4話
地平線の
かつての市街地に差し掛かったあたりで雪上車が停まり、四人が降り立った。街の大部分が雪に埋もれ、ビルや共同住宅、大型の店舗や
なんらかの複雑な政治的事情によって、公的には『エリアAのセクター2』みたいに無機質な名前が付けられているが、陽彦はこの地の当時の名が
かつて
ほどなくして夜の
「いい時間に着いたね」
「またすぐに無茶すんなよ、深雪?」
「それは、あなたたちの戦いぶり次第」
「じゃあ、さっそく始めちゃいますね」
それから
愛海の全身がぶるぶると震え、
とはいえ冬獣の細胞とは多様多彩なものであり、他と被らない
それをいうなら深雪の神経
こと
「もう建物の影に来てる。それから、そこら中にも穴掘って下で繋げてやがる。おれから見て十時の方角にちょっと、一時から二時にかけてたくさん、背面にもまあまあ」
超聴力による索敵を共有する。ちょっとは2~4、まあまあは5~8、たくさんはそれ以上。
「近い方から頼む。遠いやつは僕が撃つ」
「
「■■■■■■————ッ!!」
距離十歩ほどの雪面から見計らったかのように飛び出した影を、陽彦は振り向きざまに両断した。全身を灰色の毛に覆われ、指先ではなく手の甲から長く鋭利な三本の鈎爪——正確には、変形して皮膚を突き破る骨が生えた、子どもの背丈ぐらいの生物だった。
「なあ、猿ってこんなんだったかッ?」
「爪みたいなのは、なかったと思いますけどッ」
一匹目を皮切りに雪面の穴から次々と飛び掛かってくる猿たちを、陽彦が斬り伏せ愛海が穿つ。先の熊と狼の合いの子のような獣と比べて毛皮に鎧のような厚みはないようだが、身軽で攻撃が当てにくい。
横薙ぎの丸鋸剣を紙一重で
痛みに舌打ちしながら、陽彦は丸鋸剣の峰側、
カチリと音がして、巨剣の機関部が中央からにわかに
多少の
「速くて
先ほど陽彦に一撃を入れた猿を左手の丸鋸が捉え、顔の真ん中から胸までをピザカッターのように
背面側では聖二が、建物の影から身を乗り出した猿に毒針を撃ち込んで次々と無力化していく。
猿たちは容易に近づけず、しかし一方的にやられっ放しにはなるまいと、劣化して砕けた建物の瓦礫やそこらの
瓦礫が肉を打ち、氷柱が突き刺さる――聖二ではなく、べつの猿たちの死骸に。深雪の髪が絡め取って肉の盾にしたそれらが、飛来物を受け止めていた。
「ナイス
「了解」
「まだまだ行きます!」
全身棘だらけになった愛海が猿を抱きしめ、カラカラになるまで絞りつくす。吸い取った血液をすぐさまエネルギーに
殺戮の宴は、始まったばかりだった。
※※※
東の地平から太陽が昇る。夜通し暴れて築きあげた累々の屍を回収してみなで捌き、組み立て式の
香ばしく焼きあがった、たぶん
陽彦ほどの豪快さは見せないものの、聖二や深雪も細めの
「まあまあ殺ったと思うけどよ、
「ああ。統制も取れていなかったと思う」
脂身のある腹肉にがっつきながら陽彦が尋ね、聖二が答えた。
冬獣の王はみなが必ずしも先のような巨体を有しているわけではないが、
「王を殺るまではここに
「そうだね。雑魚をどれだけ削っても、それだけじゃ終わらない」
共食いをするほどに凶暴な冬獣たちが群れという社会を保っていられるのは、絶対服従の『
「キツくて泣きごと言いそうかい? 顔に一発貰っていたもんな」
「楽勝だよ。お前こそ、次も誰かが守ってくれるとは限らねえぞ」
「ええ~っ、なんかまた急に喧嘩始まっちゃいました……?」
「大丈夫、ああいうイチャイチャだから」
戸惑う愛海に、深雪が無表情で注釈を入れた。
食事を終えたあとは
かつての市街地を雪上車で少しずつ回り、日が暮れると狩りをして、朝に食いだめてまた眠るということを繰り返した。すぐに荷箱が猿の血や肉でいっぱいになり、溢れた分はまたそこらの雪に埋めて隠した。
そんなことを繰り返すうち、到着から四日が経った。その日の空には雲一つなく、午後の太陽が極寒の世界を
運転していた聖二が、うん? と声をあげる。下階部分が雪に埋もれてなお大きな建造物——昔はこういう『学校』と呼ばれる場所に子どもたちを一斉に集め、『授業』とかいう知的訓練を仕込んでいたらしい――その傍らに、よその猟団のものと思しき一台の雪上車が停まっていた。
「巣穴の攻略中ですかね、たぶん」
愛海が呟く。こちらに獲物をおびき寄せるというやり方は彼女の
「ちょっと挨拶していこうぜ。
「このニコチン中毒者。そもそも交換できるようなもの持っていないくせに」
「なめんなよ。旧世代の伝説の漫画の第一巻がある」
「ボロボロで、しかもあんまりおもしろくないやつ。そういうの、たしか
深雪が陽彦の私欲を
「……そうだな、話しかけてみよう」
気楽な提案を汲んだはずの聖二は、どういうわけか真顔だった。陽彦の嗅覚は、そこに緊張の
すぐ脇へと駐車して、四人が降り立った。果たしてその雪上車の中は無人のようで、陽彦はちぇっ、と舌打ちした。
「建物に入って、狩りを手伝いますか?」
愛海がそう尋ねたのを、
「誤射が嫌とか、横取りがどうとかで、加勢を極端に嫌がる狩人たちもいる。面倒は避けるべき」
深雪があっさりと
ほかの三人が引き上げの空気を出すなか、聖二の視線は下に向けられていた。
「やっぱり、
「あ?」
その言葉で陽彦たちも同じところを見て、何を懸念しているのかようやく理解する。聖二の緊張感が、みなに一斉に伝播した。
よほど固く凍り付いた
実際、陽彦たちが乗ってきた方の足元にはしっかりとそれがある。
けれども先に停まっていた方には同じものが見当たらず、薄っすらとした雪にその
雪というのは温められて上空に昇った水蒸気から生じるものであり、たまにある暖かい日かその直後ぐらいにしか降らない。奇妙なことに、厳冬前の世界では寒い日に降るというイメージが常識であったらしいが。
少なくとも陽彦たちがこの街跡に来てから、空はずっと晴れ渡っていた。この雪上車はそれより以前から、ここを動いていないということになる。
口にせずとも全員が、単純で救いのない予測を思い浮かべていた。
乗員たちは目の前の校舎に巣食う
本来の乗り主たちが全滅した場合に、他の
「さすがに、もう生きちゃいねえよな」
「残念だけど、そうだろうね」
言葉を交わしつつ、陽彦と聖二は自分たちの雪上車の
戦闘準備を整えた三人に、深雪が校舎の一角を指し示した。
「窓が割れてる。あそこから中に入れそう」
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