7話
口元を覆うマスクの下で、聖二が舌打ちする。
この猿の王はやはり並外れて賢く、銃や射線といったものを理解している。できることならば、はじめの遭遇時に仕留めてしまいたかった。
深雪が肉塊を動かして
「■■■■■■■——————!!」
数匹の猿が遮蔽を飛び越えて狩人たちに迫った。愛海がそれを
戦場は人対獣のそれには到底見えない、射撃戦の様相を呈していた。一撃当たれば致死となりうる飛び道具を互いが有し、その被弾を恐れて防壁越しでの攻防が発生している。
「□□□□□□□□□□□□□□□————」
猿の王が聲を上げる。それを聞いた手下たちが、既に撃たれて痙攣する別の猿を拾いあげて前に構えた。毒針を防ぐのには、その程度の遮蔽で十分だと気づいたのだろう。
わずかな隙間を縫うように聖二は撃ち続けるが、射抜けば射抜くほど盾に使える死体予備軍が増え、攻撃が通りにくくなっていく。
その一方で猿の王は
形勢を覆すべく、一陣の風となって陽彦が駆けた。
回転する丸鋸を両手に唸らせ、飛び掛かってくる猿の鈎爪を最低限の動きで躱し、ときに返しの刃で殺めながら、王を守る肉盾部隊へと近づいていく。
それを狙った二挺拳銃の銃弾が、癒えたばかりの右腕の不器用さによって少し逸れて、陽彦ではなく手下の頭を爆ぜ飛ばした。
猿の王はそんな誤射などまるでお構いなしに連射し続け、更にもう何匹かが、流れ弾によって胸や腹を吹き飛ばされて絶命する。
くそったれが――口にする余裕もなく、陽彦は内心で毒づいた。
そこまで軽んじられて、どうして
猿たちにとってみれば、ひどく的外れな怒りであっただろう。個体としての生存すら勘定に入れず、ただ闘争や繁殖のみに特化した手下たちと、少しだけ高い視座から彼らに命令を下す独裁の王。その生態がたまたま厳冬の世界では優位として働き、今日まで群れを保ってきたにすぎない。
陽彦のその感情は実際のところ、自分自身の痛みの投影だった。本当は戦いたくない、死にたくない。そんな叫びなど
人類はとっくに、獣たちと同じところにまで堕ちている。お前らなんて、大っ嫌いだ。
かわいそうなやつ――身体に混じった獣の細胞が、言葉なくそう囁いた。
おれがその痛みを消してやる。戦いは楽しい。蹂躙は心地良い。その真実で、お前の怯えた魂を上塗りしてやる。
「□□□□□□□—————!!」
猿の王が新たに号令し、残る手下たちすべてが陽彦を向く。いま最も脅威なのはこの素早く
「■■■■■————!?」
「■■■■■■■ッ」
「■■■■■■■————」
果たしてそれらの鈎爪や、あるいは
それを逃れた猿たちも、聖二が毒針で射抜き、愛海が飛び出して抱き殺す。いつの間にか三人ともが
状況の変化に猿の王が付いていけず、惑う銃口があちらこちらに乱雑な射撃を放つ。その隙に、嵐のごとく暴れる二つの丸鋸が肉盾部隊をバラバラに斬り裂いた。
見たか! ――心の中で陽彦は叫んだ。
おれたちは互いを軽んじて、捨て石にしたりなんてしない。援護し合い、全員で生き残って、お前らの群れの在り方を否定してやる。
陽彦と猿の王との距離、残りおよそ十歩——聖二はまだ撃ち尽くした毒針を装填中であり、陽彦がそのまま間合いを詰めるほうが早く、けれどそれよりも更に、二挺拳銃がまだ早い。
猿の王はここ一番の集中で、慎重かつ速やかに陽彦へと狙いをつけた。
カチリ、と引き金を引く音。
――拳銃を持つ両腕が、丸鋸の刃に肘から斬り落とされた。
「□□□□———ッ!?」
猿の王は見た――
丸鋸剣の、第三の攻撃形態。
刃を失って空回りするだけになった機関部をその場にぽいと投げ捨てて、陽彦は詰め寄った。猿の王は背に隠していた残り一挺の拳銃を器用な足で掴んで、悪あがきになんとか撃とうとしたが、陽彦がその顔面を殴り抜くのが先だった。
仰向けに倒れた猿の王の身体に陽彦は
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