9話

 働き手を一人欠いての解体は長引き、翌朝の太陽が地平線を出たあと少し昇り始めてから、ようやく一連の作業が終わった。


 みな疲れ切っていたが、だからこそよく食べた。陽彦も嘔吐のあとで食欲が残っているかと心配されたが、右手の再生のためにも時間をかけつつ腹に量を入れようと努めているのが見て取れた。


 一度泣き尽くしたのが良かったのか、だいぶ落ち着いた様子に見える。むしろ普段の小生意気さが多少りを潜め、それでいて別に塞ぎこんだというわけでもなく、吹っ切れたような気配があった。


 陽彦は少しだけ、自分の脆さを受け入れようとしていた。内に抱えた熱く揺らめくものや冷たく尖ったものに殉じきれない、自分のなかの中途半端でぬるい部分を、ずっと好きになれずにいた。

 けれど昨夜の深雪の目は、その柔らかなものをこそ見出して、肯定しているかのようだった。


 本人すらもうまく噛み砕けてはいないその心境を、聖二はなんとなく察する程度であったが。きっと好ましい変化なのだろうと受け止めていた。


 狩人たちの命は短く、その心も負荷ストレスさらされてり減っていくばかりと思われがちだが。

 決してくだころげる一方ではないと、彼はそう信じている。


 願わくばいずれ陽彦にも、自分と同じ正義を歩んでくれればと思った。


※※※


 昼までに円蓋ドームてば地下の封鎖には間に合うだろうと、軽く仮眠を取った。それからあの雪上車が停まっている、校舎の前へと戻ってきた。


 採掘もままならなくなった厳冬の世界において、金属づくりの雪上車は貴重資源の塊であり、回収の対象となっている。帰りは二手に分かれて乗り込むことになるだろう。


 愛海が狩人の遺体を回収して弔いたいと校舎内に乗り込み、深雪もそれに付き添っている間に、陽彦は車内の収納箱トランクボックスを覗いた。

 それぞれが吸っていたのであろう煙草の箱が四つと、一本のライターが入っている。こいつらもそれなりに楽しくやってたんだろうかなんて思いながら、それらを手に取る。


 やがて深雪と、膨らんだふくろを抱えた愛海が戻ってきた。地下都市の係員に引き渡せば、居住区民たちと同じ火葬施設で弔われるらしいが。本当にそれが彼らの魂にとって慰めとなるのか、陽彦には分からない。


 代わりに彼らの煙草の箱から一本を抜き出し、咥えて火をつけた。天上にあるとかいう死後の国を信じるわけではないが、もしも届くとすれば彼らが死んだのに近いこの場所からのような気がして。


煙草それ美味おいしい……っていうんですかね? どんな感じなんでしょう」

 と、興味本位で尋ねてくる愛海に。

「吸ってみろよ。ちょっとぐらい、試したところでどうってことないぜ」

 そう言って、自分が取ったのとは別の箱を差し出す。

 愛海がおそるおそる一本つまんで咥えたその先端を、ライターで炙ってやった。


「ふが……? なんか、うまくいかないですけど?」

「最初っからいきくな、火ィつけながら吸い込むんだよ」

「んぐっ……けほっ! な、なんですかこれ……拷問?」

 大げさにせかえる愛海を見て、口の端から少し意地の悪い笑みがこぼれた。


「単なる緩慢な自殺。日常的に吸うなんてばかげている」

「血流が悪くなるから、特に欠損の再生中は良くないんだけどね」

「うっせ、手はもう治ったよ」

 非難の言葉とは裏腹に手を伸ばしてきた深雪と聖二にも、またそれぞれに違う箱を差し出し、同様に火を分ける。


 四つの煙が立ちのぼって、青空へと融けていった。

 緩慢な自殺、上等ジョートーじゃねえか。死んでいった同胞たちに寄り添うなら、それこそ相応ふさわしい流儀やりかただと思った。


 携帯灰皿に四人分の吸い殻を食わせてやって、いつもの雪上車に聖二と愛海が、停まっていた方に深雪と陽彦が乗り込んだ。


 どうせ暇だから自分が運転したいという陽彦の意見は、治ったばかりの右手を理由に却下された。

 のろのろと動き出した雪上車たちが、やがて廃墟群を抜ける。

 窓の外には代わり映えのしない雪原の白が流れていくばかりとなり、その退屈さに欠伸あくびをした。


 運転する深雪の横顔を眺めながら、ふと思う――ああ、なんでも好きに守ったり、壊したりできるぐらい、もっと強くなれりゃいいのになあ。


 王を失ってじきに滅び、いずれまた別の冬獣ニフルスの群れが棲みつくのであろう街を背にして、二台の雪上車は新たな轍を刻みながら並んで駆けていった。

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