一つの植物が枯れる時

 ニーヤと沢山話をした。

 時間にして一週間程。

 ダンジョン内だからと適当に飲食だけしながらぶっ通しで話をした。

 人間とダンジョンの違い、好きなもの、日常生活について、地上について、話すネタが無くなってきたら段々雑談にシフトして、最後の方は常識チェックと称して適当に検索して出てきたクイズを出してた。

 オレが思った通り、を重ねてしまえばニーヤは少し変わった性格の人間と同じようなものだった。

【王眼】で見ればダンジョンだと表示されるのに、【生命探知】では何一つ検知されない。

 オレ人間に敵意がなく、会話も可能な思考力もあって、感情もある。

 こんなやつをもう殺そうとなんて思えなかった。

 少なくとももうオレには出来ないと判断した。


 散々話してこいつに危険性はないのだとオレが信じられたし、そろそろ話すことも無くなってきたので【生死の天秤】自爆して地上に出ようかと思っていた頃だった。


「あっ」


 突然、ニーヤが会話に関係のない流れで声を上げた。

 どうしたのかと思ってニーヤを見たが、何だか急に感じる圧が儚くなった気がする。


「あーあ、忘れてた」

「何を……?」

「この身体だって相当無理して作ったのに別のダンジョンに来ちゃったら、エネルギー供給どころか奪われるんだからそりゃエネルギー切れになるよねぇ」

「は、」

「なんか、死神くんとのお喋りが楽しくてすっかり時間を忘れてたんだけどあたしもう電池切れみたい」

「ニーヤ、」


 身体の端からほどけるように消えていくニーヤは状況にそぐわない穏やかな表情をしていた。


「外は見れなかったけど、死神くんと沢山お話できて死ぬ程楽しかったよ。なんか人間でいう友達ってやつになったみたいでさぁ、あたしなんてただの末端ダンジョンだったのに不思議だよね」


 足が完全に消えた。


「なんで相手の思考を覗いちゃ駄目なのかいまいち理解しきれなかったけど、思考見れたらクイズとかしてもつまんないもんねぇ。頭の中覗いて過程も楽しまずに答えだけ知っちゃうのはつまんないや」


 足から上がるように徐々に上半身にも消失の波が向かう。


「なんか、人間みたいなこと言ってないあたし?えへへ……あたしは名前があるからこれぜーんぶ独り占め出来るんだ。嬉しいな」

「ニーヤ、待ってくれ」


 正直何を待ってほしいのかは分からなかった。でも咄嗟に口をついて出たのは今まさに死に向かうニーヤを引き止めるような言葉だった。

 あれほど殺そうとしていた存在に対して一体どの口で……。


「なに?死神くんもしかしてあたしのこと少しは好きになってくれたの?まぁずーっとボッチだった死神くんが初めてパーティ組んだ相手だもんねぇ〜」

「ごめん、そんなつもりじゃ無くて」


 一週間も話して、もうすっかりと絆されてしまったオレは今のこいつなら地上に連れて行っても大丈夫かななんて思っていたのだ。

 こんな、こんな終わりにするつもりなんてもう無かったのに。


 この気持ちがニーヤに伝わってほしい、その一心だった。


「脳内読んでもいいから、本当にそんなつもりじゃなかったんだって」

「やーだよー」

「ニーヤ」

「あたしはもうただのダンジョンじゃないから、もう思考を読まないの。……ね、これ人間っぽい?」

「ごめん、ごめんニーヤ」

「死神君そればっかり〜」


 まるでモンスターのように空気に溶けていく身体をそのままにニーヤは笑った。


「ありがと」


 その感謝が一体何に対しての感謝かはわからない。

 一週間も話していたのに何も解らなかった。

 だってオレはニーヤに何もしてやらなかったし、ニーヤの望みも何一つ叶えなかった。

 オレにはニーヤの心を読むことなんて出来ないから、その初めて見たとても穏やかな笑顔と、頬を伝ってこぼれ落ちる涙を残して消え去ったニーヤの心なんて最後まで解らなかった。


 まるで枯れるように終わってしまった最期を示すものは何もない。

 何一つ残らなかった。

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