第5話 ノスタルジアと携帯 / Nostalgie und Mobil

故郷、それは誰にでもあるものである。

故郷には良い記憶もあれば、思い出すと恥ずかしくなる記憶もある。

今日は私のそんな故郷について書いていく。


私が現在住んでいるのは学校にとても近い場所だ。徒歩二分、自転車で三十秒程。この場所に引っ越したのも殆どこの好条件のせいだ。すでにここで数年間が経つが私が最初にドイツに来た時にいたのは決してここではない。

元々私が住んでいた所はもう少しに田舎に近づく。学校からは車で四十分、結構な時間がかかる。ここでは九年ぐらいお世話になったが、勿論ここにも利はあった。


目を瞑るとまだハッキリと見えてくる。

家のすぐ目の前にはとても広い草原が広がっており、奥には畑も広がっている。草原を少し奥にいくと公園によくある遊具も見えてくる。そしてその公園らしき場所を隠しているのが更に手前に続いている小さい丘だ。この丘は少し高く、道路に細長く続いている。

木や茂みも多く、そのせいか昔の私には小さい山の様に見えていた。私が昔から虫や自然が大好きだったのもこの草原のお陰と言っても過言ではない。よくドイツ特産の小さいバッタや、丘の上で化石を見つけようとしていたものである。

国全体に自然がとても多い、これはドイツのとても良い所だ。


久しぶりに昔のことについて考えていると、丁度天気が良いと言うことでそこの草原に行くことになった。草原の事を考えながらウキウキしていると、目の前に工事現場が見えてきた。


「もっと急いでよ!」


と私が催促すると、少し困惑した目で


「ここが目的地だぞ?」


と言われた。

すぐ隣に車を駐車すると私達は”草原”だった場所を見回り始めた。あの丘はもう取り崩され、草原も草が殆どなくなってしまった。周りでは無機質なブルドーザーが土を掘っては捨てるという動作を繰り返している。遊具はまだ辛うじて残っていたが、今となっては地面が全て”安全”の為ゴムの様なものに代わっている。見回れば見回るほど私の心に喪失感が増えていった。


「無い!!」


突然母が叫んだ。何かと思うと携帯をどこかで落としたらしい。母は車に戻って慌てて家に戻ろうとした。すると数分後、跡形も見えない無惨な携帯を手に帰ってきた。どうやら携帯は車から出た時に落としてしまったが、焦って気が付かないまま携帯の上を車で走ったらしい。

そんなこんなで私達は到着間も無くまた帰る事になった。しかし私はあの景色をこれ以上見なくて良い事に内心ホッとしていた。

ドイツもまた変化をし始めている。ただし、良い方にか悪い方にかは誰にも分からない。

けれども、あの景色を私は決して忘れない。



故郷と言うものはとても儚いものである。いつ無くなるかは分からない。そんな故郷達だからこそ、大事にしたい。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る