白雪の吸血主


 

「あー、そう言えば私の名前覚えてる? 篠原雪乃シノハラユキノだよ。まぁどうでもいいかそんな事」


「全く同感だ」



瀬尾の身体の筋肉が数倍に隆起する。


その有様は鬼人そのものの出立ちだ。



二本の大剣を両手に持ち、目の前の女に飛びかかる。




「うおおお!!」



瀬尾は大剣を振り下ろす。



ユキノと名乗った女は、それを片腕で受け止める。



一見柔らかそうな素肌は、まるで鋼鉄のように斬撃を容易く防いだ。



「力強いね......怪我するかと思った」



ユキノはにんまりとした表情を浮かべている。



この大剣は、物質の結合分子を破壊する術式を施された鉄塊から作られている。


それなのにこのザマだ。



「このっ!!」



瀬尾はもう片方の大剣で、首を落とそうとする。



凄まじい速度で振られた大剣は、首にもろに直撃する。



だが、ユキノの表面の皮膚を多少切り付ける程度で、身体の軸すらその場から動かなかった。



「少し痛いな、少しだけ血が出た......」


ユキノは、指一本でで首に振り下ろされた大剣を振り払う。



「うぬっ!?」



まるで重機に押されたかのように、大剣を持っていた腕ごと後方に押し戻される。



首につけたかすり傷も、回復能力の前に目を離した瞬間には完治していた。



「なんだその身体能力は!?」




ありえない。



吸血鬼とは言え、こんな馬鹿力なんてあり得ない。




「なんだろうね、努力の賜物かな」


「ほざけっ」



瀬尾は大剣で再び斬りかかろうとする。




その時だ。




ユキノの周辺の景色が、不規則に歪みだす。



その瞬間、凄まじい圧力と共に床ごと地面に身体の半分くらいが沈んだ。




瀬尾の背後では、矢島が手を合わせていた。



矢島の重力操作の異能だ。




「身体が動かない。凄い、変な感覚」



それでもユキノは余裕そうな表情を緩めない。



「なんだあいつ......生物なら原型を保てない程の圧力ーーその圧の暴力を喰らって、何故肉の形を!?」



あまりにもの出来事にぶつぶつと驚愕している矢島を背後に、瀬尾は突っ込んでいく。




瀬尾はなんども大剣を振り下ろす。


微かにユキノの身体に傷をつけていくが、それ以上に回復が早くてどうしようもない。



しかしら矢島の重力操作の前には動くこともままならない様子だ。



「うおおぉ!! この化け物め、どうすれば死ぬのだ!!」


「こんな抵抗できない状態なんだから、もう少し頑張ってよ」



瀬尾を嘲笑うユキノは、そのまま数度の斬撃を無防備に受け続けていたが、急に身体が身軽になったのか、斬撃を避けて後方に下がる。



「流石に動けないのは、面倒だからね? まぁ、身体が動かないとは言ったけど、能力は普通に使えたみたい」



瀬尾が背後を振り向くと、矢島の首から上が吹き飛んで無くなっていた。


血を上げながらも、亡骸は呆然と立ち尽くしていた。



「くそっ、ヤジマ......!?」



贔屓にしていた後輩がまた一人死んだ。


目の前の化け物が、規格外すぎて怒りすら湧いてこない。


あるのは、驚愕と微かな恐怖。




だが、もう一人の男は違ったようだ。



「よくもヤジマさんをっ!!」



戦闘錬金術師の異名を持つ、彼は怒りのままに床に転がっていた木片を投げつける。


その木片は、空中で分裂し複数の槍の形に変貌する。



その槍は、ユキノの身体を容易く貫通して、突き刺さった。



まるで、セオの大剣を何度も弾いていたのが嘘のように。



「やっぱり魔力とか浴びた物質は駄目だなぁ、普通にダメージ受けちゃうし」




超常的なエネルギーを浴びた攻撃は有効打になり得るのだろう。




錬金術師の男が、再び木片を拾い上げて投擲しようとしたその瞬間。




ユキノは静かに手を合わせた。



その時、彼は凄まじい圧力を受けて地面に押し潰される。


臓物や血液が、空中を飛び舞う。




「な、な、なっ!?」



間違いない。


これは、ユキノに殺されたはずの矢島の能力だ。



「強いね、この能力......対象は一人にしか使えないし、手を合わせないと行けないし、使い勝手は最悪」



そうぶつぶつとユキノは呟いていた。



「な、なぜ、矢島の能力を?」


「私は殺した相手の異能を奪うことができるんだー」



それを聞いた瀬尾は唖然としてしまう。



「出鱈目な異能だな。今までどんだけ異能者を殺したんだ?」



ユキノの異能者相手は美味しいーーこの言葉の意味を理解した。



「知らないよ、そんなの。でも、数百人は殺ったかな? どうでもいいよね。そんなこと、一人殺したら一も万も変わらない、でしょ」




一人殺したら、一も万も変わらないーーこの台詞は、彼女の両親を目の前で殺して、"なぜこんな容易く人を殺せるのか"そう問われた際に、自分が言い放ったフレーズだ。



「皮肉のつもりか? この怪物」


「もういいや」



そう言い放つと、目の前からユキノが消える。



「き、消えた......?」



辺りを見渡そうとする。



その時だーー。



胸の辺りを何かが貫いた。



「うぐっ......!?」



それはか細いユキノの腕だった。


真っ赤に染まった彼女の腕は、瀬尾の心臓を貫いていた。




「転移術ーーこれ便利だよね、これは誰から奪った異能だっけ......? 覚えてないや」



ユキノは腕をゆっくりと抜く。



瀬尾は地面に倒れ転がる。



「な、なんでも、あ、あり、か......よ」



瀬尾の意識はだんだんと薄れていく。



「人殺しには丁度いい末路だね」


「お、お前......が言う、のか......」


「私も貴方と同類とは思ってるよ。だからさ、私が死ぬまで地獄で先に待っててよ」




瀬尾はその言葉を聞き終えると同時に生き絶えた。



ここに暗夜商会の本部は壊滅した。

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異形物対策庁〜死神少女と半霊の巫女 @coco8958

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