4話

 針撃ちの長銃が吠える音と、遅れて何かが叩きつけられるような鈍い音が、静謐な夜に響いた。


 青白い月光の下——全長一メートルはあろうかという漆黒の翼を広げた猛禽もうきんたちが、酩酊したかのようにふらふらと飛行する。聖二の蛇の瞳がそのうちの幾つかに狙いをつけ、引き金を引いた。射抜かれた影たちが重力に従って下方へと加速し、固い雪面に接触して全身の骨を砕かれる。


 いつものように誘引物質フェロモンで冬獣たちをおびき寄せている愛海の、目に見えない貢献はともかく。その晩の狩りは、ほとんど聖二の独壇場だった。


 猛禽たちが降下してきたら迎え撃つという役割が陽彦や深雪にも与えられていたものの、その兆しが見えた時点で聖二が速やかに撃ち落としてしまう。

 手持ち無沙汰となった二人は狩りの最中さなかにありながら、既に処理の行程に取りかかり始めていた。


「よう、役立たず」

 陽彦が煽りつつ、あちこちから回収して抱えたもの――息絶えた鳥たちをどさりと置く。


「それはお互い様でしょ」

 深雪は言葉を返しつつ、それらの羽根をせっせとむしり取る。


 先日互いにかっとなったことは、とうに謝り合っていた。すっかり調子を取り戻し、また軽口を叩いている。

 二人にとってはそれほどに退屈な狩りだった。死にそうな目に合うほどギリギリの戦いの方が良いのかと問われれば、断じて否ではあるが。


「今日はこれぐらいにしておこうか。首が疲れて仕方ない」

 ずっと上空を向き続けていた聖二が、ようやく銃口を下ろして言った。


「暇でしょうがなかったぜ。ちゃんと情報集めしてくれよ」

「伝聞のやりとりだけじゃ限界があるんだよ」

 陽彦がそう愚痴をつき、聖二もため息を返す。


 円蓋都市サッポロから北に、百キロメートル超もの先。

 エリアCのセクター2——陽彦たちの誰も昔の地名を知らない、海沿いの廃墟群。

 その遠方にまで足を運んだのは、いつもどおり聖二の情報網によるものだった。距離があるためただちに狂走スタンピードが発生する恐れはないものの、それなりの数の冬獣が湧いているという。


 実際に来てみると、少し面倒な状況だった。蛇や狼のような種が多いという話だったが、愛海が引き寄せてみると、出てきたのは空を翔ける猛禽もうきんたちだった。情報が古く、その間に生態系の均衡バランスが変わったのだろう。


 聖二以外にろくな飛び道具を持たないこの猟団パーティよりも、たとえば全員が銃火器を扱っているみたいな、鳥狩りに適した連中がもっと他にいる。そういう余所よその猟団に情報を共有し、さっさと任せるべきだった。


 ただ、鳥というのは地を駆けるほかの獣たちと比べ、行動可能な範囲が広い。日光が嫌いで帰巣本能の強い冬獣たちとはいえ、その気になれば日に数十キロやそれ以上の距離を飛び越えてしまうかもしれない。


 すぐに狂走スタンピードには至らないという前提が、この種に関しては成り立たないと思われた。そもそも鳥型の冬獣が他種との生存競争に勝って数を増やすことが珍しいため、あまりかくたることは言えないのだが。


 ひとまず自分たちである程度の群れを削っておき、それから円蓋ドームに戻って他に任せようという方針を聖二が提案し、まあ一番大変なのは銃を撃つ本人だからいいかと他の三人も了承して、今に至るのだった。


 聖二が鳥の出汁だしを試してみたいと火を熾し、鍋に雪を詰めて煮沸させ、そこにぶつ切りにした肉を突っ込んだ。そのままみなで、火を囲んで作業をする。


「しっかし、引き受けてくれるやつらがいるかどうかだよな。こんな遠いとこで、こんな食うところのねえ獲物」


 陽彦がそう言って、掴んだ鳥の脚をぶんぶんと振り回す。それらは羽毛によって大きく見えるものの存外に軽く、肉付きがあまりよくない。

 鳥というのは体が重いと飛行できないので、筋肉の量どころか骨密度を下げてまで体重を落とすよう進化した生き物なのだ。撃ち落とす労力に対して、狩りの収量は芳しくない。


「心配ないよ。僕が情報を貰っているのと同じように、僕からの情報を欲しがる奴らがいる。多少割に合わないことでも、円蓋ドームを守るためならやってくれる」


 聖二がそう説明するのを。

円蓋ドームを守る?」

 いまひとつピンときていない様子で、愛海が聞き返した。


「ああ。余裕のない時代だからかな。今はどこもみんな厭世的えんせいてきというか。居住区画のやつらなんてクソくらえとか、こんな社会なんてそのうち滅んじまえ、って感じだろう?」


 聖二の言葉に――深雪が陽彦の方をじとっと見る。視線がやかましいわ、と睨み返した。


「でもね。こんな世の中だからこそ正義ってものが必要だと僕は思う。なるべく長く人類を存続させようっていう、素朴な正しさがね。そして、同じように考える狩人たちが他にもいる。そういう同志たちとの緩い繋がりがあるんだ」


 なるほどな、と陽彦は得心とくしんがいった――その辺にいる不良ヤンキーぶった連中の一人一人に冬獣の生息情報を聖二が聞き込みしているとは、別に思っていなかった。猟団パーティの枠組みを超えてそういう情報を共有する集団コミュニティが存在し、彼はそこに属しているということらしい。


 正直言って初耳だが――語りぶりからして、旧世代の漫画コミックを貸し借りしあうとか、煙草を一緒に嗜むとかいった、よくある同好会ギルドと似たようなものなのだろう。


「はっ。そこまで守らなきゃいけないような価値が、まだ人類にあんのかね?」


 まさに厭世的そのものという態度で陽彦はつついてみせるが、


「いいや。正義は必要なんだ。自分はこのために頑張っているという心の支柱があるから、折れずに立っていられる」


 聖二に淀みなくそう答えられ、ぐう、と唸った。ちょっかいをかけてやろうと思ったのに、その理屈はなんだか分かるような気がした。


「君たちにもそのうち、彼らを紹介したいよ」

「やだよ、めんどくせえことに付き合わせんな」

「相変わらず素直じゃない。そういう真っすぐなノリ、ほんとは全然嫌いじゃないくせに」

「わたしも、すごく興味あります」

「もってなんだよ、おいコラ」


 わいわいと騒ぎながら、煮えたばかりのスープをすすった。塩気が足りないだとかあれこれ文句を付けつつ、こないだの肉団子よりは悪くないな、と内心で呟いた。


 やがて夜が明け、日が登り始めて――いつも通り車内で睡眠をとる頃合いとなった。

 普段の陽彦は明け方に煙草で一服するのだが、その日はなんだかとても眠くてそれどころではなく、助手席シートへと直行して腰掛けた。


「————————————…………」


 女の歌うような声が微かに聴こえた気がして、深雪と愛海に尋ねた。双方とも心当たりがないと首を横に振り、じゃあ空耳か何かかと納得して目を閉じた。


 眠りの海へと深く潜っていくあいだ。


「————————————…………」


 やはり声が聴こえた。薄れゆく意識の中、ああそうか、あいつらはおれみたいに耳が良くないから聴こえないのかと納得し、安らかな暗闇へと落ちていった。



※※※



 みなで陽彦の身体を、つよく揺さぶる。

 夕刻――凍り付いた西の海に沈む太陽が、あたりを緑に染め始めても。

 陽彦は安らかな寝息を立てたまま、一向に目を覚まそうとしなかった。

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