど残っていない。
(しかたない……それじゃあ)
俺は魔力を込めずに宙に魔文字を描く。これは魔力を使用せずに、マジックアーチャーが魔法の練習をする方法だった。剣術でいうところの素振りのようなものだ。
「なにやってんだ? ちゃんと魔力を込めてやれよ。真面目にやらないと練習にならないだろ」
「今日っ! 誰かさんがっ! 森で火事を起こしたのを忘れたのか?!
あれを消すためにアイスアローを連発してたから、魔力が残ってないんだよ。だから魔力を使わずに、素振りをしてんの!」
段はすっかりその事を忘れていたらしく、しまったと顔に書いてある。
「しょうがねーなー、ちょっと待ってろ」
そう言うと段は倉庫の方に向かう。何を取りに行くつもりなのだろう?
「よっと」
俺はその場に腰をおろした。
イザネとの稽古で体を酷使したせいか、全身に疲労感が広がっている。
別にそこまでキツイ稽古とも思わなかったが、ことごとく普段とは違う場所の筋肉を、日常生活ではありえないような動きで使う訓練ばかりであったため、その疲れ方も今まで経験した事のないものだった。
「待たせたな」
午後の日差しの下で寝そべる俺の前に、段が倉庫から大きな箱を持って戻ってきた。
背の高い段の作った日影が、ちょっとだけ涼しい。
ガチャン!
起き上がる俺の正面に、段は無造作に箱を降ろした。上から箱を覗いてみると、箱の中には無数のポーションが詰まっている。
「こんだけマジックポーションがあれば、魔力切れはないだろ?」
(これが全部マジックポーションだと?!)
箱の中のポーションの瓶は、ざっと見ただけで50本以上ある。
マジックポーションは、魔力を回復する効果のあるポーションだ。傷を治すヒールポーションもそこそこの値段だが、マジックポーションはそれ以上に高価なもの。この箱だけでも一財産と言っていい。
「いいのかよ、こんなに……」
「別に構わないさ。ここにあるのは安物だし、最高ランクのマジックポーションも、倉庫の中に千本以上ある。
マジックポーションを作るための素材だって、山ほど余ってるぜ」
金貨もそうだが、どれだけの物資がここに貯め込まれているのだろう?
あっけに取られる俺に向かって押し付けるように、段はマジックポーションを一本前へ突き出した。
「さぁ、訓練を開始しようぜ。これだけあれば、撃ちたい放題だろ?」
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