6話

「□□□□□□□□□□——————!!」

 鳥の王が命令を下すなり、猛禽たちがこちらへと襲いかかってくる。毒針銃を向けて、引き金を続けて引いた。


 勢いを殺さぬまま、翼がひるがえる——一羽たりとも撃ち落とせず。

 聖二が普段いかに動きを先読みして射撃を行っているのか、実感を伴って知らされたよう。


 爪や嘴の嵐が迫る――丸鋸を振り回し、杭で反撃を試みるが、まんまとすり抜けて一方的に身をえぐられた。神経線維から、受けた痛みが伝わってくる。

 速さも精度も足りていない。これでは木偶人形を扱っているのと同じだった。


 戦いの段階ギアを上げなくてはならない。けれどあまりにも三人の内側へと侵襲しすぎれば、先ほどやろうとしていたのと結果的に同じこと――中枢神経を破壊して、命を奪うことになる。


 躊躇する私に、新たな嘴たちがまた容赦なく迫る。こういう攻撃を、再生力に優れる愛海がいつも飛び出して受け止めていた。

 記憶に沿って彼女の身体を動かすが――鋭く腹を突かれつつ、あざ笑うかのように身をかわされ、遅れて飛び出した杭が虚空をむなしく突いた。


 勝手に身体を借りているというのに、どこかまだ遠慮を捨てきれずにいた。致命傷を受けてはならないという怖がりな意識が動きのおこりを鈍らせ、むしろ彼女の身を危険に晒してしまっている。


 私たちを弱敵と看做みなしたのだろう。猛禽たちがいよいよ、命をついばもうとばかりに殺到してくる。


 聖二が、陽彦が、愛海が、こんなやつらに後れを取るはずがないのに。彼らの力を十全に発揮しきれていない、私がぜんぶ悪い。

 どうにかその力を引き出そうと、繋げた神経線維の侵襲を高めようとしたその時。


 にわかに感触フィードバック——髪を介して伝わってくる、抵抗の意思。

『わたしがやります』という、声なき声が聴こえた。

 その接続を手放す。ふわりと拡がるなにか――誘引物質フェロモンの気配。


「■■■■■■■—————!?」

「■■■■■■■■■■———!!」


 集う鳥たちを杭が貫き、逆棘ぎゃくしが展開してさらに絡めとった。


「おはよう、深雪ちゃん――守ってくれてたんですね」

 杭だらけのサボテン人間となった愛海が、私に向かって微笑む。


「何もできなかった。あなたたちを無闇に、危険に晒しただけ」

 申し訳のない気持ちで正直に語った私に。

「深雪ちゃんが、眠りから引っ張り上げてくれたんですよ」

 愛海はそう返す。神経への刺激が、彼女の覚醒を促したという示唆だった。

 それなら、私がするべきは。


 迫りくる猛禽たちへの対処をひとまず愛海に任せ、聖二の内側へと深く潜った。眠ったままの心の表面を、撫ぜるように、つつくように刺激する。肉体を操るのではなく、意識を目覚めさせるために。


 たちまちに感触フィードバック——『僕に任せろ』という無言の信号。

 接続を手放す。ぱんっぱんっぱんっ――連なって響く破裂音。


「——————ッ――――」

「————……————」


 翼を広げた滑空姿勢のまま、硬直し雪面へと堕ちる鳥たち。


「交戦中みたいだね」

 頼れる鳥撃ち名手が、復活して早々に状況を確認する。

「私はあのこえで眠らないみたい。いっぺん轢いてやった」

い……? 危険な能力だが、きっと君こそがやつの天敵だ。今ここで仕留めたい」

「うん」


 物量に押されつつある愛海を、聖二が援護射撃し始める。

 髪で繋がったままの陽彦を伴って、私は駆けだした。

 視線の先——鳥の王は震えるように羽ばたき、なんとかその場から飛び立とうとしている。欠損の再生と比べると、骨折や打撲の治癒は遥かに早い。

 疾走しながら、最後の一人を起こすための刺激を送る。


「——おい」


 神経線維ごしではなく、声による返事が上がった。陽彦が薄っすらと瞼を開く。

 毛並けなみが伸び、輪郭シルエットが膨れ、力強くてあやうい半人半獣のそれへと、肉体が作り替わっていく。


 接続を手放そうとしたそのとき、ようやく感触フィードバック――驚きに打ち付けられた。

 拒絶ではなく、調の信号。

『もっと踏み込んでこい』と、陽彦がこちらに告げている。


 既に奥深くまで潜り込ませた神経線維——やりすぎてしまえば、彼のすべてを永久に奪ってしまうだろう。

 あえて思いきり踏み入った。危険リスクを承知の上で、陽彦がそう望んでいると分かったから。


 肉体に掛かった、無意識の制限を解き放つ。ミシミシときしむ音がした。激しい痛みを共有する。

 私と彼との境界が融けてゆき、脳が熱さでき切れそうになる。

 極限まで縮めたバネのように、全身に力がみなぎった。


 陽彦が私を信じてくれていることが、神経線維よりも確かな何かを通じて伝わってくる。

 そのことがただただ嬉しくて――鼻から血をき出しながら、私はもう、これ以上ないぐらいに笑った。


「「……あああああああああああああっ!!」」

 私たちは、一つになって叫んだ。


 足元の氷雪ひょうせつぜ飛ばし、神経線維の接続を引きちぎりながら、陽彦が弾丸となって飛び出す。


「□□□□□□□□□———」

 丸鋸剣がブルルル、と吠えて、そのヒステリックな叫びを掻き消した。


 交差した瞬間、飛び立つ寸前だった鳥の王が両断され――雪上にとびきり、鮮やかな血の花が咲いた。



※※※



「■■■■■■■■——!!」

「■■■■■■———————」

「■■■■■■■■■—————……」


 王をうしなった猛禽たちが空へと散ってゆく――じきに滅びる運命を、知っているかのような嘆きの声をあげて。


 ふっと力が抜けて、背中から倒れこんだ。

 酷使しすぎた脳にこもる熱を、雪がひんやりと奪っていく。


 誰かが近づいてくる足音——人の容貌すがたに戻った陽彦が、私の顔を覗き込む。

 彼になにか言われる前に、私は伝えることにした。


「ごめんなさい」

 謝らなくてはならなかった。


 彼らが幸せのままに終わる、もしかしたら最後の機会チャンスを、私が奪ってしまったかもしれないこと。

 砂川いさかわ深雪みゆきからすべてを奪った私が、その最期の願いすらもないがしろにして、自分勝手な願いを持ってしまったこと。

 そんな、とてもひどいことをしたのに――ほんの少しも、後悔をしていないこと。


 そんな私の気も知らずに。

「意味分かんねえし。なんで笑ってんだ、お前」

 陽彦はぶっきらぼうな、けれど優しい声でそう応えた。


 その言葉に満足して、私は瞼を閉じた。

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