第30話

「里菜……」

目の前の彼女は黙って頷くだけだった。

「私は、君に謝りたいことがあって……」

私は次の句を継ぐ前に、息を呑んだ。それが私の決心だった。ところが、その瞬間にぐらりと椅子が揺れて、世界が反転する。私の手は宙を彷徨った。彼女の戸惑った顔が見えたがどうすることもできなかった。

私はそのまま冷たい水の中へと落ちていった。

水中で、私は様々な記憶を見た。

初めて里菜に会ったときのこと。私の祖母の膝枕。マダムとケン。断片的な記憶が浮かんでは消えていく。私が見てたのは、マダム?祖母か。いや、里菜か。

手探りで追いかける記憶の中に、ことさら輝いてみえるものがあった。

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