バカンス

 実際問題思考盗聴は厄介だ。


 今のところオレがこいつに出せる有効打は【フレンドリーファイア】経由の攻撃だけだが、当然ニーヤも承知しているのでその間物理的に姿を消されてしまう。

 そもそも人外だから人間の枠組みから外れているとはいえ判定消しはズルだろ……。

 何かをしようとしても先読みされて問題が無いかの判断をされてしまうので、この精神メンタルストーカーに思いもよらない一撃という事は出来ない。

 ぐるぐる悩むオレの周りでピーチクパーチク五月蝿かったニーヤを振り払うように【フレンドリーファイア】手刀で斬ろうとするがあっさりと距離を保たれる。不慮の事故で今すぐ死なねぇかなこいつ……。


「ねー、そろそろ諦めなぁい?」

「五月蠅い死ね」


 一番の詰み要素はこいつの存在をオレ以外の人に知られる事だ。

 旧東京1番ダンジョンですら殺した後で殺すな、せっかくコミュニケーションを取れる機会だったのに勿体ない、歴史的な発見だったと四方八方から言われたのだ。

 オレからしたらこいつ七門市28番ダンジョンは、長年の恨みも込めて存在が許せないしオレが不用意に名前を与えてしまったからきっちりけじめを付けたい。

 でも、細かい私情を抜いたらこいつの存在を有益と判断する人はそれなりに居るだろう。

 ダンジョンとかいういつの間にか勝手に出来た謎の現象の説明をしてくれるかも知れないからダンジョンに悩んでいるところ程知りたい事があるだろう。

 必ず真実を答える保証がなくてもそれでも人間の勝手な想像でしか語れない現状よりマシだと思われると思う。

 表面上こいつは友好的だし、ステータスもカスだから簡単に制圧できそうだと思われるだろうし。

 もしかしたら【鑑定】のフレーバーテキストで見た時の情報次第ではオレよりも受け入れ易いかもしれない。


「死神君が望むならあたしはお喋りしてもいいよぉ。もう名前をもらったお陰でルールから逸脱できたし、出血大サービスしちゃうよぉ」

「ルールから逸脱って、何だよそれ」

「他のモンスターと一緒でぇ、あたし達ダンジョンもそれなりに制限があるの。基本的にお母様根本の為にならない非効率的なことは出来ないから……人間で言うとフランチャイズ的なぁ?」

「名前が付けば無視できるようになるのか?」

「根本的なダンジョンルールとか生態系的な制約はまだあるけど、名前があれば進化にあたしの意志が優先できるからねぇ」


 これが本当なら名前付きネームドってやっぱヤバいじゃねーか。

 これから名前付き討伐依頼があったら積極的に受けよう……。

 というか待てよ、「進化にあたしの意志が優先できる」?


「アハッ♡」

「……おい、お前どうやって進化するんだ」

「そりゃああたしはダンジョンだもん。死神くんがあたしのナカに居てくれればそれだけでお腹いっぱい♡だからいつまでもここに居てくれてもいいよぉ。地上も気になるけど、君が側に居てくれることのが大切だからぁ。だって、あたしは死神君家族が欲しくて生まれたんだよ♡」


 やっぱバケモンダンジョンは所詮バケモンでした。

 結局どれほど友好的に振る舞おうとしていてもこいつにとってオレは餌で、口ぶりからしたら恐らくそれなりにエサなのだろう。

 家族と言っているから家族単位でダンジョンの望む何らかが美味いのだろう。

 その、くだらない自分勝手な食欲のせいでオレの家に生えてきたという訳か。

 ……やっぱ、ダンジョンはゴミだな。


「ねぇどうしてそういう方向になっちゃうの?あたしは君が大好きだよって言っただけなのに……」

お前ダンジョンには一生解らねぇよ」

「すぐそうやってあたしを否定する……。ふーんだ。いいもーん。死神君は結局あたしを殺すことが出来なくてずっとここに居るしか出来ないんだから。外も行きたいけど、それは次の進化でなれば良いし」


 わかりやすく拗ねたリアクションを表すために頬を膨らませて見せたニーヤだったが、次の進化という言葉に頭が痛い。

 そうだ、このままこいつの中でグダグダしていたらそれは結局こいつに栄養を与えるのと同じだ。

 でも地上には連れていけない、探索者としてモンスターの地上侵攻なんて絶対に許してはならない。

 どうすれば良い……?


 ここから出たい。

 でも地上には行きたくない。そう頭を抱えているうちにふと天啓が降りてきた。

 今まさにドンピシャでオレの悩みを解決する最高のアイテムが存在していたことを思い出した。

 旧東京1番ダンジョン攻略中の度重なるダンジョンアウトで失われていない事は確認している。

 売ったらまた税金が大変なことになるからと死蔵していた【ランダム転移】のサイコロを取り出して、転がした。


「えっ、ちょそれは」

「【転移】」


 楽しいバカンスと行こうじゃないか。

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