第31話

「お帰りなさい、七哉」

冷たい青い水中に響くその声は、マダムでも、祖母でも、愛しの里菜でもなかった。


絶対に聞き間違う筈の無い声。

幼い頃に行方不明となり離ればなれのまま、その生死さえも分からずに、しかし片時も忘れた事の無い懐かしい声。

無意識で溢れ出す滂沱の涙を私は抑える事が出来ない。

視界がぼやける。

水中という事も相まってもう何も見えない。

それは、大好きだった母、淳子の声だった。

「相変わらず、しちや君は泣き虫さんだね」

母の優しい声が耳元で囁かれ、私は幼児の様に身を竦める。

暖かい手の平がそっと頭に乗せられるのを、とても心地良く感じながら、私はまた闇の中へと沈んで行った。

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