第二話 冒険者カイル

※ 今回の話に含まれるネットゲーム用語が分からない人は以下の用語解説を参照してください。

https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16817330657268106845



         §      §      §



 我々の世界にも、どこまで本気かはともかく冒険者に憧れる者がいる。

 しかし、本当に冒険の世界に行けたとしても、その憧れと現実の間には大きな隔たりがあるに違いない。

 そもそも冒険者になったとてRPGの様にドラマチックな戦いが次々と起こる道理なんぞどこにもないし、華やかな戦いより日常にこそ重きを置くのが現実というものだ。

 その世界での生活観を想像してからでも、憧れるのは遅くないだろう。


 ~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~



         §      §      §



 夜中、クランSSSR拠点の廊下。その両端から中心へと二つの明かりが向かい、そして出会う。


 トイレへと続く廊下の明かりの確保は、カイルが想定していたよりもずっと早く終える事ができた。

 イザネがカイルを手伝ってくれたため、効率が二倍になったというのはもちろんある。だがそれよりも、手伝ってくれる仲間がいた事がカイルを励まし、心強く、一人でやるより遥かにこの単純作業を捗らせてくれた。


「で、次はどうするんだ?」


 トイレ側から戻ってきたイザネがカイルに尋ねる。点けたばかりの廊下の燭台の炎が、二人の顔を静かに揺れながら照らしている。


「ベッドの置いてある部屋とかあります?」


「ベッドォ~? この拠点に置いてあるのは宿屋の機能が付いてないんだぜ。あんなもん何に……」


 その時イザネが何かを我慢するような表情をした。


フワァ~


 大口を開けたイザネから欠伸(あくび)が漏れる。


「あれ?」


 イザネは自分のした欠伸が信じられないらしく目をパチクリさせている。


「ほら、だんだん眠たくなってきたでしょ。だから、これからベッドで寝るの」


 カイルはイザネの目前で垂直に立てた人差し指を、軽く左右に振ってみせる。


「なんでそんな事しなきゃならないんだよ」


「なんでって、寝ないと一日の疲れが取れないからだよ」


「かぁ~っ! めんどくせー!」


 イザネは頭をかきむしる。


「じゃあ、どのくらい寝ればいいんだよ? 普通に考えてやっぱ一瞬で済ませられるんだよな、そんな無駄なシステム」


「一瞬だって? それじゃあ寝不足になっちゃうだろ、普通に考えて。

 個人差はあるけど、だいたい6~8時間くらいだよ?」


「マジかよ! 一日の3分の1近くも寝なきゃならないのかよ、クソゲーじゃあるまいし!

 なんとか短縮できねーのか?! もしかして、睡眠時間を短縮する課金アイテムでも売ってんのかよ?!」


 なぜそんなにも寝たくないのか? カイルにはイザネの心境が理解できなかったものの、それでも確信できるという事が一つあった。


「すぐに”好きなだけ寝ていたい”とすら思うようになるよ」


 釈然としない様子のイザネに、カイルは笑ってそう答えていた。



         *      *      *



 ベッドルームは、ホール左の階段を登って三階まで上がった所にあった。カイルは手前の部屋に入ると据え付けられたランプに火を灯し、ベッドの数を数える。


(ベットは全部で五台か……東風さんは体がでかいから一人で二台必要だろうし、全員寝るにはもう一台欲しいな)


「こっちの部屋にもベッドがあるぜ」


 隣の部屋の方角からイザネの声が響いてくる。


「了解。じゃあこっちの部屋を男部屋にするから、そっちの部屋はイザネさんが使っといて」


 ベッドに触れると長い間使われていなかったのか、少し埃っぽい。


(できれば掃除もしといてあげたいが、今から六台のベッドを掃除するのは間に合わないな。仕方ないから今日はこれで我慢してもらおう)


 部屋を出て、ふと窓の外を覗くと庭の方に明かりが見えた。


「まさか、睡眠耐久250装備でも効果なしとは思わんかったのう」


「それよりも敵がどこから睡眠魔法を放ったのか全くわかりませんでした。じわじわと眠気が襲ってくるこの感覚も、ルルタニアではなかったものです」


「攻略法を考えて、すぐにリベンジするぞ!!

 くっそ、まだ眠気が続いてやがる。とりあえず倉庫の中の”めざまし薬”を取ってこようぜ」


 それがべべ王・東風・大上=段の声である事は、すぐに分かった。


(やっと、あいつ等が帰ってきたか。

 いくら力があったって、こんな調子じゃ空回りするだけじゃないか。まったく)


「べべ王達だぜカイル」


 声を聞きつけたイザネも、隣の女部屋から顔を出した。


「わかってる。行こう」


「ああ」


 カイルとイザネは目くばせし、三人をベッドに案内するため、騒がしい庭へ向かって階段を降る。


(俺は一体何をやっているのだろう? ひょっとして、傍から見たらとんでもなく間抜けな事をしているんじゃないか)


 カイルは、暗い階段を降りながら心の中で呟いていた。

 思えば、常識皆無の四人組のお守り役を務めるハメになろうなどと、数時間前の自分には想像もつかなかった事だ。

 最終的に自分で決断した結果である事はわかっているし、覚悟もしてはいたのだが……。


(……少なくとも今俺がやっている事は、かつて憧れていた冒険者生活とはかけ離れているよなぁ。冒険者になる事を猛反対していた家族達にこんなところを見られたら、一体何と言われるだろう?)


 片手を腰に当てて視線を足元に落とすカイルに気づかぬまま、イザネは後ろ頭に両手を組んで、呑気にすぐ後ろをついて来ている。


(だけど、半日前の俺は間違いなく冒険をしていたんだ。デニム達のパーティで、一人前の冒険者に鍛えあげてもらうつもりだった。

 昨日ゴーダルートの冒険者ギルドで、確かに俺は冒険者としての第一歩を踏み出した筈だったんだ………………)



         ◇      ◇      ◇



「………………カイルさんですね。

 年齢は18才、クラスはマジックアーチャーですか。珍しいクラスですね。

 ……はい、これで冒険者登録終了です。」


 冒険者ギルドの窓口の女性が、羊皮紙の登録書に目を通しながら俺を見る。

 マジックアーチャーとはかつてこの世界に訪れた召喚勇者が作ったクラスで、魔導弓と呼ばれる弓状の魔道具にて魔法の矢を放つ冒険者クラスである。炎や雷の矢を敵に放つ事もできるし、仲間に対して回復や援護効果のある魔法の矢を放つ事もできる、攻守で活躍可能な魔法職だ。器用貧乏にもなりがちなのだが、魔法職のエリートクラスである事には変わりない。

 俺は胸を張って、自身が冒険者である事を示す金属製のプレートを首から下げた。

 幼い頃に聞いた物語の英雄に憧れて冒険者を目指し、魔力という己の武器を今日まで必死で磨いてきたのだ。魔法職は人数が少ないというし、新人とはいえ好待遇で冒険者パーティに入れるだろう。


 …………あれ?


「あの~、お姉さん。それで終わりですか?

 新人の冒険者にパーティの斡旋とかはないんですか?」


「はあ?」


 俺の質問に受付のお姉さんは呆けた顔で返す。

 もしかして、なんか変な事を言ってしまったのだろうか? 飾り職の組合では、新人にある程度の便宜を図ってくれるもんだから、それが普通なのだと思っていたのだけれど……。


「甘ったれたガキもいたもんだな。パーティってのはな、冒険者同士で勝手に組むもんだ。

 そんな事までギルドに世話してもらえるわけがねーだろ」


 振り返るとニヤニヤ笑いながら冒険者の大男が俺に近づいてきた。

 ギルド一階に併設された酒場で昼間から飲んでいたのだろう。男の息から安酒の臭いが漂ってきて、俺は思わず顔をしかめる。


「ちょうど魔法が使える奴が欲しかったんだ。なんなら俺のパーティに入れてやろうか、青い頭の坊や?」


 俺は少しムッとした。この国で青髪は珍しくないから気にはしないが、”坊や”呼ばわりされるのはいけ好かない。俺に冒険者としての凄みがまだ足りないのかもしれないが、年齢が若いというだけで舐められるのはごめんだ。身長だってまだ平均以下かもしれないが、最近は伸びてきたからそれなりにはある筈だ。


「えっと、他のパーティも見て入るとこを選びたいので……」


 俺は首に巻いていた空色のマフラーで口元を隠し、大男から目を逸らした。もし理想を言うならば睨み返してやりたかったのだが、今の俺にそこまでの度胸はなかった。

 このまま逃げようとする俺の肩に、熊のような大男の手が伸びる。


(まずい、絶対に逃がさないつもりだ!)


 大男の怪力は、俺の肩にその太い指を食い込ませんばかりの勢いだった。


「おいおい、新人の冒険者がパーティ選べる程この業界は甘くはないぜ。誘って貰えるだけありがたいと思わなきゃ駄目だ。

 パーティを選べるのは、ある程度実績を積んだ冒険者になってから……、そうだろマリー?」


「え……ええ、ええそうですね。一般的には……」


 俺は助けを求めようと受付に向かって視線を送ったが、マリーさんは困ったように顔を背ける。


「やっぱ、そうだよなぁ。

 って事だからよ、悪い事はいわねえから俺のパーティに来なよ。

 ただ、お前は新米だから分け前は少なくなっちまうがそれだけは勘弁してくれよ。新人冒険者はみーんなそうなんだしよ」


 うわっ、これってかなりヤバいパーティだ!

 なんとか断らなくっちゃ……でも、こいつ強引そうだしどうやって?


「いい加減にしろよチコ。困ってるじゃねーか」


 声に反応して振り返ると一人の冒険者の男が立っていた。

 緑髪のこの男はベテランなのだろう。剣を携えた姿がやけに様になっている。だがそんな事よりも、男の強いパーマが掛かった緑髪はまるで巨大なブロッコリーのようで、ギルドの中でひときわ目立ち、異彩を放っていた。


 それにしても、”チコ”っていうのはこの大男の名前か?

 似合わねー。


 俺は思わず吹き出しそうになってしまった。


「俺はチコリーノだ! 略して呼ぶんじゃねぇっ!」


 似たようなもんじゃねーか……と俺が思った瞬間、チコの隙をついて誰かが俺の腕を勢いよく引いた。

 俺の体は油断したチコの手から離れてバランスを崩してよろめく。


「災難だったね、君」


 気付くとレンジャーらしき女冒険者が、足がふらついて倒れそうな俺を支えていた。


※挿絵

https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16817330657268050865


 俺は慌てて足を踏ん張り女冒険者から離れる。


 ……俺の腕を引いたのは、間違いなくこの人なんだよな……


 俺より背の低い女性だ。隙をついたとはいえ、あの大男のチコから俺を助け出したのがこの女性だとはにわかには信じられなかった。プロの女冒険者は見た目で判断してはいけないという事なのだろう。この人には女性とは思えぬ程の腕力がある。


 わわっ!


 まじまじと女性を見る俺の目を、彼女が逆に覗き返して来た。


「あ、あありがとうございます!」


 慌ててお礼を言ったが、ちょっとドモってしまった。かっこ悪い……

 その時、とっさに俺を取り返そうと伸ばしたチコの腕をブロッコリー頭の冒険者が掴んで止めた。


「まーた、新人からピンハネしようと思っていたんだろ?

 いい加減にしとけよ、おまえは後輩から嫌われ過ぎだ」


「新人から教育料を取るのはこの業界の常識だ!

 だいたいまだロクな仕事もできない未熟者が、俺達と同じ報酬を貰えると思っているのがおかしいんだよ! 現実の厳しさを教えるのも先輩の役割ってもんだ!!」


 ドスの利いた声でチコはまくし立てたが、ブロッコリーは全く動じない。


「なら、チコのパーティに入りたいかどうか、本人に聞いてみようぜ」


 ブロッコリー頭がチコの腕を離してこちらへと振り返り、まとっていた金属パーツで補強を加えた皮鎧がガチャンと小さな音を立てた。


「俺はデニム。

 君の名前は?」


「カイルです。」


 デニムと名乗った男の問われ、俺は答える。


 そうだよ、もともとこういうかっこいい戦士に憧れて冒険者になる事を決めたんだ俺は。あのブロッコリーみたいな天然パーマはどうかと思うけど顔も整っているし、装備が妙に古ぼけている以外は気になるところはない。

 先ほどからの行動をみても頼ってもよさそうな人だ。


「では、カイル君。

 君はチコのパーティに入りたいのかい?」


「いいえ」


 何も考えず条件反射的に答えてから、俺はハッとしてチコの方を見る。


 ああ……やっぱ凄い顔でこっち睨んでるよあいつ……おっかねぇ。


「という訳だ。

 チコリーノさんにはお引き取りを願おう。」


「ケッ」


 チコはふて腐れてギルド左手奥の酒場の方に戻るとドカッと椅子に座り、テーブルの上にあったコップの中の飲み物を口に流しいれた。十中八九、中身は酒だろう。

 この建物の二階は冒険者の宿になっており、一階には冒険者ギルドの受付だけでなく食堂を兼ねた酒場もある。

 酒場にはチコの他にも、彼の仲間と思しき人物が数名ほどテーブルに着いていたが、彼等が俺に興味を示す様子も見受けられない。


 よかった……チコに安い金でこき使われる事は、これでなくなった。

 助けてくれた二人にお礼を言おうとしたが、チコがまだこっちを睨んでるのを気にして俺はとまどってしまう。


「ねーねー、カイル君。あたしルルっていうんだけど。

 良かったらあたし達と一緒に、パーティ組まない?」


 チコの目を気にしてまごまごしていると、さっき俺の腕を引いてチコから助けてくれた女レンジャーが歩み寄ってきた。

 いや、レンジャーではなく本業はシーフだろうか? ツインテールに結わえた金髪が特徴的だが幼い印象は受けないし、さほど似合ってもいない。歳はデニムと同様に20前後ってとこだろう。


「おいルル! 俺の邪魔をしたのは、そいつを横取りするためかよ!

 汚ねーぞテメー!」


 俺がルルに返事をする前に、チコが椅子から立ち上がって遠くから怒鳴る。


(うるせぇよ、黙って座ってろよピンハネ野郎が……。)


 心の中で毒づくのは簡単だが、それを言葉にするどころか態度にも示せない自分が情けなかった。


「は? 今カイル君はフリーなんだしパーティに誘っても問題ないでしょ!

 それに、あたし達はあんたみたいに強引な勧誘してないし、ピンハネもしないしね」


 ルルの反撃にチコの顔はますます険しくなるが、何も言い返さずに座り直して酒を煽る。おそらくルルと口喧嘩しても勝てる自信がないのだろう。

 芝居では勇者のパーティにはおしとやかな女僧侶や魔法使いの女冒険者が混ざっているのが定番だが、現実にはルルみたいなタイプの女冒険者が大半と考えるのが自然だろう。

 チコみたいなガラの悪い冒険者の相手をする必要もあるのだから。


「で、どうかな?

 あたし達のパーティに入る?」


 ルルさんが再びこっちに振り返り尋ねる


 よく見ると胸が結構あるなこの人。


 そういえば、さっき腕を引かれてよろめいた時に暖かいものが頬に当たったような気がしたが……もしかして最近の芝居なんかで流行のラッキースケベってやつなのか?

 芝居では主人公がその度に大げさに騒いだりしていたが、実際に自分で経験してみると状況が状況だっただけに必死過ぎて楽しんでいる暇などないものだ。

 あ、余計な事考えてないでさっさと返事をしなければ。


「はい、俺でよければ喜んで」


「じゃあ決まりだな。

 カイル、よろしく頼むよ」


 デニムさんが俺の肩ポンと叩いて微笑んだ。


「実を言うとね、この近くにあるリラルルって村からゴブリン退治を頼まれててね。

 デニムと二人だとちょっとキツイかなって思ってたとこなのよ」


「強い変異種がいない小さな群れのようだから今の君でも俺達と一緒なら問題ないだろう。

 討伐が遅れると変異種や大きな群れを呼び寄せかねないのですぐにでも出発したいんだが、いいかな?」


 ゴブリンは邪悪な小鬼だ。

 身体能力は強くなく、時には子供にさえ負ける程に弱いが、その活動は信じられないほどに邪悪であり、群れが大きくなればなるほど手に負えなくなる。変異種ともなれば熟練の冒険者でも手を焼くが、変異種のいない小さな群れであるなら初心者の冒険者パーティでも容易に相手をする事が可能だ。


「そうですね、群れが大きくなると討伐が大変になると聞きますし、すぐに出発する事に 俺も賛成です。」


 急な話ではあるが、初心者冒険者が受けられる依頼など限られている。今の俺の力を試すには二度とはない絶好の機会だ。これを逃す手はない。


「いい判断だ。君は冒険者に向いているよ。

 リラルルまではここから馬車で半日ちょっとの道程だから今から急いで出発すれば夕方には着ける。

 作戦や細かい打ち合わせは馬車で移動しながらするとして……え~っと……

 馬車のレンタル料と食費なんかはどんくらいいるかなルル?」


 デニムはルルの方に顔を傾けてウィンクする。


「え~またぁ?

 そういう面倒な事は、いっつもあたし任せなんだからぁ~」


 言葉とは裏腹にルルさんは楽しそうにデニムさんに駆け寄り二人で予算の相談を始める。正直、冒険にかかる費用の事などまるで考えていなかった俺は、とても話についていけない。

 仕方なく俺は傍で二人の話に耳を傾け、その会話から得られる知識を頭に入れる事に集中していた。


「ぉぃ」


 気が付くと、いつの間にかすぐ後ろにチコが立っていた。デニムとルルは話に夢中になっていてチコが近づいた事には気づいていないようだ。

 チコは大きな体を小さくかがめて俺の耳元で話しはじめた。


「あいつらと俺はこないだまで同じパーティだったんだがよ、デニムは女絡みの揉め事でパーティをバラバラにしちまったクズリーダーだ。

 悪い事は言わねぇ、とっととあいつらのパーティから抜けて俺のとこへ来な。今ならおまえの分け前を少しは考えてやってもいいぜ」


 それだけ言うと、チコは自分の席に静かに戻っていった。


 ……女絡みの揉め事だって?


 そういえば、デニムさんとルルさんの話す時の距離が近すぎるような?もしかして、この二人デキてるの?

 いや、デキてるに違いない!だってデニムさんの腕にルルさん抱き着いてるし……絶対に当たってるよね胸が……。え?なに?俺ってこれからの冒険中ずっとこんな調子でバカップルのじゃれ合いを見せつけられるの?


 きっつ~~~……


「ごめんごめん、話し合いにちょっと夢中になり過ぎたよ。」


 しばらくたってからデニムが笑いながらこちらに振り返り、俺は無理に笑ってそれに答える。無理をし過ぎて笑いが少し引きつっていたかもしれないが……。


「いえ大丈夫です。」


 そうは言ってはみたものの、実は全然大丈夫じゃない。

 たって、あんたが夢中になっていたのは冒険のための話し合いではなく、ルルさんとのイチャイチャだったでしょーが……

 途中から予算とは全然違う話してたよなあんたら。


 ほんの少しの時間で俺の中のデニムに対する評価は既に底辺近くにまで急落していた。


「じゃあ、馬車借りてくるから食料の買い出しよろしくね。」


 ルルさんは手を振ってギルドを一足先に出ていき、俺はデニムと共に市場へ向かう。


(はぁ、一人でいる時はまともだけど、ルルさんと一緒だと途端にバカップル化するんだよな、この人……)


 一緒に街の市場をまわってみて良く分かったのだが買い物の手際も要領もいいし、街での評判もいい。デニムが優秀な冒険者である事がよくわかるだけにバカップルの片割れである事が残念すぎる。


「すいません。

 デニムさんにばかり払わせてしまって……」


 金のない俺は食料も冒険に必要な道具も買う事ができず、その殆どをデニムさんに支払ってもらっていた。


「なに、構わないさ。新人冒険者が貧乏なのはよく知っているからね。

 けどさ、それにしたってカイルはちょっと極端だぜ。冒険に必要なのは武器や防具だけじゃないんだ。それ以外の必需品も買うために金は余らせとくものだよ。」


 デニムが口にした事は訓練所でも教えられていた事だ。にも関わらず自分が冒険者としての常識から目を逸らしていた事を思い知らされ赤面する。


「すいません。

 魔導弓の値段が思ったより高くついてしまって、お金が殆ど余らなかったんです。

 マジックアーチャーが自体が稀ですので、魔導弓を作ってくれる鍛冶屋が限られているんですよ。」


「そうか、そういう事なら仕方ないな。

 武器を持たずに冒険に出るわけにもいかないもんな。」


 俺の言い訳にデニムは爽やかに笑って答える。


「でも、これからは気を付けてくれよ。

 ちゃんと武装以外にも十分に金を掛けられるだけの報酬はまわしてやるからさ。」


 ギルドの前に戻ると、ルルさんが小さな馬車と共に待っていた。


「遅いぞデニデニ~」


 ルルさんの一言によって俺は一瞬で緊張の糸を切られ、腰くだけになっていた。


 デニデニってなんだよ……なんなんだよもぅ……


 冒険が始まる前から、俺は妙な疲労感に包まれていた。

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