4話
聖二の先導にそのまま付いていく。すれ違う者たちはみな
歩きながら、陽彦は考える。かつては自分も住んでいたというのに、どうしておれは
住居、柱、住居、柱――しばらく歩き続けるうち、変わり映えのしなかった景色にようやく変化が現れた。六角形のオブジェのようなものが、地下都市の天井を貫くように
周りの壁や床、柱などが石材やコンクリートらしき素材で作られているなかで、
近くの
上へと持ちあげられているはずなのに、むしろ下に押し付けられるような奇妙な感覚のあと、電子的な音が到着を告げた。
開いた扉から差し込む
そこに、
陽だまりの匂いがした。緑のふかふかが敷き詰められた地面を男の子が駆けまわって、屈託なく笑い声を響かせていた。母の腕に抱かれた女の子が、脱力しきって眠っていた。兄弟らしき子たちがじゃれ合いながら
思い出す――自分も幼い頃、あの廻る遊具や、向こうに見えるシーソーや、ブランコで遊んだ。あの頃は世界のすべてが暖かく、安全で、心地のよいものだった。
母さんといっしょに砂場でお団子を作って、食べるふりをしておいしいねと笑った。ほんとうに甘くておなかが満ちるような気がした。
遊び疲れた自分を父さんが
「健康のため日光を浴びるのが必要と分かっていても、大半のものは
目の前のそれらを、聖二が補足して語る。
「多くの親たちは子どもらを、世界の残酷さから遠ざけてやろうとする。きっと彼ら自身が、両親にそうしてもらったように。あるいは本当に、この瞬間だけは彼らも救われているのかもしれない」
それは陽彦が抱いた疑問に対する、核心を突く答えだった。
安全圏でぬくぬくと暮らしている連中。陽彦の中のその
細胞を移植されてからの七年間。迫りくる死と発狂の
自分がつらい想いをしている間も、あいつらは楽園のような世界で暮らしているのだと、憎むことでしか心を守れなかった。
陽彦が狩人として選ばれ、連れて行かれた時、両親はどんな気持ちだったか――いや、知らないわけではない。
ただずっと、忘れていただけだ。
「なあ、家族に会えねえかな」
八歳のまま眠っていた、泣き虫な心がそう
見当違いに抱き続けた恨みを謝りたかった。父と母もまた受けたのであろう、心の痛みを癒したかった。自分はまだ生きている、元気にしていると、ただ伝えたかった。
「特定の誰かに会うとかいったことは、きみの私益になる。悪いけど、僕らの
聖二にそう告げられ、陽彦はただ、光景に背を向けて
この中からもいずれ誰かか狩人として選ばれ、自分と同じような想いを抱くことがあるのかもしれない。そう思うと、どうしようもなく胸が締め付けられた。
※※※
かつん、かつん、と薄暗い通路に靴音が響く。居住区画から
「いつの間にか、忘れてしまう者も多いけれど。あの場所は決して楽園じゃない。もちろん、命がけで戦うよりはマシという考えもあるだろう。それでも、彼らには彼らなりの苦しみがあるんだ。生きていることの意味すら見出せない、乾いた人生が」
再確認するように聖二が切り出す。それを突き付けたのは、ひどく残酷なことだと分かっていた。陽彦の中の当たり前は今日、大いに打ち砕かれたことだろう。それでも、今の彼ならばきっと受け入れられるという信頼があった。
「滅びてしまえ、死んでしまえなんて、軽々しく言われていい人なんてきっといない。彼らを守るという正義のもとに、僕らは結託している」
「いいかげん、その正義の秘密結社の名前ぐらい、教えてくれてもいいんじゃねえか」
少し気力を取り戻してきたのか、陽彦が尋ねる。
「『都市の影』という。結社なんて大それたものじゃないよ。だいたい三十人ぐらいの同盟さ」
当事者である聖二からしてみると、その理念や目的を果たすには
「少し前から狩人たちの間では、居住区民に対する憎悪が
その
「それなんだけどよ。なんか、妙っつーか……なんであいつら、あんなにイライラしてんだろうな?」
陽彦の方からも、引っかかっていることを尋ねた。少なくともあれは、ずっと前から当たり前の態度ではない。
「煽動する者がいると
蛇めいた瞳が陽彦を見据える。話さなければならないことの、ここからが本題だった。
「一緒にこの円蓋都市を守ってくれ、陽彦」
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