第二章
1話
目が覚めると知らない天井があって、そこはベッドの上でした。
どこか肌寒く、同じようなベッドがわたしのものと合わせて六つ並ぶ部屋です。寝息を立てる同じ年ごろの男の子や女の子たちが、その全てを埋めていました。
頭に巻かれた包帯のざらざらした手ざわりに触れて、それでわたしは、眠っているあいだに手術が終わり、もう二度と元のところに戻れないんだ、ということを実感しました。
最後のお別れをするあいだ、お
わたしの脳には悪いできものがあって、かつての医学では無事に取り除くことができなかったそうです。けれど今この時代には、昔あった多くの豊かさが失われたかわりに、あらゆる傷を治すことのできる魔法みたいな技術があります。
記録に残っているかぎりにおいて、今はまさに最悪の世だと言われているようですが、わたしに限っては、この時代に生まれてきたことが幸運でした。お
大好きなお
大丈夫だよ。この時代に産んでくれてありがとう、って。
そのときは見ないふりをしていた『これから』のことがいま、ふいに浮かんできました。
涙が出そうになって、それをなんとか
その子たちを差しおいて、幸運なわたしが泣くわけにはいきません。
そんなことを考えていると。
「なあ、泣かないの?」
となりのベッドからそう声がかかって、そちらへと振り向きました。
短い髪をつんと逆立てた男の子が、目を覚ましていました。
年はわたしと同じか、少し下ぐらいでしょうか。
しぐさや顔に弱気がでていたのだろうかと、顔を
「おれ、匂いで気持ちがちょっとわかるんだ。
と、男の子はわたしの無理を見透かして言いました。
それでわたしは――本当はこんなふうに思うのも良くないことだと分かっているけれど、少しだけ――むっとしてしまいました。どうしてこの子はわたしが隠そうとしていることを、わざわざ明かしてしまうんだろうと。
「泣いたらちょっとだけ、すっきりするんだよ。おれはそうだった。だからおまえもそうしたらいいのに」
口調からいじわるとかではなく、気づかいのつもりでそう言っていることはなんとなく伝わってきました。ただ、その子はやっぱりわたしより――たぶん年というよりも、心がすこし幼くて、言い方がちょっと乱暴です。
「おまえって呼ぶのをやめて。わたし、
「
と、向かいのベッドで寝ている子のきっとあまり知られたくないであろうことまで、勝手に喋ってしまいました。
このままでは
「わたしね、病気を治すために手術を受けたの。陽彦くんやここにいる子たちはたぶん、違うでしょ?」
「うん。おれはくじで選ばれたらしいし、みんなもそうだと思う」
「みんなは不幸だからここにいるけど、わたしは治らないはずの病気が治って、幸運だからここにいるの。だから、わたしは周りのみんなよりも悲しんじゃいけないの」
「ふうん、変なの。くじに当たったのが不幸ていうんなら、病気になったのだって不幸じゃんか」
「それは……」
そうだけれど。でも突然選ばれてしまった子たちよりも、わたしはもっと早くから手術を予告されて、気持ちを
そのことをどう話せばうまく伝わるだろうかと、考えこむわたしに。
「みんないっしょだよ」
と、陽彦くんは言いました。
「化けモンと戦わされるなんてこわいし、もう二度と、父さんや母さんに会えないなんてさみしいよ」
わたしの心の、なにかをせき止めている部分を、先の
もうそれ以上はやめてほしいという気持ちと、聞かせてほしいという真逆の気持ちが
「ちょっと違ってても、深雪の悲しい気持ち、ここにいるみんなは分かってるよ」
その言葉でとうとう、わたしは
けれどそれは悲しさだけでなく、胸の奥からじんわりと、脈打って広がるなにかと混ざって流れ出たものです。
わたしは幸運だから。その言葉はわたしをつなぎ止めてくれた代わりに、いつの間にか心をかたく強く
自分の弱い部分を、さらけ出してはいけないと。
陽彦くんはそれを
壊れやすい
ごはんを食べて、検診を受けて、ほかの子たちとも自己紹介をして。その日の終わり、となりのベッドで寝息を立てはじめた陽彦くんの横顔をうす明かりの下で見つめながら。
つくり笑いでなく、自然に笑みがこぼれるのを自覚して、ひとつの決心をしました。
寄り添ってくれた彼に、恩返しができるように。
強い狩人になって、きっとわたしが陽彦くんのことを守ってあげるのです。
これからの運命と、わたしの中に入りこんだ細胞をはじめて本当に受け入れて――
※※※
もうずっと、繰り返し見てきた夢からの
起きてすぐ、そこに映るものに祈りを捧げられるように。
黒曜石めいた瞳。
失われてしまったもの――自然な笑み。涙。それらを司る、彼女本来の魂。
私が食い殺し、そのまますべてを奪ってしまった女の子。砂川深雪の、不自然に歪んだ十七歳の姿。
その最後に残った願いを反復する。私は今、陽彦のことをちゃんと守れている?
返事はない。曇りのない瞳は私に
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