第四話 光る森

         §      §      §



 今はショーとして演出された戦いに慣れてしまった人も多い事だろうが、戦いとは元来華やかなものではなく血みどろで暗いものだ。その舞台が異世界とはいえ、それを日常とする生活がどういうものなのかと、真面目に考えた事はあるだろうか?

 憧れていた剣も鎧も身に付ければズシリと重く、魔法という奇跡も精神を搾り取られるような疲労なしには使えない。武器や防具やポーションの経費だって頭痛の種だ。

 そしてなにより、自分達はヒーローではない。あくまで生活のために、危険を承知で戦い続けねばならぬのだ。

 それを知りつつこんな世界に憧れるだなんて、僕はどれだけ今の人生に絶望しているのだろうか?


 ~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~



         §      §      §



「この宿の主人のバンカーだ」


 ララさんの用意してくれた朝食を食べていると一人の男が近づいて来て、俺に握手を求めた。


「カイルです。

 よろしく」


 俺は右手に持っていたスプーンをスープ皿の脇に置き、差し出された男の手を握って応える。力仕事で鍛えられたであろうその大きな手は、分厚い皮に覆われていて、優しそうなバンカーさんの顔とは対照的だった。

 バンカーさんはデニムとルルとは顔見知りらしく、目で挨拶を交わしてから二人に近づく。


「デニム。村がこんな状態だからいつものようにパーッとという訳にはいかないが、一杯くらいなら仕事の後でおごってやるよ。しくじるんじゃねーぞ」


 パンに噛り付くデニムの頭を軽く叩いてバンカーさんはあくびをしながら部屋に戻って行った。

 昨日までとはうって変わって、デニムもルルも今朝は無口だ。冒険前というのは皆こういうものなのだろうか。


 軽い朝食を終えた俺達は、ブライ村長に見送られながら村を出て北の森に向かう。レンジャーとして経験豊富なルルを先頭に、森を進む事およそ30分たった頃だろうか。


「なにこれ、予定より早く見つけちゃったんだけど……」


 ルルがゴブリンを見つけた。

 村からもっと離れた地点にいるものと、村長に聞いた話から俺達はそう考えていたが、ゴブリン達は今夜にでも村を襲える距離にまで近づいていた。


「もう一日遅れてたら、ヤバかったかもな」


 ゴブリンに見つからぬよう身をかがめてデニムがつぶやく。

 ボロボロの服に小ぶりな剣を携えた緑色の小鬼達は、数こそ多いものの皆一様に動きが鈍く、中にはもう寝転んでいる者までいる。ゴブリンの活動時間が夜だからだ。そしてこれが、早朝にゴブリン退治をする理由でもある。

 俺達は茂みに隠れながら注意深く観察したが、ゴブリンの群れに恐れていた変異種が混ざっている様子はなかった。


「十数匹って話だったけど、二十匹近いわよあれ」


 ゴブリンの数の多さにルルさんは眉をしかめるが、デニムは笑顔のままだ。


「でもついてるよ。

 あの規模の群れなら、ゴブリンシャーマンくらい混ざっていても不思議じゃなかった。敵に魔法を使う奴がいると、ゴブリンが相手でも厄介だからな」


「今から二人にエンチャント魔法をかけますが、いいですか?」


 右の二の腕を摩りながら俺は提案した。さっき、鋭いトウヒの葉がそこに刺さってしまったのだ。

 二人は黙って頷くと、魔法の光がゴブリン達に見えないよう、俺の前に移動して壁を作る。


「ガードアロー(防御・持久力アップ)とアタックアロー(攻撃・素早さアップ)の両方を一度に付与する事も可能ですが、魔力の消費を考えるとどっちか一方にした方がいいと思います」


「じゃあガードアローの方を頼む。

 あの数を相手にしたら、流石に途中でへばってしまいそうだからな。

 エンチャントの効果時間は?」


「3分はもちません。

 あと、俺から150メートル以上離れてしまったらエンチャントの効果は消えます」


 一人で遠くにいてもマジックアーチャーは役に立たない。エンチャントも含め魔法の射程がある以上、ある程度は味方の近くにいなければならないのだ。


「援護射撃はした方がいいでしょうか?

 魔力の残量を気にしなければならないので、何発も撃てませんが」


「治療用のポーションはあるけど数は限られているし、いざという時に魔力切れで回復魔法が使えないのは勘弁だわ。

 それにポーションだって高いんだし、なるべく節約したいのよ」


「そうだな、魔力はいざという時のために温存しておいた方がいい。

 けどなカイル、もし想定外の事が起きた時には魔力をケチるなよ。作戦を無視してもいい。

 あくまで皆で生き残る事が最優先だ」


 デニムがうなずきながら、ルルの言葉に付け加えた。


「わかりました」


 俺は指先に魔力を集中し、魔力で光る指先で空中をなぞり魔文字を描く。

 描かれた文字はすぐに光り輝く魔法の矢へと姿を変え、俺は魔導弓の真ん中にはめ込まれた宝玉を貫くようにそれをセットした。


(次はルルさんの分だ)


 俺はもう一本の矢を宙に描いて作り出すと、同じ様に魔導弓にセットする。一度に二つの的を射るような曲芸はとてもできないが、至近距離から動かない的を狙うのであれば話は別だ。

 俺は二本の矢をつがえた魔導弓を、白樺の木の根元で屈み込んでいる二人へと向けた。


「撃ち込まれた魔法の矢が光っている間はエンチャントが有効です。

 奇襲をかけるタイミングでエンチャントを放ちますので、合図をお願いします」


 デニムはうなずくと手のひらをこちらに向けて指を一本ずつ折り畳みカウントダウンを開始する。


(……4……3……2……1……今っ!)


 俺の放った魔矢はデニムとルルさんの左右の肩にそれぞれ命中し淡い光を放ち、二人は迷いなくゴブリン達に突撃していく。

 少し遅れて、俺も二人との距離が開き過ぎないように急いで走り出す。


 二人の冒険者が突貫してくるのに気づいた数匹のゴブリンがこちらに顔を向けたが、その内の2匹はデニムとルルによってそれぞれ突き殺された。続けて仲間に奇襲を知らせようと叫んだゴブリンの首がデニムによって切り裂かれる。

 これで三匹のゴブリンの息の根を止めたが、まだ十匹以上残っている。戦況はまだまだどう動くかわからい。

 俺は近くの茂みに隠れ、はやる心を抑えながら二人の背後から援護のタイミングを測る。


 デニムは群れの中央に突貫し、何匹ものゴブリンを一度に迎え撃っつように動く。

 剣を振り下ろそうとしたゴブリンの腕が振り下ろされる前にデニムによって切断され、脇を狙ったゴブリンが一文字に薙ぎ払われ、仲間の死体を盾にしようとしたゴブリンが、その死体ごと貫かれる。

 ゴブリンの身長は1メートル前後で、デニムとの身長差は2倍に近い。自分がゴブリンになったつもりで、今の状況を想像してみるといい。鎧を纏った2倍近い身長の相手が、ロングソードを振るって襲ってくるのだ。それに対してゴブリン達はボロボロの服しか着てないし、得物もショートソード。おまけに相手は剣の達人だ。

 数を頼んで一気に襲い掛かろうにも、怯えてすくむ仲間が一匹でもいたら上手くはいかない。冒険者ギルドで教わった事だが、パーティメンバーの恐怖はパーティ全体に伝染する。その時の心構えも習ってない者が、耐えられるものではないだろう。


 一方ルルは一見すると防戦一方で押されているように見えるが、逃げるように動きながら一匹、また一匹と隙をついてゴブリンを刺し殺していく。

 遠くから眺めているとよくわかるのだが、ルルの逃走ルートは必ずゴブリンの群れの外側だ。外側に逃げる事でゴブリンに囲まれないようポジション取りし、正面の一匹だけを確実に仕留めている。


 この二人なら、このまま何もせずに任せておいても大丈夫だろう。俺は少し安心して、あと何匹残っているのだろうかと周囲を見渡す。


(あ! 危ない!!)


 俺の目は、太いトウヒの枝の上でスリング(小型投石器)を構えたゴブリンをとらえていた。

 重装備のデニムはともかく、軽装で鎧に覆われていない箇所も目立つルルがあれに当たったらただでは済まない。特に頭を狙われたら一溜りもない。

 俺はサンダーアローを放とうと、急いで魔文字を空中に描く。


(間に合ってくれ!)


※ 挿絵

https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16817330657628497569


 が、俺がサンダーアローを放つ前に、ダガーによってスリングを構えたゴブリンの目が刺し貫かれる。自分を狙っているゴブリンに気付いたルルが、ダガーを投擲したのだ。ゴブリンの体は頭から地面へと落下した。


(これで油断してたらまずい。他にもスリングでこちらを狙っているゴブリンがいるかもしれない)


 俺は魔導弓にサンダーアローをつがえて辺りを見回す。


ガサ……ガサガサ……


(……!!)


 俺が背後の音に気付き振り返ると、そこには今にも飛びかかろうしているゴブリンがいた。


「グゲゲゲェーッ!」


(くそっ! サンダーアローの光で俺の居場所がバレたのか!)


 前方の二人の事ばかり気にして、己が後方への注意をすっかり怠っていた……俺が迂闊だったのだ!

 俺は咄嗟につがえていたサンダーアローを放つ。胸を狙った筈の雷の矢は脇腹に当たり、バチィっと高い音を立ててゴブリンを感電させる。


(俺の魔力だと、急所に当たらなければ致命傷になっていない筈。止めを刺さなければ……)


 俺はルルが譲ってくれたショートソードを右手で抜き放ち、倒れたゴブリンに近づこうとした。


「グギャーッ」


 どこに潜んでいたのかわからないが、もう一匹のゴブリンが突然俺に襲い掛かる。

 腹を狙って垂直に突き出されたゴブリンの刃を、俺は咄嗟にショートソードで弾いて距離を取った。


(ここまで接近されたら、もう魔導弓は使えない!)


 俺は左手に持っていた魔導弓を投げ捨て、両手でショートソードを構える。デニムとルルはまだゴブリンの大群を相手にしていて、こっちを構う暇があるとは思えない。ここは俺一人で乗り切るしかない……。


 周囲を見渡してみたが、これ以上他のゴブリンが潜んでいる様子はなく、サンダーアローで感電したゴブリンも完全に意識を失っていて暫く起き上がりそうにない。


(この一匹さえ倒せれば、俺は生き残れる。

 ゴブリンの持っている剣は手入れもされてないようだし、腕も刃渡りも短い。剣の切れ味でも攻撃の届く範囲でもこちらが上だ!)


 だがゴブリンの持つ剣の刃の色を見た俺は、思わずうめき声を上げて半歩下がってしまった。


(……毒!)


 不気味な深緑に染まるゴブリンの握る剣、それは紛れもなく毒が塗られている証だった。

 途端に抑え込んでいた恐怖が吹き出て俺の身体を支配した。剣を持つ腕が俺の意志とは関係なく振るえ出す。


(切られたら死ぬ。切られたら死ぬ。切られたら死ぬ。切られたら死ぬ。切られたら死ぬ。切られたら死ぬ。切られたら死ぬ。切られたら死ぬ。切られたら死ぬ。切られたら死ぬ。切られたら死ぬ。切られたら死ぬ。切られたら死ぬ。切られたら死ぬ。切られたら死ぬ)


 そんな考えで頭が一杯になり、他には何も考えられない。俺の怯えに気づいたのか、ゴブリンはじりじりと距離を詰めてくる。その醜悪な緑色の顔は、俺を値踏みするかのように一直線に目を睨み付けている。


(違う!怯えたら死ぬんだ! ここで怯えたら俺は確実に死ぬ!)


 慎重に、そして必死で息を整え、俺が腕の震えを抑え込むのと、ゴブリンが切りかかってきたのは同時だった。


キィン


 振り下ろされたゴブリンの刃を弾いた俺は、攻撃に転じる。


「うおおおぉぉぉぉっっ!」


 が、ゴブリンに向かって振り下ろした筈の俺の剣は空を切り、同時にももに鈍い痛みが走る。

 低かった……。ゴブリンの体勢が想定外に低く、その切っ先は更に低く地を這うような軌道を描いてがら、踏み込んだ俺の右足めがけて振り上げられていた。


(斬られた?! 毒の刃で!)


 再び湧きあがる恐怖を抑え込みながら、俺はゴブリンに剣を構える。

 幸い毒は強力なものではなかったらしく、まだ手足に痺れもなければ意識がもうろうとする事もない。また無理に低い姿勢で剣を振るったため狙いが甘く、右ももは、かすった程度の軽傷だ。まだ暫くは動ける! 大丈夫だ!

 だが、歯を食いしばってゴブリンを睨み返した俺は、自分の読みの浅さを思い知った。奴は俺から距離を開けて剣を構え、その顔に余裕の笑みを浮かべていたのだ。


(この野郎っ! 俺が毒で弱るのを待って殺す気かぁっ!)


 焦りと、にわかに湧き上がって来た怒りが、俺の理性を吹き飛ばす。


「ふざけやがってぇぇぇっっ!」


 俺が斬りかかるとゴブリンはひょいと逃げる。一息で斬りかかるには、距離が遠すぎた。


「ぐあぁっ」


 ももの傷に痛みが走り、ゴブリンを追いかけようとする俺の足が止まる。

 傷は浅い筈なのに痛みはズシリと体の芯まで響き、まるで絶えず虫に噛まれているかのように疼く。これが毒の影響なのだろう。痛みは引くどころか時が経つにつれて増していき、全身が妙に熱っぽくなってきた。


(くそっ! 下手に追いかけても、これでは余計に早く毒が回ってしまう)


 気持ち悪い脂汗が全身から吹き出てくる。どうすれば、どうすればこの窮地から脱出できる? どうすれば?!


「ギャアァァッ」


 再び俺から十分な距離を開けようと動いたゴブリンの胸に、血まみれの剣が突き刺さり、いつの間にかデニムがゴブリンのすぐ後ろに立っていた。

 先ほどまでうるさかったゴブリンの群れの声が、今はまるで聞こえてこない。


「ふざけやがって……か。凄い気迫だなカイル」


「からかわないでくださいよ、デニムさん」


 助かった……俺はその思いだけで胸が一杯になり、礼を言うのも忘れてその場にへたり込んでいた。


「からかってなどいないさ。

 今度チコに絡まれたら、その気迫を見せてやるといい」


「いいわねそれ。

 絶対ビビるわよあいつ」


 サンダーアローで感電したゴブリンに、ルルが剣を突き立てて止めを刺す。


「あいつは口だけだからな。

 傷は浅いし大丈夫そうだなカイル。自分の怪我を治せる魔力は残っているかい?」


 デニムが俺の傷を覗き込みながら訪ねた。


「ええ。でもまずは毒消しからしないと。

 『ロドゥムエィガリル!戻れ我が弓よ』」


 呪文の詠唱と共に俺の手に先ほど手放した魔導弓が飛んで戻ってっ来る。これは自分の所有するマジックアイテムを手元に呼ぶ簡単な魔法だ。

 俺は毒消しのためのキュアアローと傷を治療するヒールアローを生成し、ももの傷口に撃ち込む。

 幸い毒も傷も大したことはなく、魔法の矢の光はすぐに俺を完治させてくれた。


「へー、傷が治っても光ったまんまなんだ」


 珍しそうにルルが俺のももで光続けるヒールアローを覗き込む。


「ええ、魔法の効果時間が過ぎるまではずっと有効ですよ」


 俺は自分の指先を剣で少し傷つけて血をにじませると、もものヒールアローに傷口をかざして治してみせる。


「うわっ、すっごい」


 ルルが俺の真似をして自分の指先につけた傷を俺のももで治す。


「へぇ、光に近づいたものは他の人の怪我でも治療してくれるのか。

 面白いな」


 デニムが俺にナイフを手渡す。


「さぁ、最後の仕事を済ませてしまおうぜ」


 俺達は手分けしてそこら中に横たわるゴブリン達の鼻を削ぎ始めた。倒したモンスターの一部を持ち帰る事によって、モンスター討伐の証とするためだ。

 俺はこの作業を簡単に考えていたが、実際にやってみると存外うまく切り分けるのが難しい。


(クッサイな……なんだよこれ)


 ゴブリンの血の臭いに耐えかねて、自然と顔が歪む。いや、臭いのは血だけではない。不潔なゴブリンの体臭そのものが、そもそもキツイのだ。

 一息つこうとゴブリン達から顔を背けると、ルルのしかめっ面が目に入って来た。


「冒険者の仕事でこれだけが、いつまで経っても慣れないのよねー」


 同意を求めるようにルルが俺に声をかける。

 デニムがテキパキと慣れた手つきで鼻を削いでいくのに対して、ルルさ明らかに”ゴブリンに触るのも嫌”って態度だ。

 俺はしかめっ面をしたまま舌を出し、表情だけでルルに賛成してみせる。


「よく逃げなかったな」


 その時1人でもくもくと鼻削ぎを続けながら、不意にデニムが俺に話しかけてきた。


「俺がゴブリンに襲われた時ですか?」


 俺は慌てて真顔に戻し、鼻削ぎを再開する。


「そうだ。

 意外に多いんだよ、ああいう時に一人で逃げる奴がさ」


 そうか、逃げるっていう手段もあったんだ。

 あの時はとにかく夢中で”戦わなきゃ”って気持ちで一杯だったが、確かに自分の身を第一に考えるなら、そうすべきなのかもしれない。けれど……


「あの時は俺、頭に血がのぼってて冷静じゃなくて……、逃げる事を思いつかなかっただけです。

 でも、思いつかなくて良かった。味方が戦ってるのに俺だけ逃げるってのは、違うんです。自分はゴブリンと戦わず逃げ回ってただけなのに、仲間と一緒に報酬を貰うなんて恥ずかしいじゃないですか」


 俺の言葉を聞いて、嬉しそうにルルがこっちを見る。


「ほら、あたしが言ったとおりでしょ。カイルをパーティに入れて大正解じゃない」


 え?


「実を言うと、カイルをパーティに入れようって目を付けたのはルルなんだ。

 女の勘ってやつなのかな? ルルのはよく当たるのさ」


「でも、俺って今回あんまり役に立ってないですよ……」


 デニムは俺に満足しているようだが、俺は今回の戦いで自分ができた事に満足していなかった。結局サンダーアローでゴブリンの一匹を感電させただけで、あとは最初の味方へのエンチャントのみ。

 俺以外は傷を負わなかったから、回復魔法も自分の怪我の治療に使っただけだ。単なる足手まといじゃないか。

 しかしデニムの考えは違っていたようだ。


「”俺はこんな魔法が使える””俺はこんなモンスターに勝った事があるんだ”って自分を売り込んでくる冒険者は多いが、例えそれが本当であったとしても腰の引けてる奴は、いざという時に自分だけ逃げだす。そんな奴に背中を預ける気にはならないのさ俺は。

 カイルのようにイザという時にふんばってくれる奴こそ、俺は真の仲間だと考えている。魔法の腕前だって、今はともかく前途有望とみたぜ」


「え……。ちょ、ちょっと照れくさいですよデニムさん」


 思いもよらぬデニムの褒め殺しにやられ、俺は赤面する。


「その”デニムさん”っていうのはそろそろ止めにしないか? デニムでいいよカイル」


「そうそう、あたしも”ルルさん”じゃなくて”ルル”でいいわ」


 そうか、それじゃあ……


「わかったよ。これからもよろしくデニム、ルル」


 俺は最後のゴブリンの鼻を削ぎ落としながら、初めてパーティの仲間を親しみを込めて呼びつけにした。

 しかし、俺を真の仲間と認めてくれるのならば尚の事、俺は二人に忠告しなければならない事がある。もっと覚悟が決まってからとか、もっといいタイミングでとか、後回しにする考えも湧いたのだが、こういう時に後回しにしていい事があった試しがない。逃げるための言い訳はいくらでも出てくるが、それは害にしかならないのが常だ。


「デニム、ルル。俺を仲間として認めてくれるのなら、仲間としてその……ちょっと言いにくい事なんだけど、忠告したい事があるんだ。いいかな?」


「パーティ内で下手な遠慮はない方がいい。なんでも言ってみなよ」


 上機嫌のデニムがにこやかに答える。


(”なんでも”って言ったんだから怒らないでくれよ……)


「デニムとルルが仲のいい事はわかるんだ。

 でもそれを人に見せつけるっていうか、その……例えパーティメンバーにでも必要以上に見せつけるのは控えるべきだと思うんだ。嫉妬する奴もいるだろうし、反感を買って損をするだけじゃないのかなって」


 俺は勇気を振り絞りもっとハッキリ言ってやるつもりだったが、いざ口に出してみると想像以上に弱気な台詞になってしまっていた。

 しかし、そんな弱気な言葉でさえ口に出して大丈夫だったのかと、俺は今、不安に思っているのだ。


「もしかしてカイルも嫉妬してたの?」


「え、ええまぁ。少し……」


 ルルに向かって、俺は自分でも意外なほど素直に答えてしまう。


「やっぱウブでかわいいなぁ、カイルって」


「ハハハハッ。

 ならカイルも恋人を作るといい」


 あ、いや、そういう事を言っているのではなくて……


「あたしの友達にも、カイルみたいにかわいい子が好きな女の子が何人かいるから、紹介してあげようか?」


「え! あ……、是非お願いします!」


 己が欲望に釣られてついつい二つ返事してしまったが、見事に話がすり替わっている。

 俺が言いたいのはそういう事ではなくて……、と俺は再度説得を試みようと思ったが、あっという間にいつものイチャラブモードに戻ったデニムとルルを見て悟った。


(こいつら、俺の言った事を自分達の都合のいいように解釈してやがる)


 これではいくら言い聞かせても無駄じゃないか。俺は二人の説得を諦めて、ただただうなだれるしかなかった。


「17匹か~。

 これだけ狩れば普通なら追加報酬を要求できるんだけど、今の村の状態を考えると期待できないわよね」


 鼻を袋に詰めながらルルがぼやく。


「そうだな、今は報酬が貰えるだけでもありがたいと……」


ドッッオオオオオォォォッ!


 その時、デニムの言葉を遮るように轟音が森に響き渡り、俺達は音のした方向を一斉に振り返った。


「森が……光っている?」


 遠くの方で森の一部が白い光に包まれていた。

 広範囲の攻撃魔法かとも思ったが、光が収まっていくにつれその推測が間違っていた事がわかる。破壊の衝撃による揺れや爆風もないし、炎が燃え広がっている様子もない。


「なんなのかしら……あれ」


「まずいな、大猿の縄張りじゃないかあそこは……」


 デニムの言葉に、俺は血の気がひいていくのを感じた。

 光ったのは村の西の森。大猿の縄張りの位置が正確にわからないにしても、光ったのがあれだけ広範囲なら大猿を刺激したのは確かだろう。


「急いで帰りましょう」


 ルルが駆け出し、デニムと俺が続く。

 出会っても勝ち目の薄い大猿の巣に、”気になるから”といってこれから向かう選択肢はない。こちらはゴブリン退治の後で、消耗もしているのだ。

 まずは村の安全を確かめねばならないし、残った村人達と力を合わせて何が出来るかを模索せねばならない。


「済まないなカイル。

 報酬は十分に分けてやると約束していたのに、もしかするとただ働きをする事になるかもしれない」


 例え報酬が出ないと知っていても、村を見捨てて帰る気などデニムにはないのだろう。


「気にする必要はないよ、デニム」


 だが、それは俺にとっても望むところだった。俺が冒険者になったのは守銭奴に仕えるためでも、守銭奴になるためでもない。冒険者の生き様の中に、俺の理想とする姿があったからだ。



         *      *      *



「森を見張れ!

 もし大猿が来たら俺達に知らせろ!

 二人だけで戦おうとするなよっ!」


 村の門を走り抜けながらデニムは、ダニーとクリスに大声で指示を出す。

 先程の光で村人達が浮足立っているであろう事は、この二人の血の気のひいた顔からも伺える。

 俺達が村に帰ってすぐに目指したのはゼペックの鍛冶屋だった。


「鎧は完成してるかゼペック?!」


 鍛冶場のドアを開けてデニムが大声で叫んだ。


「ああ」


 ゼペックが新品の鎧を指さしたのを見てデニムは金の入った袋を差し出す。恐らくあれが彼の全財産だ。


「後金だ。

 足りない分は後で村長に言ってゴブリン退治の報酬から、差っ引いてもらってくれ」


「大猿とやる気なのかデニム?」


「ああ、場合によってはな。

 こういう時のために注文した大型モンスター用の剣と鎧だ」


「……後金はいらねぇ。今回は前金だけで我慢してやる」


 ゼペックから剣と鎧を受け取り、デニムはそれを大急ぎでそれを身につける。


「いいかデニム。

 その鎧は防御力を意識した分、重量が増している。慣れないうちはスタミナ配分に気を付けろ」


 鍛冶場を後にする俺達の背に向かって、ゼペックが叫ぶ。


「カイル、魔力は後どれくらい残っている?」


「エンチャント3回分は残っていると思うけど、それ以上は……」


「そうか……」


 駆け足で村長の家を目指しながら、俺はデニムに残り魔力の心もとなさを報告した。

 大量のゴブリンを相手にした後なのだ、デニムとルルの疲労も半端ではない。できる事なら大猿と対決するのは明日以降、魔力と疲労を回復してからにしたい。だが、もし興奮した大猿が今すぐにでも村に来たのなら、そうも言ってられないのだ。


 村長の家に入ると、人の話し合う声が聞こえてきた。ゴブリン退治の依頼を受けたあの広く殺風景な部屋に、村人達が集まっているのだろう。

 新しい装備を身につけたデニムが部屋の戸を開けると、案の定そこに集合していた村人達から歓声が上がった。


(五人か……)


 その部屋に集まっている人数の少なさに、俺は拍子抜けとも落胆ともつかぬ気分に襲われた。残った村人は約十人とそれとなく聞いてはいたが、それがどういう事なのか、ようやく実感したのだ。


「その話し合いに俺達も混ぜてくれ」


 デニムはテーブルを囲む五人の村人達へ歩を進めた。

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