7話

 目の前に女の子がいた。私と同じ、黒い瞳、黒い髪――けれど、私よりもずっと幼い顔立ち。

 長いあいだ会いたくて、けれど叶うことのなかったひと。


 彼女は私を、責めるでも赦すでもなく。

「陽彦くんたちのことを、よろしくね」

 私よりも高い声でそう言った。今となってはもう、その言葉だけで十分だった。


 きっとこれはただの夢で、あなたも私の脳神経がつむいだ幻なのだろうけれど。

 私は頷いて、それから――きっと不器用でぎこちないのであろう、けれど精一杯の笑みを、彼女へと返してみせた。



※※※



 個室コンパートメントの見慣れた天井。ベッド上で仰向あおむく体。

 眠りの浅瀬から起き上がる。いつものような在りし日の追想ではなく、未来のことを願う、温かな夢を見ていた気がする。


 鳥たちが巣食っていた地域を出たあと。眠りの後遺症のようなものもなく、私たちは無事に地下都市へと戻ってきた。

 何日か休もうという聖二の提案に皆が賛成し――私は食事以外ほとんどずっと、この狭い部屋にこもりきっていた。


 あの生と死の境目で、心の底から湧き上がった願いを反芻はんすうする。

 みんなと、もっと一緒に生きていたい。


 それはとてもひとがりで、いずれは世界の過酷さに打ち砕かれるだけの、はかな願望がんぼうなのかもしれないけれど。

 それでも別に良かった。


 いなくなったあの子の言葉を、ただなぞるだけでなく。このように在りたいという姿を、自分で選び取ることができた。

 その事実がきっと、これからの私に勇気をくれる。


 にわかに、こんこん、とノックの音がした。もう愛海と約束した時間かと驚く。相変わらず、この地下空間では時間の経過が分かりにくい。

 相談を持ちかけられたのは昨日のことだ。二人きりで話したいことがあるから、どうか時間を作ってくれないかと言われて、私はもちろんと頷いた。


 ただそれは、本人にとっても非常に繊細な話で、内容の整理と心の準備に時間を要するから、一日ほど間を空けてほしいということだった。

 なんとなく察しがつく。いつか話したいと言っていた、彼女の抱える秘密というものを明かしてくれるのだろう。


 扉を開く――硬い表情をした愛海がそこで待っていた。迎え入れて施錠する。以前と同じように、狭いベッドに並んで座った。

 愛海はそこでもしばらく黙りこみ、私はただ待った。あなたのペースで話してくれれば大丈夫だと伝えたくて。


 やがて意を決した愛海が、唇をぎゅっと結んで。


「深雪ちゃん、わたしね――」


 これまでにないほどの真剣さで、それを切り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る