7話

「そんなに、ダメなことなんでしょうか?」

 冷え切った声で、愛海がそう問い返す。聖二は眉をひそめた。


「認めるのか? きみが狩人たちの憎悪を煽っていたことを」

「はい」


 思わず奥歯を噛みしめる。見えざる脅威の正体をようやく突き止めたという安堵と、間違いであってほしかったという失望が、ないまぜになって聖二の胸を突いた。


「どうしてそんなことを?」

「狩人のみんなのためです」


 要領を得ない答えだった。もしや、と聖二は考える。単に愛海は、ことの重大さを分かっていないのではないか。


「ひょっとするときみは、ほんのいたずらや、なにか遠回しな善意のつもりでやったのかもしれない。けれど先日、一般市民が重傷を負うほどの事件が起きたんだ。平穏というものは思いのほか、薄氷の上に成り立っている。このまま続ければ最悪、円蓋都市が滅ぶかもしれない」


「分かっています。わたしはあの都市を終わらせるんです」


「……なんだって?」


 言い放つ愛海はいたって真顔で、冗談の気配は微塵もない。

 長銃を握る聖二の手に力がこもる。思っていた以上の、決定的な断絶が横たわっているようだった。

 分かり合うことのできない相手というものは存在する。イカレた破滅主義者はその典型例だ。


 彼女の誘引物質フェロモンは実際のところ、どの程度の能力ちからなのだろうかと思考する。

 こうして銃口を向ける聖二から、完全に戦意を奪いきることすらできるとしたら?


 ざっ、ざっ、ざっ――と雪を踏みしめる音が、夜闇の向こうから近づいてくる。戻ってきた陽彦と深雪の顔が、弱々しい焚火のもとに照らされた。


「なあおい、聖二」

 割り入ろうとする声に、

「止めるなよ、陽彦」

 ややぞんざいに返した。けれど陽彦は引き下がらず。

「いや、なんか深雪がさ。愛海の事情をだいたい知ってるとか言ってんだ」

 なんだかまた、とんでもない言葉を吐き出した。


「……なんなんだ君たちは。きみも仲間グルなのか? 深雪」

 尋ねる聖二の声からは、動揺が隠しきれずにいる。


「聖二は少し、冷静さを失っていると思う」

「冷静でいられると思うか、これが」


「私が愛海に打ち明けてもらったのも、ついこないだのこと。話が大きくて、あと突飛すぎて、私にはどうすべきか判断できなかったけど。聖二も一旦落ち着いて、愛海の話を詳しく聞くべき」


 確かに、ここで愛海を撃ったとして――背景により大きなものがあるのなら、根本的な解決にはならないのかもしれない。


「……ちゃんと事情を聞けば、僕が納得するような答えが返ってくるのか? 愛海」

「それは、聖二くん次第ですけど……こうなった以上、隠さずにお話ししたいとは思います」

「そのあいだ、誘引物質フェロモンで僕らを惑わすような真似はするなよ」

「信用ないですね。しないって約束します。聖二くんの方こそ、それを向けるのをやめてくれませんか?」

「なくて当たり前だろう……陽彦」

ぁーってる。誘引物質フェロモン出したら教えればいいんだろ」

「……よし」


 そこまでの合意が取れて、ようやく聖二は針撃ちの長銃を下ろした。


「まあぶっちゃけ、おれも人類滅べって思ったことあるしな」

 陽彦がそんな冗談を気安くこぼす。もしやこの猟団パーティこそが都市を脅かそうとする悪の巣窟であり、自分はそのことに気づかず正義を標榜ひょうぼうしていた世界一の間抜けなのではないかと思えてきて、聖二は頭がくらくらしそうだった。


「ちょっと、提案があるんですけど」

 と、愛海がまたそこに追い打ちをかけてくる。


「まだなにかあるのか。勘弁してくれ」

「まあまあ。言ってたじゃないですか、きみは何者なんだって。わたしがどこから来たのか、気になりませんか?」


 気になるというか――それこそが最大の疑問だった。狩人たちの中から破滅主義者が生まれることは稀にあっても、無から人間が生まれることはないだろう。

 どうして愛海は、円蓋都市に出生の記録を持たないのだろうか。


「この際だから、案内しますよ。わたしの生まれ育った場所に」

 そう言って、愛海はいたずらっぽく微笑んだ。

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